第4話 日常を映そうか。
時は少しさかのぼり、
「……ふう。ごちそうさまでした。」
両手を合わせお辞儀。ご飯を食べた後の礼儀だ。それにしても不思議な子たちだったな。確か
「おじさん、お会計お願いします。」
「おお、
「へえ。
「ああ。燈もなんだかんだ仲良くしてるしな。」
「あ、じゃあ将来はどっちかをお婿さんに?」
「ねえな。あの二人だけは絶対に。というか燈に旦那なんていらん。」
ちょっとした冗談のつもりだったけど、穏やかに見えて滅茶苦茶怒ってる。用事もあるし、こういうときは早めに退散退散。
「おじさん、はい、お金。」
「あ、おう。悪いね。ほいおつり。」
お金を出して話を打ち切る。さて、じゃあ行きますか。
「ごちそうさまでした。また来ますね。」
「おお、ありがとな。今度は例の婚約者と一緒にきなよ。」
「ええ、そうさせてもらいます。」
手を挙げておじさんにお礼。ここのラーメン、すごくおいしいってわけではないのになぜか来たくなるんだよな。や、味も悪いわけじゃない。けど、なんていうか、雰囲気が好きなんだ、多分。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ラーメン屋を後にした後、乗ってきた車に乗り込み午後の目的地へと向かう。
仕事は午前中で終わったため、午後は病院へ。その前の腹ごしらえでラーメン屋へ行っていたわけだ。
病院への目的は、入院しているある人物に会うため。それがラーメン屋のおじさんも言ってた僕の婚約者。
「でも、やっぱり心配は心配だよな。」
運転しながらつい独り言をこぼしてしまう。美帆にプロポーズをした矢先の出来事でもあったので、まずは目を治してからということで今は美帆は治療に、僕は諸々の準備に専念するという約束をしている。
考え事をしていると物事は早く進むもので、気づけばもう目的地の病院に着いていた。車を駐車場へ入れて病室へ向かう。
「……美帆≪みほ≫、来たよ。」
「
「今日は午前だけなんだ。だから午後はここに来たってわけ。」
ベッドの上で上体を起こしながら僕の方へ向く美帆。黒髪でミディアムヘア。前髪は普段、おろして分けているが、今は目を包帯で巻きやすいように、上にあげてゴムでまとめている。
「そっかそっか。あ、手術の日、どう?」
「有給取れそう。その日は僕もここに来るよ。」
手術の日はあと一週間後。休みをとれるか心配だったけど、有給の使用許可も出た。こんな時に一緒にいられないのは僕もつらいから。
「よかったよかった。それじゃ陽央、リンゴ食べたいからカット、よろしくね。」
「はいはい。ちょっと待っててね。」
美帆の口元が上がる。よかった、喜んでくれて。僕もうれしい。
最近あった話や、美帆の入院生活の話をしているうちに美帆も疲れたのか眠ってしまった。起こさないように布団をかけ、部屋を後にする。
そして、病院から出ようとある病室を通り過ぎた時、聞こえてきた。
「……必ず、仕返ししてるからね。姉ちゃんに任せな。」
やけに印象に残った言葉を口にしていた。なんでその声が聞こえたのかはわからない。ドアは確かに空いていたが、普段ならそんなに人声に気付かないはずだけど。
ネームプレートを見ると、珍しい苗字だった。『根来千香』。……名前は『ちか』だろうけど苗字は何て読むんだ?『ねくる』?『こんらい』?あとで調べてみよう。
「じゃあね。千香。また来るよ。今度は香澄ちゃんと一緒にね。その方があんたも楽しいだろ。」
っと、部屋から出てくるな。不審に思われないようにさっさと退散しますか。
そう思っていたら意外と早く中から人が出てきた。高校生くらいの女の子かな。ポニーテールとちょっと釣り目。高校生の中でも、いや、そうでなくても普通に美人の部類だろう。
「……聞いてたの?」
「は?」
「聞いてたのかって言ってるの。」
「……いや、何も。ネームプレートをみて、不思議な苗字だと思ってどういう読み方なのか考えてただけだよ。」
「学が無いのね。『ねごろ』って読むのさ。覚えておきなお兄さん。」
年上の男相手にも物おじしない娘≪こ≫だな。言動的にも見た目的にも勝気なタイプか。でもまあ一応こっちが一回り以上年上。ムキになったりはしない。
「そうか。ありがとう根来≪ねごろ≫さん。今度があるかはどうかわからないけれど、今後は間違えないようにするよ。」
「……へえ。『根来』って聞いてもそんな軽口叩けるなんて、お兄さん怖いもの知らず?」
『根来』と名乗ったこの娘は、目を見開きつつも面白いものを見つけたかの様に口元を横へ広げながら僕へと問う。
『ネゴロ』という苗字の人間には気を付けろ。この町で暮らしていると一度は聞いたことがある。その理由はその一家の職業……警察だ。
警察といえば守ってくれたりしそうなイメージだが、噂としては全く逆。なんとその立場を利用して裏工作をしたり、政治家とつながっていて何をしても許される、だったりとの話だ。
まああくまで噂。僕はあんまり気にしておらず、『ネゴロ』という苗字の書き方すら知らなかったので、この子がその『根来』の娘だったとしてもそこまで気にならなかったから。
「初対面の人を苗字だけで人を品定めできたらどんなに楽か。……ご家族、お大事にね。」
