処刑
気まずい朝食の時間。葉月はまだ冷たい表情のまま黙ってご飯を食べていた。姉には俺が悪いと叱られた。
「和兄、お手紙来てるよ」
「ああ.......ありがと.......」
妹が差し出した真っ黒い封筒ももはや気にならない。
「和臣、携帯なってるよ」
「.......出てくる」
葉月は変態のことが嫌いだ。本能としては正しい反応なのだが、そろそろ慣れてはくれないだろうか。
廊下に出て携帯を確認する。花田さんからだった。
「はい、七条和臣.......」
「隊長! あの黒封筒は一体.......!? こんなに休暇を頂けませんよ! 祝日でもなんでもないじゃないですか!」
珍しく大慌てだった。
「ああ、今月はこっちの仕事大丈夫なので.......あの。クリスマスすごい迷惑かけたから.......家族とゆっくりしてほしくて.......」
「.......おじさんをどうしたいんですか.......」
「他の隊に引き抜かれたくない.......うちの副隊長でいてください.......」
これはうちの隊の死活問題だ。花田さんが居なければ回らないとか言うレベルじゃない。崩壊する。
「あ.......ダメです隊長.......仕事の電話だったのに.......」
しばらく静になって。
「いやぁ! おはようございます隊長!」
「あ、初めからやりなおす感じですか?」
「今日はですね、もう封筒は届いたかと思うんですが、隊長に召集がかかりまして! 急ぎのようで、お車もうすぐ到着しますのでね、準備をお願いします!」
「召集?」
「.......詳細はわかりませんが。五条隊長と一条の当主も召集されました」
「え? 俺処刑? とうとう死刑?」
「はは、縁起でもない! 隊長、私今日の午後から休暇をいただいてるんですが、大丈夫ですか?」
「任せてください! たどり着いて見せます! だからゆっくりしてきてください!」
「.......あ、やめてください隊長.......おじさんはATMの癖に水が出やすいんですから.......」
「.......奥さんと、楽しく過ごしてください」
「ははは、食事に誘ってみますよ。ありがとうございます、隊長」
電話を切って、仕事の着物に着替えた。居間に入れば、葉月はもういつもと変わらない表情だった。
「俺今から京都ー」
「急ね、あんた1人で大丈夫?」
「八つ橋買ってきてね! 抹茶のやつ!」
「.......私も行くわ。いいかしら?」
そして、葉月と一緒に車に乗った。昨日の変態の言葉が気にかかるが、こっちも仕事だ。明日にでも山に寄れば良いだろう。
「たぶん葉月つまんないぞ? あそこテレビとかないし.......いいのか?」
「あなた絶対たどり着けないもの」
「反論したい.......でも出来ない.......」
「急にどうしたのかしらね、仕事?」
「.......処刑かもしれない」
「え?」
「帰り大阪寄らない? たこ焼き食べたい」
「あなた最近.......なんでもないわ」
「待ってそこで止めないで? なに? 太った? 嘘でしょ?」
まさかメタボコースか。信じたくない、助けてくれ。
車から降りて長い廊下を歩く。
「.......ほら、着いたわよ」
「ああ.......メンタルボロボロ.......」
葉月と立派な襖の前で別れて。そっと襖を開けた。
中には横に並んだ3つの座布団と、白い掛け軸の前の座布団だけ。やけに広く感じた。
「.......こわ」
「やっほぉー! 和臣元気だったぁー?」
「あ、ハル」
「今日の招集は不思議ねぇ。私と和臣だなんて! あといっちー」
「やめてハル。一条の当主いっちーて呼ぶのやめて」
スッパリ真っ二つにされる。
「.......私がいっちーだ」
「ひっ」
音もなく背後に立っていたのは一条の現当主、一条一貴さん。刀の一条、その当主。札の五条が最強と噂される中。
対人不敗の一条は、静かに9つの家の先頭に立つ。
「いっちー! 元気だった?」
「.......ああ」
もう俺は考えるのをやめた。黙って座って動かない。これが最善だ。
「揃ったか」
ざっと頭を下げる。どこまでも白い人は、ゆっくりと俺の前までやってきた。
ついた手の前に、白い足が見える。震えと汗が止まらない。本気で処刑か。
「.......五条、一条」
「「はっ」」
待ってなんで俺は呼ばれないんですか。まさか本気で処刑ですか。なぜ。
