聖夜

「.......ん?」


 冷たい。しーんと静まり帰った黒い空間で、胸まで水に浸かって座っていた。


「え.......まさか、俺死んだ?」


「「バカ!!」」


「痛て」


 葉月が抱きつきてきて、ゆかりんは俺の右手を握る。

 よく見れば花田さんが真剣な顔で術をかけていた。


「あ、思い出し痛い。泣く、泣くよ」


「泣きなさいよぉ.......!!」


 葉月がぎゅうぎゅうに顔を押し付けてくる。


「葉月さん葉月さん。俺今軽く腐っているんで、触んない方がいいですよ」


「ばかぁ.......」


 葉月がもっと泣き出した。


「七条和臣.......そんな言い方ないでしょお.......!」


「ご、ごめん」


 思いのほかウケなかった。というか逆効果。どうしよう。


「.......あれ? ここ.......」


「隊長!! 治療なさってください!! 早く!!」


「ああ.......すいません」


 水の中から腕を上げて、首に手を当てる。じゅうじゅう音がする。


「.......あれ、左手治ってる」


「隊長!! 焦ってください!! もっと危機感を持って!!」


「ええ.......? 凄い怒られる.......」


「和臣ぃ.......」


「葉月さん、泣かないでくださいよ。ゆかりんも」


「「無理.......」」


「隊長!!」


「うーん。焦らないでくださいよ。俺死なないので」


「この傷でよくも.......!!」


 花田さんが水滴だらけのメガネを投げ捨てた。チャームポイントだろ。


「大丈夫、落ち着いて。みんなの方が死んじゃいそうだ」


「バカぁ.......バカぁ.......」


「えっと。とりあえず皆水から上がってください。寒いでしょ? 札ふやけてるし。冬にこんなことしたら凍死ですよ」


「隊長!!」


「ここ、ウチの裏山ですね。俺は絶対ここでは死なないので、安心してください」


「「「え?」」」


「あ。術なら書いてあげるよ、ごめんな、確かにそのままあがっても寒いな.......」


 1度頭まで水に浸かって、脇腹を押さえて水からあがった。脇腹の傷は花田さんが大分塞いでくれていて、泣くほど痛いが我慢した。

 地面に術を書いて、皆を呼ぶ。

 俺はまだ足が腐りかけなので、足は水につけたまま。


「あー、びっくりびっくり」


 いつもなら葉月あたりが殴ってくるのに、今は皆術の上に座ってポカンとしている。


「変態か? ここに送ったの.......」


 ぱらりと何かが落ちてきた。ゆかりんの写真集の特典ブロマイドだった。裏にはイラつくサンタの絵と、「今回は焦ったよ。ちょっと怒っているからね? あと、僕のことよろしく言っておいて!」とあった。


「あんがとなー! 助かった!」


 ぱらりと葉月の写真が落ちてきた。まだ怒っているかな。


「さて。点呼ー! 全員無事かー?」


「「「バカ!?」」」


 まさかの花田さんも叫んだ。


「無事っぽいな。はー、ならいいや」


「良くない!! 隊長、良くないです!!」


「あの、携帯水没したんで。誰か連絡できる人います? 父か姉.......兄でもいいんですけど。迎えを呼んでほしいです」


「救急車!!」


 ゆかりんが弾かれたように電話をかける。完全防水か、いいな。買い換えるならそれにしよう。


「いや、とりあえず家に.......」


「救急車!! 山の中!! 助けて!!」


「ゆかりん、落ち着いて? 山から降りるのにウチの家の人呼ばないと.......」


「隊長!! 血が止まってません!! 手をどけて!」


 いつの間にかまた血が出ていて、花田さんが治療を再開する。

 葉月は怖いくらい静かだった。


「ちょっと。皆話聞いて? 隊長の話聞いて?」


「「あんたが言うな!!」」


「ええ.......花田さんまで.......?」


 少しダメージが大きい。


 あ、と思って。水から足を抜いて、立ち上がる。


「隊長!! 立つな!! 座れ!!」


「こんばんは」


『.......』


 いつの間にか目の前に居た白い子供は、にこりと笑う。


「久しぶりだね。俺のこと覚えてる?」


『.......』


 子供は口パクで、「かずおみ」といった。


「うん。まだ俺のこと好き?」


『.......』


 くすくすと笑って、小さな指が俺の脇腹に触れる。

 中まで腐りかけていたのが治る。大分痛くなくなった。


「ありがとう、あのさ。あの鳥もさ、別に悪気はなかったんだよ」


『.......』


「人間が無理矢理、生け贄なんて沢山あげたから。汚れちゃったんだ。悪いのは人だから、怒らないで」


『.......』


 小さな子供はにっこり笑って「やだ」と口パクした。


「なんで?」


『.......』


 口パクで、「わたしのかずおみ」と言った。


「取られてないじゃん。戻ってきたよ」


『.......』


 コロコロ笑って、また口パクで言う。「かくしたがつけあがる」と。


「.......綺麗な鳥だったよ。同じ白い色だったよ。俺は好きだな」


 手招きされたので屈むと、耳打ちされた。


『変な物に手を出すな。汚れる。あの人もどきも、気に食わない』


「俺は、好きだな。あの鳥も、変態も」


 ムスッとした子供が、手のひらを差し出す。


「ああ.......何が欲しいの?」


 にこりと笑って、『目』と言った。


「怖いなぁもう。髪の毛じゃダメ?」


 うずうずしだした。OKらしい。

 元々長くもない髪を、術で切って渡す。


「あんまりなかったな。坊主にした方がいい?」


 ニヤリと笑って、子供は走って消えた。


『ばいばい』


 消えた方に向かって手をふれば、きゃっきゃと笑い声がした。


「よーし。今回の仕事終了ー! はいはい、皆さん戻ってきてー!」


 放心状態の3人に声をかける。

 黙って泣き出したゆかりんを慰めて、葉月が俺の手を握って離さないのでそのままにした。花田さんは真っ青になっていた。


「しょうがないなぁ。山くだるよ、なに? おんぶして欲しいの? 俺脇腹穴空いてるんだけど」


「.......ばかぁ」


 葉月が半泣きで立ち上がった。ゆかりんと花田さんも立たせて、ざくざく山をくだる。下に、救急車が見えた。


「じゃ、皆さん先出てください」


 皆を先に山から出す。救急隊の人が怪訝そうに見ていた。

 大きく息を吸った。軋む体に、めいいっぱい空気を取り込んで。

「.......じゃあ、後はよろしく!」


 助走をつけて跳んだ。一息で山の境を飛び越えて。

 一瞬で意識を失った。

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