師匠
「はあい、お弟子さん。遅れてごめんなさいね」
「っ!! かずっ.......!!」
「はい。お弟子さん。たまには師匠が指導をしてあげましょう」
がっと私の脚の間に和臣の足が入る。そのまま無理肩幅程に足を開かされた。左手で肩をぐいっと引かれて、自然と胸を張るような形になった。
そして、耳元で。
「術が下手くそでも、霊力が流せなくても。そんな事より大事なことだ。1番基本的で、1番大事なことだよ、お弟子さん」
「わ、わかって.......」
じわっと涙が出た。相変わらず手は震えているし、腰は抜けている。和臣が支えているから辛うじて立っているだけだ。
ふっと耳元で和臣が笑った。
「俺の、弟子が。こんなデカブツ場違い野郎に、負けるわけないだろ。何が不安だ?」
「だっ、だって.......!!」
和臣の術でピタリとも動かなくなった相手の、目玉がギョロっと動いた。
「っ!!」
ぐっと和臣の手に力が入った。1歩も下がることは許さないと、強く肩を掴まれる。
「.......落ち着け。ここで逃げたらダメだ。なんで皆の前に出たんだ、どうして札を持ってここに立つんだ」
そんなの。決まっている。
和臣の落ち着いた声がゆっくりゆっくり心に落ちてくる。ちらりと視界の端に、和臣の式神に治療される花田さんが見えた。
目の前で、和臣の術が解けた。
私の中で、何かが固まった。
「.......場違いデカブツ野郎を、ぶっ潰すためよ!! 術が下手くそ? 霊力が流せない? そんな訳ないでしょ! 私の師匠を誰だと思ってるのよ!!」
「ははは! よっしゃああああ!!」
「「【
ぎちっと術がかかった瞬間。和臣がばっと私から手を離して前に出た。
「【
糸が大きすぎる相手を包んで、絞り上げる。水は一切漏れなかった。そして、ビー玉ぐらいにまで引き絞ったそれを。
「【
和臣はどこからか取り出したタッパーに入れて、札を張って封印した。
「.......これ密閉だよな? 大丈夫だよな?」
もう一枚札を張った和臣は、タッパーをズボンのポケットに入れた。何故か和臣は「和食」とプリントされたTシャツを着ていた。
「まさかの海坊主がダムに居るって.......もうそれ海坊主じゃなくない? 場違いすぎるよな。.......お疲れ」
困った様に笑いながら、私の頭を撫でて。
町田さんに手を貸して立たせて、花田さんの方へ走って行った。
「花田さん!! 花田さん大丈夫ですか!?」
「.......隊長? なぜこちらに?」
花田さんが起き上がる。割れたメガネを拾った和臣は、泣きそうな顔で質問をしていた。
「花田さん、自分の名前言えますか? 俺が誰か分かりますか? 痛いとこないですか? 気持ち悪いとかは?」
「花田裕二、経理部部長兼、特別隊副隊長です。あなたは特別隊隊長の七条和臣隊長です。痛い所も気分の悪さもありません」
「本当に? これ何本か分かりますか?」
和臣が指を3歩立てる。花田さんはぐっと目を細めて。
「.......4本?」
「わああああああ!! 救急車ー!! 中田さん、救急車呼んでくださいー!! お願いします花田さん死なないでー!!」
和臣は大声で泣き始め、ポケットから絆創膏を取り出して花田さんのメガネに貼っていた。
「和臣隊長、部長はひどい乱視です。メガネがない今視力の確認は意味がありません」
中田さんは真っ青な顔色で、ふっと笑った。花田さんも笑った。和臣は相変わらず大泣きしていた。
「隊長、私と中田は問題ありません。むしろ町田さんと水瀬さんが心配です」
「なんでええええ!! なんでこんなことに!! ごめんなさいいい!!」
「.......隊長、話を聞いてください」
「もうやだぁ.......急いできたのに.......全然ダメじゃん俺.......ごめんなさい.......」
「隊長、話を聞きなさい」
花田さんが和臣の鼻を摘む。和臣は変な音を立てて静かになった。
「私と中田は問題ありません。町田さんと水瀬さんが、少々心配です」
「.......ゆかりんと葉月?」
「はい。私は治療していただきましたし、中田は術の使いすぎなので休むしかありません。心配なのはあの2人です」
「.......み、見てきます!」
和臣が私達の方へ走ってくる。落ち着かない様子で私達に怪我がないか確認して、何も無い手の甲に絆創膏を貼ってきた。
「2人とも大丈夫? 花田さんが2人の方が心配だって.......怪我は無さそうだけど.......なんかあった? 大丈夫?」
「逆に何も無いと思ってんの!? 七条和臣あんた何見てんのよ!! 怪我じゃなくてメンタル!! 副隊長はメンタルケアして来いって言ってんのよ!」
「メンタルケア!?」
町田さんはまだ少し震えているが、和臣に詰め寄ってだいぶ元気そうだ。
「和臣」
「葉月!!だ、大丈夫だ.......俺だってメンタルケアぐらい.......飴食べる? スイカ味.......」
「この間はごめんなさいっ!! 大好き!!」
和臣に抱きついた。町田さんが「私のメンタルケアは!?」と叫ぶのが聞こえた。
私が抱きついた和臣は。そのまま後ろに倒れ込んだ。
「「.......え?」」
町田さんと自分の間抜けな声が響いて、花田さんと中田さんが走ってきた。
「.......ありゃ、ごめんごめん葉月」
倒れたまま和臣はぐりぐりと私の頭をなでる。消毒液の匂いがした。
「隊長!? 隊長どうなさったんですか!?」
「和臣隊長! 私が治療します! もちろん隅々まで!」
「.......相変わらずですね中田さん.......」
よく見れば和臣の顔は真っ白で、目の下には濃いクマがあった。腕は擦り傷だらけで、ズボンから覗く足には大きな絆創膏や湿布が貼られていた。
「七条和臣! あんた怪我してんの!?」
「まあ多少は.......大体治してもらったから平気。ほら、そんな事より」
和臣はにこにこと笑った。
「よくやった!! さすが俺の弟子! さすが俺の隊だ!! みんな最高だよ!!」
和臣は立ち上がって私と町田さんを抱きしめた。いつかのように和臣の肩に顎は乗らず、胸に顔を押し付ける様になった。
いつの間にこんなに和臣の背が伸びたのか、分からなかった。
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