第46話 贈物

 富士山に目一杯術と結界をかけ、総勢900人以上の能力者の配置が確定したのは、12月の初め。

 この頃には俺も大分仕事に慣れてきていた。


 ただ、1つ大きな問題があった。


「和臣副隊長ーっ!! お昼ご一緒してもいいですかー?」


 キャピキャピ、と音がつきそうな中田さんが接近してくる。腕を取られそうになったので、さりげなく一歩下がった。


「.......中田さん、すいません。俺昼寝するので」


「あら、じゃあご一緒しても?」


 昼寝にご一緒ってなんだ。


 中田さんは、ずっとこんな感じだ。いつでもどこでも現れては、物理的に近距離で攻撃を仕掛けてくる。

 いつの間にか俺の連絡先を知っていて、1日に何十件も連絡が来ていた時は死を覚悟した。


「すいません.......俺、疲れてるんで.......」


「じゃあ、何か癒される物でもご用意します!」


「ほんと.......少し放っておいて.......」


 何とか自分の部屋に戻り、ドアと窓に鍵を掛けて札をはる。


 敷いてあった布団を見ると、ゆかりんの生写真。

 その裏には「明日の5時、幻のメンチカツ——エンジェル」と書かれている。

 これにももう慣れた。

 3日に1度ほどの間隔でゆかりんの生写真と、周辺のグルメ情報が届けられるようになり、これを置いていく例の犯人はいくら警備しても捕まえるどころか姿すら見えず、とりあえず害はないようなので放っておくことになったのだ。


「.......幻か」


 とりあえず兄貴と先輩の分は買うことにして、他にも欲しい人がいないかメールで連絡してみる。

 返事がきたのは、花田さんと六条の2人、ハルからは「コロッケ!」とだけ返信があった。


 次の日、裏の肉屋で幻のメンチカツとコロッケを買って、朝からメンチカツを食べた。幻というだけあって、普通のものより肉が多く、肉汁もたっぷりで美味しかった。他の人にも好評で、次に幻の日が来たら買いに行く約束をした。



 そして、12月24日。

 世間ではクリスマスだ、恋人との時間だと騒がしいが、俺の心は静かに落ち着いていた。

 まるで深い湖の底のよう。

 別に世の中の雰囲気を僻んでいる訳では無い。

 もちろんその気持ちが全くなかった訳では無いが、そんなことはもうどうでもいい。


 それよりももっと重大な問題が、目の前にあるのだ。


「副隊長.......」


「わかってます.......皆さん揃ってますか?」


「はい、全員います」


 花田さんがきりりと頷いた。それに、緊張ではいに溜まった空気を吐き出して。


「.......ふう。では、全員ここで待機! 間もなくだ!気を抜かないように!」


「「了解!」」


 全員表情が硬い。おそらく俺も酷い顔をしているはずだ。

 なぜなら。


「七条和臣、これまでよくやった」


「はっ!」


 ざっと全員が腰を折って深く礼をする。

 目の前にふっと現れた白い人は、今日から年明けまで富士山で天との睨み合いをする。

 俺達も今日から配置について準備はするが、決戦は1月1日。それまでは地上を安定させることに尽くす。


「私は山に入る。頂上の結界は済んだか?」


「はっ! 最終的にはもう1つ、五条の結界がかけられます」


「わかった。では、」


 全員がより深く礼をする。


「解散。.......励めよ」


 ふっと、頂点に立つ白い人が消えた。

 やっと頭を上げて、青い顔の全員に向かって。


「.......では、皆さん各配置についてください。まだ昼間の配置は行いませんので、昼は帰ってきても大丈夫です。決戦は元日、ペースは充分に気をつけてください」


「「了解」」


 全員が山に入っていったのを見て、へなへなとその場に座り込んだ。


「はぁーーー。こっわ。なにあれ、なんで急にいるの? 心臓止まるかと思った.......。これから山に登ったらあの人がいるの? 無理だよ.......俺年越せないよ.......」


 せっかくのクリスマスも、正月も全く楽しめそうにない。

 もちろんそれら全て、天が落ちてしまえば無くなる訳だが。


「.......はあ、行くか.......。俺、働きすぎじゃない? 偉すぎる.......後で何か食べよう.......」


 その日、頂上に行っても白い人はいなかった。

 というか、見つけることが出来なかった。


 俺は周辺の妖怪を退治し、ふらふらしている霊を2体還した。富士山の妖怪も霊も、退治してもしても尽きることはない。むしろ、段々増えてきている。

 このままだと、元日は大変なことになる。

 天の対応にも人員がさかれるので、妖怪が溢れないようにするのは一苦労だろう。



 そして、宿に戻ったのは25日の昼過ぎ。

 中田さんが、「私のサンタクロースって、どこにいると思いますか?」などと聞いてきたのを花田さんとの連携プレーで躱し、げっそりしながら部屋に入る。

 素早く戸締りを確認し、札をはって布団に飛び込んだ。


「.......俺のサンタクロースはどこに居るんだよ.......」


 顔を埋めた枕に、弱々しい独り言が溢れる。


「あら、まだ信じていたの?」


「.......こんだけいい子にしてたら来てくれても良くないか?」


「何がいい子よ。あなた、少し太ったんじゃないかしら?」


「ああ、裏の肉屋が上手いから.......」


「それで食べすぎたのね。何事も限度って物があるのよ」


「だって幻だぞ? 食べ過ぎもする.......ん?」


「幻? 何が幻なのよ?」


 ゆっくりと布団から顔をあげると、そこには。


「何よ、変な顔して」


「.......なんで?」


「あら、この着物が見えないのかしら?」


 胸元に白い円の染抜きがある黒い和服。

 艶のある髪を、ひとつに纏めて俺の前に立つのは。


「.......葉月.......」


「ふん! 実力で特別臨時部隊に入ってやったわ! あなたがかっこつけて1人で行くなんて、許せないもの!」


「.......」


「まあ、本当は少し、夏のコネを使ったのだけど。実力も問題ないはずよ!」


「.......なんで、来ちゃうの? ここ、1番危ないんだけど.......」


「だったら!! なおさら! ついて行くでしょう!? 私は、あなたの弟子なのよ! 最後まで責任持ちなさいよ!」


 葉月は無理やりこじ開けて、蓋が閉まらなくなった箱を見る目で俺を見た。


「それに!!」


 葉月がだんっ、と足をならして腕を組む。怒った顔で、俺を見下ろしながら。


「私の和臣が天を掬うのだもの!! ここが世界で1番安全な場所よ!」


「.......」


「なによ! 黙ってないで、文句があるなら言いなさいよ!」


「……ふっ……ふふ。あは、ははは!!」


 俺はいつの間にか立ち上がって、俺の可愛いプレゼントを抱きしめていた。


「.......来たじゃん。サンタクロース.......」


「……何言ってるのよ。ばかずおみ」


 腕の中の葉月は、少し、ほんの少しだけ、俺を抱きしめ返してくれた。


 俺は、この素晴らしいプレゼントを守るために、絶対に天を掬うと決めた。



 自分のために、今まで見ないふりをし続けた、自分の能力全て使うと決めたのだ。

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