第20話 実技(真)
「和臣、起きな!」
「ふがっ!」
いきなり息が詰まって、布団から飛び起きた。
暗い部屋の中で、姉が腕を組んで俺を見下している。俺は一体何をやらかした。
「和臣、行くよ」
「ど、どこへ?」
「
「へ?」
「早く着替えな」
姉に言われるまま慌てて布団から出て着替えを始める。
その時、ふと時計を見ると4時30分。外はまだ日が昇っていなかった。
「姉貴ー! なんでこんな時間に起こしたんだよ! まだ寝てぶふっ!!」
貴重な睡眠時間を削られたという怒りに任せて自室の障子を開けた瞬間、顔面に衝撃。
「朝から大きな声出すんじゃない! ご近所迷惑でしょ!」
「.......ご近所さんいないじゃん.......」
恐らく折れたであろう鼻をおさえて小声で抗議する。鼻血が出ていないのが不思議だ。
「いいから、七瀬さんのとこいくよ。あんた今日も試験なんでしょ」
「そうだけど、なぜ七瀬さん?」
「あんた、手袋も指環もサイズ合わなかったんだって? 用意してもらいにいくよ」
「え、別にいいよ。今日だけだし」
もったいないだろ1日のために。純粋に気を遣ったただけにも関わらず、姉にぎろりと睨みつけられた。幼い頃から脊髄に刻まれた恐怖で、思わず姿勢が伸びる。
「あんた、昨日の事忘れたの? 門下生に変なこと教えるなんて、本当にありえない」
「いや、教えてはないです.......」
「言い訳してんじゃない! いい? あんたも一応七条本家の人間なんだから、糸を使う時はきちんとやんな」
「.......はい」
「いくらあんたが嫌でもこれだけはちゃんとやんな! 七瀬さんのとこに連絡は入れてあるから、手袋と指環もらいに行くよ」
「.......はい」
姉が車を出して、七瀬さんの家に向かう途中。姉が大きめのおにぎりをくれたので、それを食べながら目を覚ました。
七瀬さんというのはうちの分家の1つだ。七条の表の仕事である呉服屋を手伝ってもらったり、門下生が使う道具の用意をしてもらっている。ウチの分家の中で1番大きな家だ。
「おはようございます、静香です!」
「おはようございます。お待ちしておりました」
奥から出てきたのは腰の曲がったお婆さん。
この人はキヨさんといって、七瀬の現当主だ。俺が小さい頃からお婆さんで、俺が生まれる前から七瀬の当主だったそうだ。
「今日は、和臣坊ちゃんの手袋と指環ですね?」
「この子も成長したので、大きめのものを」
「ええ、ええ。本当に大きくなって、まあ。キヨは嬉しいですよ。じゃあ、坊ちゃん。お手を失礼しますね」
玄関に腰掛けて、キヨさんに手を差し出す。その手を、キヨさんの少し乾燥したシワだらけの手が取った。
「あらあら、本当に大きくなって」
キヨさんは俺の手をさすったり握ったりして、大きさを測る。昔からこれだけでどうして使う道具の大きさが分かるのが不思議で仕方なかった。
「少々お待ちくださいね」
キヨさんが奥へ消え、すぐに木の箱を持って戻ってきた。
「これでどうでしょう?」
箱の中には黒い手袋と、きらりと光る10個の銀の指環が入っていた。
どちらもはめてみれば、驚くほどにぴったりだった。
「大丈夫です。どうもありがとうございます」
「いいえ、坊ちゃん、またいらしてくださいね」
七瀬の家を出て車で家に戻る途中。
「姉貴、ありがとう」
「今日は頑張ってきなさいね」
「はい」
試験の準備を済ませると、姉は駅まで送ってくれた。
「頑張ってきな!」
「おう!」
しばらくしてやって来た葉月と、総能支部へ向かう電車に乗る。
「和臣、今日はやけに気合い入ってるじゃない」
「おうよ! 今日の試験、俺は本気で頑張るぜ!」
「何かあったの? 和臣にやる気があるなんて.......気持ち悪いわ」
「.......酷くない?」
今のでだいぶテンションが下がる。
でも、姉がせっかく朝から準備してくれたのだ。
俺はやるぞ、目指せ試験合格! 免許更新!
