船員

「は、葉月.......」


「なに? 英語の宿題なら机の中よ」


「.......お、怒ってる.......?」


 上目遣いで私を見る美久を見て、自分が周りに気づかれるほど気持ちを態度に出していたことに気づいた。


「.......ごめんなさい、イライラしてるわ。気を使わせてごめんなさい」


「だ、大丈夫だよ! ど、どうしてイライラしてるのか.......聞いてもいい?」


「.......船長が船員を置き去りにして宝探しに行ったのよ」


「え? た、宝探し?」


「ごめんなさい、忘れてちょうだい。もう大丈夫よ、ありがとう」


 本当は全く大丈夫ではない。昨日和臣から急に「ひとつなぎの大秘宝を探してくる。月末の仕事は花田さんの言うこと聞いてくれ」とメールが来た。理由も意味が分からないし、仕事を放っておく和臣も理解出来ない。サボっていい事と、そうでない事の区別はついている人だと思っていた。


 やっと来たメールの返事には、「ただ今イーストブルー」とだけ書いてあった。怒りを通り越した。

 その後の体育でのバレーボールの試合、私からサーブ権が移ることはなかった。


 三日後、泊まりの荷物を持って電車に乗る。和臣がいないなら車は出ないので、半日も電車に揺られて現場へ向かう。


「あ! 葉月、なんで電車にいるの?」


 町田さんが大きな荷物を持って電車に乗ってきた。帽子にサングラスにマスクをして。芸能人は色々大変なのだそうだ。


「.......船長がいないなら船は出ないわ」


「はぁ? そういえば七条和臣は?」


「.......」


「まさか迷子? それとも葉月とは別に車で行くの? 薄情なやつね.......」


「.......来ないわ。あの人は、今イーストブルーにいるから」


「はぁ? って、来ないの!? なによ、せっかくサインCD持ってきたのに.......」


 町田さんのCDは私がもらう事にして、あのおバカの事は忘れることにした。和臣が帰ってきたら理由を問い詰めて、反省するまで仕事の重要さを教える。たとえ泣いても許しはしない。


「いやぁ、皆さんお揃いですね! 今回は私が指示を出しますのでね。さっそくですがダムにいきましょうか!」


 夕方の駅前には、車の前に並んだ花田さんと中田さんがいた。


「部長、車は私が運転します。四駆で坂道を駆け上がりたいんです」


「.......中田、スピードは出しすぎないように」


「安全運転は基本ですよ、部長」


 中田さんの運転でダムへ向かう途中、花田さんが助手席でにこにこ話し出した。


「いやぁ、まさか我々の隊長と五条隊長とは! 今回は本気で討伐するつもりかねぇ?」


「それにしては他の術者は手配されませんでしたね。和臣隊長と五条隊長と言えど、2人で大丈夫でしょうか? あの方々なら、万が一もないとは思いますが.......」


「.......違う意味で心配だな。お電話するべきだったか」


 中田さんと花田さんの会話が掴めなくて、町田さんと目を見合わせる。町田さんが手を挙げて質問した。


「今回隊長がいないのは何故ですか?」


「「え?」」


 車のスピードが急に上がった。


「中田! スピード!!」


「失礼しました。つい.......」


 2人が揃ってメガネをかけ直す。花田さんが後部座席を振り返って言った。


「.......隊長からお聞きでは?」


 町田さんと首をふった。花田さんが、ふぅ、とため息をつく。


「.......我々の隊長は、ただ今別の仕事をなさっています」


 また車のスピードが上がる。少し急になった坂道を、中田さんはうっすら笑いながら運転する。


「中田、スピード! .......隊長は、先日から。五条隊長と怨霊討伐.......日本でも最強クラスの怨霊、平将門を鎮めに行かれました」


「「え?」」


「優先度としてはこちらの仕事と比べ物になりません。あちらを優先して、間に合えばゴールデンウィークの仕事には合流していただく予定です」


「.......か、和臣は今、そんな危ない仕事をしてるんですか?」


 ドキドキと胸がうるさい。今までの出来事が頭をめぐる。あのふざけたメールも、もしかしたら。和臣なりのSOSサインだったのかもしれない。本当は怖いのに、言い出せなかったのかもしれない。もし泣いていたらどうしよう。なんできちんと話を聞かなかったんだろう。


「ええ。危険度で言ったら九尾クラスですね」


「ひっ」


 町田さんが小さく声を上げた。私も、背筋にぞわりとしたものを感じる。


「ですが、問題ありません。五条隊長と和臣隊長は、お二人とも討伐記録保持者です。血の気の多い首が多少の悪さをした所で、あの方々なら笑いながら縛りあげるでしょう」


「「.......本当に?」」


 和臣が次元の違う術者なのは分かっている。でも、九尾相手の時も、この間のクリスマスの時も。こちらが泣きたくなるような怪我をしている。


「はは、大丈夫ですよ。あのお二人で敵わない相手なら、我々は諦めて死を待つだけですから!」


「部長、怖がらせてますよ。あと着きました」


「いやいや、私は心配させまいと.......」


 2人が車から出て、今回の仕事の説明をしていく。花田さんが作ったチェックシートを渡され、各自それを埋めてくるようにとの事だった。最近自殺者が増えるという不可解な事態が発生しているので、十分注意するようにとも。


「.......和臣、ごめんなさい」


 チェックシートを埋めながら、もしかしたら泣いてるかもしれない和臣に謝る。自分が嫌で嫌でたまらなくて、私が泣きそうだった。


「.......葉月、大丈夫?」


「.......ええ。ありがとう、町田さん」


「.......七条和臣なら、大丈夫じゃない? だって、五条隊長もいるんだし.......あれ、勝ち確定じゃないそれ。なら絶対大丈夫よ! ほら、一緒にあっち確認しにいくわよ!」


「ええ」


 私は私の仕事をきっちりと。和臣が帰ってきた時、謝る事をこれ以上増やすわけにはいかない。


「うっわ、ダムって大きいわね.......。こんなの作っちゃうなんて、人間もなかなかやるじゃない」


 ダムを覗き込んで嬉しそうにしている町田さんを見て、和臣はダムが好きなのか気になった。海が好きなのだから、ダムも好きかもしれない。たくさん水があるからといって、蟹を探したいと言うかもしない。


「.......そこまでおバカではないかしら?」


 まだチェックシートは埋まっていなかったが、続きは明日で撤収ということになった。帰りの運転手の事で花田さんと中田さんが揉めている間。


「わっ!?」


 町田さんが悲鳴を上げた、次の瞬間。


「【四壁よんぺき守護しゅご四歌よんか】!!」


 花田さんが前に出て、中田さんが札を構える。


 車の後ろからひょっこり顔を覗かせていたのは、小さな一つ目の妖怪だった。

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