「走馬灯」

京はる

走馬灯


 わたしはいんちき女です。友だちからはおバカさんで、愛嬌を含んだ明るい人だと思われているようです(三者面談で先生にも言われたんだから間違いない)。しかし実際のわたしは、親身になりながらも、周りを見下しているのです。だってクラスの人々を、自分のげびた本性の、隠れみのの道具、程にしか認識していません。

 率直にわたしは周りを馬鹿にしているのです。おかしいやら、馬鹿らしいやら、一言一行いちげんいっこうくだらなく思うのです。わたしの笑顔は嘲笑であり『皆んな一生懸命になっちゃって』なんて哀れみが常にこもっています。

 その本性が明るみにならない為、特定の人に個人的な陰口を言うはずもありません。校則にもきちんと従いますし、遅刻はもってのほか。善良で模範的な生徒を演じきっています。

 それでも、やはり、人を見下してる癖に、人の陰口を聞いているときはちっとも楽しくありません。授業を抜け出したり遅刻する者がいれば静かに怒りを覚えます——ああ、わたしは卑しい癖に、卑しいことが嫌いなのです。べらぼうに偽善の心が反発するのです。


「髪バッサリ切ってみた! どお思う?」

「ウケるぅ。いや、前髪パッツンすぎない?」

「やっぱァ? ——」

 どうでも良すぎて大きな溜息をつきました。心の中で。

 とりあえず誰かと話さなきゃといった、会話、しおらしさは、とても鬱陶うっとおしい。周りの人たちが、あの俳優のどこどこが良いなんて語り出したときには、うなずいているうちに、わたし、何だか頭がポカンとして、そのままお化けみたいに透明になっていくようでした。ああ、くだらない、くだらない。でも表に出してはいけませんからね。学生生活的に死活問題です。

 プライベートな空間での彼女・彼らの本性の言葉をを見聞する限り、きっと、わたしも誰かの隠れ蓑なのでしょう。そう思います。

 結局、わたし(たち)は読みたくもない空気を自然と読んでしまい、触発されてしまうだけかもしれませんね。

 それでも、やはり、何食わぬ顔で愛嬌を振りまく自分や他人が、いやに面白いのです。一体どれほどの道化師がこの世に蔓延はびこっているのでしょうか。

 そして、教室のど真ん中の最前列の席で誰とも戯れず読書にふけってるあの子——恵子けいこは見苦しい。孤独な背中が痛々しい。——ので、いつの間にか、暇さえあれば一緒にいました。



「実は一昨日彼氏できたんだ」

 恵子はためらいも恥ずかしげもなく言ってみせました。

「えっ、マジで。良かったね!」

 わたしは嬉しい反面、恵子との距離に空白を感じられずにはいられませんでした。だって、恵子と友達になって3年間、今まで見せたことない温かみが顔と言葉の節々から覗いていたのです。

 ひとえに驚きました。どこにこんな情緒を隠していたのだろうと、内心懐疑的になり、また、すでに恵子から距離を取り始めたわたし自身も恐ろしかったのです。



 ビックリしました。電車の窓に薄く映ったわたしの顔が清々しいのです。それは窓越しに燦々さんさんと輝いてみせる夏の海よりも印象的でした。とても学校をサボったようには見えなくて、一時いっときの罪悪感を抱きました。

 そうして揺られながら鎌倉駅に降りました。ナンパされに来たのです。


 恵子と疎遠になってから、なんだか、より一層他人がどうでもよくなり、独りでご飯を食べる機会も増えました。恵子は——彼氏が出来てから美しくなりました。そして以前のように殻に閉じこもらなくなり、数人の友だちに囲まれて楽しそうに談笑しています(クラスが違いますが、廊下などでよく目に入るのです)。

 あのような姿に、嫉妬しました。同時に、わたしは恵子とわたしを置き換えて、あの場所を渇望していたのです。——そこでわたしは、ひとつ考え、答えを導きました。

 わたしには、人間本来の「愛」の感覚が欠如してしまっているのでしょう。わたしの人生の充実感に足りないものは、ロマンチック、日々の欲望に対する激しさに違いありません。そろそろ虚無感との別れが必要なのです。

 しかし、学校の人々にはイマイチときめかないのです(3年も通えばそれを知るのに充分)。


 なので、ナンパされに来ました。



 海辺は、何かを求めるには余りに自然すぎました。

 ロマンチックなのは、夕空で赤灼けた由比ヶ浜だけで、わたしは何をするでもなく、浜辺でポツンと体育座り。結局、ただの阿呆みたいにぼうっと、刻々と、無駄に過ごしました。それから、黄金色に煌めく海面にどこか詩的な情緒を無理やり探しては、憂さ晴らしの現実逃避。

 溜め息ひとつつくのも、何だか惨めな気分です。

 持ってきた文庫本は潮風でしわしわのお婆さんになってしまうし、肌もベタついて不快感がぬぐえません。インスタ用に海の写真を撮るのも、ママのライン着信にも飽き飽き。

 それから、ちょうど日没で、わたしの眼は夕日と海が重なり合う姿を捉えて、離しませんでした。ゆったり溶けていく様が妙にエロティックで神々しいのです。わたしはなかば夢心地になって、顔を傾けてはあの水平線に口づけしようするけど、やっぱり届きません。


 なんて眺めていたら、何だか、誰の視線も気にならないほどの、キスをしてみたい。



 いっときの美しい時間が沈み、海面の最果てから伸びる薄明線が僅かに甘いムードを残して、周りには刹那的な匂いが流れています。

 ふと、顔を仰向あおむけると、さも当たり前のように、忍び寄る低い空。ああ、まっくら。あの暗闇を身近に感じます。

 ところで、海から上がってくる自己中そうなサーファー達の視線がチクチク刺さります。でも視線の先が哀愁を帯びた孤独な少女ではなく、その太ももの奥に食い込んだ黒パンツだと知っています。

 どうぞ見て行って。

 ハーフの女子のパンツなんて中々珍しいでしょ? ――こうやって他人を見下ろせるほどの自分の美貌が好き。不細工なママに似なくて良かった。ウクライナ人のパパには感謝しています。ウクライナが何処にあるか知らないけど。



 わたしは狂っていたのでしょう。そうに違いありません。

 一日の行動が全て嘘で、走馬灯のような気がしてきました。

 電燈に照らされた電車内の暗い窓に映った、おバカさんが。寝起きのようなひどい顔をしたおバカさんが、じっとわたしを見つめていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「走馬灯」 京はる @kyohal

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