1027話 公平とは?
暗殺未遂の調査について若干進展があった。
俺が救世主であるかのように吹き込んだ奴らがいるらしい。
そうなると追うのが難しいな……。
救世主だと思ったらアラン王国民を救わない。
勝手に妄想して勝手に裏切られたと感じたようだ。
そしてマウリツィオはベンジャミンが協力して調査を続けると確約した。
この噂に石版の民が関わっていたからだ。
それとは別に面倒臭い問題がやって来た。
代官なり新領主がやって、来たものの人が少なすぎる、と苦情を申し立ててきたのだ。
俺の憮然とした顔にモルガンが、皮肉な笑みを浮かべる。
「さて……どう返答されますか?」
答えなど決まっているだろう。
本音を言えば『知るか』と答えたいが……。
それが出来るのは舞台でしかない。
「私の関知することではありません。
国と相談してください」
「承知いたしました。
私も賛成です。
他家の貧民などを移住させるにしても揉めるでしょう。
我々がその恨みを買う必要はありません」
この話を解決しようと関われば恨まれる。
好きこのんで恨まれる趣味はない。
それにしても面白いな。
思わず皮肉な笑みが漏れる。
「そうなれば、他領の人頭税すら払えない貧民を移住させます。
ところが人を奪われる領主は反発するでしょう。
実に面白い」
モルガンが唇の端を釣りあげる。
俺の表現が皮肉屋の琴線に触れたらしい。
「ほう……。
仔細を伺っても?」
「子供が『飽きた』と放置していた玩具を他人にあげようとする。
一転して子供が『使うつもりだった』と反発するのと同じですからね。
大の大人が子供と同じ言動をする。
なんとも面白い話ですね」
モルガンが珍しく哄笑する。
「困ったものです。
貧民など放置していても税にはならないのに」
急に勿体なくなるが、また気にしなくなる。
大人の子供もそれは変わらないさ。
「でも、他家に人を渡してしまうと期待値はゼロですからね。
突然なにか幸運が起きて、その貧民から税を取れるかもしれません。
元手の掛からない博打ですから」
耳の穴に小指を入れていたヤンが、渋い顔をする。
「腹が立つなぁ。
俺たちは玩具じゃないぞ」
「仕方ありませんよ。
個々人を認識していては精神が持ちません。
家族や恋人夫婦の間のような最小単位ですら、良好な関係を築くのは大変なのですよ」
「合う合わねぇはあるなぁ……。
だからって玩具だと思ったことはないぜ」
それは、ヤンが飛び抜けて善良だからだ。
そもそも使徒教徒は、地位や集団が異なれば人扱いしない。
露骨に態度で示すことはないが……。
「揉め事の大半は人間関係です。
個人間ですら難事なのに、大勢を相手にするとどうなりますか?」
ヤンが、渋い顔で頭をかく。
やはり飲み込みが早いな。
「そりゃ無理だ」
「だからこそ、割り切りが必要で、その為に、数値として判断基準とするのです。
もし一人ひとりを考えたらなにも決められませんよ。
なにかを決めれば誰かが損をするのですから。
全員に利益がある決定など滅多にありません。
あったとしても見えないなにかに、大きな
いずれ、利息付きで、そのツケを払う羽目になるでしょう」
「ラヴェンナさまもか?
とてもそう思えないけどよぉ」
戦場とは違い、政治で一度決めると、その影響は大きく長い。
判断材料に数値は欠かせないだろう。
ただ……どう導き出したかが問題だ。
ヤンに言ってもピンとこないだろう。
どう伝えたものか。
「私も同じですよ。
ただ……、仕方なく数値として測ることは肝に銘じています。
だからこそ、生きた数値であることが大事でしてね」
「生きた数値?
数値に生きたも死んだもねぇだろ?」
「結論ありきで利用する数値は死んでいます。
数値には、なんとなく客観的な印象があるので、関心の低い人を騙すことは出来るでしょう」
ヤンが頭をかく。
数値ってだけで拒否反応がでているようだ。
「数値は分かんねぇや」
そうだなぁ……。
ヤンの地頭はいいのだ。
分かり易く伝えればすぐ理解するだろう。
籠に入れてある林檎を使うか。
「籠に入っている林檎は10個あります。
どれも同じ大きさではありませんね?」
「ああ。
違うなぁ」
「10個ある林檎を不本意ながら他人と平等に分かち合うとしましょう。
そこで……小さい林檎だけを与えます」
ヤンは渋い顔で腕組みする。
「ズルいなぁ……」
「数値の上では平等でしょう?
