1030話 閑話 それぞれの想定外
イザイア・ファルネーゼは寝室で、チェス盤を前に首をひねっていた。
ある日を境に、アルフレードの打ち手が変化したのだ。
以前は、ミスをしなければ躱せる程度の締め付けだった。
老獪な罠師との勝負を楽しんでいたのだが……。
挑発混じりの直接的な攻撃に変化したのだ。
この事態にイザイアは困惑する。
アルフレードの揺さぶりかと考えたからだ。
指し手の変更も考えたが、アルフレード程の
イザイアのアルフレードに対する評価は希代の名優だ。
自分以上の人間不信の匂いを感じるが他者にそれを悟らせない。
見事な演技をし続けてラヴェンナを成功に導いた。
自分より劣った者たちを上手く
それを外部の人間にも悟らせないのだ。
特に有能な癖者の扱いが上手い。
彼らの反骨心を発揮させないのだ。
それどころか反骨心旺盛な者ほどアルフレードに忠義を尽くす。
ある種のカリスマだ。
この評価は正しいとイザイアは確信している。
だからこそ、自分への対処を他人に任せるなど想像出来ないのだった。
アルフレードは、統治に成功している者には珍しく長期的展望を持っている。
多くの成功した統治者は、目先の問題に対処したに過ぎない。
それが時代の要請に一致しただけ。
アルフレードには場当たり的対応が見えないのだ。
自分を放置すると後々障害になることは知っているだろう。
しかも危険を甘く見積もらない。
だからこそ、自分への対処は他人任せには出来ないのだ。
そうなると、イザイアの考えた結論はひとつ。
下手に反応すると
ただ、無反応も危険なことに違いない。
アルフレードが狙い撃ってきたのはイザイアの側近たちなのだ。
危険なら切り捨てるがそこまでの危機ではない。
なにせ切り捨てるにも大義名分が必要なのだ。
説得力がなさ過ぎると……側近たちは、自分の身を守るためにイザイアを人身御供に差しだしかねない。
アルフレードへの反発より、死の恐怖が勝るからだ。
故に側近たちを守る必要がある。
言を左右にして、曖昧な言葉で
ただひとつ懸念がある。
アルフレードは、石版の民との接触を問いただしてきた。
石版の民の後見人的立ち位置なので、口を出す権利がある。
ただし、石版の民の中には、アルフレードの後見は中途半端だと反発する者が多い。
だからこそアルフレードは、表立って、後見人としての立場を振りかざしての介入はしてこなかった。
無理にでも踏み込まれると、
ただし、無理に踏み込むと、潜在的な敵を増やすこと厄介に味方を増やすリスクが高まってしまう。
だから、今までのアルフレードは無理に踏み込みをしてこなかった。
ここにきて行動が変わった理由をイザイアは考える。
アルフレードはサロモン討伐を完遂した。
だがその方法は、誰がやっても勝つ方法だ。
貴族連中からは、失望の声があがるほどに、手堅く退屈な方法だった。
補給路は、地形を変えてでも確保する。
アラン王国民の保護は2の次で、軍の保全に腐心した。
包囲線は、厳重過ぎるほど厳重な形で鮮やかさは欠片もない。
『あれなら子供に指揮を執らせても勝てるだろう』
このような感想が広まるほどだ。
『むしろ時間をかけ過ぎた』という不満の声があがってさえいる。
ただし知恵ある者たちはより警戒を強めていた。
子供でも勝てる状況を作りだすのがどれだけ困難かを知るからだ。
それは自軍の損耗を可能なかぎり抑えることにつながる。
このような相手は戦っても危険なのだ。
ただしどちらも、マイナス方向の感情を広めたに過ぎない。
別の副産物が生まれたことはあったが……。
重要な話ではない。
つまりサロモン討伐は、権威権力の向上につながらなかった。
なにかプラスの要素がないかぎりアルフレードは、マイナスに働く手段を行使しないはずだ。
そうなれば前線でなにかを得たのかもしれない。
イザイアは、探りを入れるべき……と考える。
ただし相手はアルフレードだ。
下手な探りは致命傷になり得る。
気は進まないが風見鶏を使うしかない。
このような不本意な手段を選択せざるを得ないのがイザイアにとって不満なのである。
