三分


 年末。書きたくもない年賀状の山に追われていると、扉が開いた。


「和臣、起きてる?」


「起きてる起きてる。姉貴、これ出しといて」


 病院のベッドの上に散乱した書き終わった年賀状を渡す。

 姉は静かにそれを受け取って、静かにりんごをむき始めた。


「姉貴ー、年末のゆかりんの大食い番組、録画しといて」


「いいよ」


 ぐりぐりと頭を撫でられた。そのままりんごを口に入れられる。飲食の許可は昨日から。


「あのさー.......」


「葉月ちゃんなら知らないよ。自分で聞きな」


「ですよねー.......」


 あれから葉月に会っていない。ゆかりんはお見舞いに来てくれた。キョドっていて可愛かった。

 兄貴と父さんは吐きそうな顔で見舞いに来た。大丈夫か。妹は怒った顔で怒って帰っていった。今度ハーモニカを買っていこう。

 花田さんは俺の代わりに仕事をしていて、当主と隊長と零様というふざけた面子での報告会に出席してもらうことになった。ごめんなさい。


「りんご」


「もうやめときな」


 そう言いつつもう1つくれて、姉は帰って行った。


 救急車に運ばれて、目が覚めたのは三日後の一昨日。本気で驚いた。俺の三日返して。皮膚はほとんど綺麗に治って、残る箇所もかぶれたぐらいになっている。問題は脇腹。



「葉月さーん.......」


 うんともすんとも言わない携帯をみて、思わずため息が出た。


「俺のサンタさーん.......」


 虚しい。来るわけないじゃん。言えば言うほど虚しいのだから、黙れ俺。


「.......来たわよ。ばかずおみ」


 思わずベッドから落ちた。ガシャーンと点滴ごと倒れて、打った頭を押さえて立ち上がる。


「え!? え!? 本物!? 俺の妄想!? 」


「ちょっと!! バカ!!」


 看護師さんが飛んできて、普通に注意された。

 でも俺はもう訳が分からなくて、眉をよせた葉月を見ていた。


「ほ、本物.......?」


「.......偽物だって言うの?」


「まさか! こんなに可愛い人2人もいませんよ!」


 余計に眉が寄った。結構本気で焦る。


「あ、あのさ! 携帯壊れたからさ、公衆電話から電話したんだけど.......出なかったから」


「そう」


「一昨日には起きてたんだよ? でもさ、ちょっとバタバタしてて.......」


「知ってるわ。あなたが寝てる時、来たもの」


「ええ!? 嘘!?」


「本当よ。.......昨日も、一昨日も、その前もその前もその前も!! ずっと来てた!!」


 葉月はわっと泣き出した。


「え、え、待って待って。ごめんね、ごめん。.......泣かないで.......?」


「死なないって言ったわ! 私の隣でって! 畳の上って言ったじゃない!!」


 わぁぁっと子供みたいな泣き声で葉月が泣く。


「い、生きてます!! 葉月さん、俺生きてます! 死んでません!」


「あああ!! 死なないってゆった!! ゆったのに!! 和臣ぃ.......!!」


「死んでないよ.......」


 熱い葉月の頭を撫でる。俺の胸ぐらを掴んで泣いている葉月は、えんえんと悲しそうに泣いた。


「ごめんね、まさか俺もここまで目覚めないとは.......寒かったからかな?」


「なんで、なんであんなことするのよぉ.......!! 手だって首だって.......お腹なんて穴があいたのよ!?」


「ごめんな.......だってあの鳥が可哀想だから。あの鳥は悪くないのに、あそこまで落ちちゃったら、助けてあげたいだろ?」


 あの山を管理していた家は、生け贄を使って家の繁栄を支えていた。長いことそれを繰り返す内、その行為はエスカレートして1年に何度も生け贄を捧げるようになった。

 それで、度が過ぎて。家も、主も。

 落ちた。


 そんな所に主に挿げ替わろうと天狗まで来て、あの鳥はもう限界だった。


 それに、あの鳥が死んだら。山が荒れる。あの地域の土地が死ぬ。落ち着くまでしばらくかかる、大きな波が襲う。だから、山を従える主は不可欠なのだ。


「でも和臣が痛くなったわ!! 酷い色だった!! 酷い臭いだった!!」


「それは傷つく.......」


 匂いはやめてよ。泣くぞ。


「私何も出来なかった!! ただ見てただけで! 全然追いつけない!! 隣りに立ちたいのに!!」


「あの場では、俺が1人でやるのが最善だった。俺だったから助かったんだし.......葉月が悪い事はひとつもない。これは隊長として言うぞ。悔やむな水瀬葉月。お前は最善の行動をとった。.......それからこれは師匠として」


「な、なにっ?」


「まだ追いつかないでください。俺何も教えられないダメ師匠だけど.......せめてあとちょっとは弟子の前を歩きたいんだ。はは、術者としては自信あったんだけどな、弟子が優秀なもんで。この頃は、ハラハラですよ」


「わああああああ!!」


 葉月は弾かれたように泣いた。


「泣かないでよ。俺も悲しい」


「泣きたくて泣いてるんじゃないわよ!! 和臣が泣かしてるのよ!!」


「ごめん!! 本当にごめん!! 好きな子泣かせたくないんだ!! 泣き止んで!!」


「無理よぉ.......ばかぁ.......!」


 その後落ち着くまで5分。失言により泣かせるまで3分。その後落ち着くまで10分。俺はバカか。


「.......葉月、ごめんね」


「い、いや」


「デジャブ.......」


「許さない。許さないから」


「か、髪の毛いる?」


「いらないわよバカ!!」


 胸ぐらを掴まれる。殴られると思って、思わず目を瞑った。


 熱い何かが口を覆う。塩辛かった。

 長く長く重ねて、1度離れてまた重なった。


「.......葉月」


「5日分。足りないわ」


 半べその葉月は、また唇をくれた。


「.......あのさ」


「まだよ。なに? 文句があるの?」


「.......ふふ、葉月」


「な、何笑って.......!!」


「それじゃ何回やっても同じだろ? いいか?」


 葉月の顎に手をかけて。

 優しく、ゆっくり、重ねた。甘くなるまで。葉月の息が続く限り。


「..............これ、めちゃくちゃ照れるな」


 葉月はポカンと口を開けて、固まった。


「「.......」」


 2人で黙ること三分。俺が退院するまで7日。

 涙を堪えて零様に新年の挨拶に行くまで2日。

 もう一度あの神社に行って後片付けをすること5日。


 2人で一緒にいるのは、これからずっと。




ーーーーーー


裏山の中では最強の和臣です。山の中ならハルにも負けません。

 裏山の中ではドーピング的な感じで多少の怪我も平気です。ただし裏山を出れば普通にダメージがきます。今回助かったのは花田さんが優秀なのと、和臣自身の線引きが上手だったからです。



 和臣を裏山に送った変態は3回ほど山の主に殺されました。

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