この場合他人には、林檎の総数だけを教える。
この
ヤンは、妙に感心した顔でうなずいている。
理解してくれたようだ。
「それが死んでいる数値ってことかぁ」
「偉そうに言いましたが……。
実は多くの人がやっているのです。
程度の差はあれどね」
「ラヴェンナさまが数値を使っても、ズルいって感じがしねぇな」
それは結論を導く為に数値を利用していないからだ。
議論をする為の叩き台にすぎない。
「それは、数値を出すときの基準を明確に表明していますからね。
さっきの話で言えば、林檎をすべて見せることです」
モルガンが大きなため息をつく。
「だからラヴェンナ卿は既得権益層から恨まれるのです。
都合の悪い情報を隠すのが常識でしょう。
そのほうが効率はいいですし、馬鹿正直にすべてを公表していたら決まるものも決まりません。
彼らにすれば……馬鹿正直に公表するラヴェンナが成功している……この事実は無視出来ない。
だからこそ極めて危険な存在になっているのです。
今回の暗殺未遂に、彼らが関与している可能性も捨てるべきではないかと」
数値を利用するのは、効率化の為だ。
効率化が慣習になると、次はそれを悪用しようとする。
慣習になるとは、数値の算出方法を誰も気にしなくなるからだ。
気にしなくなると、真の算出方法は門外不出となる。
そうなれば?
誰も見ていないところで悪事を我慢出来る人は多数いるか?
しかも集団になって罪の意識がなくなれば、もう止められない。
組織の論理となり、身内の法になる。
世間の法より、身内の法が優先される悪癖がこれを助長してしまう。
つまり悪用すら伝統になる。
悪用を正当化する為、組織外の無知を持ちだす。
無知な民に真実を知らせても無意味だと。
算出方法は門外不出にしておいてだ。
なんとも笑える自己正当化だ。
その末路として、数値を
それが常識かつ既得権益になっていたわけだが……。
突然俺がそれをぶち壊した。
当然、余所にそれを押しつけてはいない。
だが……そのような実例が存在することだけで、既得権益層にとっては罪になる。
そりゃ恨まれるだろう。
だが……このような世間の常識を持ち込んだら、ラヴェンナ平定は不可能だ。
通常社会への不信感が強いラヴェンナの民にそれは通用しない。
権力者は自分たちを騙すと信じているからな。
だから、基準を明確にして判断を下す。
意志決定の過程から代表者に関与させているのだ。
それを積み重ねて……ようやく信頼を得ることが出来た。
ラヴェンナの成功は、世間の常識を疑ってきたラヴェンナ市民たちが正しいことになる。
俺の支持が盤石なのは、その象徴でもあるからだ。
選択したからと無配慮でいたわけではない。
ラヴェンナ市民が受け入れられる方法で、手を打った。
それが実家への過剰に見える協力だ。
家族かつラヴェンナ立ち上げ時に力を借りたのは事実。
それを返す……となればラヴェンナ市民は表立って反対しない。
王国内で俺がスカラ家の面子に配慮しても、ラヴェンナ市民にとっては無関心な出来事でもある。
スカラ家を味方にしたことで……表立ってラヴェンナに敵対する貴族はいなくなる。
内乱後は尚更だ。
その代償として憎悪は地下に潜ったわけだか……。
地下に潜った憎悪は大義名分になり得ない。
なにかこじつけて俺を非難するのが関の山だ。
あとは暗殺を企むくらいか。
モルガンは暗殺未遂を奇貨として地下に潜った憎悪を一掃せよと進言したわけだ。
やはり切れ者だな。
「つまり、罪をでっち上げて危険因子を取り除けと?」
モルガンは眉ひとつ動かさず一礼する。
「御意。
今回の計画は足がつかないように、入念な細工をしています。
それだけ細工をしたとなれば事実は闇の中。
闇は隠れる側だけに有利とは限りません。
闇の中に弓を射かけて、不幸に的中した者がいるかもしれません。
1発だけなら誤射だ、とシラを切れますよ。
皆が使う論法ですからね」
それは考えた。
ただ……どうしても引っかかるのだ。
「否定はしませんが……2度は使えません。
1度きりの剣をふって鼠だけしか仕留められない……では割に合わないでしょう」
モルガンは怪訝な顔をする。
「そこはファルネーゼまで届けば申し分ないのでは?」
たしかにイザイアまでは葬り去れる。
だが……本当にイザイアが最終目標なのか?
