第6話 翠さんは部活に誘いたい
始業式とHRが終わる。これから毎年恒例となっている部活の勧誘の時間だ。
鞄を持ったところで、峰咲さんに話しかけられた。訝し気な表情に、一歩後ずさってしまう。少々浮かれてしまっているところもあると思うけど、私はいつも通りだ。
「これから美術室?」
「うん、このまま部員が少なくなってしまったらと思うと不安なので頑張りたいです……」
切実な問題だ。うちの学校はスポーツ部が強く、文化部に入ろうという人は少ない。でも部員が少ない分、個人個人がしたいことを、できるだけやらせてくれるのはひとつの利点だと思う。
「部長らしい言葉ね! まぁ、朝の時よりは普段通りかな……?」
そう言ってぐいっと顔を覗き込んでくる峰咲さん。
なんだかすごく何かを疑われている気がする。やましいことなんてたくさんあるけれど、ばれたくないどうしよう……。
「そ、それで、峰咲さんも美術室行くでしょう? 一緒に――」
「翠が何か隠してるのを話してくれたら、一緒に行こうかなぁ」
意地悪な笑顔だ。なんて酷い人だろう。峰咲さんは、誰にでも気軽に話しかけて仲良くなれるタイプで、あまり人と賑やかに話したり、接したりするのが苦手な私とは対極の性格だと思う。でも、同じクラスで、同じ部活にたまたまなったせいか、こうして良く話しかけてくれる。
今まで意地悪なことをされた覚えはない。峰咲さんこそ、今日はいつもと違う。
「隠すことなんてないです。峰咲さんこそちょっと変……」
「む……あまりいじめたら私が悪者になってしまう……これくらいにしておこうかな。私も一緒に行くね」
連れだって美術室に向かうと、教室の前には机が並んで、私たちが描いてきた絵が既に飾られている状態になっていた。二年の後輩たちが先に準備をはじめてくれていたようだ。
部員は、三年生が私と峰咲さんと、別のクラスの小牧くんの三名で、二年生は椎名さん、倉田さん、秋野くん、春風くんの四人。他の部活と比べて多いわけじゃないけれどみんな仲良くしているのでたぶんアットホームな過ごしやすい部だと思う。
「部長、うちら早く終わったんで準備先にはじめてたんですが、こういう感じで大丈夫ですか? あと、部長と小牧先輩が作った栞、ここに置いときますね」
秋野くんが、そういって教室前の並べた机の上に展示した絵を眺める。部長――それは私のことです。望んだわけではないけど、同級生の峰咲さんと小牧くんに推薦されて、二対一では勝てるわけもなく、すごく嫌なわけでもないので部長ということになってしまった経緯がある。
「秋野くんもみんなもありがとう。うん、大丈夫です。あとは……どれくらい人が来てくれるかなというのもあるけれど、やっぱり呼び込みとかもしたほうが良いのかな」
「……どうなんでしょうね、スポーツ系の部活はしてるところ多いみたいですけど、部活紹介の場所は新入生に配ってあるはずなので、呼び込みまでしなくても良いような気も」
窓の外から校舎の入り口を眺めると、スポーツ系の部活の人たちでごった返している。あの中で美術部の勧誘をしたら、もみくちゃになってしまいそうだ。
「まだ初日だし、誰も入ってくれる人いなかったら、その時に考えましょう。私と椎名さんと、秋野くんが教室の外で受付する感じで、他のみんなは教室見学する人案内してもらっても大丈夫ですか?」
わかりました、と部員たちの返事が返ってくる。そうこうしているうちに、少し遅れて小牧くんもやってきて、部員全員が揃った。
陽太は来てくれるかな。入ってくれたら良いな。そんなことを考えてしまい、落ちつかなくなってくる。三階に上る階段付近に彼の姿が見えないかなと、何度もそちらを見てしまう。
「部長、誰か来るんですか?」
「はひ!? ななななにもないですよ?」
「!? ……そうですか」
二年の椎名さんに突然話しかけられてびっくりする。心臓に悪い。なぜか椎名さんもびっくりした顔をしてる……。そうこうしているうちに、ぽつりと新入生の姿が見え始め、対応をしていく。
秋の落ち葉を栞にしたものを、そんなに数はないけれど来てくれた記念として新入生に手渡す。
「わぁ、こういうのも作ったりするんですか?」
ある女子生徒から初めてありがとうございます以外の言葉が返ってきた。新入生はやっぱりなんだか可愛い。美術部に興味を持ってもらえたかな?とわくわくしてしまう。
「デッサンとか絵画ってイメージが強いかもしれないですけど、好きなことをしてもらいたいなって思ってます。美術部の顧問の先生も、割と自由な感じなので」
「そうなんですね、穂香は美術部入るって決めてたんだよね?」
「うん、里奈は入る?」
「どうしようかな……少し気になるかも」
一緒の中学だったのかな? 仲の良さそうな穂香ちゃんと里奈ちゃんという二人の女子生徒に興味を持ってもらえてる! 穂香ちゃんは入部してくれそうな予感。二人を美術室の中に案内して内心喜んでいると、視界の隅に見知った姿が映った。
「……よ、よ、と、棟里くん! 来てくれたんだ!」
危ない。みんないるのに下の名前で呼んだら、将来を約束した未来の旦那様ということがばれてしまうかもしれない。そこまではいかなくても、つ、付き合ってるなんて思われちゃったら……どうしよう、どうしよう。
「……来てみました」
心臓の音が鳴る私のそばにきて、陽太はぼそりとそう言う。その隣に、朝も陽太と一緒にいた男子生徒の姿が見えた。
「び、美術部部長の、花谷です。あ、あのね、これ、もらってください! 来てくれた新入生に配ってるんです」
作った栞を手渡す。紅葉の葉っぱのお気に入り。
「どうも」
落ちついたトーンの声。少し不機嫌?
