主導

 2人で外に出れば、わっと人が寄ってきた。

 照明に照らされて、自分の手がはっきり見える。

 痛そうで涙が出る。だから、今泣いているのは手が痛いから。決して涙が止まらなくなった訳では無い。


「兄さん!! 和臣!!」


 姉が走ってきて、俺と兄貴を交互に見る。


「おい、治療班! この3人頼む!」


 兄貴が運んできた3人はあっという間に引き取られ、治療を受けていた。


「兄さん、大丈夫? 和臣がすごく慌てて連絡してきたから.......」


「俺はな。和臣、手出せ。あれだったら救急車呼ぶか?」


「.......いい」


 手の怪我はそこまで酷くなくて、兄貴が治療してくれた。姉は照明係に呼ばれて、向こうで何か話していた。


「さて、じゃあこの病院どうするかな」


「あ、そうだ。術」


 術はかけっぱなしで、そろそろ俺も限界だ。


「あのさ、今から術解くから。隊の人達どけて」


「は? 術?」


「早くしてよ、俺倒れる」


「おーい! 全員病院から離れろー! .......これでいいのか?」


 兄貴の呼びかけで全員が下がる。


「おう、じゃあ解くけど、怒るなよ」


「はぁ?」


 俺を軸としていた術を解く。

 ずんっと地面が揺れて、病院の壁が崩れ落ちる。

 またあの場所がズレて、ぐにゃりと歪んだ後、何事もないような景色に戻る。あの場所はもう現在に戻ることは無いかもしれない。


「あー。めっちゃキツかった!」


「おい和臣!! お前あんな術かけてたのか!? てことはあの場所戻したのお前か!」


「もうさ、俺史上最大の術だったよね。キッツ。今度ハルに自慢しよ」


「このバカ! なんでそんな事するんだ! 病院崩れたし、お前フラフラだろ!」


「.......吐きそう。すげぇ気持ち悪い」


「バカー!!」


 しゃがみこむと兄貴が背中をさすってくれる。本気で吐きそうだった。


「なんでそんな事するんだ、こんなになるまで.......」


「だって兄貴がさー、出てこないからさー」


「そりゃあ、残っちゃったなら仕事してから帰るだろ。遅くなるとも言ったし.......聞けよ、人の話。それに、隊長ぐらいの術者ならあんな場所から戻れないなんてことないだろ。向こうからこっちに帰る方が楽だしな、俺達には軸があるんだから」


「.......確かに」


 なんだ早とちりか。俺が勝手に焦って勝手にへろへろになってただけか。なんだ、なんだ。


「こんな術.......お前もしかしてめちゃくちゃ焦った?」


「うっさいなぁ」


「兄ちゃんが出てこなくて焦った?」


「うっさい」


「吐くほど怖かった?」


「ちげぇし。兄貴が帰れなかったら可哀想だから、手伝ってやっただけだし」


 ぐしゃっと頭を撫でられた。


「ありがとう。ごめんな、また待たせた」


「.......そういうのは彼女に言えよ」


「お前!! しおらしいと思えば!! お前、それは言うなよ!!」


 ぐりぐりとこめかみに拳が刺さる。


「ああ痛い! 痛いから帰りラーメン食べたい」


「げ。調子に乗りやがって.......静香を上手く誤魔化せたらな」


 その後兄貴が解散の号令をかけて、隊の人達がぞろぞろ引き上げていく。


 近くのラーメン屋を検索していると、姉を上手く誤魔化せなかった兄貴が怒られていた。


 家に帰れば、もうみんな寝ていて、書き置きに「明日は大食いツアー」と書かれていた。ならラーメンは我慢しよう。




 昔、迷子になった。

 夜になっても帰れなくて、1人で夜の公園のベンチに座っていた。

 散々兄貴を呼んでも来てくれなくて、もう暗いのが怖くて、泣きすぎて吐きそうだった。

 後から分かったが、俺が居たのは隣町の隣町の公園。交番のお巡りさんも中々見つけられないのは当然だった。

 そんな場所に居た俺を見つけたのは、やっぱり兄貴だった。

 夜までずっと走って探していたらしい兄貴は、少し涙目だった。

 俺が勝手に迷子になったのに、ごめん、ごめんな、と謝られて、俺が吐きそうと言うと、怖いぐらいに慌てた。

 帰りは兄貴に抱きかかえられて帰って、ジュースを買ってもらった。

 父と姉にはめちゃくちゃに怒られて、兄貴と母はそれからしばらくは俺に甘かった。


 それからも散々迷子にはなったが、兄貴はすぐに迎えに来てくれた。姉よりも父よりも見つけるのが早かった。母は別で迷子になるので、1度も会えたことはなかった。

 兄貴が仕事をはじめてからは、もう俺を迎えに来ることはなくなった。俺も大きくなって、少しぐらい迷子になっても気にしなくなったのもある。


「和臣、昨日泣いたの?」


「え。な、なんで?」


 翌日の大食いツアーの時、葉月が2つ目のパフェを食べながら聞いた。


「.......なんでもないわ、ほら。食べないの?」


「流石にパフェ何個も食べたら気持ち悪いよ.......」


「あはは! 七条和臣、これは私の勝ちね!」


 パフェ4つ目のゆかりんがドヤ顔で俺を見る。

 妹はキラキラした目でゆかりんを見ていた。


「大食いでゆかりんに勝てるわけないじゃん.......せめてご飯系にしてよ」


「じゃあ次はカツ丼にする?」


「.......マジで?」


 本気で次の店はカツ丼になった。胃袋どうなってるんだ天才術者アイドル。


「和臣」


 カツ丼屋に向かう時、葉月が俺の手を取った。


「私も、あなたを見つける自信はあるわ。迷子になったって、私が見つけてあげる」


「ああ、ありが.......って、え? なに? なんで?」


「タイトルは「泣き疲れ」らしいわ」


 葉月が見せた携帯画面には、俺が車で寝ている写真が映っていた。


「わあああああ!! 兄ちゃんのばかあああ!!」


「これはなかなかの写真ね、お返しに困るわ」


「なぜ! なぜこんな事に!」


「お兄さんから言われたのだけど」


 葉月が手を繋いだまま俺のポケットに手を入れた。


「ちゃんと手を引いておいてって。ふふ、どう? 今日は私の勝ちね」


「.......急に漢前ですね.......」


「やられっぱなしは性にあわないの、心構えさえしておけば、こんなものよ!」


 そう言いつつ耳が赤い葉月と、ゆかりんと妹の後を追ってカツ丼屋に入った。



 もう俺を探してくれるのは、兄貴じゃない。

 姉も、父ももう違う。もちろん妹も。

 これからは、葉月が手を繋いでいてくれる。

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