06.第1話
それはある日の放課後だった。
俺はこの日も吉岡心愛を尾行していた。
何か確固たる証拠を掴めればと常日頃から跡をつけていたのだ。
この頃の吉岡心愛は「スタンダプコメディどうこうかい」の部室に足しげく通っていた。そこを悪の根城にしているのは間違いなかった。
ただ敵は目の前にいるのに尻尾は出さない。だが尾行だけでは埒が明かない。
この日の俺は少し大胆な行動を取った。
奴より早く同好会会館へたどり着いた俺は、「スタンダプコメディどうこうかい」の隣の部室で奴を待ち受けることにした。隣の部屋から奴らの悪だくみを盗み聞く算段だ。
隣の部室は確か「弁論同好会」だった気がする。
その弁論同好会の部室には既に男子が一人いた。
誰だったか覚えていないが、その男はせっせと紙遊びに勤しんでいた。
「すまない。生徒会の者だ。理由は言えないが、暫しこの部室を貸してもらいたい」
「えっ! ちょ、こ、困るって!」
男は慌てて筒状に丸めた紙細工を隠した。
高校生にもなって紙遊びをしているのを見られたのが恥ずかしかったのだろう。
「無理は承知の上だ。生徒会の権限を行使する。ここを使わせてもらう」
「そんな権限なんて知らねえよ!」
「御免!」
俺は強引その男をつまみ出しその場を占拠した。
男はぶつくさ言っていたが我慢してもらうしかない。これは正義の行いだからだ。
俺は壁に耳を当て吉岡心愛を待っていた。
すると隣から物音が聞こえた。
最初に聞こえた声は女の声だった。
『そういえば、アメリカの友人からお届け物を貰ったんだけど見てみる?』
この声の主は「木村さくら」という。
「スタンダプコメディどうこうかい」の書類上の代表を務めている表向きのリーダーだ。そしてこのセリフから察するとおり米国にゆかりのある人間でもある。
それよりも、「お届け物」とは一体何であるか。わざわざ「アメリカの友人」と言うくらいであるから、銃器、もしくは爆発物の類だろう。やつらは武器の密輸にも手を出しているのか。会話だけでは判別がつかなかった。
『ごめんなさい。私アメリカにアレルギーを持っているので、ちょっと無理です』
次に聞こえたのは本命の声。吉岡心愛であった。
やつら「スタンダプコメディどうこうかい」の裏の姿、「全学共闘同好会」は学生運動の流れをくむ組織だ。つまり反米思想を持っていた。一応はリーダー格である吉岡心愛もその思想を少なからず持っているようだ。
『アメリカアレルギーってなによ?』
『あ、ごめんなさい。知らないのですね? でも人前ですし、あまり答えたくないのです』
『ああ、そう。とびきりの美味しいお菓子だったのに、残念ね』
『どうせ、変な色をした、高カロリーのお菓子ですよね。尚更いらないです』
『アメリカのお菓子を馬鹿にするな!』
奴らは暗号を使って会話をしている。この時の会話も暗号ばかりで詳細は把握できないが、恐らくその「変な色をしたお菓子」とは麻薬の類だろう。米国を通じて薬物の密輸にも関与していると思われる。
『それより本題に入らなくて良いのですか? 残りは二人もいます。それに本番までに私たちには時間がないのですよ?』
この大胆な行動が功を奏したようだ。先程から恐らく奴らの内で通じる暗号ばかりで詳細は理解が出来なかったが、これは重大な話を聞けそうだ。
『アンタの台詞じゃないでしょう。問題はアンタたち二人よ。準備は出来ているの?』
『あまり具合は良くありませんね。
『……僕もあんまり』
「なにっ!」
監視中にも関わらず俺は迂闊に声を上げてしまった。
この会話で聞いた、その名前、その声、それを耳にした瞬間に俺は衝撃を覚えたのだ。
俺は吉岡心愛のことばかりに気を取られて、他の部員のことを知ろうとしなかった。
隣の部室にいる男子は俺の親友だった。
「
彼とは小学校からの長い付き合いだ。
奇跡的にも途絶えることなく同じクラスが続いている不思議な因果の間柄である。
実は彼と会話をするようになったのは、この学校に入学してからで、それまではこれといって会話をするような間柄でもなかった。だがこうも同じクラスが続くので流石にこの学校に入学してからは自然と仲良くなったのだ。
ちなみに向こうはどう思っていたかは知らないが、俺は昔から彼の事が気がかりでならなかった。
変な誤解をされては困るので敢えて言及しておくが、彼は小さいころから小さくて、その見た目どおり弱々しい男であるので、俺とは正反対の存在であるから、何となく気になっていただけだ。変な感情を抱いている訳ではない。
