夢中

「.......」


「おやおや? やっぱり君、才能あったね! 五条じゃなくて七条にここまでの天才が産まれるなんて、相当なイレギュラーだよ! 本当に最高だ!」


 満開の桜の木の下で、1人の男と向かい合う。

 俺は何故か白い着物を着ていて、向かいの男も白かった。


「.......俺、夢とか、よくわかんないし」


「はははぁ!さすがに1日で詰め込むのは無理さ! 曖昧だからね、現実よりもっと!」


「.......お前は、俺の知ってる変態か?」


「はははぁ! 勘がいいね! 最高すぎるよ和臣くん!」


 ざわっと風が吹いた。桜の花びらが舞っていく。

 その花びら一枚一枚に映る遠い記憶も、この桜も。見たこともないほど美しく、悲しい。


「僕はね、現実で会う僕じゃない。どこかにいる、昔と今の僕なのさ! はははぁ! 人外の夢、まあ本当は夢を見るのは人ぐらいなんだけど、とにかくおかしな夢に入っちゃったね! 和臣くん!」


「.......俺、こんなの、初めてだし。夢とか、知らないし.......」


 じわっと涙が出てきた。


「 ま、待ちたまえ!! 泣くのかい!? 何故、 ああ、困ったぞ!? 僕、僕が怖いのかい? 手品でもしようか!? 人体切断マジックなんてどうだい!? 僕なら首もいけるよ!」


「.......違う」


「大丈夫さ! 出られる、こんなとこさっさと出られるよ! いいかい? まず目を瞑って.......」


「.......なんでそんなに変態なの?」


「はははぁ! 心外!」


「.......なんでそんなに俺に優しいの?」


「そんなの、君が好きだからさ!」


「なんで、人魚なんか食べたの?」


 ざわっと花びらが舞って、視界が晴れればそこは暗い浜辺だった。


「.......君、初めてにしてはいやらしいやり方じゃないか! 最高だよ!」


「あの人の事好きだった?」


「はははぁ!」


「たぶん、お前の妄想じゃないよ、あれ。お前変態だけど、妄想はしない。あの人お前が好きだったんだ。安倍晴明だって、わかってたよ」


「.......和臣くん、あまり覗かない方がいいよ! 僕の夢は深いからね、落ちるよ? それに僕は悪いものだからね、ちょっと和臣くんにはショッキングだろう?」


 また花びらが舞って、気がつけばどこかの庭に居た。


「あの人はさ! 待ってるんじゃないの! お前が来るのを、ずっと待ってるんじゃないの!」


「はははぁ! そろそろ待ちくたびれてるかもね!」


「.......早く行けよ、なんでまだここにいんだよ」


「はははぁ! 安心したまえ! 僕は道満に負けたことなどないよ! 今回だって、負けないさ!」


「.......俺さぁ、すぐ死ぬよ。長生きするけど、たぶんあと何十年かで死ぬよ。お前、それまでにちゃんと勝てんのかよ」


「はははぁ! 考えるさ!」


「なんで!? もっと焦れよ! お前1人で千年も考えて、ダメだったんだろ!? なんでそんなに笑ってんだよ! 変態!!」


「和臣くん。少し影響されすぎだね! もう帰りたまえ!」


「俺手伝うから.......早く行けよ.......変態.......」


「もう手伝ってもらったのさ。和臣くん」


 はっと気がつけば。俺の部屋の俺の布団で、グズグズに泣いていた。


「.......くそ」


「.......和臣くん」


「なあああああああ!?」


 耳元で聞こえた声に飛び上がった。思わず枕を投げつけて、障子に突っ込んで穴をあけた。


「な、え、だ、.......このっ、変態!!」


「はははぁ! 最高の反応!!」


 ぱちんっと指が鳴って、障子の穴が塞がる。よかった、姉に見つかったら殺される。


「.......なに? お前、台無しだぞ全部.......俺の涙返せよ.......」


「はははぁ! 変なものを見せたお詫びにね!」


 また涙が戻ってくる。それでもぐっと上を向いて、絶対に涙を零さないようにした。あれは、俺の夢では無いのだから。


「俺が、勝手に見ただけだ.......あと、変なものじゃなかった.......変なものじゃない、絶対」


「.......君、最高に素敵だよ。っと! でも、教えてあげようと思ってね!」


「何を? 次のテスト範囲? いいよ、来週には分かるし.......」


「それは後で調べてくるよ! そうじゃなくてね! はははぁ! 陰陽師の仕事なんて、何年ぶりかな? 占いなんて久しぶりにやったよ!」


「はぁ?」


「和臣くん。君、明日は裏の山にいたまえ。できれば一日中いて、寝ない方がいいね!」


「え? 遠回しに目障りって言われてる?」


「はははぁ! まさか! そうじゃなくて君……」


「和臣ー! バタバタうるさい!」


 まずい。姉が起きて来た。早く変態を隠さなければ警察沙汰だ。


「おい、変態隠れろ!」


「おやおや? これはまずいね! 怒ってるよ!」


「はあ? 姉貴が本気で怒ったらこんなもんじゃ.......」


 ズパンっと障子が開いた。信じられないほど冷たい目をした葉月が、殺虫剤を手に俺たちを見下していた。


「.......殺すわ」


「待って葉月! 俺もいるから!待って!!」


「じゃあね和臣君! 気をつけたまえ!」


「待ってえええ!?」


 少しだけゴキブリを不憫に思った。

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