術者

 俺の前に仁王立ちした葉月と、これまた腕を組んで俺を睨む中学生女子。周りには大量の野次馬。


「.......ご要件は?」


 もうどうでもよくなって、一刻も早く家に帰ってテレビが見たくて、空気を無視して聞いた。


「七条先輩 .......ちょっと」


 急に小声になって、口に手を当てる。内緒話だと言うので、近づこうとすれば葉月が俺の耳を引っ張った。


「ぎやぁぁああ!! ちぎれる!!」


「.......内緒話? あなた、和臣の何?」


「後輩です! こんなに人がいるとは思わなかったので.......七条先輩、いいですか?」


「.......もうやだぁ.......俺帰る.......」


「和臣、あなたは、私の、何?」


 葉月が完全な無表情で聞いてくる。


「配下.......じゃなくて彼氏.......」


「そうね。で、この子はただの後輩。何故耳と口をくっつけて話すのかしら? 感染症になりたいの?」


「内緒話への憎悪がすごい.......なぜ.......」


「七条先輩、お願いします!! どうか話だけでも!」


「だから! 人の彼氏を呼びつけて内緒話なんて、どういうつもりよ! 和臣、まさか浮気!? あなた可愛い子の方が好きよね!? 私捨てられるの!?」


「わぁ.......すごいデジャブ.......あと絶対捨てません.......むしろ捨てないで.......」


 きゃああっと野次馬が騒ぎ出す。葉月のファンの女子は真っ赤になって、男子はそれぞれおかしな顔をする。不届き者どもめ、天誅。


「あれ? もしかして誤解してます?」


「は?」


「葉月、怖いから。落ち着いて、優しく、優しく」


「私好きな人いるので。七条先輩はそういうのではありません。完全に」


 なぜ見知らぬ女子に振られなければならぬ。

 俺は激怒した。必ずかの邪智暴虐な野次馬どもを除かねばならぬと決意した。俺には女子の心など分からぬ。俺はただのピュアボーイである。すぐ傷つくから優しくして。お願い。


「.......じゃあ、話ってなによ」


「.......あまり、大声で話せないんです。実は私もあまり信じていないんですけど.......」


 中学生女子はそっと俺達に近づいて。




「.......夢を、引き取って欲しいんです」




 小さな声で言った。


「何? 進路指導室の場所なら私が教えてあげるわ」


「あ、やっぱりそう思いますよねー!」


「.......七条和臣をご指名ですか?」


 さりげなく札と術をかけて、野次馬を帰らせる。

 一歩進み出て聞けば、2人ともぽかんとしていた。


「七条本家の、七条和臣をご指名で間違いないですか?」


「え、えっと.......」


「お名前をうかがっても?」


「持田 麻耶です.......あの、でも、私じゃなくてお姉ちゃんの夢をって.......おばあちゃんが.......」


「持田様。ご指名頂きありがとうございます。今夜、お伺いします。では」


 ウチの名刺を差し出す。呉服屋のものでは無い、裏の七条の名刺。


「.......葉月、帰るぞ」


「ちょ、ちょっと和臣」


 背筋を伸ばして、大股で歩く。葉月を無理やりバスに乗せて、家の門をくぐった瞬間。


「やばーーーいっ!! 指名きたああああ!! なぜ!? なぜ俺ー!!??」


 その場に手と膝をついて、大声で叫んだ。


「和臣、声が大きいわよ!」


「葉月どうしよおおお!? 俺、俺.......!!」


「ちょっと、説明しなさいよ!」


「真面目に夢の事を勉強したことないんだよおおお!! 術者に不要だろそんなものおおお!!」


 バシンっと玄関があいて、鬼の形相の姉が出てきた。


「和臣うるさい!! 近所迷惑でしょ! 家に入ってやんな!!」


「あ、お姉さん。こんにちは。あの、和臣がおかしくて.......」


「姉貴ーー!! 俺は術者だよなあああ!? 陰陽師じゃないんだよおおお!! なぜ指名ーー!?」


「はあ?」


「夢の扱いなんてできるかっ! 今どきそんなの真面目にやってる奴なんていないだろうが! 」


「何? あんた指名されたの?」


「.......どうしよぉ.......もうダメだ.......改名しようかな.......七条くずおみとかに.......」


「久しぶりにここまで情けないあなたを見たわ.......」


 葉月が半年放置して腐ったパンを見る目で俺を見た。


「だから勉強しなって言ったの! あんたも七条なんだから、いつかは指名されるかもしれなかったでしょ!」


「普通当主か長男では!? 俺は次男! しかもダメなタイプの次男!! 穀潰しタイプ!!」


「早く来な!! 今夜!?」


 姉に引きずられながら家に入る。


「今夜ぁ.......姉貴.......どうしよぉ.......」


「急いで支度しな! 詰め込むよ! そう言えばなんで葉月ちゃん連れてきたの!?」


「1人だと泣きそうだったから.......家に帰るまでに力尽きそうだったから.......」


「「情けない.......」」


 その後七条の家紋が入った袴を着て、何やらごちゃごちゃとした道具を用意して。

 謎の巻物を読まされた。


「読めない.......1文字も分からない.......ミミズが泳いでるようにしか見えない.......」


「お姉ちゃんが教えてあげるからよく聞きな!」


「お姉さん! ロウソクこれしかなかったです! 私買ってきます!」


「ありがとう葉月ちゃん、 助かるわ! ほら、和臣シャキッとしな!」


「.......ひぃん」


 そして、あっという間に夜になった。

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