第47話 集中
「.......葉月、特別隊に入ったって言った?」
お互い少し落ち着いて、座布団の上に座って話をしていた。
「ええ。この着物にもあるでしょう?」
葉月は形の良い胸を張って、黒い着物にある染抜きの円を見せる。確かに、これは特別隊の印だ。
「俺、何も聞いてないんだけど」
「言ってないもの」
「いやいや。俺、一応副隊長だぞ。事前に何かあるだろ」
「そんなの知らないわよ」
ふいに、机の上に積み上げられた書類が目に付いた。
冷や汗を流しながら書類を整理すると、白い封筒が出てくる。
「.......」
中を確認すると、特別臨時部隊の増員について、などと書いてある。もう1枚の紙には、水瀬葉月の名前。
「.......いや、うん。分かってたよ。葉月が来るのは」
葉月は腐ったミカンを見る目で俺を見た。
「あなた、さっきまで仕事のし過ぎっていう雰囲気が出ていたけど」
「.......仕事はしてました.......」
両手で顔を覆いながら、できるかぎり葉月に見られないよう縮こまる。
「その書類は見てなかったのにね」
「.......ちょっと.......あの、やることが多くて.......」
「それで、大事な連絡を見逃したのね?」
「すみません.......本気ですいません.......」
「.......あなた、本当にそんな調子で副隊長なんてやってたの?」
「.......結構ギリギリでやってたんです.......。うちの隊は人数少ないから何とか頑張れたんだけど.......無理だろ!! 俺にこんなに細かい仕事やらせるなんて!!人の話も聞かなきゃいけないんだぞ!?」
「なんであなたが怒ってるのよ」
「もうやだぁ.......。俺だって結構頑張ってたの.......なのにさぁ.......」
涙が止まらない。
「ちょっと、泣かないでよ」
「俺だってさ.......怖い人達と会議したくないしさ.......部下って言っても年上だしさ.......隊長は零様だし.......」
「.......和臣」
「なんだよ、本当に大変なんだぞ? 中田さんも怖いし.......」
「か、和臣!」
ぽんっと何かが頭にのった。
「ご、ごめんなさい。あなたが頑張ってたのは分かるわ、だから.......」
頭の上の、柔らかな何かがゆっくりと動く。
暖かい何かは、ゆっくりゆっくり俺の頭を撫でていた。
「.......が、頑張って偉かったわね。いい子だったわね」
「.......」
顎が外れるかと思った。
葉月は俺を睨みながら頭を撫で続ける。
しかし、耳が真っ赤に染まっているのを見て、この顔は照れているのかと理解した。
「ぶっ」
「な、なんで笑うのよ!」
「だ、だって! あはは! 不器用っていうか、下手って言うか! はははっ!」
「なによ!」
「あははは! い、いい子だねって! ふ、ふはは、俺、もう高校生なんだけどなぁ!」
耳が真っ赤な葉月が手を引っ込めようとしたので、手首を掴んでもう一度自分の頭の上に置いた。
「褒めてくれるんじゃないの? ふは」
「〜〜!!」
ギロりと睨まれながら頭を撫でられる。頭を撫でて「いい子」などと褒められたのは、子供の頃以来だ。
「あははは! 葉月!」
「なによ! もうそんなに笑ったんだから満足でしょう!?」
「好きだ!! 天のことは任せとけ!」
「すっ!!!」
葉月は耳だけでなく、一瞬で首から顔まで真っ赤になった。綺麗な目がまんまるに見開かれる。
「あれ? この前も言ったよな?」
「すっ、好きとかっ!! きき、急に言うから!」
「葉月.......お前、めちゃくちゃ可愛いな.......。ちょっと引くわ.......」
「何言ってるのよ!」
葉月は、べしん、と俺の頭を思いっきり叩いて、怒った顔で部屋を出ていった。
「ふふ」
