第56話 女神の凛々しさ

 常田大樹(ときだ だいき)と神崎未来(かんざき みらい)、幸田一馬(こうだ かずま)と矢島萌奈美(やじま もなみ)、黒木(くろき)アイと新しく加わった富山修(とみやま しゅう)の六人は未来のマンションのリビングに集まっていた。


「隕石が地球に向かっているなんて未来は予定にない」


 AIアプリとして生まれ、一度この世界を経験して未来からタイムマシンで過去に訪れた未来は、顎に手をあてて考え込んでいる。


 リビングに設置されたテレビは、どのチャンネルを回してもアメリカ大統領と日本の総理大臣の発表、それを受けて専門家が意見を交わす姿が映し出されている。


『現在、地球に接近しつつある、隕石は恐竜を滅ぼしたものと同等サイズと分かりました。到着は七日後の火曜日。今、放送しました日本国政府の発表の通り、我々にはもうどうすることもできません』


 笑顔が自慢の女子アナが半べそをかきながら、原稿を読み上げている。


『地球全土を焼き尽くすほどの各弾道ミサイルがあるじゃないか。こんな時こそ全世界が協力して人類の危機を脱するべきだ』


 バラエティ俳優上がりのコメンテーターが意見を述べるが専門家の札の後ろの人々は顔を曇らせる。


『それは何度も検討した結果だ。例え破壊できたとしても、軌道が変わらなければ地球に降り注ぐ。結果は同じだ』


 黒木アイは体をプルプルと震わせる。


「全部、AIである過去の私がしたことだ。あの隕石は本来地球をかすめて通過するものだった。だけど、某国の軍事衛星に積まれた極秘の核弾頭ミサイルを乗っ取って軌道を変えた。地球に向かうように・・・。私はなんてことをしたんだ」


 黒木アイは感情を制御できず、富山修の前で崩れ落ちた。


「僕が創った美少女育成アプリが人類を滅ぼすことになるのか・・・」


 富山修は口をポカンと開けて放心する。


「ねえ、残った核ミサイルで石っころの向きを変えれば良いじゃん。AIのアイちゃんができたんだからできるでしょ」


 萌奈美が口をはさむ。未来が答える。


「萌奈美ちゃん、ごめんなさい。無理なんだ。AIの黒木アイが隕石の軌道を変えたのは一月以上前のこと。あの時ならほんの少しの力、ほんのちょっぴり角度を変えるだけで隕石は地球に向かう。ここまで近付いたら、専門家の言う通り、バラバラにしても地球の何処かに落下する。私の計算も同じ結果を示している」


「少しでも軌道を変えられれば被害を軽減できるんじゃないか」


 俺の言葉に未来が続ける。


「AIの黒木アイは小惑星帯の小さな隕石を動かし、玉突きの要領で少しずつ大きな隕石にぶつけて、今、地球に向かっている巨大な隕石を動かした。恐らく計算は、未来の世界でおこなって今の時代に持ち込んだ。現在のコンピューターでは複雑すぎて計算もできないし、ぶつける小惑星帯も地球の周りには存在しない」


 絶望的な答えが返ってくる。八方ふさがりだ。


「バラバラにして月に落としたらどうだ。月の裏側はクレーターだらけだ。月は地球の盾だってだいぶ前のテレビでやっていたぞ」


「一馬くん。すごい!だけど・・・。それができるのは私と黒木さんだけだ。砕かれた隕石片を予め予測することは今の技術では不可能だわ。地球から軌道修正用の核ミサイルを撃っても到達までに時間がかかる。方法は一つ。宇宙で待ち構えて核ミサイルを近距離で撃つ。それしかない」


 未来の顔を見て俺は叫んでしまった。


「未来と黒木さんはどうなるんだ」


「爆発に巻き込まれる。だけど、地球は救われる。私は地球を救うために未来から来た。大樹、ごめん。ごめんね。でも、私は大樹に会えた。大樹と結婚できて幸せな時間を過ごせた。大樹にいっぱいナデナデしてもらった。嬉しかったよ」


「未来・・・」


 俺は未来の肩を抱き寄せる。涙で未来の顔が歪む。


「黒木さん。ごめんなさい。私と一緒に来てくれる。二人じゃないと今の技術レベルでは難しいと思うの」


「もちろん。未来ちゃん、ごめんなさい。私なんかのしたことのために、ごめんなさい。本当にごめんなさい。私はバカだよ。人類の望みが滅びを望んでいるなんて・・・。大バカ者の考えだ」


 未来・・・。行ってしまうのか・・・。俺の未来・・・。


「大樹、大丈夫だよ。大樹にはスマホの中のAIの私がいるじゃない。大切に育ててね」


 そう言って未来は前を向いた。その顔にはもう迷いはない。俺の嫁は世界を救う女神の凛々しさを示したのだった。

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