「ねえ、和臣の試験は午前中なの?」
「ああ」
「私が見に行ってもいいのかしら?」
「今日の試験は確か.......運動場でやるから、見ようと思えば見られると思うぞ」
「そう、私の試験は午後からなのよ。勉強させてもらうわ」
「勉強しないでくれ」
「は?」
「い、いや。なんでもない。大丈夫だ、今日はしっかりやるから」
そう、今日はしっかりやるのだ。準備は万全。気合いも十分だ。弟子にいいとこ見せてやる。
電車を降りて支部へ着けば、袴へ着替えてきちんと指環と手袋装備をして試験場へ向かう。完璧だ。
「本日の試験はこちらで用意した妖怪の封印、消滅、及び呪術の解除をしてもらいます! 実際の妖怪を使用するので、怪我のないよう、注意して行ってください」
そう言った試験官が、札の貼られた小さな瓶を開けた。
その瞬間、真昼間にもかかわらず、この間の土蜘蛛よりふた周りほど小さい妖怪が外に飛び出す。
さらに、試験官が別で地面に置いた瓶には呪術がかかっている。
「始めてください!」
試験官の合図で、昨日同様順番に受験者達が妖怪退治や解呪を始める。
今日はかなり早くゆかりんと門下生の番になった。
これまでに、退治と解呪を両方こなせた人はいなかったからだ。
「七条和臣ー! 今日はあんたに勝つ!」
ゆかりんはまたあの素晴らしい生足袴で俺を指さす。
ありがとう。三条、君がいてよかった。家同士はあまり仲良くもないけど、君のことは本気で尊敬してるよ。
ゆかりんの横で試験を受けようとしているうちの門下生は緊張しているのか、先ほどから妖怪を見たまま動かなかった。
「始めてください!」
合図とともに試験が始まると、ゆかりんは三条の十八番である鞠を蹴って一撃で妖怪を退治してしまった。
どうやらあの鞠自体に霊力や術がかけられているようで、あの鞠で撃ち抜かれただけでも妖怪はチリになって消滅した。
ゆかりんは瓶の解呪もこなして、ドヤ顔で戻ってきた。
「どう? 勝ちは確定ね!」
「ゆかりんすごい! 解呪もできるんだな! サインくれ!!」
「ふふん! あったりまえよ! サインは後であげる!」
「やったー!!」
この間にうちの門下生は妖怪を細切れにし、その後に丁寧に術をかけて消滅させて、丁寧に瓶の解呪をした。
時間はかかったが、文句なしの合格だろう。
門下生もほっとしたように列に戻ってきた。
「次の方ー!」
俺の番がきた。
試験官が瓶を開ける。
ここで、違和感。あの瓶、他のより大きくないか。
「始めてく.......うわっ!」
瓶から飛び出したのは、見覚えのある8本脚のシルエット。
ガサガサと不気味な動きで顔をこちらに向け、そいつはたくさんの赤い目で俺を見る。
『キィキィ。ナマえ、教えて?』
「うわ、うわあ! 土蜘蛛!?」
試験官は慌ててそいつから離れようと駆け出した。
他の受験者も軽くパニックだ。
「土蜘蛛!? 危険度Bの!?」
そんな中、ゆかりんだけは土蜘蛛から目を離さない。
隣でうちの門下生は尻もちをついていた。
「俺、今日はきちんと装備してきて、やる気まんまんだったのに.......」
思わず頭を抱えた。このハプニングで俺の試験が無しになったら、姉に朝早く起こされた意味がない。4時半起きが無駄になる、それだけは避けたかった。
「すいません、これ倒しても試験合格ですか?」
「な、何を言ってる!? 早く逃げろ、大丈夫、ここは第七隊の宿舎がある! すぐに誰か来てくれる!」
結局質問には答えてくれなかった試験官は、他の受験者を誘導しながら建物の中へ避難して行く。
ゆかりんはやはり逃げないで、土蜘蛛をじっと見ていた。
「ゆかりん、逃げなくていいの?」
「ふん、これぐらいで逃げてちゃ、アイドルの名が廃る! これは私が何とか.......」
「ゆかりん、悪いけどこれは俺の試験だ。譲れないよ」
「はぁ!? あんた何言ってんの! 危険度Bよ! B! 試験とかいう場合じゃないっての!」
「大丈夫、俺今日きちんと装備してきたから」
両手を上げてゆかりんに指環を見せる。サイズもジャストフィットだ。問題はひとつもない。
「はあ!?」
『名まえ、ォしえテ?』
とうとう土蜘蛛が、八本の脚でこちらへ突進してきた。
「っ!」
ゆかりんがバッ、と俺の前に出る。
ここで問題。ゆかりんの後ろにいたら、布が邪魔で脚が見えない!
代わってゆかりんの前に出て、指から糸を出した。
この糸こそ、七条家が最も得意とする武器である。昔は本物の糸を使っていたらしいが、今は術者の霊力を糸状にして使っている。
糸の使用者が指環をつけるのは、糸にした霊力を安定させ、さらには指を切らないようにするため。指環なしで糸を使えば、下手をすると指が落ちる。
手袋をつけるのは、糸を伝ってくる指への衝撃を、特殊な術をかけた布で軽減させるため。手袋なしで糸を使うと、下手すると指が落ちる。
七条の糸を使う者の装備には、どれもかなり実用的な意味があるのだ。よって不備は命取りである。
そんな実用的な装備をきちんと装着した俺の手から放たれた糸が、向かってくる土蜘蛛を音もなく通り抜けた。それにく気づかなかったのか、勢いそのままに突進を続けた土蜘蛛は、まるで寒天のように細切れになった。
「【
細切れの土蜘蛛を糸が包んで、糸が解けた時には何も残らなかった。
それを見届けた後、地面の上に転がった呪術がかけられた瓶まで歩いていって、術を解いた。
「よし、これで文句なしの合格だろ」
姉貴、俺は今日こそしっかりやったぞ。
昨日変なことを教えてしまった門下生の方を見ると、白目を剥いて倒れていた。
なぜちゃんとやった時に限って見ていないのか。
「七条和臣.......」
ゆかりんがふらふらと近寄ってきた。
今はゆかりんの前にいるので生脚がよく見える。ナイスだ三条。
「負けてはない! 次は大食いで勝負よ!」
「それ自分が絶対勝てる戦いじゃん」
ゆかりんは何も言わずそのまま走っていってしまった。
やはり後ろを向くと脚が見えない。悲しすぎる。
そのあと予定されていた葉月達の午後の試験は中止になり、俺は謎の書類を記入させられ、家に帰ると姉がげんこつをくれた。
妹は、慰めてくれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます