春風の花を散らすと見る夢は

後輩


「はははぁ! 君はやっぱり最高だね! 和臣くん!」


「黙れ.......、黙れ.......」


「はははぁ! 君、術の前に体力じゃないかい? ほら、汗を拭きたまえ! 風邪をひくよ!」


「黙れ.......」


 夜中の公園で、変態と向かい合う。もちろん一般人が来ないように札を張って。


「今日は惜しかったね! あとちょっと早く札を投げてれば、かすったかもしれないよ!」


「.......お前、嫌い」


 そもそも札使ってる時点で反則なんだよ。

 変態が差し出したペットボトルを受け取って、ベンチに座る。変態との術勝負は、今年に入って増えた。最近などほぼ毎晩やっている。


「ええ! 僕は大好きだよ!」


「なんでやればやるほどボロクソに負けるんだよ! 全然成長しないじゃん、俺! 何が天才だ、調子乗ってすいませんでした!」


 今年に入ってから、酷い負け方ばかりだ。しかもその後アドバイスと言いつつボロクソに言われる。


「はははぁ! 成長はしてるよ! ただ、僕に勝つには千年早いかな! 術もまだ五条の天才に負けてるし、霊力の流し方、弟子ちゃんの方がセンスがいいんじゃないかい?」


 今のは刺さった。ものすごく刺さった。

 妹の基礎の教科書をこっそり借りよう。葉月にバレないよう基礎からやり直そう。


「.......お前実は俺のこと嫌いだろ」


「まさか!! 大好きだよ! この世で1番ね!」


「.......微塵もドキドキしないし涙出てくる.......」


「そろそろ帰ろうか! 君、最近仕事多いだろう?」


「.......なんで知ってるんだ変態」


 指を鳴らしかけた変態を止めて、夜の道を歩く。コンビニによって唐揚げとカップ麺を買った。


「君の事だからに決まってるじゃないか! 君を見てるだけで最高に面白いよ、最近はもう目が離せないね! あ、夜中にカップ麺はやめておいた方がいいんじゃないかい? 太るよ?」


「.......お前なんでそんなに変態なの? 」


 静かに家に入って、台所でお湯を沸かす。変態は普通に入って来た。


「はははぁ! 君のその顔、最高にぞくぞくするよ!」


「マジの変態.......」


 三分待つ間に、仕事の資料を見る。叫び出したくなる細かい文字を読んで、さらに違う書類にサインする。


「三分経ったよ!」


「おー」


 資料を読みながら麺をすする。眠くなってきた。


「君、なんでそんなに仕事が多いんだい? 今までは適当に流してただろう?」


「.......反省したんだよ。俺こういうの苦手だけど、どうしても今月は終わらせたいの」


「あのメガネくんのためかい? はははぁ! 彼の仕事まで無理やり引っ張ってきて、君は面白いね!」


「わかってるなら聞くな!」


 ニヤニヤしたイラつく変態を無視して、書類にサインした。今月中にこの仕事さえ終わらせれば、花田さんに休暇を取ってもらえる。経理部も兼任していて忙しいのは知ってるが、どうしても休暇をとって欲しい。奥さんと娘さんと仲良くしてほしいのだ。切実に。


「あーー。字が小さ過ぎる、読めるかこんなもの!」


「はははぁ! もう寝たまえ! 明日も学校だろう?」


「あとこれだけ.......これで終わり.......」


 初めて白い円が書かれた黒い封筒を出して、精一杯小難しい文を書く。ボールペンで書いたので格好はつかないが、早く出したかったので諦めた。

 少し丁寧に式神を出して、封筒を持たせた。


「終わった.......」


「早く寝たまえ! 夜更かしは体に悪いからね!」


 ぱちんっと変態が消える。妹に怒られるので、風呂に入ってから寝た。

 翌日、普通に寝坊して慌てて学校に行った。


「セーフか!?」


 教室に駆け込んで、席につく。


「セーーフ!! 和臣、ギリギリセーフ!!」


「よっしゃー!!」


 田中と熱いハイタッチを交わせば、葉月が遠くから湿った干物を見る目で俺を見ていた。俺の目が湿った。


 6時間目の古典。あくびを何度も噛み殺して、落ちそうな瞼を無理やり持ち上げる。後ろからは田中の寝息が聞こえた。解説の内容などほとんど聞いていないが、好きな和歌だと思った。そして、ちらりと1年の時に習った和歌を思い出した。


「七条先輩!!」


「うおっ!?」


 放課後。教室の入り口に仁王立ちしていたのは、中学の制服を着た女子。背は小さいが、目が怖い。初対面なのにめちゃくちゃ睨まれている。何故。


「七条先輩ですか!?」


「そ、そうです.......」


「お話があります!! お時間よろしいでしょうか!?」


「良くない.......俺もう帰るし.......せめて声のボリューム下げて.......みんな見てるから.......」


「体育館裏でいいですか!?」


「えぇ.......嘘でしょ? 俺中学生にいじめられるの.......?」


 初めは冷やかしていたクラスメイト達も、若干焦り始めていた。それはそうだろう、高二の同級生が中学生女子にいじめられるなんて、いたたまれなすぎる。


「ちょっと、あなた、和臣に何の用? まさかとは思うけど、私に言えないような事じゃないでしょうね」


「は、葉月さん.......」


 ヒーローの登場に、クラスは大盛り上がり。俺はもう少女漫画顔負けのヒロインぶりだった。涙が出る。


「言えません!!」


 どよっとざわめきが起こる。葉月の目が冷たく光ったので、慌てて中学生女子の前に出た。


「よぉーし!! 先輩頑張っちゃおうかな!! どうか素手でお願いします!!」


「.......情けねぇ.......」


 田中の声を無視して、俺の肩にギリギリと指を食い込ませている葉月を宥める。


「.......葉月さん、落ち着いて。さすがに俺も中学生にいじめられはしない.......気がする」


「.......私に、言えない、事を。和臣、に、する.......潰す」


「落ち着いて、相手中学生だから!」


「先輩!! お待ちしています!!」


「あっ、ちょっと!!」


 走り去った女子も問題だが、怒りで我を忘れていそうな葉月の方がまずい。風の谷の姫を呼んでくれ、鎮めて。


 それから意外にあっさり落ち着いた葉月と、田中のバカが俺が中学生に呼び出されたと騒ぎ回ったために集まった野次馬を引き連れて、体育館裏に向かった。

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