「.......捕らえろ」
「「はっ」」
「え?」
間抜けな自分の声を聞く前に。意識は飛んだ。
「え?」
目が覚めると、顔面に札がはられている上に手足は縛られていた。そして札だらけ。
「え?」
札のせいで全く何も見えないし、ピクリとも動けない。何故か口は塞がれていないので、自分の間抜けな声だけが聞こえる。
「.......え? ちょっと、え? マジで? 処刑? 嘘でしょ?」
冷や汗は止まらない。
「.......ふっ。舐めるなよ」
ダラダラと冷や汗を流しながら、落ち着かない心臓を無視して。
「ごめんなさーーい!! 調子乗ってすいませんでしたあ!! 助けてえええ!!」
喉が裂けるほどの大声で叫んだ。涙は引っ込んだ。
「すいませーーん?! 俺何かしましたー!? あの、ごめんなさーい!!」
「.......」
「あっ! 絶対誰かいるでしょ!? ごめんなさい助けて! せめて目のやつ剥がして!!」
「.......目」
「ひっ、い、一条さん!? 一条さんですか?!」
「.......目の、札だけは。外せない」
「.......あ、そーですか。はは、騒いですいません.......」
違う冷や汗が止まらない。俺本当に何かしましたか。
「.............七条弟」
「はいっ! 七条弟です!」
「...................私が、説明、係なのだが」
「は、はぁ.......?」
「.........................私は、話すのが、苦手だ」
「.......」
俺はどうすればいいんですか。
「.......今回」
これ説明聞くのに何時間かかるんだ。誰か別の人呼んでくれ、できれば面白おかしく話せるタイプの人。
「.............七条弟を、捕らえたのは」
「あ、やっぱり捕えられてますよね俺」
死を感じる。助けて、誰か。
「...................お前の、ためだ」
「もしかして少年院? そっち系の話ですか?」
「.........................夢を」
「諦めたくない.......」
「ふっ」
あ。ちょっと笑った。この人沸点低いぞ、もしかしたら面白おかしく話せるかもしれない。小粋なトークで盛り上げてやる。
「.............夢を、見るからだ。七条弟が」
「.......乙女ですね、俺」
「.............」
全然ウケない。涙のトークショーの始まりだ。
「.............零様の、占いで。七条弟の、夢見が悪すぎると」
「.......枕替えてみます」
「ふっ」
どこでウケてるんだ。というか、夢見が悪いと捕えられるってどういう事だ。
「あの。夢見が悪いって.......あ、昨日のやつか」
変態は分類的に悪いものだ。その変態の夢に入ったのだから、とんでもなく夢見が悪いということになる、のかもしれない。
「あの、たぶんもう大丈夫だと.......」
「.............これから、見る」
「あの。これいつまで捕えられてた方がいいですか? お腹空いたんですけど」
「.............夢見が、良くなるまで」
「今日寝る前に運動するので.......帰してください.......」
「.........................腹が減った」
パタンっと音がして、人の気配が消えた。
どっと汗と動機が溢れ出す。途中からおかしなテンションになっていた気がする。一周まわっておかしくなっていた気がする。俺完全に生意気でアホな奴じゃないか、殺される、逃げなければ。
「【
ばぢんっと弾かれる。この札はハルのか。なら俺では剥がせない。
「と言うと思ったかぁ!! 力づくじゃあ!!」
本気で霊力を放つ。部屋ごと吹き飛ばすつもりで、一切手加減なしに。
「【
あとは腕の力で札を引きちぎって、自由になった腕で顔の札を剥がした。
「最近の変態の方が意地が悪いからな.......」
おそらくハルは無理やり剥がされるなんて考えていない。素直に張られた札など、ここ最近変態にいじめ抜かれた俺にはきかん。.......と思うことにする。
とりあえず零様に土下座してなんとかしてもらおうと、襖を開けた瞬間。
「「あ」」
スコーンっと、何かが頭に当たった。そして、俺はまた意識を失った。
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