天使
「葉月!!」
もう二度と会えないと、先程覚悟した相手。
交番の前で仁王立ちしていた葉月に駆け寄る。
「和臣!! よかった、怪我はない!?」
「葉月」
葉月の目を見つめる。真っ直ぐ、中身を貫くように。
「手伝ってくれ。危ない、本当は今すぐ帰ってほしい。でも、」
ぐいっと胸ぐらを掴まれて、顔を引き寄せられる。
「危険? 笑わせないで! ずっとずっと待ってたの! 隣りに立たせてくれるのを!」
葉月が歯を見せて獰猛に笑う。
「なんでもやるわ、あなたの弟子よ? 期待してちょうだい!」
頼もしい。やっぱり俺の弟子はかっこいい。
「これ買ってきてくれ!」
「え?」
「財布は渡す! できるだけ早く! 公園まで来てくれ!」
「.......わかったわ! 待ってて!」
葉月はきゅっと口を結んで駆けていった。
俺は急いで公園に戻り、地面に術を書き込んでいく。
そのまま、電話をかけた。
地面にびっしりと術を書いて、時間が許す限り補助を書きなぐっている途中で、葉月が大量の袋を持ってやってきた。
「和臣! 買ってきたわ!」
「じゃあこの術踏まないように真ん中に置いて.......」
どぎゃんっと音がして。目の前に落ちてきたのは。
白い着物を引き連れた、腕。
「っ! 変態!」
「はははぁ! 問題ないよ! 君も知っているだろう?」
目の前の腕は黒くどろりと溶けて、そのまま消えた。
「和臣くん、後どれくらいだい? なに、僕はあと三日は耐えられるけどね! 君のためなら!」
変態はいつもと同じ様に笑い、そのまま首が飛んだ。
「ひっ」
今の悲鳴は、俺か葉月か。
「問題ないよ! でもちょっと急いでほしいかな! 人に戻れなくなりそうだ! はははぁ!」
糸は公園中に張って。地面におかしな規模の術を刻んで。得意でもない呪術まで使って補強して。俺の中で、何かが研ぎ澄まされていく。
「葉月!! この術まわすぞ!!」
「任せなさい!!」
葉月が霊力を流す。
葉月は霊力の流し方が上手い。それも異常なレベルで。このバカげた術が、彼女によってゆるゆると目覚める。
「くっ.......!!」
だが術は働かない。葉月だけでは足りない、時間も対価も何もかも足りない!
「間に合え.......!!」
俺は術の真ん中に立って。糸を手首に巻く。
そして、思い切り。
「和臣!?」
両手首からダラダラと血が流れる。俺の血、この儀式で最も重要な対価。千年続く術者の家、その中でも異質な天才の血。家の歴史を無理やり儀式に引き込んで。霊力も死ぬ気で流して、無理やり術を働かせる。
足元の袋から、バキバキと音がする。生臭い、鉄の匂い。俺の血ではない、葉月に頼んだのは、ここら辺にあるだけの肉。俺の肉の代わりに、ぐちゃぐちゃとかき回される。
「ここで詠唱とかすれば決まるんだろうな!」
だくだくと血が流れ、術に糸に霊力を持っていかれる。意識が霞みがかって、足元がふわふわと定まらない。でも。
「何よ、それなら三角比の公式でも唱えなさい! あなた怪しいでしょ!」
青い顔の葉月が俺を睨む。その目が俺を掴んで離さない。倒れる事など許されない!
「和臣くん、まだかい!?」
悪魔と掴みあっている変態が振り向く。
「あと少し!!」
大声を出して、頭から血の気が引いた。上も下も分からなくなる。
術はきちんと働いている。俺達にできることはもうない。その時まで、この術をまわし続けて儀式の質を上げるしかない。
「和臣!!」
膝を着いたと理解したのは、もう少し後。
その前に。
「和臣、よく頑張ったねぇ! ここまで出来てれば大丈夫だよぉ!」
小さな天才は、黒い天使のようだった。
「間に合った.......!!」
変態の声がして。
「【滅札の
悪魔をも縛る札の嵐が、巻き起こる。
葉月に転がされて、術の外に出る。
ハルが術の段階を引き上げる。葉月が術にまわった霊力の流れをいじって、想像以上の効果を産んだ。
札だらけの変態が無理やり赤黒い何かを引っ張ってきて、儀式が終わる。
『人間風情がああああああ!!』
「はははぁ! 人間とはね! 君、なかなかいい悪魔じゃないか!」
『お前がああああああ!!』
「帰れ」
ポツリと呟いたのか、叫んだのか。誰が言ったのか。
俺は悪魔に向かって立っていた。そして、研ぎ澄まされた俺の何かが。
違う光景を見せた。
悪魔から伸びる糸。契約の繋がり。それを。
「ーーー糸は、俺のだろう?」
印を結んだ俺の手が、糸を切った。
悪魔は契約を失くして、帰って行った。
ふっと気が緩んで。
「和臣!!」
目の前が真っ暗になって、俺の修学旅行は終わった。
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