兄弟

「あーー。テンション下がるわー」


「おい、どういう意味だ」


「なんでゆかりん来てるのに仕事.......。しかも兄貴と.......」


「仕方ないだろ、近場にいるのが俺達だったんだから」


 車に揺られながら面白くもない兄貴を見る。

 本当に面白くもなかったので、窓の外を見た。


「早く帰りたい.......ゆかりんのサイン欲しい.......」


「早く帰れればいいけどな。和臣、俺から離れるなよ」


「うへぇ。そんなの自分の彼女に言えよ」


 ぎしっと音がして、兄貴が叫んだ。


「先週別れたんだよーー!! この、自分が葉月ちゃんいるからって!」


「ぎゃああああ!!」


 頬をつねられ、そのまま縦横に伸ばされる。


「いてぇよ! ていうかまた別れたのか!」


「俺ってそんなに口うるさいか!? なあ! 俺よりチャラついたバンドマンの方がいいのか!?」


 あ。これは浮気された上捨てられたな。

 兄貴はモテるが、いつもフラれて捨てられる。

 少しどころかめちゃくちゃ可哀想なので、移動中はずっと愚痴を聞いていた。


「ああ、なんで和臣が学校帰りにイチャついて俺はアラサーで彼女にフラれて.......」


「まだ若いよ、大丈夫だよ.......ん? 学校帰り?」


 兄貴が携帯で写真を見せる。今日の帰り俺と葉月が手を繋いで歩いている写真だった。


「なあああああああ!!」


「はあ.......弟に先越されるとか.......」


「待て待て待て!! いつ撮った!? ていうか見てた!?」


「ムービーも撮ればよかったな.......」


「おい! なんで撮ってんだよ! おい!」


「記録は大事だからな。たまたま目の前を弟が歩いてたら写真撮るだろ」


「撮らねぇよ!!」


 修学旅行の後から兄貴はやけに写真を撮りたがる。

 この間など帰宅して姉と妹の写真を撮ってすぐ仕事に行った。大丈夫か。


 久々に盛大な兄弟喧嘩に発展しかけた時、車が止まった。


「ほら、和臣行くぞ」


「.......」


「仕事だ、ほら」


 ズルズル引きずられて現場に向かう。しばらくしてコンビニのおにぎりをくれたので、今回の喧嘩は引き分けにしてやる。


「これは、思ってた以上に大きいな」


「兄貴、どうすんの? 入る?」


「入るしかないからな.......絶対に離れるなよ。いいな?」


「おう。兄貴こそ俺から目を離すなよ! 今回は迷ったら泣きわめく自信がある!」


「弟よ.......」


 2人で手袋と指環を着けて。

 そこに、足を踏み入れた。



 真っ暗な建物の中を、兄貴の懐中電灯が照らす。


「おい」


「うおおお!! き、急に声かけるんじゃねぇ!」


「.......お前今妖怪出たらどうするんだ」


「兄貴が何とかしてくれよ.......」


 廃病院。人気のない周りは草木に覆われ、1階の窓はほとんど割れてている。

 ガラスの破片が落ちた廊下を、兄貴と進んでいく。


「えー、ちょっとちょっと。これはまずいですよお兄さん」


「お前何が怖いんだ? 妖怪も霊もすぐ退治できるだろ」


「そういう事じゃないんだよ、この雰囲気が嫌なの。出るならさっさと出てほしい。妖怪がいた方がなんか安心する」


「分からないな.......」


 自分達の足音がやけに響く。


「本当にこんな何もない所に人送ったのか? 間違いじゃないのか?」


「いや、本部から調査として3人の術者を送ったのは間違いない。.......三日間戻らないのもな」


「うわぁ.......本気で帰りたい.......」


 今回の仕事はその3名の術者の捜索と、この廃病院の調査。相当急ぎの仕事なので、1番近くにいた俺と兄貴が指名された。隊長2人で速やかに済ませろとの事だった。


「そろそろ気を引き締めろ。油断するな」


「.......了解」


 階段を上がりながら、手持ちの札を確認する。

 2階から完全に建物内の空気が変わった。

 外の木に繋いだ糸もしっかり確認して兄貴と進む。


「式神でも出すか?」


「無駄だろうな。昨日までに大量に放ったが、全部消されたらしい」


 1つ1つの病室に人がいないか確認してまわる。


「.......上の階行くぞ」


「おう」


 2階全てをまわり、さらに階段を登る。

 胸騒ぎがする。これは、まずい。


「兄貴! まずい、一旦出直して」


「居た!」


 兄貴が指さしたのは、3階の廊下の真ん中。

 2人の術者がぐったりと座っていた。


「兄貴、式神にやらせるぞ。階段を登りきっちゃダメだ!」


「わかった。お前は後ろにいろ」


 兄貴が式神の札を出して、放つ。


「「は?」」


 札はそのまま地面に落ちた。


「バカ兄貴、札ぐらいちゃんと書けよ!」


 嫌な予感がする。兄貴は装備のチェックは欠かさないし、札なんてこまめに書き直している。

 かわりに俺が式神を出そうと札を出せば、そのまま何も起きずに落ちた。


「くそ、どうなってる!?」


「おい、あんたら本部の術者だろ! こっちにこい!」


 ぐったりしている2人に声をかけても、ピクリとも反応しない。

 ざわざわと胸騒ぎが強くなる。

 おかしい、おかしいのだ。こんなに淀んだ場所で霊の一体もいないのも、妖怪の気配がしないのも。


「出直すぞ。不安要素が多すぎる」


「あの2人は.......?」


「お前も上の立場になっただろ。優先順位をつけろ」


「でも、もう三日目なんだろ!? このままじゃ死ん」


「だから! 優先するものを考えろ! このまま隊長2人が帰らないことの損失がどれだけかわかるだろ!」


 ぐっと言葉に詰まる。すぐに兄貴は怒った顔を緩めて言った。


「.......すぐ策を練って戻るぞ。優先はしても、取りこぼすつもりはない。今回はお前もいるしな、大丈夫だ」


 最後に頭を撫でられる。情けない、悔しかった。

 階段を早足で降りながら、兄貴も俺も電話をかける。兄貴は副隊長へ、俺は本部へ。


 バタンっとなにかが閉まる音が後ろで響く。

 バラバラとなにかが落ちていく。

 糸が切れた。


 まずいまずいまずい。空気が異質だ。ここには確かなものがない。軸が足りていない。


 廊下を走り抜けて、出口が見えたところで、兄貴が俺の襟を掴んだ。

 ぐっと引っ張られて、外に投げ出される。


「俺は遅くなるから、帰るなら車呼べよ!」


「.......え?」



 振り返れば、誰もいないぼろぼろの玄関が口を開けていた。

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