第4話 高校

 何故か、今までほぼ接点のなかった学年一の美少女と自宅で一緒に夕飯を食べることになった。どんな状況だ。


 食卓に並んだのは天ぷら。

 廊下から、お手伝いの明恵さんがドヤ顔でこちらをみている。そして、目が合った瞬間俺に向かってウィンク。


 完全に、勘違いしていると思う。


「あら、今日は豪華じゃない。……って、お客様?」


 姉がやって来て、食卓へ座る水瀬を見て少し驚いていた。いきなり夕飯に見知らぬ女子、しかも美少女がいたら驚きもするだろう。俺だってずっと驚いている。


「和臣の同級生だそうだ。今まで自分が能力者だと知らなかったそうなので、説明をな」


「そうなの。大変だったわね」


 ぺこりと頭を下げた水瀬は、見れば見るほど綺麗な顔をしていると思う。サラリとした長い黒髪に、大きな目。少しきりりとした眉に、通った鼻筋。表情が少ないからか肌が白いからか、どこか絵のように唇の色が目立つ。さらに身長は俺と同じくらいあって、足は長いし色々スタイルがいい。だが妖怪が見える能力者ということで、残念ながら恋愛対象外だ。

 まじまじと見ていたのがバレたのか、水瀬の目線がこちらに向いたので慌てて目をそらした。


「七条くんの同級生の水瀬葉月です。今日は大変お世話になりました」


「いいえ。きちんとしたいい子ね」


 夕飯の天ぷらはサクサクで美味しかった。

 俺はナスの天ぷらが好きだ。なんだかあのふわふわでとろとろなところがいい。野菜なのにこんな風になるなんて不思議で仕方ない。


「和兄、ナスばっかり食べすぎ。ほかのも食べなよ」


「ああ、うん」


 またナスの天ぷらをとった。ナス美味い。


「和臣、食べ終わったら聞きたいことがある」


「ああ、うん」


「和臣、父さんの話はちゃんと聞きな」


「ああ、うん」


「……まあ、食べ終わったらでいい」


 ふと目線を上げれば、水瀬が宇宙人を見るような目で俺を見ていた。

 そこまでナスばかり食べていたのかと反省し、次はエビをとった。


 夕飯を終え、明恵さんが出してくれたお茶を啜る。

 父はともかく、姉と妹も部屋に戻らず、ここで一緒に湯呑みを傾けていた。


「和臣、水瀬さんの事だが」


「ああ、うん」


「……後見人になったそうだな」


「あー、役所閉まりそうだったから。俺も一応、まだ免許持ってるし」


 父はまたぐりぐりと目頭を揉んでいた。


「……お前、本当に後見人になったんだったらしっかりやりなさい。説明も大雑把すぎだ。これからも色々助けてあげるんだぞ」


「ああそうだ、父さん札の書き方教えてあげてよ。今でも結構書けてるっぽいけど、ちゃんとした書き方知っといた方がいいだろ?」


「自分でs教えてあげなさい」


「えー、俺教えるの苦手なんだよね」


 今まで黙っていた姉が、たん、と湯のみを置いた。妹も湯のみから口を離して、じっとりと俺を見ている。


「和臣、あんたが後見人なんだから。自分で決めたなら最後までしっかりやりな」


「和兄、どうせ暇なんだから教えてあげなよ」


 全員に言われ、気は乗らないが逃げ道もなくなった。どうせ暇なんだから、と妹にまで思われているのが少し堪えた。


「……じゃあ、水瀬。今度俺が書き方教えるよ」


「ありがとう、七条くん」


「和臣、あんたちゃんと丁寧に教えるのよ。水瀬さん、もし何かあれば言ってね。コレ、雑だから」


 姉にコレ呼ばわりされたのが地味に堪える。

 そんな様子の俺に、父は。


「和臣。後見人になったってことは、こっちの仕事もやるのか? そうだったら孝臣にも、」


「いや、仕事はしない。今まで通り、俺はそっちには関わらないから」


 父の言葉を遮って声を挙げる。これ以上はまずい流れだ、早く撤退しなければ。


「……まあ、無理強いはしないがな。しかしせっかく実力があるのに」


「話って終わり? もしそうだったら、夜だし水瀬送ってくるけど」


「ああ、そうしなさい」


 かなり無理やり話を終わらせても、父は何事も無かったようにいつもの顔に戻った。妹は嫌そうに俺を見ていたが、その隣りの姉の顔は見られなかった。


「水瀬さん、一人暮らしは大変だろう。いつでもここに来なさい」


「ありがとうございます。今日はありがとうございました」


 水瀬がすっと頭を下げた。妹がすこし遠慮がちに、小さく水瀬に手を振っていた。


「お姉さん、またね」


「……ええ。またね」


 水瀬に手を振り返されて嬉しそうな妹を置いて、家を出た。水瀬は学校のすぐ近くに住んでいるらしい。


「ねえ七条くん、あなたって全然人の話を聞いていないのね。お父様が可哀想だったわ」


「そうかな? それ結構言われるけど、俺は聞いてるつもり」


「重症ね」


 ブイサインをした俺に向かって、水瀬はにこりともせず一瞥をくれた。


「……ところで、水瀬の家って本当に学校に近いんだな。遅刻しなそう。あ、ここ曲がる?」


「ええ。……っ!!」


 角を曲がった先の地面に、どろどろとした黒い何かが蠢いていた。それを無視して進もうとしても、水瀬はその場から動かない。腰を落として、スカートのポケットへ手を伸ばしている。だから出会って即バトルはやめた方がいいって。


