第9話 天才

 

「俺、天才だったんだよね」


「急にどうしたのかしら」


 水瀬はとても可哀想なものを見る目で俺を見た。


「いやいや、結構本気で。俺天才だったなー」


 うん、確実に天才だったな俺。

 ひとりうんうんと頷く俺に、水瀬は冷たい目のまま。


「いい病院を紹介するわ。たくさん中学二年生がいるの」


「厨二病扱いかよ」


 恐らくだが女子は目線で人を殺せる。

 水瀬の冷め切った視線だけで俺は死にそうだ。精神的に。


「そういうことじゃなくて、俺は能力者……特に、術を使う「術者」としては結構いい線いってたんだよ。普通の免許だって、取得者の平均年齢は17歳。特免なら29歳だ。それを俺は両方とも10歳の時に取った」


「それはどれくらい凄いのかしら?」


「現在の最年少記録」


「思っていたより凄いわ」


 水瀬の俺に対する敬意が目に見えて上がった気がする。元々マイナス値だったので、まだプラス評価までは程遠いが。


「まあ、俺は中学入る前には全く術を使わなくなってたから、今じゃ色々錆び付いてるけど」


「何かあったの?」


「中学に入ったらな.......」


 空気が張り詰める。水瀬の真剣な視線を受けながら。


「めっちゃ楽しかった。正直に言って術とか妖怪とか気にしてる場合じゃなかった。友達と学校帰りに遊ぶのが楽しくてやめられなかった」


 本当に楽しかった。放課後はほとんど遊び倒していたし、漫画もゲームも腐るほどやった。後悔は全くしていないし勉強もしていない。


「思っていたより最低の理由ね」


「それで思ったんだ。普通の学生に、俺はなる!って」


「そんなに悲しい学生王はいないわ」


「まあ、そんな感じで今の俺に至る」


 水瀬の表情は動かなかった。


「あら? でも、それなら七条くんはどうして私の師匠になったの? 遊ぶ時間は減るし、普通の学生はそんなことしないと思うわ」


「……まあ、理由なんてなんでもいいだろ。これからはしっかり教えるから」


「何を教えてくれるの?」


「普通の免許ぐらいは取れるようにするよ。水瀬は今でも札を使って妖怪退治するスタイルでやってるけど、ほかの術とか能力に適正がないかも見ていく」


「ねえ、七条くんはさっき、その、術? を使ったのよね? あれは何?」


 早速師匠らしい仕事だ。よし、任せておけ。弟子の疑問に師匠がきっちりお答えしてみせるぜ。


「前にウチの家が能力に関係あるって話はしたよな? ウチは表向きは呉服屋なんだけど、裏ではこの地域の能力者の元締めみたいなことをしてる。ウチの裏に見える山、あれは霊山なんだ。あれの管理を代々しているのがウチ」


「それが、術になんの関係があるの?」


「うちの家の人間は代々能力を受け継いでる。さっき俺が使った術がそうだ。でも、俺はほかの術も使える。まあ、ほかのって言っても、大体の能力者が使えるように作られた一般的なものなんだけど」