ここまで読みきっていたと考えると、アルフレードが主導していることは間違いないと考えた。
イザイアにとっての優位は、アルフレードが如何に知恵を巡らせようと距離があることだ。
つまりアルフレードに状況が伝わって、部下に指示が伝達されるまでの時間がかかる。
イザイアは
執事を呼んだのだ。
イザイアは、なにかを伝えると執事は一礼して退出する。
イザイアは満足気にうなずくとチェス盤に向き直った。
「さて……魔王さまはどうでるかな」
イザイアは猜疑心が極めて強い。
それは自分の判断を過信することにつながる。
しかも失敗の原因を他に転嫁してしまう。
そうしなければ、自己判断の
余程の幸運がなければ成功など覚束ない。
この点が、アルフレードとクレシダのイザイア評が一定止まりな要因でもあった。
◆◇◆◇◆
クレシダ・リカイオスは暇そうに欠伸をしている。
隣に控えているアルファが、大きなため息をついた。
「クレシダさまがなにもしなければ事態は動かないでしょう」
クレシダはフンと鼻を鳴らす。
アルファに言われるまでもなく、その程度のことは理解している。
ただし動くにしても簡単ではないのだ。
「色々当てが外れたのよ。
順応するのが早過ぎるし、この楽天的な思考は呆れんばかりよ。
血眼になって私を狙うのは教会だけ。
シケリア王国は私を危険視しているけど……。
ランゴバルド王国の反応はいまいちじゃねぇ」
クレシダは半魔騒動で社会に疑心暗鬼を振りまいた。
ところが、このような異常事態に社会が順応してしまったのだ。
半魔騒動は、皆が早急に対処したので事なきを得ていた。
怪しい者は事前に隔離なり消すなどといなかったことにして。
対処と言えるかは怪しいが、臭いモノには蓋をして水に流してなかったことにする。
これは使徒教徒のお家芸だ。
しかも細々指示しなくても、各々が為すべきことをしてくれる。
そもそも指示すら存在しない。
暗黙の合意で、迅速かつ徹底的に排除が実施された。
かくして虚構の平穏は
虚構の平穏の前にクレシダの危機はなかったことにされた。
口にする者は、和を乱す者として排除される。
まるで演劇を守るかのように。
演者としての統治側、観客としての民衆が一致団結したのだ。
かくして、虚構の平穏は現実となった。
アルフレードに言わせれば『平穏を求める空気に支配された』となるだろう。
これがクレシダの嘆いた順応力である。
そしてなかったことにするのは、クレシダにすれば楽天的過ぎるのだ。
厄介なのは、この虚構を破壊した次に待っているのは……集団ヒステリーであった。
そうなると理性の入る余地はない。
機を見るに敏な小物がそれを煽るので、より収拾がつかなくなる。
もしクレシダが社会を破壊するだけが目的ならそれでよかったのだ。
それが当初の目的であり……準備はすべてそのために費やされた。
ところが、アルフレードと愛を交わす目的が最重要になった。
今まで仕込んできたことが裏目にでてしまったのだ。
アルフレードがあえてなにも対処をしなかったのは、これを見越していたのかと内心感嘆してもいた。
だが感嘆してもどうにもならない。
ただ、そこで動くにしても加減が難しいのだ。
やり過ぎると、皆が自領の安定を企図するだろう。
その場合、アルフレードはクレシダとの戦いから手を引く。
そして二度とでてこないだろう。
クレシダのため息にアルファはやや身を乗りだす。
「許可いただけましたら、ラヴェンナ夫人の命を狙います。
そうなればラヴェンナ卿は動かざるを得ないでしょう」
クレシダは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「不可能だから却下。
まったく……
よくあそこまで、雑多な集団を
おかげで付け入る隙がないもの」
「あの支持は異常ですね。
そこまで、魅力のある人物には見えませんが」
クレシダは皮肉な笑みをうかべる。
「丁寧に観察しなければ分からないタイプよ。
分からなくても仕方ないわ。
まったく……創業期のプラスを余すことなく使い倒しているのは驚嘆よ。
しかも明確にそれを認識してね」
「創業期のプラスですか?」
「そうよ。
頑張っただけ明日はより良くなる……と信じさせれば、自然と社会は団結するわ。
しかも敵から奪わずにね。
一番簡単なのは、敵から奪うこと。
奪えば奪うほど……いい未来が待っていると思えるわ。
ただその場合は、永遠の戦いが待っているけどね。
それをせずに実現したのは……控えめに言って常軌を逸しているのよ」
アルファは大きなため息をつく。
「相変わらずラヴェンナ卿に関しては絶賛しますね」
「当然よ。
事実だからね。
まあ……褒めていても状況は変わらないわ。
次の手を考えないといけないけど……」
「短慮な連中ばかりです。
社会に打撃を与え過ぎると……クレシダさま討伐より保身に走りそうですね」
クレシダは疲れたようなため息をつく。
「加減が難しいのよ。
シケリア王国は幾らでも揺さぶれるけどランゴバルド王国が厄介ね。
首都移転のおかげで手札がかなり制限されてしまったわ」
クレシダ対策ではないだろうが、首都移転したおかげで様々なコネがリセットされてしまった。
同じ面子が移住するわけではないからだ。
コネがないと便乗して移住出来ない。
兄ふたりにはコネはあったが……三男たるニコデモまでは手が回らなかった。
つまり王家へのコネが弱い。
潜り込もうとしたが、難しいものがあった。
「ランゴバルド王国に揺さぶりをかければよろしいですか?
手駒はかぎられていますが……」
クレシダは
「使い切っていいわよ」
クレシダは細かな判断をアルファに任せる。
失敗しても責任を問うて粛正せず、次の手を考える。
アルフレードとよく似た手法でもあった。
アルファは軽く一礼する。
「そのようにいたします。
それにしても……半魔騒動やサロモンの魔物化などで社会が大混乱すると思っていました。
いつの間にか、何事もなかったかのように見た目は平穏を取り戻していますね。
現実は、とても危ういと思いますが」
「適応力が高いのと、臭いモノには蓋をして水に流す習性があるからよ。
あまりに臭ければ……とんでもない同調圧力で排除しようとするけどね。
匂いを最初に知らせた者は無視されるのがお笑い草だけど」
アルファは疲れた顔で首をふる。
「あの豹変には呆れますね。
聖職者の弾劾なんてそうでしたし」
「あれは凄かったわ。
今まで
たかが情報屋のひとりが殺された程度で……動くと思えないわ」
「それを奇貨として、政敵の排除に動いたのでしょう」
「それだけかしらね。
放置してもいい……敵にすらなれない邪魔な小物よ。
動く必要性は極めて薄いわ。
なにか、もっと深い政治的意図があるのでしょうね。
残念ながら私には分からないわ。
私は
「私には判断しかねます」
クレシダはフンと鼻を鳴らす。
そもそも政治能力の判断は難しいのだ。
明確な勝ち負けは見えず、時間経過と共に見えてくる。
ただそれは環境による幸不幸か、政治能力によるものかは別問題。
個人の主観で、判断結果は容易に左右される。
クレシダの判断基準は、政策が時間を見据えたものかどうかだ。
クレシダに言わせれば目先の問題に対処するだけなら誰でも出来る。
それすら出来ないのは論評外。
アルフレードは時間を考慮している。
どのような景色を見ているのか……極めて興味深いのであった。
「ただ……あまりに上手くやり過ぎているから誰も気付かないと思うわ。
歴史に名を残すけど……謀略能力ばかりが強調されるでしょうね」
「上手くやっていることはたしかですね。
認めたくはありませんが。
ただ……いつまで上手くいくかは分かりません」
クレシダは思わず苦笑した。
アルファのアルフレード嫌いは筋金入りだ……と呆れたからだ。
「きっと上手くやるわ。
今と状況が変わったときのことも考えているはずだもの」
「状況が変わったとき……ですか?」
「そう。
頑張っても明日がよくならない時代。
創業を終えた守文の時代よ。
人間社会では、守文の時代が多いわね」
アルファは無表情に首をかしげる。
「人間社会で平和なときなんて僅かだと思いますけど。
使徒の平和の間は平和……かもしれませんが」
「守文が平和とはかぎらないわ。
戦乱状態の守文だってあるのよ」
「いまいち分かりませんが……。
普通なら安定を求めるのでは?」
「戦乱によって損をする民ならそうでしょうね。
でも権力者が、戦乱によって利益を得るか……保身に走る場合は、ひたすら戦乱を維持しようとするわ。
それが安定につながるからね。
目端の利く連中は、それに加担して利益を貪るのよ。
そうなれば止めたくても止められない。
そして無理に戦いを続けるなら、大義名分はより過激になるわ。
そんな戦いになるほど『これは正義の戦いだ』と声を張り上げるでしょうね。
臭い女ほど化粧が濃いのと同じようにね」
「呆れてモノも言えません」
「アルファは意外とマトモよね。
今更か。
まあ……平和だろうとそうでなかろうと、守文に共通する問題があるわ。
分かる?」
「現状維持思考に囚われることですか」
クレシダは苦笑して肩をすくめる。
アルファは、統治論などに興味がないことを思いだしたようだ。
「外れではないけど当たりでもないわ。
立身出世の手段が、非生産的な足の引っ張り合いやゴマすりに変わること。
所謂蔑まれる輩が幅を利かせるのよ。
でも非生産的活動だけで社会は成立しないわ。
だから、マトモな奴がただ食い潰されるだけね」
「創業でもいませんか?」
クレシダは微妙な顔で髪をかきあげる。
なにか昔の経験を思いだしたらしい。
「いるけど多数派にはなれないわ。
実力がモノを言う状況だと、非生産的能力に
でも、少数のゴマすりなら存外有益だったりするわ。
常に実力が問われる競争状態だから、心の休まる暇がないしね。
競争相手にならなくて精神安定に寄与するなら目をかけるでしょう?」
「クレシダさまも、そのようなときがあったのですか?」
クレシダは自嘲の笑みをうかべて、遠い目をする。
思いだしたくない黒歴史らしい。
「なかった……とは言えないわ。
でも飽きたから捨てたけどね。
この手の寄生虫は香辛料みたいなものよ。
極少数なら存外有益なの。
でも守文になって現状維持となれば……香辛料ばかりになって、肉と骨が少なくなるわ。
香辛料だけでも形は
「たしかに香辛料ばかりだと栄養にはなりませんね。
なぜ香辛料ばかりになるかは分かりませんが」
クレシダは笑って軽く手をふった。
「ゴメンゴメン。
話が飛び過ぎたわね。
現状維持となれば、特別な才能は不要になるわ。
大多数が平凡で流される連中で埋め尽くされるの。
だから、ちょっとだけ優秀そうに見える奴が偉くなれるわ。
優秀過ぎると却って避けられるわね」
「優秀過ぎると変革も辞さないからですか」
「大正解。
平凡な連中は、自分がなにもせず状況が勝手に良くなることを望むのよ。
それが守文の意図にも合致するしね。
だから生き方を変えてほしくないし……変えそうな人には背を向けるわ。
そこで問題なのは……ちょっとだけ優秀そうに見える奴よ。
それは平凡な連中にも分かり易い程度の優秀さね。
生き方を変えないけど、不満な部分を手直ししてくれそうな奴かな。
支持を得易くて出世も簡単ね。
分かり易さは美徳かもしれないけど……足枷でもあるのよ。
足枷になる例は極僅かだけどね。
それに理解されないことが優秀さなのか……馬鹿の妄想だったのかは別の話よ」
クレシダに言われるまでもなく、ロマン王という実例が横たわっている。
アルファは珍しくぎこちない苦笑をうかべた。
感情に乏しいアルファですら苦笑するほどの人物だったからだ。
「馬鹿ほど理解されないことを、自分が天才である……との根拠にしますね」
「馬鹿ほど自分は天才だと思いたがるからね。
優秀さの話はいいでしょう。
ちょっとだけ優秀そうに見える奴らほど、非生産的能力に
「いまいち分かりません」
「大方自分が思うほどの能力はないから自尊心は常に満たされない。
結果が伴わないからね。
基本的に他責思考になるけど責任転嫁しても現実は変わらない。
常時自尊心に飢えている状態になってね……飢えているからなんでも美味に感じるのよ。
自分が目立つほど餓えは強くなるわ。
そこに自尊心を捧げてくれる賛同者や追従者が現れたら?
目立っているなら確実に現れる……と断言してもいいでしょう」
アルファは無表情に首をふった。
クレシダの言わんとすることが理解出来たからだ。
「ゴマすりされると気分がよくなります。
その程度でよければ……ですが」
「その程度を美味に感じる程度の輩は、不味い自尊心を食い続けてどんどん舌が馬鹿になるのよ。
しかも味が分からないから……より不味い自尊心を喜々として食うでしょうね。
しかも大量に。
量が自尊心を満たすのに必要なのよ」
「より不味い自尊心ですか?」
「下の者を虐げて満足する低俗な自尊心ね。
自分への特別な配慮を下位に強要するとか。
もしくは気に入らない他人を攻撃して自分を満たす。
自分を全肯定しない者はすべて敵として。
そんな誰もが忌避するような欲求に価値があって?」
「そのような欲求でも自尊心を満たせるわけですね。
不味いどころの騒ぎではないと思いますが」
「大事なのは味でなくて量だから。
そうすることでより目立つし、目立つほど賛同者や追従者が増える。
もう止められないでしょうね。
本来自尊心は自分だけの特別なモノよ。
低俗なことで自尊心を満たすんだから……軽蔑にすら値しないわ。
泥まみれの雑草を食って美食家を自認するようなものね。
でもね……雑草を大量に持ってくるのが賛同者や追従者よ。
いわば寄生虫かな」
アルファが一瞬考え込む。
クレシダの飛躍に理解が追いつかなかったからだ。
「賛同者や追従者が寄生虫ですか?」
「自認美食家に雑草を捧げることで、ちゃっかり利益や欲求を満たすでしょ。
これが寄生虫でなくてなんなのよ。
自認美食家は寄生されているとも知らずに、寄生虫を有り難がる。
本人は当然のことと考えるか、利用しているつもりだとしてもね」
「偉くなり易い自認美食家は、寄生虫に弱い。
そして寄生虫は群れるから、寄生虫が社会を実質的に支配するわけですか」
クレシダは皮肉な笑みをうかべる。
そのような社会を心底憎んで破壊しようとしたのがクレシダであった。
「そうなるのよ。
寄生虫は単独だとマトモな人から排除されるからね。
群れて身を守ろうとするわ。
そうなると立て直しは不可能ね。
まあ……本来日陰で生きる寄生虫の社会的地位があがる。
これが今の社会よ。
ホント馬鹿馬鹿しい」
「平時なら理解出来ますが……。
戦乱状態でも寄生が許されるのですか?
いまいち想像出来ませんけど」
「当然戦場だと寄生は許されないわ。
ただ、その背後にいる宮廷はどうかしら?
偉くなるほど無能になるのが今の社会よ。
まあ……出世競争という技能においては有能というかもしれないけど……。
私は非生産的能力にのみ
お目こぼしで一部の存在を認めるだけよ。
食事で塩を振りかける程度なんだから」
アルファの口元が
クレシダのこういう性格が好きなのだ。
「クレシダさまらしいですね」
「そのような世界では、真面目な将軍を、寄生虫が使い捨てるわ。
下手に敵国を滅ぼされては困るのよ。
自分たちの地位が危うくなるし、強力なライバルを産みだすことになるからね。
寄生虫にとって大事なのは、自分の欲望を満たしつつ他人に労力を払わせること。
寄生虫って……なぜかプライドだけは高いのよねぇ。
しかも逃げ足が速いのよ。
そのツケは真面目な凡人が払わされる。
なんて美しい世界なのかしらね。
美し過ぎて反吐がでるわ」
◆◇◆◇◆
ランゴバルド王国の御前会議でニコデモ王は、
議題はクレシダ討伐をアルフレードに命じるかどうか。
宰相ティベリオ・ディ・ロッリと警察大臣ジャン=ポール・モローとの3者会談では、命じる方向で固まっていた。
いつもの御前会議なら、特に異議なく進行して決まる。
ところが今回は違った。
イザイア・ファルネーゼが主導したのではない。
イザイアが主導するときは取り巻きが、イザイアの顔色を窺うからだ。
今回は違う。
自然発生的に異論が噴出しているのだ。
サロモン討伐までは合意しているがそれ以上は必要ない。
ラヴェンナ卿に過剰な戦力を持たせ続けるのは危険だ。
ラヴェンナ卿がやりたいならラヴェンナだけで対処すべき。
陛下とは昵懇関係なのだから、陛下の言葉ならラヴェンナ卿は従うはずだ。
シケリア王国と教会が討伐に前向きなら彼らにやらせればいいだろう。
我が国が血を流す必要はない。
クレシダという輩がなにをしても、我が国に影響は少ないだろう。
無視すべきだ。
むしろ変事に対応すべく兵力を引き上げるべし。
いずれも一理あるだけに説得力があった。
当然ニコデモ側は根回しを済ませている。
問題なくアルフレードにクレシダ討伐を命じるはずだったのだが……。
それをひっくり返す事態が起こった。
アルフレードの暗殺未遂だ。
命を狙われても前線に留まり続けている姿勢に、貴族の子弟が感銘を受けてしまった。
大変分かり易い英雄的行為なのだ。
情熱の求めるまま、アルフレードの元での参戦を願う子弟に当主たちは困惑する。
このままクレシダ討伐を命じると、子弟たちが馳せ参じる事態になりかねない。
その場合、子弟がアルフレードに取り込まれる危険が極めて高いと思い込む。
当のアルフレードにすれば、情熱先行の若者が馳せ参じても迷惑なだけで取り込むことはないのだが……。
アルフレードの分かり易い特徴は、陰謀に
それだけで、各家の当主たちは危機を感じた。
クレシダの危機より遙かに巨大な危機として。
なかったことにされた現実の危機と自分たちが理解出来る想像の危機。
どちらに比重を置くかは明白だ。
実態は真逆だが、そのような真実を口にする者は無視されるだけであった。
このような多数の危機感が喜劇となるのは無関係な第三者だけ。
イザイアにとって予想外である。
これで自分が、反対派の首魁と見なされるのは迷惑極まりないのだ。
ジャン=ポールにとっても他人事ではない。
自分が妨害工作の震源地であると見なされては困る。
ティベリオも内心の苦虫をかみつぶしていた。
根回しを担ったので、自身の能力に疑問を持たれては、宰相の座が危うい。
当然ニコデモにとっても不愉快である。
このまま指示が遅れればアルフレードが撤収してしまう。
アルフレードとの昵懇関係など無意味だ。
仲の良いフリをお互いにしているだけの儀礼的昵懇関係に過ぎないのだから。
結果としてクレシダのような怪物と
珍しくニコデモ、ティベリオ、ジャン=ポール、イザイアの思いが一致した。
しかもアルフレードの反応を気にする点においても。
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