積み重ねてそう認識しているが……。
その積み重ねは推測でしかない。
しかも俺は俺の判断を信用しないのだ。
「まずは、プリュタニスのお手並みを拝見してから考えましょう」
モルガンが俺の顔を凝視する。
「ただ甘いわけではなさそうですな。
なにかお考えでも?」
「我々がファルネーゼ卿を疑っていても、明確な証拠がありません。
それ故に推測を積み重ねてきました。
だからこそ……視野が狭くなっている可能性もあるのですよ。
私を含めてね」
モルガンが驚いた顔をする。
流石のモルガンも予想外だったか。
「ファルネーゼに黒幕がいるとでも?」
俺がプリュタニスに、イザイアへの対処を任せた理由のひとつだ。
イザイアは無視出来ないが……。
注視すればするほど視野が狭くなる。
「分かりません。
ただ一度遠くから眺めてみる必要があると思っただけです」
モルガンは珍しく微妙な顔で肩をすくめる。
「慎重なのか甘いのか……私には判断がつきかねます。
ラヴェンナ卿のお考えに反対する根拠はありません。
ですが……くれぐれも好機を逃すことのないように」
「分かっていますよ」
◆◇◆◇◆
ゼウクシス・ガヴラスが、モルガンとの面会を求めてきた。
なんらかの下交渉をしたいようだ。
政治的な相談だろう。
本来なら役人同士が下交渉をして、代表同士の会談は儀式的なものが多い。
ここは戦場で、下交渉担当のキアラを置いてきている。
かくしてモルガンが、取り次ぎのような役割になったわけだ。
故に下交渉も担当するのは当然。
すくなくとも周囲はそう思っている。
俺もそれで良いと思っているが……。
モルガンはやや不服らしい。
だがヤンに『ラヴェンナの顧問は便利屋だぜ』と言われては、返す言葉がなかったようだ。
かくしてモルガンを送りだす。
ヤンとチェスをして暇をつぶす。
順調に俺が4連敗したころモルガンは戻ってきた。
「ご苦労さま。
それでなんだったのですか?」
「まず結論から。
断りました。
新領主からの要請でして『労働力が不足しているので、生活基盤の工事をしてくれないか』ですよ。
話になりません」
現時点の俺は、公平な決断を求められる立場だ。
もしやるなら他領もやらなくてはいけない。
そのようなことをしていたら、金と人が幾らあっても足りないぞ。
俺が断ると分かっている話をゼウクシスが持ってくるとは考え難い。
シケリア王国の判断か。
ディミトゥラ王女がどこまで関わっているのか……キアラに確認が必要だな。
ただ話をすべて聞いてから判断しよう。
「そうですね。
ルルーシュ殿の見解は私と同じです」
モルガンは表情ひとつ変えずに肩をすくめる。
「
これを認めては他から要求されたとき断りきれません」
「それだけでここまで長話になるものですか?」
「当然ながら、何故このような話をしてきたか裏を探りました。
ガヴラス卿も
尻尾はつかめませんでした」
「収穫なしですか?」
「いえ。
可能な限り情報を引きだしました。
無駄な時間を浪費してですが」
無駄な時間か。
つまり……芝居だったのだろう。
そう単純な話で済まないことも事実だ。
だが『この芝居は無駄だから』と省いては、政敵に攻撃の口実を与えてしまう。
『ガヴラス卿は、シケリア王国の利益を代弁せずに、ラヴェンナの利益を優先する売国奴だ』と。
形だけでも、激しいやりとりをすれば文句をつけられない。
仮に文句をつければ、そいつは願望と批判の区別がつかない子供として相手にされないだろう。
面倒臭いが……仕方のない話だ。
「ガヴラス卿も、それを見越して時間を稼いだわけですね」
モルガンは珍しく疲れた様子で首をふる。
モルガンとしては必要性を理解しているが無駄だと思っているようだ。
「暗黙の同意による芝居ですな。
それで新領主はミツォタキス卿の支持者です」
アントニス・ミツォタキスはシケリア王国の最大実力者。
そして明確な親ラヴェンナ派でもある。
「なるほど……。
普通なら考えられない行動ですね。
ルルーシュ殿はどう考えますか?」
「国内の与党に飴を与えざるを得ない状況になっていることが考えられます。
ミツォタキス卿であれば、ラヴェンナ卿がこのような行為を嫌うことを知っているでしょう。
ただし支持者は違う。
彼らは一般常識でモノを考えます。
ラヴェンナ卿は、ミツォタキス卿の顔を立てるのが当然……と考えるでしょうな。
しかもミツォタキス卿が、支持者の希望を拒否すれば……親ラヴェンナ派ではなく媚ラヴェンナ派と見なされるでしょう。
これが、最も無難な推測です」
無難ときたか。
無難なので言い訳になる。
そう単純な話ではないだろうな。
「さもありなんですね。
他には?」
「無難な理由を隠れ蓑にミツォタキス卿が戦後を睨み始めたことです。
最も可能性が高いかと」
このあたりの、微妙なさじ加減は流石といったところだ。
アントニスは煮ても焼いても食えない男だからこそ……政争を勝ち抜いたのだろう。
「私がこのまま無事討伐を完遂すれば、私の力が強くなるだけですからね。
適度な嫌がらせをする必要があったのでしょう。
私に従属しているわけではない……との姿勢を示す必要もあるでしょうからね」
モルガンは、目を細めて一礼する。
俺が馬鹿な回答をすれば、鼻で笑う気満々だったのだろう。
「御意。
そもそも……ミツォタキス卿ひとりで考えたのでしょうか?
