05.プロローグ

俺はあまり昔のことを振り返ることはしない。


だが敢えて過去を振り返るのなら、それは携帯電話がガラケーでテレビはアナログ放送だった時代、つまり俺が人生で唯一杭を残した十代そこらの学生時代のころになる。


当時から俺は頑固者で、融通が利かなくて、声がやたらと大きくて、無駄に身体もデカいから無意味に人を怖がらせていた。


ただ唯一誇れる事があるとしたら、頼まれごとは一切断らないことだろう。


だからだろうか、こんな俺でも当時は生徒会長なんかも務めていたりした。

俺は生徒会長の職務を真剣に全うしていたと思う。


そういう立場もあってか、俺は教師から密命を帯びて、ある一人の女子を監視していた。


その女子の名は、吉岡心愛。


心愛と書いてココアと読む。変わった名前をしているが本名だ。

そういえば、こういう名前のことをキラキラネームと呼び出したのは当時からだろう。 


それはさておき、その当時の吉岡心愛は二つの同好会に在籍していた。

一方は偽装工作のつもりだろうが、もう一方が実に怪しい。


それは「スタンダプコメディどうこうかい」という変な名前の同好会だ。


何故こんな名前にしたのか理由はハッキリしないが書面上ではそうなっていた。もしかしたら何かの暗号だったのかもしれない。


そして、吉岡心愛が在籍するこの同好会は俺が教師から帯びた密命に関係してくるのだ。


かつてこの日本国が戦後復興も間もない時代には、現代よりも学生たちは熱を帯びていた。


いわゆる学生運動の時代である。


当時の学生たちは体制側に反発して弱者や若者たちの権利を主張していたのだ。

まあ聞こえはいいが、その実態は抑えようのない暴力衝動のはけ口として利用していたに過ぎない。


そしてこの学校にもその世相に洩れることなく、学生運動家たちの一派が巣食っていた。


その名も「全学共闘同好会」。


奴らはこの学校の同好会を隠れ蓑として密かに暗躍していたのだ。


そして時は過ぎ去り学生運動が下火になった当時に至っても、その残党がこの時代のこの学校に残っているとされている。


かつての学生運動の時代では奴らは志があるぶん幾らか可愛げがあった。

だがこの時代の奴らには思想がまるでなく、ただの不良集団に過ぎない。


テストの答案偽造に、密造酒や、シケモク由来のタバコの生成、アダルトビデオの横流し、数を上げれば切りがない。まるで軽犯罪のデパートであった。


そんな事実はあるのに奴らは証拠を残さない。

その組織に在籍する学内の生徒数は少ないが、学外を含めれば百名以上はくだらない大組織である。


それが吉岡心愛の在籍する「スタンダプコメディどうこうかい」である。

そして吉岡心愛こそがそのリーダー格と目されている。


恐らくそれは間違いない。表面上では代表は他の女子であったが、伝統的に奴らはリーダー格を「会計」と呼んでいる。俺は同好会のメンバーが吉岡心愛を「会計」と呼んでいるところを耳にしたのだ。


そのため俺は彼女の監視をすることになった。


俺は昔のことを振り返る事はしない。

だが当時のことはそんな俺でも回顧せざるを得ない、それほどまでに杭を残す時代であった。

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