第4話 城を引き払う準備をする②

「機嫌の直ったところで蒸し返すのは悪いが、結局、この国は何がしたいんだ?」


ロウはリーティアに改めて問う。リーティアはしばし黙考して、


「ロウは、13年前の戦争の敗因は何だと思いますか?」

「だから、質問を質問で、っと。まあいいか。そんなに難しいことじゃない。戦争に勝つだけの力も、続けていくだけの力も足りないのに仕掛けるから、痛いしっぺ返しを喰らっただけだろ」

「では、その『力』とは何を指すのでしょう」

「まあ色々あるが…。一概に何か、と言えるほど単純じゃねえと思うが」

「『勇者の有無』ではどうですか?」

「!!」

「前の戦争では勇者は不在でした。では今回、『魔王』の天敵たる『勇者』が40名いたら、それは魔族に勝てるだけの力になり得ませんか」

「…40人って、ただの素人の集まりが戦局を変えられると思ってるのかよ」

「その素人が、戦局どころではなく、盤面すらひっくり返すだけの力があるとしたら」

「現実的じゃねえなあ…」

「異世界人は、その『現実』を飛び越える存在に成り得る資質を持っているということです」

「あいつら見ててもそんな雰囲気はまったくねえけどな」

「40人全員が、その域に達する必要はありません。そのうち一人でも二人でも、『魔王』に抗し得る力を持てば、戦いには勝てます。ほらほら、手がお留守ですよ」


すっかり話し込んで手が止まっているロウに、手を振って促すリーティア。

犬のような扱いに不服そうに応じるロウは再び手を動かし始めながら、


「それ、本気で信じてるのか」

「いえ。全く」

「は?」


あっさりと否定するリーティアの返事に拍子抜けするロウ。それに構わずリーティアは淡々と続ける。


「そんな可能性とも言えないものに、国の命運は賭けられませんよ。ですが」

「何だよ」

「王も王女も、悲願に囚われて見るべきものを見失っているのです。すがる、と言った方が良いでしょうか。今は第三大隊長のように、魔族への恨みから『勇者』への妄信を持つ者も多いですから、王に追従する意見が王城の大勢を占めています」

「バルガスは、確か」

「母君と妹さんが魔族領に囚われていると聞きます」

「王と王女は…王妃の件か」

「…ええ」


リーティアの表情がかげる。ロウはふう、と溜息をついて


「復讐なんて、あの王妃が望んでるとは思えねえんだがな」

「復讐というより…名誉の回復なのだと思います」

「名誉って…、ああ、あの話か。王妃がかつて『勇者召喚』を行って、失敗したとか言う」

「事実とは違いますが、結果、先の戦争で『勇者』は現れず、それゆえに敗北した、と考えるものはそれなりに多いのです」

「…なんというか、他力本願な連中だな。すると何か?召喚に失敗した王妃が悪いと突き上げでもしてんのか。その阿呆共は」

「さすがに、公に王妃を非難する者はおりませんが、この風聞が根強く残っているのにはそれなりの作為があるのでしょうね。王はともかく、王女は幼かったこともあって、私たちが語る内容でしか事実を知りません。王妃との思い出もそう多くない中で、口さがない者が王女に良からぬことを吹き込めば、私たちがいくらそれを否定しても、王女の心にはおりのように積み重なっていたのでしょう」

「それで、今回の暴挙に至るという訳か」

「暴挙はさすがに言いすぎですよ。ですが、望ましくない方向に国が向いているのは確かです」


重ねた本を紐できゅっと縛って、ロウはひと息つく。少ないとはいえ、持ち出すにはそれなりに量のある荷物を見てリーティアがいぶかしむ。


まとめてみると、意外に荷が多いのですね。どうやって持ち出すのですか?」

「ん?ああ。まあ、これがあるからな」


そう言って、ロウは部屋の片隅に置かれた背負い袋を持ってくる。傍目には何の変哲もない背負い袋だが、生地や縫製を見るとかなりしっかりとした作りであることが分かる。が、何よりサイズに見合わぬ量をロウがぽいぽいと投げ込み、それが苦もなく袋に入っていくのを見て、


魔道具マジックバッグですか?また珍しいものを」

「頂き物だよ。でなけりゃこんな稼業で買えるはずがない」

「そうそう貰えるというものではないんですが…。つかぬことをお聞きしますが、どのような方から?」

「あんたも知ってる人だよ。王妃様」

「…ずっと、気になってることがあるのですが」

「ん?何だ?」

「ロウは、王妃と面識が?」

「まあ、顔見知り程度にはな」

「顔見知り程度に、魔道具マジックバッグは贈らないでしょう」

「…まあ、それなりの付き合いはあったけど、話すと長くなるぜ?監視役としては早く城から出て行って貰いたいんだろ?」

「…そうですね。その話は次の機会に」

「次がいつになるかは分からねえけどな」

「それは、どういう意味ですか」


何気ない一言のつもりが、リーティアには思いがけないことだったらしい。『氷の聖女』の、まず見ることのない動揺と狼狽を感じて、ロウも焦る。


「い、いや。城を出たらそのまま王都を離れるつもりだからな」

「…どうして、でしょうか」

「…まあ、この国もきな臭くなってきたからな。ここに残って勝ち目のない戦争に駆り出されるのは御免被ごめんこうむりたい」

「傭兵のいうことではありませんね」

「そんなのは真面目な傭兵に言ってくれ。バルガスも言ってたろ?俺は『逃げ足』だぞ。国のために死ぬ、なんて殊勝な心掛けは持ち合わせちゃいねえんだよ」


ロウの言葉にしょんぼりと項垂うなだれるリーティアに、


「…まあ、あんたはここ王城に残って踏ん張るつもりなんだろ?」

「…ええ」

「あんたの考えと、さっき俺をかばわなかった理由は分かったつもりだよ。あんたにはあんたの覚悟があるんなら、それをまっとうすれば良い。あんたの手助けになるかは分からんが、当てがないこともないんでな。俺は俺なりに動くから、まあ過剰に期待されても困るんだが、やるだけのことはやってみるよ」

「期待しないで待っています」

「ひでえな…まあ、その位で丁度良いか。…あと、気掛かりはあいつらのことだが、頼めるか?」

「貴方の教え子については、ひとまず私が預かる予定です」

「俺が言うのも何だが、手の掛かる連中でな。お手柔らかに頼むぜ」

「貴方が手を焼くとは、余程ですね」

「だが、出来は悪くない。頼むから、無駄死にだけはさせてくれるなよ?」

「彼らの誰一人として、無駄死になんてさせるつもりはありませんよ」

「その言葉、当てにしておくぜ」

「お任せ下さい」


リーティアの返事に満足し、微笑で応じた所でロウの荷造りは終了した。

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流れ者には荷が重い 新井三任 @carp00_47

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