祝日

「さぶい」


「和臣なんで今日半袖短パンなんだ? 寒いに決まってるだろ!」


「本当だよな.......田中ですら長袖なのに.......」


 冬の体育など拷問に近い。しかも俺は半袖短パン。死にたいのか。


「あー。帰りたい」


「今日20分間走だしなー。女子もいないし.......」


「体育館いいよな。男子も室内にすべきだろ」


「あ。和臣、始まるぞ」


 開始の笛が鳴って、意味もなくグラウンドを走る。この時間なに? 20分走って何が得られるの? 愛しも切なさも何も得られねぇよ。帰らせろ。


「ラスト5分ー!!」


 まだ5分もあるのか。色々な物が口から出そうだ。主に内蔵とか。


「終了ー! 最後走りきれー!」


 走った後座り込むと、うるさい田中が寄ってきた。


「和臣ー! すぐ座んなよー! なんだ? もう一周するか?」


「.......だ、だま、れ」


「めちゃくちゃ息きれてるじゃん。せっかく残り時間自由だから、サッカーしようぜ!」


「で、できる、と、思う、か?」


「軟弱すぎる.......」


 残り時間はサッカーを眺めて、寒くなったのでさっさと教室に戻った。


「あ、和臣!」


「ああ.......葉月さん。どうでした.......?」


「ありがとう。助かったわ.......寒かった?」


「そりゃあもう.......」


 俺のジャージを着た葉月がやって来る。萌え袖を期待したが袖はきっちり折られていた。無念。


「ごめんなさい、洗濯に失敗したの.......大丈夫?」


「ぐっ.......それはずるい.......」


「え?」


 俺の手を両手で包んで、若干上目遣い。どこで覚えたんですか、恐ろしい子!


「.......やっぱり全然寒くなかった」


「?」


「大丈夫。それより今日ゆかりん来るけど、泊まってく?」


「.......そうね。あの、洗濯機借りてもいいかしら?」


「いいけど」


「最近は、ちゃんと洗濯出来てたの。だから、柔軟剤を使ってみようかしらって思って、そしたら家がすごい匂いになって.......服を洗濯機に入れると匂いがすごくて.......」


「沢山入れちゃったんだな.......」


 しおらしい葉月が可愛いので良しとする。


 放課後。

 俺はコンビニで唐揚げを買って、葉月はココアを買ってくれた。


「あなた本当に最近食べすぎよ? 太るわ」


「縦に伸びたい.......そろそろ伸びたい.......」


 唐揚げを1つ差し出せば葉月がぱくっと食いついた。


「ええ.......? 今日可愛いがすごくない? なんの日? 今日なんの日?」


「.......ありがとうの日」


「え。ちょっと待って。 え? 」


 可愛いってなんだっけ。

 耳を赤くした葉月が早足で歩き出したので、慌てて追いかける。


「葉月さん葉月さん。今日ありがとうの日ですか」


「.......」


「ちょっと葉月さん、お待ちくださいよ」


「.......」


「ははは! 自分で言って照れてる」


 いつもより弱めに叩かれる。その手を掴まえて、ココアを入れた俺のコートのポケットに入れた。


「今日はありがとうの日だから、ちょっとぐらい許してくださいよ」


「〜!!」


「暖かいなー。ココアと葉月、どっちが暖かいんだろうな」


「ココアよ!!」


 軽く蹴られるが、今最高に楽しいのでもうなんでもいい。


 手を繋いだまま家の門をくぐれば、ポケットから抜いた拳で殴られた。


「.......いたい.......けどなんかもう楽しい.......」


「ばかずおみ!!」


「葉月さん、次のありがとうの日いつですか?」


「しばらく無いわよ!」


 何だこの生き物。可愛いとかじゃ間に合わないレベル。からかうのも見るのも全部楽しい。


「早めにくるといいなぁ。ははは!」


 べしべし叩かれながら家に入る。


「ただいまー!」


「.......お邪魔します!」


 パタパタと姉と妹が出てきた。


「おかえりなさい。和臣、これ」


「げ。黒封筒」


 真っ黒な封筒を受け取る。

 やって来た妹がチラチラ葉月を見ながら言った。


「葉月お姉ちゃん、今日はね、リコーダー.......」


「「「.......」」」


 葉月と妹が居間に行った。小声で姉に言う。


「姉貴、清香やばいぞ。俺よりひどい」


「気づきたくなかった.......。さっきから一緒に練習してたの.......あんたは歌以外は、まあ普通だったけど.......清香は、父さんレベルね.......」


 姉と兄貴は歌が上手い。この2人は音楽関連は全て得意だ。俺と父さんとは人種が違う。


「.......ま、まあ。歌が下手でも! 清香は他が優秀だしな!」


「そ、そうね、勉強も運動もよくできる子だもの。歌ぐらい何よ、私も兄さんも絵が下手だけどちゃんと大人になったわ!」


 居間に入れば、リコーダーを睨みつけている2人。


「「.......」」


「あ。封筒の中身見てこよー! ごめん俺部屋行ってる!」


「あ! 逃げるな和臣!」


 姉を振り切って部屋に駆け込む。

 封筒の中身を見れば。


「ん? なんだこれ」


 つらつら書かれている文章を読み返して。

 仕事用の着物に着替えた。


「和臣、町田さんもうすぐ来るわよ.......って、どうしたの?」


 廊下に出れば、葉月が怪訝そうに見てきた。


「ちょっと仕事行ってくる」


「え? 1人で?」


「1人じゃないけど.......まあ、うん。ちょっと遅くなるかも」


「手伝いましょうか?」


「いや、大丈夫。 姉貴ー!! 俺仕事行くーー!」


「はあ!? 今から!?」


 バタバタと音がしたが、姉が来る前に玄関から大声で叫んだ。


「いってきまーす!」


 日が落ちかけた中、門の前に止まった車に乗った。

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