それでは軽率な気がします」
あの老獪な貴人は、厳密な計算をしてから動く。
そこまでのリスクを背負わない。
自分が倒れては、シケリア王国の利益にならないからだ。
ここはひとつ、モルガンの見解を聞いておこう。
「何故そう思ったのですか?」
「本来であれば、ディミトゥラ王女とアッリェッタ嬢が調整してから、キアラさまを経由してラヴェンナ卿にお伝えするはずでしょう。
今回は、ディミトゥラ王女を飛び越えてミツォタキス卿が独断で要請してきたのです。
無能であれば配慮不足で片付きますが……」
キアラ経由が正式なルートだ。
なるほど。
ディミトゥラ王女は無関係か。
キアラに現状を知らせておく必要があるな。
これが、モルガンの提示した前提か。
今回は裏ルートを使った。
それを踏まえて、俺の見解を示す必要がある。
そうなると……なかなか興味深い経緯が推測出来るな。
「ミツォタキス卿ほどの人物でそれはないでしょう。
つまりランゴバルド王国から、暗黙の了解を取り付けたと考えるべきですね。
そうでなければ、ランゴバルド王国から抗議されて、政治的に面倒な立場に立たされます。
しかもシケリア国王にしても、娘を無視されては面白くない。
当然形式的な抗議なり国王からの譴責はあるでしょうが……芝居でしょうね」
「私もそう考えます。
たしかに芝居とはいえミツォタキス卿の失点ですが……。
それでも十分得るものがあると考えたのでしょう」
ヤンが突然頭をかきむしる。
「言葉が分かるけど、意味の分からない会話は頭が変になる。
俺っちにも分かるように説明してくれよ」
モルガンがヤンを冷たく一瞥する。
「図に乗るな。
ロンデックスは護衛なのだぞ。
そもそも、このような話を聞かせること自体が有り得ないのだ。
ラヴェンナ卿の責任ですぞ。
ロンデックスを甘やかすからこうなるのです」
正論だな。
ヤンが申し訳なさそうに小さくなっている。
「いいじゃありませんか。
ロンデックス殿はそれで他人に迷惑を掛けていませんから。
分かり易く説明すると……ミツォタキス卿は、多少損をしても最終的には得になる選択をしたってことです」
ヤンはすぐ破顔大笑する。
モルガンの渋面など気にしない……といったところだな。
俺が認めたから気にしないことにしたようだ。
「怒られてもチャッカリなんか手にしているってことかぁ」
モルガンがなにか言いそうになるのを手で制する。
たしかに俺は甘いな。
だが、甘いなりに基準はある。
甘やかした結果……他者に害を及ぼす奴はダメだ。
モルガンに言わせれば甘くて緩いだろう。
それは正しい認識だ。
守文においては。
創業時にのみ許される贅沢……といったところだな。
ヤンに説明を続けよう。
「あくまでミツォタキス卿は、シケリア王国の利益を代表する立場であると表明出来る。
それと同時に、私の立場を弱めることも狙えるのです。
両国と教会にとって、私の力が突出してもいいことはない。
なにより恐れるのは……。
貴族たちが、力と利益を目当てに私に近くなりすぎることです」
「そうさせない為に喧嘩させるのか?