一言伝えて去ることにした。何を言われても、どう見ても高校生くらいの娘と、三十路手前の僕がこれから先関わることもないと思うし。そんなことを思っていると、目の前の彼女は笑いながら僕へ言葉をかける。
「待った。お兄さん面白いから、名前くらい教えてよ。」
「……なんか今日は不思議な日だなぁ。」
「あん?どういう意味?」
「いや、三十路前のこんなおじさんに高校生くらいの友人が今日出来てね。男の子ふたりで驚いたけど、まさか女子高生からもこんなこと聞かれるなんてと驚いてたところ。僕は『門無陽央≪かどなしひお≫』って言うんだ。」
「……男二人の高校生……?」
せっかく自己紹介したというのに目の前の根来ちゃんは僕の言った二人の男子高生の方が気になったみたいだ。
「ねえ門無の兄さん。その二人の名前ってわかる?」
「わかるけど……心当たりでも?」
「まあ、少し、ね……」
「ふうん。えっと確か、室山影児君に、信条洸太君って子たちだけど……」
その瞬間、なんとなく空気が凍り付いた気がした。その理由は明白、目の前のこの女の子だ。目は見開き、口元は上がっているけど、普通の笑顔じゃない。
「ふ、ふふふ……!なんだ、今日はウチ、ツイてないと思ったけど、意外なところから情報が……!門無の兄さん、その二人、どこにいるかわかる?」
「え、いや、彼らが先にラーメン店から出ていったからね。あ、けど燈ちゃんと買い物に行くとは言ってたような。」
「稲村燈の家から出ていって買い物……ってことは商店街が一番可能性あるか。ありがとう門無の兄さん。ウチ、ちょっと用事ができたから。」
「あ、ちょ……!」
言葉を残しそのまま出口に向かって行ってしまった。しかし、燈ちゃんのことまで知ってたのか。それにあの二人の名前を出した瞬間の感覚というか、あの娘の表情はまるで……
「……憎悪?」
理由はたぶん、病室で寝てた家族だろうけど……あの二人が何かしたのか?ひどいことをするようには思えなかったけど。
……考えてもしょうがないか。今度、それとなく影児君に聞いてみよう。ゲームでボイスチャットもできるだろうし。
さて、僕も帰ろう。ちょっと変わったことが多かったからか、少し疲れた。家に帰る前に食材を買って、家で休もう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「はい、まいどありー!気を付けてなー!」
病院を去ったあと、なんとなく頭に残っていた商店街で買いものをすることにした。店のご主人にお礼を言いつつ、あわよくばさっきの根来ちゃんに話を聞けたりしたら面白いかなとも思ったけど、そううまく鉢合わせることもなく。
「……ふう、これで一通りそろったかな。」
今日の食材と、美穂のお見舞い用に頼まれてたものなんかを買いそろえて帰路へとつく。車は近くのパーキングに停めてあるから、歩かないといけないな。
「まあ、日ごろあんまり運動もできてないし、たまには歩かないと。」
つい独り言をこぼしてしまう。人気が周りにあんまりないときにつぶやくことが多くなってしまった。いつもは美帆が返事してくれたり会話を広げてくれるから、ちょっと寂しい気持ちにもなる。
でもそんなことを思っていても仕方ない。この生活ももう少しで終わるんだ。美帆の目が治ったら式の準備とかで忙しくなるし、今のうちにこの状況は楽しんでおくのが吉だ。
「よーし。明日は休みだし、今日は久々にゲームをやるぞー」
口に出すと行動する気になるから、この後の楽しみを再確認しつつ、車に乗り込む。ちなみに車は軽自動車。小回り利くし、乗り心地は悪くない。けどもうちょっとお金が貯まったらやっぱり普通車の方がいいかなとも思う。
僕一人で乗るならいいけど、これからは美帆、それに子供も増えるかもしれないし。
エンジンをかけて発車。流れる音楽で気分を上げながら運転する。ちょっと道が狭いから、サイドミラーを見つつ注意して進む。
「この辺も変わったなー。さっきの商店街も、昔はもうちょっと賑わってたのに。スーパーとか大型店に押され気味なのは、時代の流れかぁ。」
窓から流れる景色に昔の思い出がよぎる。
子供の頃駄菓子屋だった場所には、いつの間にかコンビニになっている。小さな公園があった場所は、すでに遊具が撤去され更地に。
空き地になっていた場所には昔は何があったか、記憶を掘り返すのが難しくなっている。
「あー、やだやだ。年をとったって感じちゃうなー」
こんなこと会社で言うと、まだ若いだろ。とツッコミを入れられそうだ。自分的にはもう三十手前。周りから見たらまだ三十手前。人によって様々だ。
「しかしまあ、大学生に間違わられるくらいだし、まだまだ僕も捨てた物じゃないか。頑張らないとな。」
普通に幸せな生活を送っていく。それが僕の人生の目標だ。普通って言葉は言うのは簡単だけど、実際には難しい。人によってその定義が変わるソレが、いかに大切で重みがあるのか。
僕にとってのソレは、美帆と一緒に過ごして、子供を育てて、世話になった家族達に孝行してゆっくり余生を過ごす。
それが、僕の思う普通の人生。目指すものだ。
ありふれた考えだと思うけど、こういう身近で素朴な考えが、人生を豊かにしていくんだと思う。
そう、思っていた。
異世界転生が本当に良いことだと思うのか? れいれい @reirei07
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