狐狗狸さんと了承の盤

 宗教とは、神やそれに匹敵する、神聖な何かを深く信仰する教えや行いのことである。

 だがしかし、それらは全て元を辿ればヒトが作ったものであり、贋作が入り交じったものだ。

 宗教とは、同じヒトを信仰するものであり神を信じるものではない。だが、ヒトの執念は恐ろしく、神を実在のものとするために、神を呼び出す道具をいくつも作り上げた。

 大麻おおぬさ、仏像、魔導書グリモワール

 そして、その神々を呼び出す道具によって人は暮らしを豊かにし、確実に自分の首を絞めている。


 僕は窓を開け、店内に秋暮の心地好い風を取り入れていた。外は散歩にも丁度良く、紅葉見にも向いている気がする。春であれば、梅の木を見ながらティーカップで緑茶を啜り読書をしたいた。そうすればかの菅原道真公もお喜びになるのに、と思った。


 ――ドンドン。

「多々良さーん?居ますかぁ?」

「居るよ……どうした。サンにしては機嫌が良さそうじゃないか、珍しい」


 また今日も嵐がやって来た。


「いやですね、私の通ってる学校の校長から依頼が来たんですよ。校長が家に帰るとき、学校にまとわりつく巨大な影を見たとかで。もしかしたら妖怪とか物の怪の類いじゃないか、て」

「随分と信心深い校長だな」


 サンはこの神楽町で高校生として暮らしている。妖怪祓いをする際にも、その方が行動がしやすいと言っていたが、ただ単に高校生になってみたかっただけではないだろうか。


「まぁ結果的に、それはこの辺りを守ってる神様だったので、退治するのを中止したんですよ」

「まさかとは思うが、退治したかのように学校に報告したのかい?」


 サンは少女らしく可愛らしい笑みを浮かべながらコクりと頷いた。

 それ詐欺じゃないか?


「で、校長から依頼料として、これを貰ったんですよ。アンティークでカッコ良くありませんか!?」

「……ほう、これは」


 サンが取り出したのは、焦げ茶色の正方形の板で、AからN、OからZと、二列に分けてアルファベットが書かれたものだった。その板の下部には、一桁の数字の列と、両端には『YES』『NO』と書かれている。

 不気味ではあったが、サンの言うとおり、アンティークでカッコ良い。


「どうですか?やっぱり値打ちものなんですかね?」

「あぁそうだね」


 するとサンは、「やったぁ!」とガッツポーズをとった。


「ただし、これが日本で貴重だったのは、江戸や明治頃までの話だ。今のご時世、こんなのはそこら辺の骨董屋とかで買える」

「……え。ならこれは一体何なんですか?」

「これは『ウィジャボード』だ。」


 うぃじゃあ?とサンは首をかしげた。


「西洋の降霊術の一つさ。このアルファベットの列の上に、『Ouija』て書いてあるだろう。これはフランス語の『Oui』とドイツ語の『Ja』を組み合わせた造語だ。二つとも『はい』という意味がある」


 つまりウィジャボードは、日本語で言うならば『了承の盤』である。


「なーんだ。あまり面白そうではありませんね。でもこれ、なんだか『こっくりさん』に似てません?ほら、イエスとノーがありますし」

「良いところに目をつけたな。その通り、これは西洋版のこっくりさんと言っても良い」


 こっくりさんとは、一昔前に日本で流行った降霊術のことである。五十音が書かれた紙に十円玉を乗せ、最低二人がその十円玉に指を置いて、様々な質問をするというものだ。

 多くは勝手に十円玉が動く、と言うのだが、大半は人間が無意識に動かしており、実際に霊が降りるなんて事はあり得ない。

 ただの遊び、ただのお巫山戯ふざけなのだ。


「だがこのウィジャボードは、こっくりさんなんかより歴史もある。聞きたいか?」

「うわまた蘊蓄うんちくですか」



 ――秋の夕暮れが美しいほど、店の中は淀んで見える。店には所狭しと刀や槍などの玩具が並んでいるが風通しは悪くない。ここは山のため基本的に風は絶えず、夏と秋、特に夜は快適である。