今回の話って不公平だろ。
そもそも無理筋じゃねぇか」
「味方に便宜を図るのが常識ですよ。
ただし、公平に見せることが肝心ですね。
それを怠ると反発が激しくなります」
ヤンは頭をかきむしる。
「見せるって……公平ってなんだ?」
「公平さとは客観的な公正さではありません。
主観で心情的に納得出来るものを公平と思うのです。
すくなくとも人間社会ではね。
飲み下せる公正さは気に入らない奴が得をしないこと。
たとえ自分が損をしてもね。
気に入らない奴が関わらないときは、皆が損をするなら飲み下せる。
すべては感情の問題なのです。
称賛される裁きとは情に訴えかけるものばかりですよ」
「ラヴェンナさまの話だと……。
公平ってただのかけ声じゃねぇか。
無茶苦茶だよ」
「でも
主観的かつ心情的な納得から
誰しも自分には特別な配慮を望むものです。
しかもそれが公平であると装ってくれれば有り難い。
後ろめたくありませんからね。
まあ……救い難い人間の性ですよ」
「公平って、いいことに聞こえるけど……。
改めて聞くと酷ぇ話だなぁ。
でもラヴェンナさまはそこまで知っていて……依怙贔屓をしないのかい?」
「まず前提として……。
公正に見せることが私には不可能ですよ。
私に好意を持っている権力者などいません。
見せる為には、無関心か好意の
嫌いな人が、なにをやっても公平になど見えないでしょう。
嫌いな人が露骨に損をすればそこまで不満を溜め込みませんが……。
そうすれば損が許容不可能な域にまで達します」
ヤンは渋い顔で腕組みする。
すべてを理解したわけではないが、最後の部分だけは理解したらしい。
「それだと他の連中が『自分も依怙贔屓をしてくれ』って言いだすからかぁ……」
「ご名答。
絶対に受け入れられない要求なのですよ」
「だから断ったのかぁ。
それって、かなり危ない話なんじゃねぇか?」
「そうですよ。
便宜を期待した側はそう思いません。
便宜を図られて当然と思っていますからね。
私はかなり恨まれるでしょう。
これから統率に苦慮することになりますよ。
そうなれば、直属のラヴェンナ兵を使うケースが増える。
結果として、ラヴェンナ兵が減少すれば私の力を削げる……といったところです。
しかも遺族への配慮は手厚いので、経済的にも負荷を掛けることが出来ますからね」
ヤンが憤慨した顔で身を乗りだした。
「ミツォタキスってのはそれを知っていたんだろ?
おいおい……ひでえ裏切り行為じゃねぇか。
そんな奴信用していいのか?」
味方であれば裏切り行為だな。
だがアントニスを味方だとは思っていない。
交渉相手だとは思っているが……。
「むしろ信用していますよ。
信用出来ないのは、口にする立場と行動が一致しない輩です」
「立場と行動が一致しない?
なんとなく分かるような……」
「身内の利益を守らずにただ迎合するか……。
身内を売り飛ばして私益を貪る輩は信用など出来ません。
『君の為にやっている』とか恩着せがましいことをいう輩もね。
ロンデックス殿も、それで痛い目にあったでしょう?」
「痛いところをつくなぁ……。
エミールにはしょっちゅう怒られていたんだけどよぉ」
「さも善意を装って曖昧な表現をする輩は信用出来ません。
下手な約束などしても
この手の輩は、利用するだけ利用して都合が悪くなれば逃げますからね。
言わば飛び回る寄生虫ですよ。
寄生虫に取引など出来ません。
でも交渉相手であれば取引は可能です。
そして契約範囲外での嫌がらせであれば……許容すべきでしょうね。
と言っても、ただやられる気はありません。
先方もそれは覚悟しているでしょう」
ヤンは微妙な顔で耳の穴に小指を突っ込む。
納得出来ないようだ。
ヤンは割り切った人間関係が苦手だからな。
「そんなもんかねぇ。
まあラヴェンナさまがいいなら……文句はないけどな」
モルガンが
「ラヴェンナ卿。
ミツォタキス卿の立場はそれでいいとして……。
これだけで済むとお考えですか?」
「ミツォタキス卿は、これ以上のことをしてこないでしょう。
ミツォタキス卿はね」
モルガンは慇懃無礼に一礼する。
「そこまでご理解されているなら、私から申し上げることはありません」
ヤンはなんのことか分からない……といった表情だ。
それでいいさ。
分かるようになればヤンらしさを失ってしまうだろう。
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