音楽


 もう冬と呼ぶ季節になった。

 ほとんどの生徒はコートやマフラーをして学校に来るようになり、まだまだ先の事だと言うのに世間は赤と緑に染まり、クリスマスソングが流れている。


「じんぐるべーるりんりんりーんすずがーなるー」


「和臣、歌詞も音程も違うわ。こんなに悲しい気持ちになったクリスマスソングは初めてよ」


「え。だって昨日清香がこう歌ってたぞ!?」


「.......」


 葉月が凍った金魚鉢を見る目で俺を見た。

 今日はゆかりんの大食い番組を見るので、一緒に帰る。


「なあ、コンビニよろうぜ。お腹空いた」


「夜食べられなくなるわよ」


「大丈夫。最近めちゃくちゃお腹が空くんだ。なのに体重も身長も変わらない。なぜ?」


「後で一気にくるわよ」


「え、やった。身長伸びるかな?」


「体重の話よ。カロリーは裏切らないの」


「.......」


 葉月に脅されつつもコンビニで肉まんとピザまんを買った。葉月がこっちを見ていたのでピザまんを渡せば、肉まんがいいと言われた。


「食べかけだけど」


「.......そっちがいいの。ご、ご飯前だし、1個は食べすぎだし .............ダメかしら?」


「ダメじゃないです.......」


 葉月がいつもと同じ顔で食べかけの肉まんをかじる。鼻が赤いのは寒さのせいかもしれないが、耳が赤いのは違う理由かもしれない。

 可愛いを通り越してる。 葉月さん満点、あなたがチャンピオンですよ。


「「.......」」


 その後はお互いほぼ話さず歩いた。ピザまんの味は覚えていない。


「.......ただいま」


「.......お邪魔します」


「あ、葉月お姉ちゃんいらっしゃい! あのね、今日学校でね.......あ。和兄もおかえり」


「今ごく自然に兄ちゃんの事忘れたよね? 見えてなかったよね?」


「葉月お姉ちゃんって音楽得意? ピアニカの宿題がでてね、静香お姉ちゃん明日までいないから.......」


 妹の視界に入れない事に泣いた。普通に悲しい。


「ピアノは習ってたの。一緒にやりましょう?」


「うん!」


「.......なあ、兄ちゃんは?」


「和兄音楽できないじゃん。お歌も下手だしピアニカもできないじゃん」


「残念だが歌が下手なのは清香もだ! ふははは! 父の遺伝子が強かったな! かわいそうに!」


 俺もな。


「私は下手じゃないもん! 練習中なの!」


「諦めろ! どうしようもないんだよ! 遺伝子からは逃れられな」


 ごちんと脛に蹴りが入った。いつもより強め。


「.......いじめないの。清香ちゃん、練習しましょ」


「うん。ありがと、葉月お姉ちゃん」


 遅れて居間に行けば、2人がピアニカを前に真面目な顔をしていた。


「.......吹かないの?」


 妹が息を入れながらゆっくりと鍵盤を押す。びーびーびーとあまり綺麗では無い音が鳴る。


「清香ちゃん、こっちを押すのよ」


 びーー、とまた割れた音が響く。


「.......もうちょっと息を入れましょう。きっとそれで大丈夫よ」


 びっと音が鳴って止まる。

 我が妹ながら悲しい。確かピアニカって吹けば鳴るよな。


「大丈夫、大丈夫よ。絶対に弾けるようになるわ。大丈夫」


「.......葉月お姉ちゃーん」


 悲しい。涙目の妹がかわいそうだ。

 全ての原因の父は、リズムという物の存在を知っているのか怪しい。昔俺のピアニカを前に立ち尽くしていたのを見たことがある。おそらく音楽から最も遠い人間だと思う。


「大丈夫よ。私もピアニカは1台ダメにしたことがあるの。息を強く入れすぎてね。それに比べれば清香ちゃんは才能があるわ」


「.......ほんと?」


「大丈夫よ。楽譜は読めてるから、大丈夫」


「.......うん」


 俺は空気と同化しながら2人を見守る。

 明恵さんが夕飯を運んできても2人は真面目な顔でピアニカを見ていた。


「.......ごちそうさま。あのさ、そろそろゆかりんの番組だからさ」


「そ、そうね! 息抜きしましょう! ほら、清香ちゃん。町田さんを見ましょう!」


「.......ゆかりちゃん、元気かなぁ?」


「元気元気!! ほら、今度また遊ぼうな! ゆかりんも清香と遊びたいって言ってたぞ!」


「そうよ! 後で町田さんに連絡しましょう!」


「ゆかりちゃんはお歌上手なのになぁ.......」


「「.......」」


 ゆかりんの大食いを全力で応援した。それはもう応援した。葉月も手を叩いて応援していた。


「ゆかりちゃんすごいね! 早く会いたい!」


 元気を取り戻した妹を葉月がさり気なく風呂に誘い、その隙に俺がピアニカを片す。連携プレーで妹の笑顔を守った。


「清香、オセロやるか? トランプでもいいぞ」


「今日はもう寝る! おやすみ!」


 風呂から上がった妹はだっと部屋に戻っていった。


「.......和臣」


「.......俺もここまでだなんて知らなかったんだ。ちょっと音痴なぐらいかなって」


「どうするのよ」


「俺も分からないよ.......もうからかえないよ.......」


 気まずい沈黙の中、玄関のチャイムがなった。


「出てくる」


 玄関に居たのは白い着物を着た女。


「あ、どうも」


「総能本部です。七条和臣様ですね。こちらを」


 白い封筒を渡される。


「では失礼します」


 その場で着物の女、総能の式神が消える。


「仕事かー?」


 げんなりしながら中身を見れば。


「げ」


「和臣、仕事?」


 後ろからひょっこり葉月が現れる。


「いや、違う」


「なに?」


「.......書類の催促」


「あなたまた書類を出してないの? 早く書きなさいよ」


「隊の書類じゃないから.......忘れてた」


「何の書類なの? 確定申告?」


「それは春先だろ.......。じゃなくて、不安定な術についての意見書みたいなの書かなきゃいけないんだよ」


 俺が術の改善点など紙に書けると思わないで欲しい。使用への反対も何も無いわ。好きにしてくれ。


「そう。隊長さんは大変ね」


「明日やるか。あ、今日の宿題見せ」


「今、自分でやりなさい」


 その後きちんと宿題を済ませ、きちんと葉月に精神をズタズタにされた。


 次の日、妹はピアニカを持って学校に行った。

 その日から妹の俺への態度が若干キツくなったが、何も言えなかった。

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