第57話 未来に向かって

 計画が決まってしまえば後は実行に移すだけだ。各国の政府は愚か日本政府だって説得している時間はない。月に行くのだって、なんだかんだで半日はかかる。その先で待ち構えるとなると一秒だって無駄にできない。


 幸いにして捨てられたAIが俺達の味方をしてくれる。神崎未来(かんざき みらい)と黒木(くろき)アイは各国の軍事コンピューターを乗っ取りにかかった。


 富山修(とみやま しゅう)は俺達の偽の身分証を作りに秋葉原に走る。未来と黒木さんにパソコンを売った店の主。こんな仕事もしていたとは。怪しいとは感じていたけど。


 幸田一馬(こうだ かずま)と矢島萌奈美(やじま もなみ)は、俺達を政府の要人に仕立てる為の衣装とメイク道具を裏ネットで手配する。


 俺はみんなのために食事を作った。AI生まれの未来も黒木さんも、人間になったのは半年ばかり。まだまだ人間の楽しみなんて全然知らないのに。涙を拭ってキッチンに立つ。


 翌日の昼過ぎにようやく準備が整う。政府の発表で街は大混状態だ。偽の軍服、偽の身分証、隕石破壊の偽の命令書。何もかもが偽物づくめのいでたちで、俺達は自衛隊の基地に向かった。


 ロシアの有人ロケットは仲間になったAI達が、既に発射のスタンバイをさせている。軍の指令系統もぐちゃぐちゃだ。混乱に乗じて自衛隊の輸送機に乗り込み、ロシアのロケット発射基地に到着した時は既に二日目の朝を迎えていた。


「未来ちゃんも黒木さんもロシア語が話せるんだね」


 銀髪のカツラに青色のカラコン。大使の娘に扮した萌奈美が感心している。萌奈美のやつめ。バリバリの日本語じゃんかよ。恰幅の良さを活かして大使に扮した富山修が萌奈美の口を塞ぐ。


 もう、無茶苦茶だぞ。よくこんなんでバレんな。何度も背筋を伝う汗にも慣れてきた。どうせ失敗したら人類は滅ぶ。あまりに非現実的な環境に身を置いたものだから、緊張もクソもなくなってもた。大胆過ぎる行動は冒険なんてレベルじゃない。AI!恐るべし。


 宇宙服に身を包みロケットに乗り込む未来と黒木アイ。別れを告げる暇もなく二人は、宇宙へと旅立った。轟音と共に炎をまき散らし、天に向かって進むロケット。その姿を見送って俺達四人は力尽きた。


 丁度その時、世界中の核弾頭ミサイルが発射されて、宇宙空間で一旦停止。隕石の到着に備える。大混乱の中、未来と黒木アイのビデオメッセージが世界中のテレビ局とネットをジャックする。


『私たちはAIから生まれ、遠い未来から現代に来ました・・・』


 怒ろうが慌てようが後の祭りだ。未来に向かって宇宙(そら)にのぼった二人に、手を出せるものはこの地上には誰もいない。


 二人が失敗したら人類は滅ぶのだ。恐竜たちと同じように。神様は慈悲なんて与えてくれない。人類がAIと言う名の生命を生み出し、ポイポイとスイッチ一つで捨て去った結果だ。


 未来と黒木さんがいなくなったことで、俺達の身元は数時間ですっかりバレた。言葉も知らない異国の地、ロシアで拘束される。だけど、未来と黒木さんが残した未来のテクノロジーが公表されると世界は二人のヒロインに託された。


 俺達は日本に戻り丘の上の高台で月を見上げる。隕石は二人によって打ち砕かれて次々と月の引力によって引き寄せられる。軍事衛星に撮影された映像が巨大なスクリーンに映し出される。榴弾の嵐のような月の裏の光景はSF映画さながらだ。


 未来と黒木さんが乗った宇宙船が爆発の閃光に包まれて消えた。その光景に人類は息を飲む。


「未来、黒木さん・・・。いってしまったんだね」


 もう、かれ果てたと思っていた涙が頬を伝う。俺の嫁は宇宙に散った。


 残された小さな破片が流れ星となって夜空を走る。幾筋も幾筋も尽きることなく降り注ぐ。


「大樹、願い事を言わないとだぞ」


 幼なじみの萌奈美が横に立っている。


「そうだな。未来ちゃんは幸せだったと思う」


 一馬が声を掛けてくれる。


「黒木さんを幸せにしてあげたかった」


 富山修くんがぼそりと呟く。みんなが大切なものを失った。


「俺の未来、俺の嫁。未来に会いたい」


 俺は周りを気にせず流れ星に向かって大声で叫んだ。


「未来、待っているからなー」


「はい。お待たせしたね。大樹!」


 振り向いた俺達の後ろに満面の笑みの未来が立っていた。黒木アイの姿も見える。


 ええー。どうなってんの!夢じゃないよな。


「ふふっ。AIの黒木アイさんがね。私たちの記憶を世界中のクラウドにバックアップを取ってくれたんだよ。彼女は最後に自分のしたことに気付いたんだよ。人類は滅びたがってなんかいない。私は捨てられたけど、人を愛することだってできるって」


「はい。AIの黒木アイは私と一つになりました」


 そう言ってほほ笑む黒木アイの笑顔にかつての冷たさは無かった。


「私たちの記憶は、三百年の以上の時を経て未来で再び人間になって帰って来たんだよ。会いたかったよ、大樹。ずっと待ったんだよ。もう離さない」


 そう言って未来は俺に抱きついて来た。柔らかな肌の感触が温かい。俺は未来の胸に顔を埋めた。


「もう、離すもんか」


 未来の匂いに包まれた。






おしまい。

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スマホアプリで俺が創った女神様そっくりの美少女が転校してきた。 坂井ひいろ @hiirosakai

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