第3話 城を引き払う準備をする①
魔族との最後の戦争が終わってから13年。傭兵ギルドも最近はすっかり需要が減り、冒険者ギルドに鞍替えするものも少なくない。
ロウが持つB級は、仕事次第ではなんとか食っていける程度のポジションで、貴族や名家に抱えられたり、専属の依頼を受けることがあるA級やS級に比べると決して楽な生活ができるわけではないが、その代わりに生じる責務や不自由さとは縁遠いこともあって、ロウはB級という立場に特に不満はなかった。まあA級やS級になれるだけの実績や要素がなかったのもあるが。
だから、ギルドからの指名依頼、それも場所が王城と聞いた時に思わず訊き返す位にはロウも動揺した。
「指名って、なんで俺に?」
「知りませんよそんなこと言われても」
カウンターの向こう側でぶっきらぼうに返す受付嬢に、
「誰が指名したんだよ」
「依頼者の守秘義務がありますからこんな所では言えませんよ」
「いやいやいや。そもそもこういう依頼って、こんなカウンターとかでほいほい渡すもんじゃねえだろ。こう、もっと偉い人が大仰に部屋へと呼んでとか」
「うちの偉い人って、知ってますよね?」
「あー…。ギルド長かー」
王都の傭兵ギルド長、グレッグ・ボーマン。
見た目はでっぷりとした親父で、一見すると商人、それも
「おそらく」が付くのは、ロウが王都に流れてきてからこの方、ボーマンに会ったことは数度しかなく、その数度も決して愉快な遭遇ではなかったこともあり、普段の依頼でギルド長に会う必要もなかったために、その人となりについては風聞以上のことは知らないという理由からである。
「とにかくお城からの呼び出しなんですからすぐ行って下さい」
「いやこんな胡散臭い指名とか受けれねえって」
「お城からの指名が胡散臭いはずないでしょう。いい歳してゴネないで下さい」
「『いい歳』って、俺、まだ28なんだがなあ」
「このギルドじゃ十分ベテランです」
「ベテランって言うならあんただっ…」「いいから行け!」
結局、受付嬢(24)に追い立てられるようにギルドを出て、自分より遥かに豪華な召喚状を手に王城の門をくぐったのが今から3か月前。
そこで「勇者の教育係」という、身の丈に合わない役目を押し付けられてそのまま王城に
城を去るように命じられ、わずかに買い込んだ衣類や道具、本などを整理して持ち出す時間は与えられたが、教え子に会うことはならじとのお達しがあり、せめてお別れ位言わせろとゴネては見たものの、
「たった3か月で、どうしてここまで汚せるんですか」
「男所帯なんてこんなもんだと思うがなあ」
「私の知る限りでは、死霊の館位には
「ひでえ」
これからここを引き払おうという男を相手に、苦情兼監視役を申し出たのが金髪のエルフ、リーティアだった。
「なあ」
「何ですか」
「やっぱりさあ」「駄目です」
「まだ全部言ってねえんだがな」
「『最後に別れくらい言わせろ』ですよね。何度も言ってるではないですか。
今の貴方の考え方に、彼らが感化されてしまっては困ります」
「それって、情報統制とか洗脳じゃねえの?」
「国の危地ですから」
にべもない返事に、しょうがなく片付けを続けるロウ。
「…なあ」
「はい」
「さっきの王女の発言、あんたはどう思う?」
「どう、とは?」
「質問を質問で返すなって。…あんたもそうなのか」
「話に具体性がありませんね。何が言いたいので?」
「覚悟の話さ」
「…」
「そもそも、この話は取っ掛かりから胡散臭え。『勇者召喚』?なぜ今その必要がある?」
「第三大隊長が言った通りですよ。領土と人…」「あんたまでそんなこと言ってるようじゃこの国も先は長くねえな」
ロウの切り返しに黙り込むリーティア。
「考えてもみろ。前の戦争が起きたのが15年前。それから2年間も戦って、国土も国民も疲弊しきってようやく収まりがついて、それから13年もかけて立ち直ったのが今のこの国だ。もう戦争はこりごりだと誰もが思ってる。たとえ敗戦の結果、国を大きく割られててもな」
「それは…」
「魔族にこれ以上、領土を拡げる意思はない。なんなら一部を返したって良いと言う話さえある」
「ロウ!その話は!?」
「こういう稼業をしてると魔族の知り合いくらいはできるもんさ」
「…それは、聞かなかったことにしておきます」
「まあ、王様やバルガスの前ではできねえ話だがな。まあそれはいい。だがよ、なんで今更、戦争をおっぱじめようなんて馬鹿な気を起こした?」
「戦争ではありません。『魔王の討伐』です」
「言葉遊びがしたい訳じゃねえんだ。分かってて言ってるだろ」
ロウの言葉にリーティアが
「悪い。つい口調が荒くなっちまったな」
「…貴方の口の悪さには慣れていますから」
そう言って微笑むリーティア。造形の整ったエルフ、それもすこぶるつきの美人の笑顔となれば多くの男心も揺れる所だが、
「あんたも、もっとそういう顔見せれば『氷の聖女』なんて呼ばれずに済むのにな」
「それが女性に対する誉め言葉ですか」
さらりと流すロウに対してわずかにむくれるリーティア。
政務でも祈りの場でも戦いでも、人前では顔色一つ変えることなく、淡々とこなすことから『氷の聖女』と呼ばれるリーティアが、ロウの前では表情豊かになることには、ロウも、リーティア自身も気付いていなかった。
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