第14話 七条
婆さんの家、兼総能支部の庭で、無表情の水瀬と向かい合う。
「実技って何をすればいいのかしら? 術を使うだけならもうおばあちゃんに見てもらっているし.......。やっぱり七条くんに術をかければいいのかしら?」
「もうそれでいいよ.......」
「覇気がないわね」
「すいませんね、覇王色でもなくて」
俺グランドライン超えられてないので。
「今日は一段と卑屈ね.......。というか、早く術を見てほしいのだけど」
「じゃあ、俺に1発当ててみてくれ。術はなんでもいい。もし出来たら、免許取りに行こう」
「あら、そんなことでいいの?」
「ああ、
ふと目についた制服のズボンについたゴミを払う。なぜこんなにホコリが。
「本当に、なんでもいいのよね?」
「ああ、札も使っていい。ハンデで、俺は道具も術も使わない」
連日の疲れからか、くあ、とあくびが出た。
「.......さっきから、随分な自信ね」
水瀬は表情は変わらなかったが、どこか不満そうだった。
「うーん、これは自信というか、なんというか。まあ、俺も随分鈍ってるから、案外早く終わっちゃうかもなー」
ワイシャツのシワを軽く引っ張る。なぜこんなにシワだらけなんだ。分かっている、体育の時にちゃんと畳まなかったからだ。姉に怒られる。
「七条くんに術を当てれば、免許を取れるのね?」
「免許の試験に行くのを許可するってだけだけど。でも、俺に当てられたら免許なんて楽勝だよ」
「いいわ、早速始めるわね!」
水瀬はいきなり数枚の札を投げてきた。
しかし、その札は俺にたどり着く前にひらりと地面に落ちる。
「!? どういうことなの?」
「届きませんなぁ」
腕を組んで、ニヤニヤと上がってしまう口をなんとか落ち着ける。予想通りというか、期待通りの反応だ。
「くっ! 【
「おお! 中級だな!」
ただ、そのそこそこの術も俺にかかる前に消える。
「どういうことよ!」
「はっはっはぁ! どうした水瀬! この程度か!」
「あなた、私の師匠なのよね?」
「そうだぞ! ほら弟子よ、1発当ててみろー! 俺はまだ1歩も動いてないぞー?」
「……こんなにイライラしたのは初めてよ。【
「熱くも寒くもなーい!」
その場でダブルピースサインをお見舞いした。水瀬は、全く表情を変えずに初心者とは思えないほどスラスラと術を使ってくる。
「【
「届きませーん!! っていうか、そんなに一気に使って大丈夫か?」
術の使いすぎで霊力不足になって倒れるとか、やめてくれ。バレたら俺が婆さんに怒られる。
「【
「うっわ、準上級.......」
水瀬はその術を放った瞬間、走り出した。
そのまま俺に向かって大量の札を投げても、足は止めない。
こちらには1つの術も札も届かなかったが、ひらひらと目の前を覆う札が全て落ちた後。
俺が見たものは、空気を裂く鋭さで突き出された、水瀬の拳だった。
鼻先スレスレでびたっ、と止められた拳を見て、思わずごくりと唾を飲む。
「.......七条くん」
「は、はいなんでしょう?」
情けなく声が裏返った。
「拳は1発に入るのかしら?」
「すいません無しで! 調子のってすいませんでしたぁ!」
90度に腰を曲げ、頭を下げる。なんだ今の拳は。細腕の女子のスピードとキレじゃなかったぞ。そのストレートで世界狙えるだろ。
「あら、残念。ねえ、ところでなんで私の術は七条くんに届かなかったのかしら? 札もダメだったし.......」
「いえいえ、ダメだなんてそんな! 水瀬さんは本当に優秀でいらっしゃる。わたくしめが申し上げることなどございませんよ」
「いいから早く教えなさいよ。1発もらいたいの?」
水瀬がひゅっと握った拳を顔の横に持ち上げた。
「ごめんなさいすぐ答えます許して! あ、あのですね、自分の周りに力……霊力の膜を張って、ある程度の術をキャンセルしてるんです。自分が張った霊力以下の規模の術は、俺の霊力にかき消されると言いますか」
「それは凄いわね」
「そんなことないですよ、これは術でもなんでもないただの技術ですから。水瀬さんは力の扱いがお上手ですから、すぐに使えるようになると思います」
「そう? じゃあ、教えてもらおうかしら」
水瀬が、さっと肩にかかった長い髪を払った。表情は相変わらずの無表情。
「もちろんです。では、自分の周りに力を張ってみてください」
「それは、どういうこと?」
「あのー、なんかこう、いい感じに.......」
頭の上で手をふわふわと動かしてみる。
水瀬が無表情のままギロりと俺を睨んだ。
「教える気がないのかしら?」
「すいません違うんです! 人に教えるのが苦手なんです!」
「.......」
「本当なんです! 嫌味に聞こえるかもしれないけど、俺術関連で出来なかったことないんだ!だから、人がなんで出来ないのかわからないんだ!」
水瀬は、じっと俺を見て。
「ねえ、なんで七条くんは私の師匠に立候補したのよ」
「すいません.......」
思わず両手で顔を覆った。
「おばあちゃんを紹介してしまえば終わりで良かったはずでしょう? それに、初めは七条くんだってそうしようとしてたわ」
「すみません……」
ただただ顔を両手で覆って謝るしかない。申し訳ない。
「答えになってないわよ」
「それは、この子が
いきなり、後ろから婆さんの声がした。
「おばあちゃん、帰ってたのね」
隣まで歩いてきた婆さんは、軽く俺の頭をぺしんっと叩いた。
「それぐらい分かるさ。和臣、隠したっていつかは分かるんだ。さっさと教えてやんな」
「.......」
「あんたが言わないならわたしが言うよ? それでもいいのかい?」
「.......」
何も答えず、ただ地面の土を見ていた。
「あの、おばあちゃん。七条だからってどういうこと?」
「……それはね、」
口を開いた婆さんの、一瞬の隙をついて駆け出した。
「【
「ぎゃああああーっ!! ばあちゃんそれ本当に人に使っちゃダメなやつー!」
上級の術にかかってもがきながら叫ぶ。離せ、離して。逃がしてくださいお願いします。
「いい加減腹くくんな! あんたが言わなくてもいつかは分かるんだ! だったら自分で言うんだよ!」
「嫌だああああー!!」
婆さんは、やれやれというように片手を額にやって。
「まったく、いつまで経ってもバカだねぇ.......。葉月、居間に行くよ。話をしよう。 和臣もそんな術にかかってないで早く来な!」
「ひぃん」
「情けない声出してんじゃないよ!」
水瀬は音の出ないリコーダーを見る目で俺を見た。
結局逃げきれなかった俺は、婆さんに引きずられて居間に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます