1031話 高貴なる奴隷
モルガンが、キアラからの報告書を持ってきた。
プリュタニスがイザイアに仕掛けている攻撃の報告だ。
細かく記しているのは、俺が任せているので口出しはしない。
確認だけはしてほしい……とのことなのだろう。
モルガンは、俺が報告書を読み終えるまで待っていた。
もう勝手知ったるなんたらだ。
俺に言いたいことがあるから待っているのだろう。
なにもなければさっさと自席に戻っている。
「ルルーシュ殿。
なにか?」
「ファルネーゼ卿対策をプリュタニス殿に一任していますが……。
このままでよろしいのですか?」
プリュタニスの積極的な攻勢でいいのか……と聞いているのだな。
そうなることは予想済みだ。
その程度のことを聞きたいのではないのだろう。
「とくに口を挟む理由はありませんよ」
「攻撃が露骨なので、無用な反感を買うのではありませんか?
ラヴェンナ卿が選択してきた方針と異なると思います」
なるほど。
方針転換の理由か。
「それは織り込み済みです。
お行儀のいい方法では時間を稼がれるばかりでしょう。
それにいい頃合いですからね」
モルガンの目が鋭くなる。
険しい表情も無個性だな。
内面は個性の塊だが……。
「仔細をお伺いしても?」
「ファルネーゼ卿が、反体制派の旗頭となっているのは家柄もありますが……。
本人の能力によるところが大きい。
なにせ内乱直後なので実力が最重要視されます。
極めて有能ですが……。
それが弱みでもあるのです」
モルガンが額に手を当てる。
俺の狙いを大枠で理解したらしい。
「なにやら不穏な気配がします。
もしや……この交代劇はなにか、大きな狙いが伏せられていたのですか?」
「そこまで大袈裟な話ではありません。
以前、思考の鍵について話したことを覚えていますか?」
「ありましたな。
キアラさまからきっと詰められるでしょうが」
嫌なことを思い出させるな!
キアラのことは触れたら負けだ。
スルーだ! スルー!
「ファルネーゼ卿は鍵穴作りの名人です。
その名人芸に、多くの者は従っているでしょう。
では名人芸に陰りが生じたら?」
モルガンは僅かに鼻を鳴らす。
嫌がらせが成功してご満悦らしい。
この野郎……いつか見ていろよ。
「多くの者は疑心を持つでしょうな。
なぜか一度失敗すると、過去の称賛を忘れて袋叩きにする。
よくある光景です。
つまり……ファルネーゼ卿への信頼を失墜させるのが目的で?」
思わず含み笑いが漏れる。
俺はそんな楽観主義者ではない。
「失墜とまではいきませんが……。
私ばかりを見るわけにはいかなくなるでしょう」
「たしかに。
ファルネーゼ与党はプライドだけが高い
さぞ
そうなれば勝手に仲違いをはじめる。
大変結構ですが……。
名人芸にどうやってケチをつけさせるのですか?」
「ファルネーゼ卿の立場で考えましょう。
ファルネーゼ卿は、私なら自分を放置しないと考える。
ここまではいいですか?」
「異存ありません。
私も、ファルネーゼ卿を放置しては危険だと思っていますから。
ただ……強引な手段を用いてまで排除する相手かは微妙なところですが」
モルガンまでがそう思っていること。
これが大事となる。
ここでイザイアがどう考えるか……。
「だからこそ、私が相手をするのが合理的だと考えます。
そして、私は、非合理なことをしない……と考えるでしょうね。
プリュタニスに任せるのは非合理で有り得ないと」
「つまりファルネーゼ卿は、いまでもラヴェンナ卿が相手をしていると思い込んでいるわけですか」
「だと思いますよ。
ファルネーゼ卿は私を、合理性の権化だと思っているでしょう。
間違ってはいませんが……一歩足りない」
「一歩足りない?」
オフェリーに調べてもらった廃教皇の事績も役に立った。
廃教皇の改革が失敗したのは『合理性を徹底出来なかったから』と考えていたらしい。
廃教皇幽閉後の愚痴なので真偽不明だが。
「ファルネーゼ卿は、一切の非合理を排除することが合理性の追求と考えている。
私は、非合理を内包してこそ合理性が高まると思っています。
個人的臆測ですがね」
モルガンは、不可解な表情で首をひねる。
「ラヴェンナ卿は時々不可解なことを
非合理を内包したほうがいいとは?
仕方なしやうまくいっているから……のような消極的理由で非合理性を飲み下す例は多いのですが……。
ラヴェンナ卿は、積極的に非合理性を認めている気がします」
「人は元来非合理的な動物ですからね。
過度な合理性を押しつけると、それを守ることばかり必死になります」
モルガンはさらに怪訝な顔をする。
「ある面において人は極めて合理的な獣だと思いますがね。
例えば、人を騙すか殺傷して利益を得るのは合理的でしょう。
短期的か長期的かの違いはありますがね。
それでも元来非合理的な動物と
私は自らの欲求に極めて合理的な獣だと思います」
なるほど。
これは俺の表現が不味かったな……。
個の話から集団に移してしまった。
「短期的合理性と長期的合理性が存在するように、個における合理性と集団の合理性は別物ですよ」
モルガンは、納得した様子でうなずいた。
合理性の対象が曖昧すぎたな。
「つまり、ラヴェンナ卿が
思わず苦笑して頭をかく。
やはり俺も未熟だな。
「ええ。
私の言葉足らずでしたね。
集団における合理性を
これを実現する為に相応の我慢が必要な生き物です。
獣でもそのような面はありますがね。
我慢の度合いは少ないでしょう。
でも人は感情を抑制しなければ集団が
もし人が合理的なら、感情の抑制など不要なのですから。
故に、集団生活を送るには非合理的な生き物なのです。
これでどうですか?」
モルガンは慇懃無礼に一礼する。
どうやら納得してくれたようだ。
「そこまで聞けば得心します。
だからこそ、集団の維持は難しく、維持を永続させようとすれば、個の合理性を認められないわけですな。
そうなれば先例順守にならざるを得ない。
生き方を変えないことの大義名分になるわけですからな。
ただし、誰の目にも手遅れが明らかになったとき……慌てて改善を志しましょうか」
「ご名答。
本来は、生存の為の合理性ですが、過度に追求しすぎると集団にとって害になります。
なにより情勢の変化に対応出来ません。
これは幾らでも例があるでしょう」
「その点においては同意します。
ですが、非合理性を容認すれば容易に火傷すると思います。
ひとつの非合理は、次の非合理を呼んで秩序が崩壊するのですから」
「だからこそ取り扱いに注意が必要です。
理論的な説明が困難で感覚的なものになりますからね。
私も使いこなせているか自信がありませんよ」
「必要だが常に注視しないといけないわけですか。
まるで火の扱いですな」
火ほど重要に見えない。
火はご利益がある。
でも非合理は内包しないと害を及ぼす。
創業と守文の努力に似ている。
より扱いは難しいだろう。
「その通りです。
かなり、合理性の話に
ファルネーゼ卿は、より合理性を徹底することが正しいと思っているのでしょう。
だからこそ、自分の考えから逃げられません。
いつかは逃げられるでしょうが」
もしイザイアが馬鹿なら永遠に逃げられないだろう。
残念ながらイザイアは馬鹿と言えない。
モルガンの目が丸くなった。
珍しく
「これまでの対応は、ファルネーゼ卿の思考を硬直化させる為だったのですか?
ラヴェンナ卿の対応は穏当ですが……。
それ故に、
当然だろう。
罠に嵌めるつもりなら、相手に成功体験を与える必要がある。
俺は、餌なしで魚が釣れる……と思い込む楽天家ではない。
「ええ。
奇麗にはまってくれましたよ。
猜疑心が強い人だからこそ誘導は極めて容易でしたが」
それなりの時間はかかったがな。
待てさえすれば確実に成功する……と思っている。
「猜疑心の強い人物はなんでも疑います。
思ったように誘導は出来ないと思いますが?」
「それは、他人の思惑通りに動かそうとするからです。
自分の思惑通りに動かすのは極めて容易い。
そう思いませんか?
ファルネーゼ卿は猜疑心の奴隷なのですから」
「猜疑心の奴隷?
疑うことばかりが前提になることですかな。
何事も疑ってかかる状態でしょうか」
それ自体にさして問題はない。
それが行き過ぎると考えることを放棄している……と言えるだろう。
疑うとは手段のひとつにすぎないのだから。
「疑うことは本来主体的行動です。
ですが、疑ってかかる行為は疑わしいという結論から理由を導きだす行為でしょう。
一見主体的に見えますが内実は従属的行動なのです。
疑う情報だけを集めて、それが正しいと誤認する。
考える意味がないのです。
極めて奴隷的だと思いませんか?」
「奴隷には自由意志がありませんからな。
なるほど。
疑うことに隷属していると。
やはり、ラヴェンナ卿との問答は興味深い。
たしかに思考は、元来自律的なものです。
自分を自由人と思っている奴隷とは……なかなか滑稽と言えましょう」
「目に見えないからこそ本人には気付ないものです。
我々にも当てはまるのですよ。
それを気にしてばかりいても疲れるだけですし……。
生活などなりたちません。
ですから、大事なところで奴隷にならないよう留意すればいいと思いますよ。
言うは易し……ですが」
「ファルネーゼ卿は、その大事な部分で隷属してしまっていると」
「多分そうだと思いますよ。
ファルネーゼ卿に限った話ではありませんが……。
平衡感覚に欠ける人は、猜疑心の虜になるなど……強すぎる思考の支えで無理に平衡を
実際は大きく傾いているのですが本人は気付ない。
その支えに傷を入れるだけで思考は容易に倒れるでしょう。
長々話しましたが……。
これがプリュタニスに任せた理由ですよ。
まあ……前線にいるからいちいち相手をしていられないのが最大の理由ですがね」
モルガンが、天を仰いで嘆息する。
珍しく感情がこもっているな。
「これほど、人を恐ろしいと思ったことはありません。
心底寒気がしましたよ。
近くで見ていた私が気付かないのです。
ファルネーゼ卿が気付くのは困難でしょうな」
べつに怖くはないだろう。
誰しもが見えているのに使わない道具を使っただけなのだ。
「加えてもうひとつ。
自分の判断を疑いにくくしました。
これは無意識に影響するので気付くのが遅れるでしょうね。
弱者の遅れは命取りですよ」
「さすがに分かりません。
仔細を伺っても?」
「ファルネーゼ卿は、大変プライドの高い人物です。
それに見合う能力を持っているから当然ですが……。
猜疑心の高貴なる奴隷といったところですかね」
「たしかにプライドは高いでしょう。
それがラヴェンナ卿にとっては利用出来たと?」
「そのようなところです。
私が、相手をすると思い込んでいること。
これは合理的判断ですがそれだけではありません。
プライドの高さが、その判断を後押しするのですよ。
もしファルネーゼ卿がプライドから自由であれば……異なる可能性を常に想定するはずです。
私が相手をしないというね。
高貴なる奴隷だからこそプライドから自由になれないのですよ」
モルガンは、ため息をついて首を振る。
どうやら、思考が固定化していることを反省したらしい。
「冷静に考えれば、ラヴェンナ卿が相手をしなくても事足りるわけですな。
私もすっかり誤認していました」
「自分の相手がプリュタニスである……と認めるのは時間がかかるでしょうね。
しかも平静でいられるか。
私から侮辱されたとまで感じるでしょうからね。
そのようなときに、取り巻きの甘言が心地よく感じるでしょう。
無能と言われる取り巻きですがそれは建設的才能に乏しいだけですから。
被建設的才能においては有能だと思います。
ファルネーゼ卿の心理変化を敏感に感じ取りますよ。
さぞ、心地のいい甘言が
折角の毒だ、俺の為に働いてもらおうじゃないか。
しかも費用はイザイア持ちだ。
とっても経済的で手間暇かからない。
最高だね。
俺の含み笑いにモルガンが肩をすくめる。
大体を理解したようだ。
「ラヴェンナ卿は、追従や甘言を耳にすると不機嫌になりますからな。
最初はポーズかと思いましたが、本心から嫌いなのだと知って呆れ返りましたから。
これはファルネーゼ卿にとっては、相当な重荷を負わせることになるでしょう。
それならプリュタニスが勝ちますな。
そこまで見越してのことでしたか……。
改めて感服しました。
ただひとつ懸念が」
「私が、強引な手段を選択したと思われて、政敵たちへの恐怖を煽ってしまうことですか?」
「御意。
それをお捨てになったとなれば、ファルネーゼ卿の脅威が無視出来なくなったと?」
「既に手は打ってあります。
ファルネーゼ卿の足元がぐらつくと、その手が生きてくるでしょう」
モルガンの目が鋭くなる。
「手を打ってある……、私が来る前の話ですか?」
自分の記憶を探ったらしい。
覚えがないなら消去法でそうなるな。
「ええ。
陛下が即位する前に父上に、とあるお願いをしたのですよ」
「それは?」
「アミルカレ兄上の正式な家督相続はまだですが……。
父上は、一線を退いて後見役になっています。
そのとき『旧体制に取り残された者たちの代弁者になってほしい』とお願いしました。
ところがそれをファルネーゼ卿に
当然毒を引き寄せることになるが、変われない毒にはご退場いただくだけ。
問題ない。
「それでも、お父上は、ファルネーゼ卿の傘下に接触しているわけですか」
「ええ。
お願いしたことを真面目にやってくれていますよ。
現状……私への警戒心から、父上の言葉に、色よい返事をしませんが……。
ファルネーゼ卿を見切って父上に鞍替えする輩は増えるでしょうね。
つまり政敵同士で内ゲバがはじまります。
どうですか?」
イザイアの取り巻きが
なにせスカラ家は武門の家で、王都で陰謀に勤しんでいた連中にすれば格下だったのだ。
その軍門に降ることの拒否感と陰謀がやりにくくなる。
この2点が足を止めていた。
さて……これからどうなるか。
見物だな。
モルガンが深々と一礼する。
すべて理解して納得したようだ。
「そこまでお考えなら、私から申し上げることはありません」
頭を抱えて話を聞いていたヤンが唇を
「頭のいい人たちの考えはサッパリわかんねぇ」
ヤンが置いてけぼりだったな。
そもそも、大したことは話していない。
「偉そうに小難しい言葉を使っているだけですよ。
敵の思い込みを利用して、手下の不安を煽る。
そして手下には逃げ道を用意しているだけ。
これなら分かりますか?」
ヤンは破顔大笑する。
「それなら分かるぜ。
戦いと同じなんだな」
◆◇◆◇◆
キアラから速報が届く。
クレシダ討伐の許可ではないようだが……。
モルガンから書状を受け取って一読する。
かなりの政治的駆け引きが交差した結果か。
イザイアがなぜ妨害しなかったのか
「なるほど……。
討伐指令がじき届きそうですね」
モルガンは、怪訝な顔をしている。
王宮の政治闘争には縁がない人生だったからな。
分からなくても仕方ない。
「アミルカレさまの結婚がなぜ討伐許可につながるのですか?」
「戦時故に略式で行われるとの一文があります。
これはファルネーゼ与党への譲歩でしょう」
モルガンが腕組みして首をひねる。
やはり、この方面には疎いか。
宮廷政治方面は、モデストが俺の相談役みたいなものだ。
そのモデストは、護衛の任があって俺から離れている。
「いつまでも式を延ばせない。
サロモン討伐が完了したので一区切り……。
まだクレシダがあるので略式。
どこに、譲歩の要素があるのですか?」
モルガンなら教えていけばじきに理解するだろう。
「まずアッリェッタ家は強引に家格をあげています。
なればこそ、初めての催しとなる式は、盛大にして体裁を整えたい。
仲介した陛下の面子もあります」
「ふむ……。
ただそれは戦時中故憚られると」
「それだけではありません。
豪勢な式ともなれば、出席者からの贈り物も相応にせざるを得ない。
戦時中なので、その贈り物が負担になります」
「そこまで困窮しているのですか?」
贈り物だけで困窮するわけではない。
内々のパーティー程度なら、主催者の出費が大きいだけだが……。
結婚式のような儀礼は、別途出費がある。
「内乱で既得権益を大きく失いましたからね。
しかも、貴族の儀礼は、それ以外の出費が大きいのです。
衣服などの装飾も、本人だけでなく従者にも必要ですからね。
大きな儀礼では衣服を新調します。
現状、儀礼に関する支出は無視し得ません。
だからと、状況に即した新儀を創設することは難しい。
もし創設しようものなら大反発を受けますよ。
なにせ手間暇かけて参加しても、儀礼の歴史的価値が怪しいのですから」
モルガンが冷笑を浮かべる。
儀礼に関する意識を理解したものの共感したわけではないようだ。
「なるほど……。
儀礼は、先例踏襲するからこそ価値が高まると。
ラヴェンナは、独自の儀礼でやっていることも嫌われる要因のひとつですか」
儀礼は単独で成立しない。
風習に根ざしたものなのだ。
「そうです。
あくまでひとつですがね。
貴族政治の世界は演劇的側面が強いので……理由を付けられることが必要なのです。
それがどれだけ、無理のあるものだとしてもね」
「演劇で現実を統治する……。
なんとも度し難い話ですな」
逆に、演技的儀礼に実利がないほど価値は上昇する。
しかも歴史があるほど神聖さも加わるだろう。
いままでは合理的だったのだ。
「世界が固定されて時が止まっているならそれで問題はありませんでしたからね。
むしろ安定に寄与すらします」
「なんともご苦労な話です。
時代は変わったのに」
新時代を掲げるほど失敗しやすくなる。
生き方を変えるのは人々の同意を得られないのだ。
「変わったという自覚を持っている人たちもいますがね。
それより変わっていないと思いたがる人の数は多いですよ。
このような演劇的世界では、家の面子がなにより重要です。
面子とは『求められる役をこなし、周囲に認めさせることですからね。
大根役者がひとり混っただけでも演劇の質は低下するでしょう?」
「たしかに……興醒めです。
面子とは、プライドだけではなく社会における立ち位置を示すものでもあったわけですか」
モルガンは無表情だが内心辟易しているだろうな。
「ご名答。
面子が潰れてしまうと貴族社会で孤立するか、物笑いの種になります。
貴族たちが最も恐れるのは、物笑いの種になることですからね」
「最も恐れる?
生き残るほうが大事だと思いますが」
モルガンなら、ある程度貴族について知っていると思うが……。
そうか。
内心思っていることを俺にぶつけて回答を得るつもりなのだな。
それなら茶化す理由はない。
「貴族社会の常識は違います。
当主個人より、家全体の意識が強くなりますから。
当主の死に対して理由付け出来れば当人はいざ知らず……。
家中にとって都合は良いのです」
「ふむ……。
当主の意向がすべてではないと」
「そうです。
実際は、家中の意向が最優先ですし、上意下達になるのは、よほど当主に気力がないと無理ですね。
家中の人々にも、同階級のコネが重要でしてね。
軽蔑される家に仕えていたとなれば相手にされませんし……。
親族の就職も難しい。
まあ……色々あって、当主は面子を最重要視せざるを得ないのです」
モルガンは芝居がかった仕草で肩をすくめる。
色々と言いたいことがあるのだろう。
俺に言っても仕方ないから言わないだけで。
「貴族はまさに、面子で生きる動物ですな。
理解に苦しみますが」
「その特殊性がより、貴族の特権意識を強めるわけです。
話を戻しましょう。
スカラ家新当主の結婚式なら各家が張り切って祝い品を用意します。
それは、結婚相手が同格であれば……ですよ」
「つまり、多くの貴族は、成り上がりのアッリェッタ家に祝い品を奮発することが気に入らないと」
どちらかといえばプライドの問題だな……。
割り切るタイプでない限りは、到底飲み下せない
「それは副次的ですね。
式では成り上がり者に頭を下げて祝辞を述べなくてはいけない。
これが苦痛なのです。
舞台で、重要な役を担っていた役者が、裏方の大道具係の引き立て役にされるようなもの……と言えば通じますか?」
モルガンは妙に感心した顔でうなずく。
「役者同士の関係はなかなか難しいと思いましたが、貴族も似たようなものですか。
なるほど……演劇は人間会計の縮図である。
故にどこも本質は同じと」
まあ人同士の関係だからな。
根っこは一緒だ。
着飾る余裕があるか……の違いはあってもな。
「そう思ってください。
しかも『贈答品をケチった』などと言われては笑いものになります。
つまり、引き立て役にされた揚げ句……。
笑われない為に、普段より高い祝い品を選ぶ必要があります
しかも雑に高い祝い品だと、粗野な人物と後ろ指を指される。
家臣に選ばせますが……笑われるのは出席者ですから。
このストレスは大きいですよ」
モルガンは納得顔でうなずいた。
抵抗の大きさを理解したようだ。
「略式となれば、身内だけで挙式する可能性もありますな。
つまり、不満を持ちそうな連中を
これはスカラ家が譲歩したのですか?
討伐許可と引き換えに」
それは違う。
スカラ家としては、新当主の挙式を略式で……など有り得ない。
アミルカレ兄さんにケチがついてしまう。
だから、家中として飲める話ではない。
普通ならば。
「譲歩したのは陛下ひとりですね。
スカラ家としては、陛下の顔を立てつつ……貸しとすることで落ち着いたのでしょう。
当然貸しとは返してもらうことが前提です。
クレシダ嬢の討伐が完了した後、正式な宴が開かれるとは思いますよ。
かなり盛大な式がね。
加えて子供が生まれたら……陛下から格別の配慮もいただける。
まあ……私の行動次第ですけど」
下手を打てばアミルカレ兄さんから手紙で嫌味を言われ続ける。
手を抜く気はないが面倒な話だよ。
「なんともご苦労な話ですな。
それで不平貴族たちは略式だけで納得したのですか?」
「それだけではないでしょう。
彼らは戦乱が終結したら、当然盛大な披露宴が待っている……と理解していますからね。
そこでファルネーゼ卿がうまく立ち回った……と考えるべきでしょう」
モルガンは
「貴族たちはファルネーゼ卿に貸しを作ったと思い込んでいるので?」
「いえ。
彼らは私に貸しを作ったと思っているでしょう」
モルガンは理解出来ないといった素振りで天を仰ぐ。
「クレシダ討伐は、ラヴェンナ卿が是非にと願ったわけでもないでしょう。
どこがどう貸しになるのですか?」
「彼らにとっては、軍の指揮権を保持していることは私にとって大いなる利益だ……と考えているのでしょう。
彼らの脳内では私が指揮権を利用して私益を貪っているとね。
実は私が陛下に貸しを作ったにすぎないわけです。
ここで分からないのはファルネーゼ卿が陛下になぜ強力したか。
プリュタニスの攻撃が効果を現すのはまだ先ですからね。
なにかあったのでしょうが……」
なにはどうあれ討伐許可が出れば一安心だ。
イザイアの変心については一応調べてもらうことにしよう。
プリュタニスの武器になるかもしれないからな。
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