 サンがウィジャボードの後に遅れて取り出した中心に穴の空いた板、通称『プランシェット』をウィジャボードの上にカタリと置いた。

 風が少し寒かった。


「いいか、まず何故ウィジャボードが作られたのか。それは確立化された降霊術をシステム化、則ち『簡略化』するためだ」

「こんな板二枚で、幽霊と交信だなんて出来るんですか?」

「率直に言おう、出来るわけないだろ。人間ごときが考えた物なんて。逆に聞くが、人間が作った物の中で素晴らしかった物なんてあるのかい?」

「漫画」

「確かに手塚治虫は凄い人だが、そういう話ではない」


 このままサンの言葉にいちいち突っ込んでいては、レオナルド・ダ・ヴィンチの話まで飛んでしまいそうだ。

 僕はコホンと一つ咳払いをした。


「人は人の役に立つものを作ったことがないということだよ。降霊術を編み出せば悪魔に魂を売る者が現れ、現代だと車を作って空気を汚す者も現れる」

「……つまり、その間違った降霊術でとんでもないリスクを背負わないために、簡略化された降霊術が必要だったと?」


 その通りだ。僕は話を続けた。


「降霊術と宗教は切っても切れない関係にあったと思われる。その証拠がこのウィジャボードだ。ご覧、このウィジャボードのアルファベットの列を。二段目の真ん中に書いてあるのは、『T』だ」


 このTとは本来の十字架の形であるタウ十字架を示している。二段にしてわざと扇形に並べることでタウ十字架を真ん中にするようにしたのだ。


 それに対してこっくりさんの文字盤上部の真ん中には鳥居のマークが置かれている。

 神道教の鳥居とキリスト教の十字架、宗教を示すものが共通しているのも理由がある。


「これは幽霊と交信するためのものではない。生物ならざるものを呼び出すためのものだ。人間は、自らが作り出した宗教をまた利用し、システム化することに成功したのだ」

「神様も呼び出せるんですか?」

「うーむ……不可能ではないと思うが、こんな板二枚ごときで呼べる神様なんて居るのかい?」

「貧乏神とか」


 ***


 日が移って、刀を見に来たジジィを尻目に、昨日のサンとの話に出てきた、ウィジャボードを僕は手に取った。


 こっくりさんもウィジャボードも、降霊術としては初心者向けの玩具であるだろう。

 こっくりさんとは『狐狗狸さん』。これはキツネとイヌとタヌキのことであり、こっくりさんを使って呼び出せる霊は小動物という証拠である。

 従って、こっくりさんはウィジャボードを日本独自の形に変換しただけのものでもあるため、ウィジャボードもまた小動物の霊しか呼び出せない。

 ――立派な低級霊だ。


 疲れを癒すための緑茶を、僕は一口すする。外国の降霊術の道具はあまり見たことが無かったため、柄にもなく興奮していたのかもしれない。


「この店は客にお茶も出さんのか」

「ジジィはただ仕事の昼休みなだけだろう。何か居る程度の扱いであって客じゃない」

「……ところでこの文字盤、ずいぶん懐かしいな。確かウィジャボードといったか」


 ジジィが知っていることに少々驚いた。

 そう言えば彼は思慮深い、知識を司った存在だったっけ。いつもの彼からは想像できない。


「サンが依頼料として貰ったんだと」

「ほう、どんな依頼だ?」


 僕は淡々と説明をはじめた。システム化された降霊術のように、簡単な説明だ。

 具体的には、守り神が居たというところとサンが詐欺をしたということだ。

 ジジィは顎に手を当て、少し考え始めるような態度を取った。


「……その神は、一体何から町を守っていたのだ?」

「そればっかりはその守り神のみぞ知るだ。ただ……こっくりさんやウィジャボードを使って悪魔を呼び出しても、この神楽町に居る限りは安全、ということで良いんじゃないかな」


 守り神も律儀なことだ。創られたという恩を人間に返すためだけにこの町を守っているのかもしれないのだから。


「俺には理解できないな」


 今理解できるのは、温かい内に飲む緑茶は旨い、ということだけだ。

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単眼記 ~Hideout Of Outcast. 原田むつ @samii2908

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