夢見
俺は疲れきっていた。姉の精神破壊も、訳の分からない巻物のことも、全てが俺の心を重くする。そして、今1番困っているのはバスから降りて10分、持田さんの家にたどり着けない事だった。
「.......仕事とかいう問題じゃなくない? 遭難だよ.......」
「和臣くん!! なんて素晴らしい!! 最高だよ!!」
「ああ.......今不覚にも喜んだ自分を殴りたい.......けどその前に変態.......持田さんの家まで一緒に来て.......」
「はははぁ! もちろん!! 歩いていこう!! 最高さ!!」
変態はぱちんっと指を鳴らして、白い着物に着替える。俺の隣りをニヤニヤしながら歩く。
「やけにテンション高いな。どうした? 変態にも周期があるのか?」
「だって! 君、これから陰陽師として働くんだろう? はははぁ! おそろいじゃないか!」
「陰陽師もどきだ。俺はただの術者、占いも夢の扱いもやらないの。今回は特別」
陰陽師とは。もう現代にはちゃんと残っていない職業だ。零様が唯一昔の形に近い術を使い、占いを行う。
一方俺達は、術者だ。陰陽師がかつて使っていた術を体系的に落とし込んで、より安定させ効率化した術を使う者。
占いなどはせず、妖怪退治などの戦闘が専門の職業。陰陽師は俺達術者の原型で、より広い意味での術者を指す。俺達は陰陽師ではないが、陰陽師は術者の意味を内包するのだ。
「確かにもう本当の陰陽師なんていないけどね! 君達は武者の代わりに近いから!」
「占いなんてなぁ.......今どき天気予報あるし、頼る人もいないし.......残った仕事は荒事だけだったんだよなぁ.......」
「君が今からやる仕事も、もう君達9つの家でしか受け継がれてないしね! 今はみんな夢に興味がなくなったからね、現実の比重が大きくなったのさ!」
俺が今からやる仕事は、夢を引き取る事。他にも夢の売買などをすることもある、らしい。七条や他の9つの家では、まだひっそりと陰陽師チックな仕事を受け継いでいる。と言っても滅多に依頼などこないし、俺には関係ないと思っていた。
だからめんどくさい練習などした事はなかったのだ。今更だがせめて兄貴の練習でも見ておけばよかった。後悔。
「あ! お前こういうの得意? コツとかある?」
目の前にいるのは歴史上最高の陰陽師だと思い出した。最高の術者であり、最低の変態。
「はははぁ! コツ? 才能だよ、これは!」
「身も蓋もない!!」
ちょっと期待した自分を殴りたい。
「君、才能ありそうだけどね! さっきから1回も成功しないのは、最高に笑えたよ!」
「見てたのかよ!」
先程姉に教えられた通りにやっても、1度も成功しなかった。できなかったら姉を呼べと言われて送り出された俺は、失敗を恐れない最強の兵士。嘘です助けてください初めから一緒に来て。
「うーん。なんでだろうね? 君、ズレるの得意だろう? 悪魔の時は自力でとんでもない所まで行ったじゃないか!」
「なにそれ.......ズレたくてズレてんじゃねぇよ.......見えちゃっただけだよ.......」
「才能あると思うけどね! ちょっと見せてよ!」
こつん、と額に何かがぶつかって。目の前に変態の顔が大きく見えて。思わず殴った。
「あ! ご、ごめん! 大丈夫か!?」
「.......はははぁ! なんだ、詰まってただけか!」
「はぁ?」
「大丈夫、次はできるよ! 頑張ってきたまえ!」
ぱちんっと変態が消えて。持田さんの家の玄関が開いた。
「七条様。お待ちしておりました」
玄関から出てきたのは、小さなお婆さん。広めの2世帯住宅の中に招かれて、2階の部屋へ通された。
「あ、七条先輩.......本当に?」
「こんばんは。ご指名ありがとうございます、七条本家の次男、七条和臣です。ご依頼は.......」
「私ですよ」
お婆さんはニコニコ笑いながら答えた。
「麻友ちゃんの夢をねぇ、引き取ってほしいのです」
「麻友さん.......こちらの方で?」
部屋のベッドには、静かに眠る女性がいた。
「麻友ちゃんの夢をねぇ、引き取ってほしいんですよ」
「あ、先輩ごめんなさい。おばあちゃん最近ボケちゃって.......だから夢だとかなんとか、誰も信じてなくて.......私はたまたま先輩と同じ学校だから、聞くだけ聞こうかなって.......」
「そうですか。麻友さんの夢ですが、どう言ったものかご存知ですか?」
「ええっと.......なんか、追いかけられたり、この間は腕をつかまれたって.......」
「麻友ちゃんの夢を、引き取っていただきたいんですよ、七条様、お願いします」
「大丈夫ですよ。おばあちゃん、お代持ってる?」
「ええ、ええ」
お婆さんは古びた小銭をくれた。いつのお金かは分からないが、相当大事にしていたようだった。
「じゃあ、頂いていきましょうか」
先程姉に叩き込まれた手順を踏もうとして。そんなもの必要ないと、唐突に思った。
ふっと手をふれば。眠る女性から、夢が出る。あまり良いものではないそれをまっさらな巻物に写して。
「では、失礼します。.......次のご指名は、どうか当主に」
「え? え? 先輩?」
「ありがとうございます。七条様、ありがとうございます」
「いいえ。おばあちゃん、ウチを覚えていてくれてありがとう」
訳が分からないという顔の後輩に会釈して、持田さんの家を出た。しばらく歩いて、誰もいない公園で。
「うっそおお!? 出来たー!! マジで出来たー!!」
小声で叫ぶ。なんなら小躍りしそうな勢いだが、ガッツポーズにとどめた。
「なんかめっちゃすんなり出来たぞ!? 道具全然使わなかったし.......はぁー、焦ったー。かっこ悪いとこ見せなくてすんだぜ.......姉貴も呼ばなかったし.......これは俺めちゃくちゃ頑張っちゃたんじゃない!?」
夜の公園でしばらく興奮を冷ましたあと。普通に帰れなくなって姉を呼んだ。葉月と一緒に迎えに来てくれて、微妙な顔で褒められて怒られた。
そして。
その日、夢を見た。
俺の夢では無い、遠い昔の、誰かの夢を。
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