「あんまり気にしすぎるなよ。これ、まだ妖怪でもなんでもない雑魚だからさ」


「そんなこと言ったって! 見えてるのよ!?」


「何もしてこないよ」


 何も見なかったことにすればいいじゃないか。


「ここ、私の家の目の前なのよ!こんなのを放っておいたら、気になって眠れないわ!」


「うん、慣れよう」


「……七条くん、あなた早く帰りたいだけよね?」


「だって明日からテストじゃん」


「最低ね」


 一言の切れ味が抜群過ぎる。しかし学生の本分は勉強だろう。妖怪退治より、妖怪が見える女子より、テストが大事で何が悪い。

 というか、俺はテストの前日に詰め込むタイプだから今日の夜が勝負なのだ。既に当初の予定からはズレている。このままだと俺のテストは爆死してしまう。

 だがまあ、これぐらいの雑魚ならすぐ終わるか、と思い直して。


 すっと、大きく息を吸い込んだ。



「あー、今日の夕飯美味しかったな。明日も楽しみだ!」



「急に大声でどうしたのよ、……って、えっ!」


 地面で蠢いていた黒い何かはすっと小さくなって、そのまま消えた。


「どういうこと!?」


「これぐらいの雑魚なら明るい気持ちとかポジティブな行動とかで消える。もう少し大きくなるとダメだけど……妖怪相手は気の持ち方が一番重要なんだよ。怖がってると相手を強くする」


「し、知らなかったわ。いつも札しか使っていなかったから」


「これからはもう少し慎重にな。テスト終わったら、札の書き方とか妖怪の退治法も教えるから」


「……本当に、さっきから随分テストを気にするのね。困ってる女の子より大事?」


「いや、俺だって助けてあげたいよ。ただ、補習は嫌だし留年も嫌だ」


 補習も最悪だが、留年でもしたらと思うと震えが止まらない。主に怒った姉やブチギレた姉など、色々恐ろしい。


「あら、そこまで厳しいテストなの?」


「まあまあ難しいはずだし、早めに単位は取っておきたいと思ってる」


「そういうとこはしっかりしてるのね」


「高校生ですから」


 キマった、と思ったが、水瀬は何事も無かったように俺を無視してアパートの階段へと歩いていった。キマり過ぎたか。


「じゃあ、テストが終わったら話をしましょう。おやすみなさい、七条くん」


 水瀬がアパートへ入って行くのを見届けた後、即座に家に帰って徹夜で勉強した。


 次の日もその次の日も、徹夜で勉強した。

 最後のテストが終わったとき、俺は燃え尽きていた。真っ白にな。

 あまりにも眠いので、早く家に帰って寝ようという思いだけを支えに帰り支度をする。今日こそ布団で好きなだけ寝てやる。ここで帰宅部を生かさずしていつ生かすのか。

 友達はみんな部活に行ってしまった。うるさい田中も俺同様毎日徹夜していたので、死んだ目で部活に向かっていた。生きて再会したい。

 ちなみに田中はバレー部だ。運動部へ入部するなど狂気の沙汰だと思う。


「七条くん、話をしましょう」


 俺の机の目の前に、超絶美少女が肩に鞄をかけて立っていた。思わず机に突っ伏した俺を無表情で見下ろしている。


「大変だ、眠すぎて幻聴が聞こえる」


「現実の音声よ」


「すいません。ここ3日寝てないんです。寝かせてください」


 正直に言った。ごめんなさいもう無理です。寝かせて。


「私も3日我慢したわ。さ、話をしましょう」


 水瀬が急かすので、仕方なく気力だけで席を立った。頑張れ俺。

それから、小声で水瀬に耳打ちした。


「あの、あんまり学校では話しかけないでください」


「あら、急ないじめかしら?」


「いや、水瀬目立つから」


「……七条くんも、そういうのを気にするのね」


「高校生ですから」


 女子との噂など人生の最重要事項だ。しかも相手は水瀬。学年一の可愛い女子だ。今は教室にほとんど人がいないから良かったものの、もし田中にでも見つかって騒がれたら、俺は死ぬ。物理的に。


「これからは気をつけるわ。さ、話をしましょう」


「じゃあ、ついてきて……」


 学校を出て、知り合いの家に向かって歩く。とある日本家屋の門をくぐって、いつも通り鍵のかかっていない戸を開けて、大声をあげた。


「タケじいー、部屋貸してー!」


「おー、いいぞいいぞ。って、和坊! とうとう彼女ができたのか! よかったなあ!」


 奥から出てきた爺さんは、元々にこやかな顔をさらに綻ばせて俺の肩を叩く。


「違うよ、総能関係」


「お、そうか。婆さん呼ぶか? 台所にいるぞ」


 急に笑顔をひっこめた爺さんは、廊下の奥を振り返った。


「んー、まだいい。とりあえず部屋借りてるから」


 通された部屋に腰を下ろせば、今まで黙っていた水瀬が話し出した。


「七条くん、ここはどこなの?」


総能そうのう支部」


「え?」


「話、始めようか」


 容赦無く襲いかかる眠気を咬み殺し、口を開いた。

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