第19話 実技(偽)

 試験場である武道館にいる受験者は約30人。

 それを見守る試験官は10人。


 俺の受験番号は29番で、1列に並ぶことになった受験者の中で最後尾だった。

 ゆかりんは列の真ん中ぐらいに並んでいた。


「では、試験の説明をはじめます! 今回の実技試験は、こちらで用意した人形を破壊、または行動不能にしてください。 特殊技能、能力がある方はできる限りそちらを使用してください。ただし、過剰な攻撃は控えてください」


 試験官の言葉と共に、3人ずつ前に出て用意された人形に向かって術をかけた。


 ここで問題発生。ゆかりんの前に並んでいる男、見覚えがある。七条ウチの門下生だ。その男はウチの基本スタイルに忠実に、両手に黒い手袋をつけ、全ての指の根元に銀色の指環を付けている。

 まずい。このままだとあの男と比べられて俺がちゃんとやっていない雰囲気が出る。これはまずい。何とかしてあの人に手袋と指環を外してもらわなければ。


「では、次の方ー!」


 しかし何も出来ないまま、試験はどんどん進んでいく。とうとうその男とゆかりんの番になってしまった。

 そんな中、俺の心は静かに落ち着いていた。まるで凪いだ海のよう。

 ここまで来てはもはやどうすることも出来ない。かくなる上は俺は七条の人間ではないという感じで行こう。うん、ちょっと七条に憧れてますって感じでいこう。無関係の人間を演じ切ってやろう。


「七条和臣ー! 見てなさーい!」


 ゆかりんが俺を振り返って、大声で叫んだ。

 その声に反応した門下生がガバッと俺を見て、慌てて頭を下げる。


 やめてくれ、俺は七条に憧れてちょっと真似しちゃった感じの人なんだ。ここで本物感を出さないでくれ。見てわかる通り適当な準備しかしてきていないんだ。そっとしておいてくれ。


 そんなことを考えている内に、ゆかりん達の試験が始まる。

 うちの門下生の男は静かに腕を上げ、内側にぐっと曲げる。それだけでスパンッと目の前の人形が細切れになった。

 なんだあの人めちゃくちゃ上手じゃん。もうあの人が七条和臣でいいじゃん。こんな俺のことは忘れてくれないか。


「へえ。七条の糸もやるじゃない」


 ゆかりんはニヤッと笑って、何かをぽいっと目の前にほうった。

 短い袴を履いた右脚が、腰ごと捻って斜め後ろに引かれる。そして、次の瞬間。

 右脚はとんでもない速さで蹴り抜かれ、先ほど放った何かが消えた。


 その時、腰のスカートに似た布が邪魔で後ろからだと脚がよく見えなかった。

 あの布作ったの誰だよ。実刑判決だ。


 意識の端で、ばきゃんっ、と聞いたこともない音がして、気がつけば人形の半分が吹き飛んでいた。

 ゆかりんの元に、てんってんっ……、と転がってきたのは、美しいだった。


「あ。そう言えば三条って蹴鞠のとこか」


 思わずぽん、と手を打った。


 三条は、蹴鞠で有名なのだ。


 こっちの世界では名の知れた家である、一条から九条までの9つの家は、それぞれ家ごとに得意とする武器や、術がある。例えば、一条は刀、三条は蹴鞠、七条は糸だ。


「どう? これで私の勝ちはほぼ確実ね!」


 ドヤ顔のゆかりんが俺の前までやってくる。

 ショートパンツほどしかない袴から、ゆかりんのすらっとした太ももが覗いていた。


 前から見るとやっぱりとんでもない格好だ。これを考えた人にノーベル平和賞を。


「あの……和臣様、ですよね? 私、門下生の佐藤です! 今日は勉強させていただきます!」


 ゆかりんに目と意識が向き過ぎて気が付かなかったが、いつの間にか目の前に先程の門下生がいて頭を下げてきた。

 兄貴よりも年上の男の人に頭を下げられるなんて落ち着かない、というか、やめてくれ。


 俺は七条和臣ではない。ちょっと真似しちゃった人だ。そんな偽物に頭を下げて目立たないでくれ。


「.......あれ、和臣様! その手!」


 門下生が頭を下げた拍子に、ほぼ素手に近い俺の手を見て目を開く。まずい。見つかった。


「こ、これはですね!」


「どうなさったんですか! 手袋もないですし、指環も2つずつしかないじゃないですか! ん? よく見たら、この指環も違う指用のですよね!?」


 全て、余すことなく粗を見つけられた。

 もう終わったな。めんどくさくなってきたし、指環なんて外して普通の術だけで挑もうか。パチもん七条くんはここで終了だ。


「和臣様、特殊技能と能力の確認試験なのに.......本当に、どうなさったんですか?」


 門下生の人が心配そうに聞いてくる。

 ゆかりんはその隣で怪訝そうに俺を見てくる。他の受験者の注目もこれ以上ないほど集めている。


 俺のメンタルは、限界だった。


「大丈夫だ!! 2個でもちゃんと糸は操れるし、素手でも問題ない! 」


 ヤケクソで、大声で言い張った。

 すると、何を思ったのか門下生の人が急に頭を下げた。


「勉強になります!!」


 勉強しないでくれ。頼む。


「次の方ー!」


 とうとう俺の番が来てしまった。

 ゆかりんの鋭い視線と、門下生のキラキラした視線を受けながら、人形の前に立つ。

 正直もう帰りたい。お腹が痛い気がするので帰っていいですか。


「始めてください!」


 合図とともに右手の薬指をほんの少しだけ動かす。

 ことり、と静かに目の前の人形の首が落ちた。


「さ、流石です! 勉強になります!」


 後ろでまた、がばっと門下生が頭を下げるのを感じた。だから勉強しないでくれ。


 今のは、この状況でできる最もかっこいい動きを考え抜いて、もはや一周回って動かない事が1番かっこいいのではないかという結論に至った結果だ。かっこいいってなんだっけ。


 ふう、と冷や汗を拭いて列に戻ると、後ろで首を落としたはずの人形がばらばらと崩れ落ちた。

 まずい、やっぱりきちんと操れてなかった。

 過剰攻撃に判断されたらどうしよう。ここまで来て不合格にされたらたまったもんじゃないぞ、と戦々恐々としていると。


「べ、勉強になります!!」


 だから、お願いだから勉強しないでくれ。

 あんたみたいにきちんと装備をして、しっかり制御した方がいいに決まってるだろ。今の俺に良いとこなんてひとつも無いからな。


「ふ、ふん。まあ、今回は引き分けってところね! 明日の実技で決着をつけるわよ!」


 ゆかりんが眉を釣りあげ、びしっと俺を指さした。

 やっぱりどうしてもむき出し脚に目がいく。女子はみんなこの格好にするべきだ。世界平和のために。


「では、本日の試験は終了です! 明日は引き続き実技試験を行います。明日の試験に合格された方のみ、最終試験である夏の実地試験に向かうことができます」


 試験終了の号令を聞き、とんでもない疲労感の中、洋服に着替えて受付に行く。

 待っていた葉月と電車に乗って家に帰れば、今日のパチモン七条事件の事をどうしてか知っていた姉にこっぴどく叱られ、妹には慰められた。


 俺は、明日の試験をどうやってサボるかだけを考えて眠りに落ちた。

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