笑いが止まらない。山積みの仕事も、天の事も、今はなんだか気にならなかった。
「和臣副隊長、増員の件なんですけど」
「ひっ」
いつの間にか、背後に中田さんがいた。
慌てて扉を確認すると、葉月が開けたままで札もはがれていた。
「若くて可愛いらしい子が増員されたらしいですね。どこに配置するおつもりですか?」
「.......ま、まだ決めてません.......」
何とか、なんとかしてこの場から逃げなければ。
悟られないように腰を浮かして、ちらりと扉へと視線を向ける。
「まあ、じゃあ私達と同じ配置にしては? 頂上は医療班も人手不足ですから」
ぽんっと肩に手を置かれた。
謎の力強さを感じ、恐怖で声が出なくなる。
「和臣服隊長がお疲れの様でしたので、癒される物を持ってきたんです」
にっこりと、眼鏡越しに笑いかけられる。
あまりの恐怖にきゅっと喉が閉まって苦しい。
顔面スレスレまで近づいてきた中田さんは、てらりと口紅がひかる唇を艶かしく動かして。
「どうぞ、私をす・き・に・し・て?」
「う、うわぁぁぁぁああ!!」
俺は駆け出した。ここで捕まっては、まずい。
「【
ビシッと扉が閉まり開かなくなる。
「く、くそ! くそ!」
ガチャガチャと音がするだけで扉は開かず、その音に焦りだけが加速する。
「和臣副隊長.......さっき、部屋から可愛いらしい若い女の子が出てきましたよね?」
「だ、誰かあー!!」
「あの子じゃ絶対に教えてあげられない、
「助けて、兄貴ー!! 先輩ー!!」
「照れなくていいんですよ? 全部私がやってあげますから.......」
「くそ! この俺が解除出来ないだと!?」
扉にかけられた術は、全く解除出来そうにない。手が震えている。
もう力ずくで開けようとした時、スルッと手首を掴まれた。
「さ、和臣副隊長。癒して差し上げます.......一生をかけて」
「うわああん!! 誰かー!!」
バコンっと扉が蹴破られ、訳もわからぬまま外へぐいっと引っ張られた。
そのまま米俵のように担がれて、廊下を走って知らない部屋に連れ込まれる。
「.......だから、気をつけろって言ったんだ!」
「先輩ーー!! 助かったー!!」
俺を助け出してくれた先輩に泣きつく。生きてる、俺は今生きてる!
「馬鹿野郎! こっからだぞ、本当にやばいのは!」
「ど、どうしましょう?」
「.......」
先輩はそっとお茶を入れてくれた。
「.......とりあえず、仕事に集中しろ。邪魔するんじゃねえっていう雰囲気を出せ」
「さっきは癒してあげるって言われましたー!」
「.......こりゃまずいな。もうその段階か.......」
先輩は頭を抱えてしまった。
「.......もうやだぁ.......せっかく葉月に会えたのに.......!」
「ん? 葉月?」
怪訝そうな先輩に見られ、ぐいっと涙を拭いた。
「俺の弟子です。特別臨時部隊に増員として配属されたんです」
「ほお? そりゃ、頑張らないとな」
「はい。絶対に守ってみせます、全部」
「ほおん? お前、そんな顔するのか.......」
先輩は急にニヤニヤし始めた。
「ま、天を地に触れさせなけりゃ影響は最小限だ。頑張るしかねぇな、コレのためにもな!」
先輩は小指を立ててニヤニヤしている。
「先輩.......まだ20歳ですよね?」
「うるせぇ。とりあえず、中田は無視しろ。俺にはもう心に決めたヤツがいるんだって態度を貫け!」
「おっす!!」
「よし! 今日は俺の部屋に匿ってやる!」
「ありがとうございます!!」
それからは、仕事に集中した。中田さんに話しかけられる暇もなく、死ぬ気で仕事をした。
結局葉月は山頂付近の医療班に配置した。
そして、12月31日の朝。
天との決戦が、幕を上げた。
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