捜索

「和臣!」


 夜の1時。廃病院の前に第七隊の術者が集まり、照明の準備が進められていく中。

 姉が車から降りて走ってきた。


「何があったの?」


「中へ入ったら、札が使えなかった。それで、出直そうとして戻る途中で、兄貴が俺だけ外に出した。兄貴はまだ中にいる」


「和臣」


 姉がグリグリと俺の頭を撫でる。


「大丈夫。落ち着きな、よく人が来るまで待った、頑張った」


「うん」


「兄さんなら大丈夫。あんたは今、自分の仕事をしな。泣くのはあと、わかった?」


「.......うん」


 大きく息を吸って、固まった体をほぐす。


「姉貴、今回は俺の部下ってことでねじ込んでる。周りのフォローを頼む」


「まかせな」


 ばちんと照明がついた。病院が照らされ、50人以上の術者が待機する。


「七条特別隊隊長、準備が完了しました」


 兄貴の隊の副隊長がやってくる。


「はい。では、そのまま待機で」


「どういうことですか?」


「俺が三時間経っても戻らなかったら、本部へ連絡を。五条隊長か零様呼んでください」


「.......我々は中に入るなと?」


「はい」


 副隊長の視線が鋭くなる。

 俺は胸元から札を出して、式神を放つ。


「何かあればそれ使ってください。大体のことはこなすはずですから」


「お待ちください。我々の隊長の捜索です、我々も」


「俺、今余裕がないんですよ」


「でしたら、フォローの要員を」


「他の人に気を配れないんですよ。おそらくですが、中は相当ズレている。とんでると言ったほうがいいかもしれない。術が使えるとは思わないほうがいいです」


「なら、あなたも!」


「俺、天才なんですよ。知ってました?」


「こ、こんな時にふざけ.......!」


「真面目ですよ」


 周りに張った俺の糸が、雑魚から妖怪から全てを消しとばす。


「じゃあ、行ってきます。しばらく何もないと思いますけど、気をつけて」


 外の糸はそのままに、玄関から中に入った。

 中は至って普通。先程の異質な空気など感じられない。式神を出せば、普通に使えた。


「.......そうか。もうここにはないのか」


 先程の場所は完全にどこか別のところへ飛んでしまったのか。

 俺たちは皆、今に対する軸を持っている。その軸があるから、今この世界に存在できる。

 先程の場所は、何かの拍子で現在と繋がってしまった別の場所だ。かろうじて現在に引っかかっていただけで、もう現在とは違う場所に飛んでしまった。力が溜まりすぎて、軸を持つ人ごと現在から離れてしまった。


「【七撃しちげき捕捉とらえとらえ御把おんとらえ百歌ももか】」


 一気に霊力は無くなって、ぼろぼろの病院が震える。この病院自体には当てていないが、所々崩れ始めた。そして、俺の術がずれた場所を追いかけて、とらえた。

 あとは力ずくで引き戻せばいい。


「【結引ゆいひき】」


 ギチギチに張った糸が、あの場所をひっぱてくる。まっさらな頭の中で、やけに術の知識がまわっていく。

 糸がゆるまって、あの場所が近づいたことを知らせる。


「【八点はちてん固定かためさだめ結掬ゆいむすび】」


 俺自身を軸として、場所を今に固定する。

 階段を駆け上って、3階の廊下を走る。誰もいなくて、2階に下がって走った。

 やっぱり誰もいなくて。もうどこを走っているのかはわからないが、札をばら撒きながら走った。


「.......」


 札が無くなって、糸もこれ以上出せなくて。それでも見つからなくて。


「兄ちゃんどこ.......」


 昔、迷子になった。割といつでも迷子になるが、あの時のことはよく覚えている。

 まだ兄貴が高校生の頃、2人で隣町へ買い物にいって、迷子になった。

 すぐに兄貴が迎えにきてくれるだろうと思って、1人で知らない道を歩いた。

 でも、日が暮れても会えなくて、不安なまま歩いた。

 夜になって、歩き疲れたのと泣き疲れたのとで、知らない公園のベンチに座っていた。


 あの時も、こういう気持ちだった。


「兄貴ー! 俺が迷子だから出てきてよ! なあ、兄貴ー.......」


 出した札も、糸もすぐ消えていく。軸が弱いから、ここでは普通に術が使えない。


「俺さー! この間さー! 兄貴のTシャツにお茶こぼした! 白いやつにごめん! 怒ってる? 殴ってもさー、いいからさー」


 よくわからない部屋の机の下を覗く。何かの棚を開けて中を見る。


「出てきてよー.......」


 ぐっと上を向く。泣くのはあとだ。俺は、俺の仕事を。


「【七撃しちげき捕捉とらえとら.......え」


 できない。もう術が使えない。普段ならこんな場所だろうと無理やり使うぐらい、できたはず。できないのは、俺が限界だから。


「兄ちゃん.......」


 やっと見つけた階段を降りる。

 何もかも出し切ってしまって、クラクラする。目の奥が熱いのは違う理由。




「あ。こんなとこに」


 ばっと顔をあげれば、3人の術者を抱えた兄貴がいた。

 いつも通りに小言を言う顔をして、階段を見上げている。


「お前、入ってくんなよ。せっかく兄ちゃんが出してやったのに」


 ずり落ちた1人を背負いなおして、兄貴が歩き出す。


「3人とも見つけたし、俺たちも出るぞ。まあ、どうやって出るかだな.......。ん? 場所戻ってるな。 なんだ、無理しなくても出れるな」


 兄貴は大人を3人も背負って、涼しい顔で歩く。


「おい、おいてくぞ.......って、え? 泣いてる?」


「.......」


「なんだなんだ。まさか兄ちゃんと離れて寂しかったのか? お前今いくつ.......て、まじ?」


 兄貴の手がふさがっているので、袖を掴んだ。


「どうした、なんかあったか?」


「.......」


「黙って泣くなよー。帰りジュース買うか?」


「.......なんで俺だけ出したの」


「え? そりゃ出られるなら出たほうがいいだろこんなとこ。出るの大変だし」


「.......今外で兄貴探すためにめちゃくちゃ人きてる」


「はあ? なんでだよ、俺ここにいるだろ。遅くなるって言ったよな?」


「.......戻れないと思った」


「舐めるなよ、あれぐらい余裕だ。.......まあ、少し時間はかかるかもしれんが.......」


「.......さっきちょう呼んだ」


「ごめんごめん、聞こえなかった」


「.......ちょう探した」


「ごめんな、.......って、お前! 手! 血だらけだぞ! どうした!?」


「.......使ったことない術も使った。ちょう気持ち悪い」


「はあ!? そう言えば顔色悪いぞ、何してんだ!」


「兄ちゃんのばかあああ!! 早く出てこいよ!!」


「ええ.......ごめんな?」


 そのまま2人でボロボロの玄関をくぐった。

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