私はいつもどういう風に学校で人と接してきたんだろう。いつも通りにできている気がしなくて、少しだけ不安になる。心配性かもしれない。きっといつも通りのはず。
陽太は本とか読むのかな。読むとしたらどういう本が好きなのかな……。隣の男子生徒さんを忘れてた!
「あ、隣の新入生さんも!」
慌てて栞を手渡す。
「ありがとうございます。俺城山って言います。実は前からすごく美術部に入りたいと思っていて」
「おい、そんなわけないだろ嘘つけ」
「陽太、俺の絵の才能をようやく発揮するときが来たようだ」
「どこに才能があるんだよ?」
冗談っぽくそう言う城山くんに、陽太が返事をする。ものすごく仲が良さそうで少しだけ嫉妬してしまう。その中に混ぜてほしくなってしまうものの、周りの目が気になってしまいぐっと我慢する。練習するだけ上手になっていくものだと思うし、楽しめることが一番だと思うから、興味があるなら入ってほしい。
「城山くん、上手とか下手とか気にせず、基礎から丁寧に頑張れるから、もし興味があったら歓迎します。今の部員も、高校からって人が多いし、私も高校から美術部に入ったんです」
「入りますぜひよろしくお願いします!」
間髪入れずにそう答える城山くん。新入部員第一号が決まった! すごい、そんなに美術に興味があったんだ。熱心な部員になりそうで嬉しい。この流れで、陽太も入ってくれないかな……。ちらりと、陽太のほうを盗み見る。
目が合った。
「よ、棟里くんは入りたいとか、ないですか? ちょっとだけでも――」
説得する材料が欲しい。誰かに助けてほしくて、椎名さんを思わず見てしまうものの、なんだかぽかんとした表情でこちらを見ていて、まったく助けてくれそうにない。秋野くん――はなんだか私と目が合うと顔を赤くして窓の外を見つめた。私の顔に何かついているのかな。つぶあんのことを思い出してしまう。
私の動機は不純かもしれない。一緒にいたいからとか、一緒の部活ができたら楽しいだろうなとか、そんなことばかり考えてしまう。でも、本当は陽太がしたいことを選ぶほうが、良いはずだ。あまりしつこく誘うのも良くないかもしれない。でも誘いたい。誘いたいんです。
「――興味とかないかな? 入ってくれたらうれしいな……」
そんなことを考えながら発した言葉は、かすれて小さな声になってしまう。駄目かな。ちらりともう一度陽太の顔を盗み見る。
「……あるかも、ちょっとは興味ある」
「ほんとに!?」
思わず笑みがこぼれてしまう。嬉しい。
嬉しすぎて足踏みしてしまいそうな衝動をなんとか堪える。冷静に、冷静にと念じるけれど、どうしよう私もう色々駄目かもしれない。でもこれで放課後、一緒の部室だし、文化祭も楽しみ!