「なら、私も使えるのかしら?」


「適正があればな。でもほとんどの能力者は使える。そういうふうに作った術だから」


「それは楽しみね」


 水瀬は少し嬉しそうにお手製の札を見ていた。

 ここだけ見ると危ない子だ。


「よし。疑問も解決したし、今日はもう寝るか」


「ええ、遅くまでありがとう」


「俺、師匠だから。これぐらいなんてことないぜ!」


「あら、頼もしいわ」


 廊下に出て、ふと気づいた。


「水瀬、部屋ってどこ使う?」


「どこでも大丈夫よ」


「うーん、どこがいいかな.......」


 姉の部屋に近い方がいいのか、それとも遠い方がいいのか。


「悩むほど部屋があるのね」


「この家、部屋が無駄に多いから」


「やっぱりこのお屋敷、広すぎないかしら? こんなに長い廊下を見たのは学校ぐらいよ」


「雑巾がけ大変なんだよなー」


 それにうちはガッツリ日本家屋なので、畳や障子の張り替え、無駄にある部屋ごとの布団干し、誰も使わないはなれや蔵の掃除など、とにかくめんどくさいのだ。

 昔は庭の池のコイを釣って遊んで怒られたり、最近は庭の手入れが面倒だと思って木を丸坊主にして怒られたりもした。

 広い家なんてロクなことがない。


「じゃ、ここでいっか」


 廊下を歩いて、スパン、と適当な部屋の障子を開ける。


「布団は押し入れの中にあるから、それ使って」


「ありがとう」


「じゃあ、しっかり休めよ。明日から色々始めるからな!」


 俺も自分の部屋に戻って寝た。

 一瞬で寝て、気がついたら昼だった。

 着替えもせずにのそのそと居間に行くと、姉と妹、水瀬と明恵さんが優雅にお茶を飲んでいた。


「和兄、おそよう」


「おそよう」


「和臣、葉月ちゃんの方が早く起きてたよ。反省しな」


「はーい……」


「和臣くん、何か食べる? おにぎり握ろうか?」


「あ、お願いします」


 唯一俺に優しかった明恵さんはニコニコと台所へ行ってしまった。


「七条くん、おはよう。それで、今日は何をするのかしら?」


「あーー。何しようか.......」


「和臣、シャキッとしな」


 そう言われても、朝は何かお腹に入れないとエンジンがかからないのだ。のったりとしか頭が回らない。


「じゃあ、術の適正をみるか.......」


「わかったわ。何をすればいいのかしら?」


「なんかこう.......ぐーっと。俺がやるのを真似する感じで.......」


 姉がいきなり、すっと水瀬に向き直って言った。


「葉月ちゃん、もしコレがダメだったら私の所に来てね。術ぐらいなら教えるから」


「ありがとうございます、お姉さん」


「もう! 和兄、いい加減シャキッとしてよ! 恥ずかしい!」


 結局、明恵さんのシャケおにぎりを食べるまで、エンジンはかからなかった。



 やっと目が覚めこれ以上ないほどシャキッとした後、庭で水瀬と向かい合う。


「じゃあ、今から俺がやるのを真似してみてくれ」


 ぱんっと両手を合わせる。


「これで真理の扉を開いてだな.......」


「持って行かれるわよ」


「ごほん。じゃあ本当の行くぞー、【りん】」


 俺の足元からふわりと風が吹く。


「なんか、こんな感じで。何か起こったら適正あり、起らなかったら適正なしってこと」


 水瀬は素直にぱんっと手を合わせて、


「りん」


 涼やかな声で言った。当然なにも起きない。


「葉月お姉ちゃーん! ただ言うだけじゃダメだよー!【りん】って言葉の意味と、術をまわす力の流れを感じるのー!」


 縁側から妹が声をかける。水瀬はじろりと俺を見て。


「七条くん、そんなこと言ったかしら?」


「【りん】って言うのはな、今から戦うぞ!やるぞー!っていう意味」


「雑ね」


「なんか本当はもっと堅苦しくて長い意味があるけど、それは婆さんのとこで聞いてくれ」


 俺もきちんと習ったし、覚えてはいる。

 ただ、こんな使い所のない術の説明をするのがとてつもなくめんどくさい。


「あなた、私の師匠よね?」


「.......よく使うやつ、後でまとめておきます」


「それで、力の流れっていうのは何?」


「自分の中にある力。いわゆる霊力、魔力、生命力、気力、そういうもんを流すんだ。力はそこにあるだけじゃなくて、流して初めて働き出す」


「そう.......【りん】」


 水瀬の足元からびゅうっと突風が吹いた。

 縁側にいた妹が目を丸くして驚いている。

 俺も思わず手を止めた。



「もしかして.......天才?」



 天才なのは、弟子だったようだ。

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