約束
「隊長ーー!!!」
病室のドアがばしんっと開いて、思わず持っていたりんごを落とした。
「あ、花田さん。いや、どうもー。お盆前に会えましたね、はは」
「隊長.......」
ふらふらと花田さんがベッドによってきて、葉月は椅子を立ってドアを閉めに行った。
「あんなに覚悟決めて、送り出して貰ったんですけど.......運が良すぎたみたいで」
俺も葉月もぎょっとした。
花田さんがいきなり腰をおって、頭を深く下げたから。
「.......おかえりなさいませ。.......さすが隊長です」
「.......ど、どうも」
花田さんはそのままふらっと床に膝を着いた。
このしんみりした雰囲気。非常にまずい。
あれだけ覚悟を決めた感じを出した後だけあって、気まずすぎる。
俺が意識を失って救急車に乗せられて、そのまま入院という連絡が昨日ハルによって伝えられた。家にも総能にも。
なのに、俺に誰からも連絡が来ない。貧血とは違う気持ち悪さがある。
「.......あの、俺実は結構元気で.......」
確かに昨日は貧血が過ぎて不味かったが、輸血して今はもう起きているし、レバーを食べれば治る。
「.......隊長、私は、隊長の遺書まで確認したんです.......」
「すいません!! なんかすいません!!」
葉月がお茶を勧めても、花田さんは顔を上げない。
気まずくて、声をかけるか迷っていると。
「自分の、隊長を.......死地に送り出す気持ちがお分かりですか?」
「すいません.......」
「まだ高校生の子供に、死んでこいと言う気持ちがお分かりですか!?」
「すいません.......」
「違う!!」
花田さんがいきなり立ち上がった。メガネの奥の瞳が、鋭く俺を見ていた。
「これが私の仕事です! 隊長!! 謝るな! 私が怒っているのは! 」
まずい、花田さんを怒らせた。葉月もおろおろしている。普段怒らない人だから、とても心が痛い。
「胸を張りなさい! 生きて帰ったのだから堂々と! わかったか!!」
「.......おう!! 帰ったぞ花田副隊長!!」
花田さんはにっこり笑って、乱れた髪を七三にきっちり分けた。
「いやぁ、連絡が来た時はびっくりしましたよ!」
急にいつものトーンに戻った花田さん。でも、目の下に濃いクマがあるのを、俺は覚えておかなくてはいけない。
「五条隊長があんなに取り乱すなんて、京都は大騒ぎでしたよ。.......あとですね、これは五条隊長の言葉が足りなかったというかなんというか.......」
「はい?」
「隊長の御家族方なんですが、少々取り乱されまして。一応もうすぐ沖縄に着く予定なんですが.......」
また怒られるのか。まあ堂々としていよう。
「あの.......大変不謹慎なのですが。葬式だと思われてます」
「.......わーお」
葉月が病室を飛び出して行った。頼むから誤解を解いてほしい。
「五条隊長が、しきりに和臣隊長が動かなくなった、冷たいとおっしゃいまして.......私も病院の請求書を見なければ勘違いしたままでしたよ」
なぜハルに連絡を任せてしまったのか。
「先程からご連絡してるんですが、電話に出ていただけなくて」
「.......うちの家族がすいません」
「いえ。落ち着けという方が無理でしょう。それから、隊長。私は五条隊長と事後処理に行ってきますので! 帰りの飛行機は領収書切っといてくださいね! では!」
花田さんは足早に出ていった。
りんごを拾って、皮も剥かずにかじった。
「和臣くん、元気は出たかい?」
「おう変態。りんご食うか?」
「はははぁ! 君が食べたまえ!」
変態が椅子に座った。
「さすがだね! 五条の天才がいるなんて、幸運過ぎる! そして、和臣くん!」
ぱちんっと指が鳴らされると、りんごがうさぎに切られた。一匹口に入れる。
「契約まで切るとは! 最後はスムーズに進んだね!」
予定では儀式の最後、悪魔を返すには死ぬ気で力押しのはずだった。契約の繋がりがある悪魔を無理やり押し込むのだ。ハルの力を入れてもギリギリの勝負だったはずだ。それが、するりと進んだのだから、少し拍子抜けだ。
「はははぁ! やっぱり君は最高だ! 自力で見たんだろう? 繋がりを!」
「.......あの時はなんかおかしかったからなー」
「うんうん! 君は最高だ!」
りんごうさぎを何匹も食べて。変態の目を見る。
「ありがとう。お前が居なきゃ始まりもしなかった」
今回、儀式が成功したのは変態のおかげだ。
悪魔を抑え込みつつ儀式の手順を踏んでいく。
こんなバカげた事をこなすには、隊長クラスの術者が何人もいる。それをコイツ1人でこなしてくれたから。
「和臣くん」
ぱちんっと音がして変態は真っ白なスーツに着替える。
「約束を覚えているかい? 君は僕に言ったんだ! なんでもするってね!」
「え、なんだ? 体か?」
自分の肩を抱けば、変態が真剣な顔で悩み始めた。ガチの方じゃないか。
「なんて魅力的な.......でも! 僕が君に要求しようと思っていたのは違うことさ!」
ぱちんっと指がなって、俺の腕にずっしりと重みがかかる。
「君が飲めるようになったら! 花見に誘うよ! じゃあね!」
ぱちんっと音がして変態が消えた。腕の中には酒の瓶。家族に飲まれないように隠しておこう。花見の時まで。
「和臣!」
慌てた葉月が戻ってくる。
「お姉さんも、お兄さんも! お父様まで話を聞いてくれなかったわ! あなたの話を聞かない癖は遺伝なの!?」
「あーー」
とりあえず葉月の口にうさぎりんごを入れて、1番の問題に目を向ける。兄貴と父さんはともかく、姉までダメとは。
「.......これは悪いことしたな」
もしかしたら姉は泣いているのだろうか。強い人だけど、感情も強い人だから。
「どうするの?」
「迎えに行くか! 着替えがないから病院は出られないけどな!」
ベッドから飛び降りて、病院の玄関に向かう。途中から迷ったので葉月の後について行った。
それから、予想外に妹までやって来て、全員泣いていたのには驚いた。久しぶりに父さんに抱き上げられて、兄貴はその場に座り込んだ。姉と妹は大声で泣いた。俺は胸を張って、堂々と言った。
「ただいま!」
「「.......おかえり!!」」
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