「城山が入るんなら、やってみようかな……?」
「し、城山くんは入るって言ってるよ!」
「うん、うーん……入ります」
「こ、これ入部届だから、あ、書き方わかるかな……お姉ちゃんが書いてあげたほうが良いかな?」
「――っ、いや、自分で書くので」
自分で書けるなんて立派になりました! 昔は読書感想文の誤字脱字もすごかったのに……。
「……ええと、部長、その子知り合いなんですか? もしかして弟さん? あれ、でも苗字が……」
失敗した! 私の行動ひとつで私たちの将来が決まってしまう。もっと慎重にならないと。
「……知り合いです。別に、なんというか普通の、とても普通な感じの知り合いです」
真剣な眼差しで椎名さんを見つめる。そう、ただの知り合いなんです。普通の知り合いなんです。
「え、はい……そうなんですね」
椎名さんが変な生き物を見るような目をしている。周りを見渡したけれど、変な生き物は見つからない。ちょっと深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
陽太は知り合い、知り合い、知り合い。よし、大丈夫。
「ええと、それじゃあ二人とも、もし良かったら美術室開けているから見学していってね」
中では副部長の小牧くんをはじめ、部員たちが活動内容を説明してくれている。入部届をふたりに渡して中に案内しようとしたところで、先ほどの二人組の女子生徒、穂香ちゃんと里奈ちゃんが見学し終わったのか外に出てくる。
「あ、棟里! 城山も。私たちC組だよー」
そう言って、穂香ちゃんが二人に声をかける。
「……ひさしぶり。俺らはB組。美術部入るの?」
「私は入ってみようかなぁって思ってるけど、里奈はちょっと考えるって」
陽太と穂香ちゃんは、同じ中学なのかな。一年間は陽太と同じ中学に通っていたものの、あまり陽太の友達に詳しくはなくて、どういう関係なのかなと気になってしまう。里奈ちゃんが少しうーんとうなった後、口を開いた。
「……私も入ろうかなって思う! 棟里くん入るんだよね?」
「俺と城山はうん。城山は美術の才能があるらしいし」
「なっ、今いうなよ!」
三年生が卒業してしまって部員が減ったため、四人のやりとりのおかげか一気に賑やかになる。この分だと、里奈ちゃんも入ってくれそうだ。
穂香ちゃんと里奈ちゃんにも入部届の紙を手渡して見送る。
時間はすぐに経ってしまい、もうすぐ十二時になる。十数人の人が見学に来たけれど、入ってくれそうなのは陽太を含めたあの四人くらいかもしれない。でも、文化部としてはそれなりにうまく勧誘できたと思う。
「お疲れ様です部長」
「お疲れ様です」
椎名さんと秋野くんが声をかけてくれる。
「お疲れ様です。よかったです、ちゃんと新入部員が増えそうで」
そんなことより陽太が入ってくれて嬉しすぎて嬉しすぎて飛び跳ねたい。でも片付けと入部届けを顧問の先生に持っていかなければ。
「あの、片付けも私たちがするので、部長は先に帰ってて大丈夫ですよ」
「え、準備をしてもらったのだから、私たち三年がしますよ」
「大丈夫ですって。部長はとにかく早く帰ってください」
椎名さんの強い一言に押し切られて、美術室の中にいる部員に挨拶しようとすると、腕をがしっと掴まれて止められた。
椎名さんはおとなしくて、真面目で、あまり表情がわからない。私を見つめる瞳は、なんだか優しい目つきというか、何かを見通しているような目つきというか、どういう気持ちなのかが読めない。
椎名さんの口元が、そーっと近付いてくる。何なのかな。
「棟里くん、早く行かないと帰っちゃうかもしれないですよ?」
私の耳元で、そうつぶやく椎名さん。頭の中が一瞬真っ白になる。
「え、あ……え!?」
「先輩、落ちついてください。早く追わないと」
「……し、知り合いだから、ただの。一緒に帰りたいなぁとかは、全然思ってないんです」
「そうなんですね、一緒に帰りたいんですね。知り合いだから、一緒に帰ったほうが良いんじゃないんですか?」
……そうかもしれない。うん、知り合いなら、一緒に帰っても平気なのかも。周りに見られても平気なのかも。
「ですよね、知り合いだったら一緒に帰りますよね……でも後片付け」
準備も任せて、後片付けもというのは心苦しい。
「私たちがするんで大丈夫ですよ。気にしないでください」
「う……はい。じゃあ、すみません。よろしくお願いしますね」
「はい、任せてください!」
そう言って椎名さんは部室の中のほうに向かって声をあげる。
「小牧副部長〜、部長がちょっと緊急の用事ができちゃったので、入部届け代わりに先生に届けるのお願いしたいです」
あれ、小牧くんに迷惑をかけてしまうのも申し訳ない。やっぱりやめようかと悩んでるうちに、小牧くんが顔を見せた。
「おう、全然良いけど」
その言葉を聞いて、遠慮の二文字はどこかへ消え去ってしまった。
「すみません小牧くん、ありがとう」
陽太の教室に向かって走り出す。まだ学校にいますように!
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