とにかく安藤くんとは親友だった。
俺の親友が悪の片棒を担いでいるはずがない。
だが、長年聞き続けたその声を聞き間違える筈もなかった。
俺は拳を握り地面に打ち付けた。
「吉岡心愛、この
俺はそう思うしかなかった。
『隣がうるさいわね。ちょっと注意してくる』
『あっ、大丈夫です! 私が行きますので!』
「クソッ!」
俺は弁論同好会の部室を飛び出し逃げるようにその場を後にした。
俺は悔しさの余り涙を流していた。
尻尾を巻いて逃げ出したことを悔やんだのではない。親友である安藤くんが悪に手を染めるまでに追い込まれていたことに気付かなかった己を恥じたのだ。
これは安藤くんと話をして彼を更生させるしかない。言う事を聞かないのであれば、殴ってでも止めるつもりだ。それしか手段は残されていなかった。
後日、俺は安藤くんを校舎裏に呼び出した。
「生徒会長の君がこんなところに僕を呼び出して何のつもりだい?」
安藤くんはいつも通りのとぼけた様子だった。
「……ふざけるのは、止めてくれ」
「え、な、なに?」
俺の雰囲気を察したのか安藤くんの声が揺れた。
「知らないとは言わせない。同好会の事だよ」
「そ、それがどうしたの?」
動揺を隠せないのか更に声が揺れていた。
「安藤くんは自分がどんな立場にいるか分かっているのか?」
「……うっ」
今度は言葉に詰まる。これは決定的だった。
「俺の言っているころが分かるだろう?」
安藤くんは黙っていたが、その重い口をやっと開いてこう告げてくれた。
「……分かってるよ、それくらい理解しているよ! だから今度の
「……勧誘大会? 君たちは一体なにを企んでいるんだ」
前日に聞いた吉岡心愛たちの会話の中で「本番」と口にしている場面があった。
恐らくその本番とは、この時に安藤くんが教えてくれた「中期勧誘大会」と関係してくるのだろう。
「ごめん。ネタは秘密なんだ。当日まで誰にも言ってはならない約束だから」
「……脅されているんだな?」
「ち、違うよ! 僕は脅されてなんかいない! 僕の意思で隠しているんだ」
その言葉を耳にして俺は考えるより先に身体が動いてしまう。
「うぎゃあ!」
安藤くんは衝撃に耐えきれず後方に吹き飛んだ。
俺は頬を抑え横たわる安藤くんを見下ろした。
「その心まで奴らに染まったか! あの頃の清らかな君はどこへ行ったんだ!」
「は? へ? な、なに? なんで?」
安藤くんはこの瞬間に起こった出来事を理解できないようだった。
「立て! 安藤泰虎! お前の根性を叩きなおしてやる!」
「ちょっ! なに? どういうこと!」
「この期に及んで、言い逃れをしようとは見苦しいぞ!」
俺は安藤くんの胸倉を掴み取り彼の身体を引き上げる。
小柄な彼を持ち上げるのは容易なことだった。
安藤くんは必死にもがいていた。
その様子に俺は哀れに感じた。同時に悔しくもあった。
少しでも早く相談してくれたら、君を救い出せたかもしれなかったのに。
俺はまた拳を握る。
そして安藤くんに振りかざそうとした。
その時だった。
「ぬおおっ!」
背中に強烈な痛みを感じた。
その衝撃の勢いで俺は安藤くんもろとも倒れ込んでしまう。
「生徒会長さんが一般生徒の弱小男子に手を上げるなんてどういうつもりよ!」
「グッ、き、木村!」
俺の身体を抑えるようにして木村さくらが背中に乗っていた。
恐らく背中に感じた衝撃は彼女の蹴りをくらったのだろう。
俺と彼女との体重差は見るからに大きくかけ離れているので、飛び蹴りをしたと思われる。
そして木村さくらがいるということは、この場にヤツもいる。
「………………」
吉岡心愛は俺を無言のまま見ていた。
その眼差しはとても冷淡でこの俺でも背筋が凍るほどの恐怖を感じた。
苦し紛れに俺は悪態を吐く。
「ば、化け物めっ……」
そして俺は察した。
これは最初から仕組まれていたのだ。
奴らは安藤くんを囮にして俺を捕らえるつもりだったのだ。
吉岡心愛は無言のまま刺すような冷たい眼差しを向けて俺に近づく。
その手にはバチバチと破裂音を鳴らして閃光を放つ機械があった。
「ぐおああああああああっ!」
それを俺の首元に押し付けて、俺は気を失った。
斯くして俺は安藤くんと袂を分かつことになった。
これが唯一人生で杭を残した学生時代の一幕である。
親友と敵対関係になるとは何の因果であろうか。
斯くして僕は、彼女の「笑い」の弟子となる。 著者。 @chosha
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