麻布ニューグランド

たっくんスペシャル

第1話 バブルの面影

地下鉄麻布十番駅から徒歩5分、六本木へ続く道から南へ少し入ったところに、麻布ニューグランドという10階建ての雑居ビルがある。

バブルの時代にはディスコがあったためか、この雑居ビルにもバーやら風俗やらが入店し、昼も夜も客が途絶えることがなかった。

今では10階にあるジャズバーのみが開店しており、あとはどの部屋も空室である。

きらびやかなガラスと派手な装飾の麻布ニューグランドは、近くで見ると落書きがされている。ガラスも割れている。もうバブルの面影薄れて、空室はタマリ場になっている。


佐田は歓送迎会の三次会で、部長に連れられてこの麻布ニューグランドのジャズバーに連れてこられた。今年になってやっと部下を持つことになり、躍起だっている。


ジャズバーに入店した部長は、カウンターに座るなり佐田に言う。

「このぉ、麻布ぅにゅーぐらんどぉーの所有権んーは俺がぁ持ってる」

部長はちょっと酔いが回っているようだが、普段通りのテンションだ。

佐田は半ば嘘だと思いながらも、部長に問う。

「土地の権利書でも持っているのですか。」

部長は眉間にシワを寄せて、語気強く言う。

「嘘だぁとおもぅとるな、毎年払っとるぞぉ、たかぁい固定資産税をなぁ」

まさか酔うと饒舌になるこの部長、ビルを所有しているなんて、戯言にもほどほどにするべきだ。ジャズバーからは東京タワーが輝く。


落ち着いた店内。グラスにカクテルを注ぐマスターに、佐田がモヒートを注文したときだった。

突然大きな揺れがあり、マスターは注いでいたカクテルグラスを床に落としてしまった。パリンと響く店内に、辺りは闇に溶け始めた。

窓から見える麻布の夜、右から暗くなっていく様子に、暗くなった店内からは

「停電だ!」と部長の後ろから叫ばれ、うとうとしていた部長も目を覚ました。

それでも東京タワーは輝いている。

あちこちでスマホの明かりがつき始め、ようやく店内にどれくらいの客がいるか把握できた佐田は、スマホでラジオをつけようとする部長に声をかけた。「地震です。ここは10階だから結構揺れました。エレベーターか階段で降りましょう。」

部長は言った。「いやぁ、エレベーターぁは危ない。止まっているかもぉしれない。階段で降りよう。」

真っ暗になった廃墟のようなビルから脱出しないといけなくなった。

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