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第52話 欲しかったものと、手に入れたもの。

「和臣ー! 今日高瀬ん家行こうぜー!」


「あれ? 田中部活は?」


 いきなり、嫌そうに田中の顔が歪む。


「あぁ? まだ出来ないんだよ! 点検中で体育館入れないんだ」


「他の奴らは?」


「校庭もまだ使用不可だ! プレハブが立ってるからな!」


「そっか。悪いな、俺今日はダメだ」


「なんだよー!! せっかく漫画持ってきたのに!」


「悪いな」


 鞄を取って、立ち上がる。

 独特の匂いがするプレハブ校舎を出て、バスに乗った。

 まだまだ寒い冬、確か今日は雪が降るとテレビで言っていた。



 年明け、天が落ちた。

 全国の能力者が力を尽くし、地上の影響は最小限に留められた。

 しかし、各地で実際に起こったの影響は、決して小さくなかった。

 この地域では、地割れと停電。

 現在ではほとんど復旧しているが、当時は大混乱だったらしい。

 その他の地域でも、停電や大雨、強風に川が干上がるなど、様々な影響が出た。

 どれも異常気象、地盤の緩みなどが原因だと報道された。


 しかし一部のマスコミが、神罰や祟りなどと報道したのには、少しだけ笑ってしまった。



 バスを降りて、家の門をくぐる。

 今、家には誰もいない。

 兄貴や父はまだ富士山や本部で仕事をしている。あれだけのことがあったため、まだしばらくは帰らないらしい。

 姉は、七条の当主補佐としてこの地域の対応に追われ、ほとんど家に帰らない。

 俺も、今日は久しぶりに学校に行った。

 妹は分家の家に預けられた。


 久しぶりに感じる自分の部屋に鞄を置いて、制服を脱ぐ。

 俺は制服が好きだ。これを着ていれば、自分が学生だと証明してくれるから。

 その制服を脱いで、黒い和服に袖を通す。

 その胸元には、白い円の染抜き、袖には2本の線。

 手袋と指環をつけて、家を出た。


「和臣!」


「あれ、葉月。はやいな」


 門の前で片手を上げて応えた。


「あなたが遅いのよ。もう車が来てるわ」


「うーん、なんかやっぱり行きたくなくなってきたな。ラーメン食べに行かない?」


「おばかね。ほら、少し焦りなさい!」


 葉月に手をひかれて、車に乗る。

 葉月は黒い和服を着て、髪をひとつに纏めていた。


「.......なあ、宿題やった?」


「あと少し残っているけど、すぐに終わるわ」


「見せ」


「ダメよ。自分でやりなさい」


「.......」


 その後、2人でしりとりをして時間を潰した。

 そして、大きな門の前で車が止まる。


「行くか」


「和臣、しっかりね」


「おう! なあ、帰りに八ツ橋買ってこうぜ」


「.......いいわよ」


「やったー!!」


 生八つ橋にしよう、と考えを巡らせていると。


「ねえ、和臣」


「なに?」


「.......和臣は、いいの? あなた、ずっと普通に.......」


 目線を下げた葉月が、振り絞るように声を出す。

 それに、笑いかけた。


「葉月、俺の普通がこれなんだ。一生こうやって生きていくんだよ」


 今目の前にいる葉月は、なんだかひどく泣きそうな顔をしていた。


「ははっ! そんな顔しないでくれよ、別に無理してる訳では無いからさ」


 小指につけた指環を抜いて、葉月の小指につける。


「ほら、俺の1番が手に入ったから。もう平気。それに、俺は天才だからな! これぐらいの仕事は朝飯前だ!」


「.......和臣」


 葉月は、小指をぎゅっと握って、真すぐな瞳で、俺を見た。


「1度しか言わないって言ったけど。訂正するわ。私、あなたが好きよ。一生あなたの隣にいて、あなたの普通になりたいの」


「.......うん。ありがとう」


 葉月を抱きしめて、俺の普通を抱きしめる。

 一生離さない。だって、だって。


 普通は、これは。俺がずっと、欲しかったものだから。



「.......お二人さん。ここ、外だから。そういうことは2人だけの時にね」


「うおっ!!」


 慌てて葉月から離れて、兄貴とニヤニヤしている先輩を見た。


「いや、お前ぇがなかなか来ねぇから、探しに来たら.......なぁ? お邪魔だったみたいだなぁ?」


「.......和臣、時と場所は選べ」


「「.......」」


「.......じゃあ、行くぞ。葉月ちゃんは、ちょっと待っててね」


「.......はい」


 葉月は耳を真っ赤にして、兄貴に小さく返事をした。


 長い廊下を歩きながら、先輩にさっきのことをいじられる。

 兄貴は俺を見なかった。


「あー! 和臣ぃー、おそぉーい!」


「ハル」


「ずっと待ってたんだからぁ! ねえ、ここにうさちゃん描いてぇ!」


 ハルに差し出されたピンクの紙に、可愛くうさちゃんを描く。ハルは嬉しそうに自分のせきに戻っていった。


「おい、若造! 早く座れ!」


 用意された座布団に座ると、メガネで七三分けの花田さんが後ろに座った。


「いやぁ! まさか私が副隊長とは! 経理部兼任ですけどね!」


「.......今日は中田さんいませんよね?」


「.......お早くお帰りください」


 冷や汗が背中を伝った時。


「揃ったか」


 全員がざっと頭を下げる。


「本日は先日の最終報告、そして、」


 全員が頭を上げ、俺を見る。


「新たな部隊の発足を宣言する。特別隊、隊長は七条和臣。励めよ」


「はっ!!」


「それでは報告だ。初めろ」


 それぞれが報告を始める。

 俺は、もう普通の学生にはなれない。

 普通の会社に務めることも、普通の家庭を作ることも。


 だけど、俺は普通を手に入れた。

 他の人とは違うけれど、俺の、俺だけの。



 普通を、手に入れたのだ。





——結び——

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