第45話 恐怖
「えー。はじめまして、副隊長の七条和臣です。今回は特別臨時部隊に配属された皆さんと、お仕事をご一緒させてもらいます」
「「.......」」
「えー。隊長の零様は、年末までいらっしゃらないので、それまでは俺が1番上ってことになります。何かあったら気軽に話しかけてください」
「「.......」」
「.......えー。好きな食べ物は肉です。あとなすの天ぷらも好きです」
「「.......」」
「.......。あの.......、何か、質問とかありますか?」
「はい!」
目の前の集団の中でビシッと手を挙げたのは、髪をきっちり七三分けにした眼鏡の男。
「どうぞ!」
「本部経理部の花田裕二です! この間はどうも!」
「こちらこそどうも!」
「質問よろしいでしょうか?」
「どうぞどうぞ」
居た堪れない沈黙を破ってくれただけで大感謝だ。どんな質問にだって答えるつもりだ。
「今回の特別臨時部隊の役割は、各部隊のフォロー、かつ零様と七条副隊長が天を掬う際の周りへのフォローで間違いないですか?」
「そうです。あと、
「「「了解しました」」」
この3人は本部管理部の人達。
目の前の集団、もとい特別臨時部隊のメンバーの残りの人達も、全員本部の術者だ。
「他の人達もそれぞれ自分の持ち場で臨機応変によろしくお願いします。じゃあ、それぞれ持ち場の部隊へ向かってください」
「「了解しました」」
ばらばらとそれぞれの持ち場に散っていく中、この場に残ったのは本部経理部の2人。
七三分けの花田さんと、黒縁メガネで化粧が濃いめの
「では、お二人は俺と一緒に山頂で結界張りに行きます。これからしばらく、よろしくお願いします」
「「了解しました」」
「.......」
正直に言って、こういうのは苦手だ。
部下と言われても、自分よりも年上の本部の術者を使うなんて胃に穴があきそうな心地しかしない。
キリキリと痛む腹を抱えていると、す、と自然な様子で花田さんが近づいてきた。
「七条副隊長、緊張してます?」
「めちゃくちゃ緊張してます。花田さんがいて良かったですよ」
「いやぁ! 私も副隊長が知り合いで心強いですよ! なんたって隊長が零様ですからね!」
「そこなんですよね.......」
思わず天を仰いだ。この隊の隊長、つまり俺の直属の上司は、あの白いお方なのだ。上司は怖いし部下も怖い。辛すぎる。
「七条副隊長なら大丈夫ですよ、 我々も見守ってますから!」
「花田部長、私も紹介してくださいよ」
するり、と俺と花田さんの間に入ってきたメガネの女性。香水の匂いがした。
「ああ。副隊長、こっちは中田
「部長! そんな紹介じゃあ何も伝わらないです。副隊長、私、中田瑠美と申します。26歳、彼氏はいません。副隊長はまだ16歳だとか?」
「は、はい」
「私、10歳くらいの年の差なんて気にしません。後で連絡先、教えてくださいね!」
そして、ばちんとウィンク。
「あはは! いやぁ、すみません副隊長! 中田はこれで優秀な術者なんですが、玉の輿に乗るためには手段は選ばないタイプで!」
「部長、何を言っているんですか? 副隊長、私は純粋に、かつ個人的に副隊長の連絡先が知りたいんです」
メガネの奥の中田さんの瞳が、一瞬ギラリと光った気がした。
「さあ、副隊長、山頂に行きましょう!」
中田さんは最後に、俺の手をぎゅっと握ってから山に入っていった。
「.......副隊長、気をつけてください。中田は当時3歳だった三条の三男にまで手を出したことがあります」
今までからは考えられない程、低い声で花田さんが呟く。メガネのレンズが光を反射して、その下にある花田さんの表情が見えない。
「.......あなたのお兄様が経理部に立ち入らなくなったのは中田のせいです」
恐ろしすぎる。あの兄貴が人を避けるなんて相当だし、3歳ってどういうことだ。
「いやぁ! 初めて副隊長になったのに七条副隊長は隊を動かすのがお上手で! 少数の隊ですが、よろしくお願いしますね! さあ、山に参りましょう!」
急に元のトーンに戻った笑顔の花田さんと山に入り、若干怯えながら結界を張っていく。
結界に集中して、絶対に中田さんを見ないようにした。
「副隊長、結界お上手ですね!」
まずい、話しかけられた。
奥にいた花田さんを見ると、腕時計を指さして、下山の合図を出していた。
「あ、ありがとうございます! そろそろ時間ですから下山しましょう! ほら、他の人達の報告も聞かないと!」
「私の、個人的な報告も聞いてもらえますか?」
ジリジリと、確実に距離が縮まっていく。
「七条副隊長! 私と中田は後から行きますから、どうか早くお戻りください! 駆け下りて!」
「ありがとうございます花田さん!! 本当にありがとう!!」
術と、兄貴が張った糸を使って全力で山を滑り降りる。
この糸によって山の登り降りがかなり短縮された。
命からがら山を降りて、宿で仕事をする。隊員からの報告を聞いて、さらにその報告を他の隊長と副隊長に伝えて、他の隊の報告まで聞いて、改善点を出し、次は.......。
「頭おかしくなるわっ!!」
「和臣、どうした? 俺の魚も食うか? いっぱい食えよ。腹減ってるなら我慢すんじゃねえぞ!」
今日の夕飯は焼き魚だった。
何故か俺の部屋に兄貴と先輩が来て、3人で食べている。
「.......いえ、大丈夫です」
「和臣、食事中は大人しくしてろ。魚が嫌いなら兄ちゃんが食ってやるぞ」
「.......いや、自分で食う」
「なら大人しく食え」
俺とは打って変わって疲れた様子もなく、もぐもぐと夕飯を食べる2人。
「なあ.......こんなに仕事が多くて、なんでそんなに平気そうなんだ?」
「「いつもとさほど変わらないからな」」
「.......もうやだぁ.......中田さんも怖いし.......」
泣きながら魚に箸を伸ばした時。
「「中田っ!!?」」
2人ががだっと机にぶつかりながら腰を浮かす。落とした箸が転がった。
「.......なんだよ、大人しく食えって言っといて.......」
落ちた箸を拾っても、2人は腰をうかせたまま口をぱくぱくさせるだけで、何も言わない。
「な、中田って経理部の.......?」
「眼鏡の女か.......?」
「そうだよ、俺の隊にいるんだ」
「「なんだと!?」」
2人はとうとう立ち上がった。
「む、座れよ、食事中だぞ」
「「.......」」
2人は見たこともない、青い顔をしていた。
先輩に至っては若干震えている。
「「.......和臣、後ろの肉屋でメンチカツ買ってやるよ」」
「はぁ? 急に何?」
「「だから絶対に俺のことは話すなよ!!」」
「何言ってんだ?」
「「.......」」
2人は急に窓を閉めたり、ドアを確認しだした。
兄貴に至っては札まで張っている。
「.......和臣、話はしてやる」
「だから、絶対に俺達のことは言うな。それから、お前のことは可愛い弟だと思ってたよ」
「俺も、お前のことは可愛い後輩だと思ってたぜ」
「.......はぁ?」
その日の夜、俺は背筋も凍る恐ろしい話を聞いた。
話の後、3人とも眠れなくなり、トランプをやって誤魔化した。
その日から俺は戸締りはきちんとするようになった。
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