第3話 説明
姉と妹がいないことを再度確認し、警戒を解いて客間の畳に鞄を放り、腰をおろした。水瀬は少しぎこちない動きで、勧めた座布団に正座していた。
「水瀬、なんか飲む? 麦茶とか」
「お、お構いなく」
「じゃあ、いきなりだけど話すか。まず……水瀬はいつから変なモノが視えたんだ? 生まれつきではないんだろ?」
水瀬はさっと背筋を伸ばして座って、ハキハキと話し出した。
「小学3年生のときね。夏期学校で川に行ったとき、溺れたの。その時、見たのよ。川の中で私の足を引っ張る手を。それから変なものが視えるようになったのよ」
「ふーん、そうか。多分その時ズレちゃったんだろうな」
「ずれた?」
「そう、普通の人はずっと交わらないはずの境界線、俺たちがいる
水瀬は少し考えて。
「それは、治らないの?」
「治らない。一度交わったもの、知ってしまったものは無かったことにはならない。……あれ、そういえば水瀬はなんで妖怪と戦かってたんだ? それに、札使ってなかったか?」
「昔、友達が妖怪に襲われたのを見たの。誰も気付いていなかったけど、私は見たのよ。事故だって事にされたけど、あれはあいつのせいだった。だから私は、妖怪を見たら絶対に退治するようにしてるの」
「すごい正義感だな」
そこで退治しようという気持ちになるところがすごい。普通ならそんなもの見ないように引きこもるか、泣いて隠れるのではないだろうか。
「それで、自分で本やネットで調べてお札を作ってみたの。そしたら結構効いたから、使ってるのよ」
「すごい度胸だな」
ネットの知識なぞ無根拠すぎて怖いとか、効かなかったらどうしようとか思わないのか。チャレンジャーすぎるだろ。
「水瀬、あとでその札見せてくれ。下手なもんなら使わないほうがいい。それから、妖怪と出会ったら即バトルみたいなのもやめたほうがいいな。いつか大怪我するぞ」
「でも、それだと妖怪は」
水瀬がぐっと眉を寄せた。確かに、あんなものが野放しになっていると思ったら不安だろう。
「大丈夫。妖怪退治の仕事を請け負ってる専門家がいるんだ。まあ、多少は漏れる奴は出てくるけど……見逃すレベルの大体は何もできないような雑魚だから気にしなくていい。それでももし何かあったら
「そうのう?」
「ああ、全国の能力者をまとめてる組織。確か正式な名前は.......
総能の電話番号を教えようと水瀬を見れば、真剣な表情でじっと俺の話に耳を傾けていた。なんだかこっ恥ずかしくなってきた。
「……で、能力者っていうのは、水瀬とか俺みたいに妖怪とか変なモノが視える人のこと。視えるだけじゃなく退治したり、結界をはったりできる人もいる。そういう人は総能に登録して、妖怪退治の仕事をもらったりできるんだ。水瀬も、やりたいならちゃんと総能に仕事もらうといいよ」
「そんなこともやってるのね、総能」
「怪異関連ならなんでもやってるぞ。あ、そういえば札見せてくれ」
水瀬がスカートのポケットから取り出した札を受け取って、ふと思いついた。と言うか、思い出した。
「そうだ、父さんのとこに行こう。俺よりきちんと説明してくれると思う」
今一気に話したことも、もっと丁寧にわかりやすく教えてくれるだろう。自慢じゃないが、俺は説明が下手な自信がある。
「だ、大丈夫かしら。急に押しかけてしまって」
「そこそこ堅苦しい人だけど、理不尽に怒ったりはしないから大丈夫大丈夫!」
廊下へ出て、父の仕事部屋へ向かう。
スパ、と障子を開けると、父は机に向かって謎の巻物を読んでいた。
「父さん、この子俺の同級生なんだけど、さっきまで能力者とか妖怪のこととかなんも知らなくてさ、父さんなんか説明してあげてよ」
「……まず、部屋に入る前に声をかけなさい」
父はそっと巻物をしまった。辛そうにぐりぐりと目頭を揉んでいる。
「あ、ごめん。入るよ」
「そろそろ覚えてくれ……。それで、その子か?」
「初めまして。七条くんの同級生の、水瀬葉月です。よろしくお願いします」
「はい。和臣の父の
「いや、さっき連れてった」
「ん? それじゃあ、後見人は?」
「俺」
親指で自分を指さした。ドヤ顔まで決めた俺に向かって、父が盛大にため息をついて顔を片手で覆った。
「はぁーー。お前は、もうほんと、なんでそうなるんだ……。おっと、失礼。じゃあ、色々説明しよう。水瀬さん、ここに座るといい」
「ありがとうございます」
父の目の前の座布団に座った水瀬を見届けて。
「じゃ、俺居間にいるから。あとよろしく」
「え、お前はここにいないのか? 本当にどうしてそう勝手なんだ……。いきなり連れてきた女の子を自分の父親と2人きりにするのはやめなさい。お互い困るだろう」
「ほらほら父さん、水瀬困ってるから」
大体、俺いても何もしないし。だったら、居間で水瀬の札でも見ておこうと思っただけだ。我ながら効率的な思考。
「結局、私が悪いのか……?」
父が両手で頭を抱えていた。
「じゃあ父さん、終わったら教えて」
「はあ……」
さっさと居間に戻って、水瀬が書いたという札を並べてみる。
実際に妖怪に効いただけあってなかなかよく出来ていて、これを素人が自力で作ったのかと驚いた。今どきのインターネットが凄いのか、水瀬が凄いのか。
ただ、やはり所々変な箇所があったので、油性ペンで書き足して修正していく。これは札の書き方も教えるべきだろう。頼んだ父。
「あれ、
いつの間にかやって来ていた妹の
妹は今年小学四年生になった。
そしてだんだん俺に厳しくなった。最近は普段から心を抉られるような言葉をぶつけられる。まさかとは思うが、反抗期だろうか。
「ねえ、和兄って結局なにしてるの? お家の仕事も全然しないし、この札も変だし、お勉強もしないし、臭いし」
「……清香、兄ちゃんもな、心があるんだ」
臭いはダメじゃないか? 身内に向けるにしたってあまりにも切れ味が良すぎる言葉のナイフだぞ。
「だって本当だし」
涙が出そうだった。
「和臣、お前全然説明してないじゃないか。もう少し丁寧に説明してあげなさい。ああ、清香おかえり」
呆れ顔の父が水瀬を連れてやって来た。妹は即座に俺への興味を失い、父と水瀬の方へと向き直る。もう少し兄に対する心の優先度を上げて。
「お父さんただいま! そっちのお姉さんは?」
「七条くんの同級生の、水瀬葉月です」
「和臣の妹の
妹に呼び捨てにされたのが地味に堪える。もう少し兄に対する尊敬度を上げて。
「清香、
「
「そうか。水瀬さん、もし良かったら夕飯を食べていくといい。 一人暮らしは大変だろう? それに、和臣に聞きたいこともある」
「ありがとうございます」
深々と腰を折った水瀬。
そして、俺は何故かクラスの美少女と夕飯を共にすることとなった。
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