第18話 問題

 ゆかりんが4皿目のカレーライスを食べ終えた頃。


「そういえば、あんたたち2人はどういう関係なの? 同じ塾で術習ってるとか?」


「師匠と弟子よ」


「師匠.......。ねえ、七条って言ったら、あの七条よね?」


「そうね」


「ふーん。水瀬さんって、七条の門下なの?」


「いいえ、門下ではないの。和臣個人の弟子よ」


「個人の.......? ねえ、七条くんも特免取りに来たの?」


 目の前に本物のアイドルがいて、さらに俺に話しかけている。これは事件ですか。


「お、俺は免許更新に来たんです」


「へ?  更新って、だってあの階は特免.......待って、七条和臣?  しちじょう、かずお.......、って最年少取得者の!?」


「一応」


「嘘でしょ.......本当に会っちゃった.......」


 突然下を向いて何かぶつぶつ呟いたゆかりんは、すくっとその場に立ち上がった。



「七条和臣!! 私があんたに勝つ!」



「「はい?」」


 突然の大声に、葉月も怪訝な顔をしている。

 ゆかりんは立ち上がったまま、びしっと俺を指さした。


「七条家の天才術者、七条和臣!  三条みじょう家が門下、町田ゆかりがあんたに勝つ! そして、三条の時代を築く!」


 そしてキメ顔。

 俺は思わず拍手をし、葉月もつられて拍手していた。さすがアイドル。


「ところでゆかりん、俺に勝つってなに?」


「午後の実技試験、私が勝つ!」


「おお、頑張ってくれ! 俺ゆかりんのファンなんだ!」


「え、そうなの? じゃあ後でサインをあげるわ!」


「やったー!!」


「この2人、おバカなのかしら.......?」


 葉月は芽が出なかった朝顔を見る目で俺達を見た。


「じゃ、午後は試験場で会いましょう! 絶対に勝ぁーつっ!!」


 ゆかりんはそのまま、キメ顔で去って行ってしまった。

 他の食堂利用者は、あからさまにゆかりんを見ないように食事を続けていた。


「あ、そうだ葉月。葉月も午後実技試験だよな」


「ええ、明日も続きをやるらしいわ」


「これ」


 持ってきたボストンバッグを葉月に渡す。


「これ、俺の姉貴が昔着てた袴。一応足袋とかは新しいやつだから」


「あら、試験では袴を着なくちゃいけないの?」


「絶対って決まりはないけど、たぶんみんな着てくるだろうな。あ、札の入れ物も持ってきたぞ。術者に憧れる人は絶対買うやつ」


「和臣」


「どうした?」


「私、袴を着たことがないの」


「へぇ」


「これ、着方がわからないわ」


「え」


「どうしたらいいのかしら?」


「ゆかりーーん!! 戻って来てー!!」


 急いで去っていったゆかりんを呼び戻し、葉月に袴を着せてもらうよう頼んだ。ゆかりんは自販機のジュースをあげたらにこにこして頼まれてくれた。こんなにチョロくていいのか天才術者アイドル。


「ほら出来た! これでバッチリね!」


「町田さん、ありがとう」


「気にしないで、ジュースもらったし!」


 葉月は背が高くスラッとしているので、袴がとても似合う。背筋も伸びていて、モデルのようだった。


「サイズも大丈夫そうだな! じゃ、試験頑張れよ。帰りは俺の方が遅いから、受付で待っててくれ」


「わかったわ。和臣も頑張って」


「おう」


 その場で葉月と別れて、俺も更衣室で袴へ着替える。

 自分が昔着ていた袴は小さくなっていたので、兄貴が高校生の時に着ていたものを持ってきたのだが、少し大きかった。イラついたのでたすき掛けをして誤魔化しておく。次に、布と紙の札を何枚か直接胸元に突っ込んだ。


 そして、これは俺だけの準備である手袋。ここで大問題。入らない。

 この手袋、俺が小学校の時のものだった。

 入る訳が無い。


「えー.......。直接付けるのー.......?」


 嫌々銀色の指環を指にはめようとする。

 ここで大問題。入らない。

 この指環、俺が小学校の時のものだった。

 入るわけが無い。


「え、まじでやべぇ。無しでもいいかな?」


 良いわけがないので、無理やり小指と薬指にだけ指環をはめた。

 もし誰かに何か言われたらこれが俺流ですという感じで乗り切ろう。こだわりが強い職人みたいな顔して立ってよう。

 どうしても入らなかった残りの6つの指環をロッカーへ仕舞い、試験場へ向かう。


 実技試験は数日に分けて行われ、武道館と、運動場でやるものがある。今日の試験場は武道館だ。


「あ! 七条和臣、たすき掛けなんてして、本気ってわけね!」


 先に武道館の中にいたゆかりんが、俺に気づいて寄ってきた。


「ゆかりんこそ、気合入ってるね」


 ゆかりんは髪を高い位置で1つに結って、たすき掛けをしている。

 ここで大問題。ゆかりんの袴が何かおかしい。

 丈が短すぎるのだ。ショートパンツ程の丈しかない袴に、腰のあたりから前が開いたスカートのような布が付いている。

 どうしても目線が吸い寄せられる。不可抗力だ。


「ふっふっふ! 恐れ入ったかしら? 私は三条の門下の中でも特に脚に自信があるの!」


 ドヤ顔のゆかりん。

 おいおい。三条、どんな教育してるんだ。

 あんたが優勝だよ。俺も門下に入れてくれ。


「七条の糸も、楽しみにしてるわ!」


「実技試験を始めまーす! 番号順に並んでくださーい!」


 訳もわからぬまま、実技試験が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る