最終章 夢の終わりへ
1026話 悪魔憑き
サロモン殿下と逃げ散った魔物の討伐が完了した。
結果を両国王と教皇に連絡する。
それぞれに領主なり代官を派遣してもらい統治を任せるからだ。
そこから俺は関与しない。
要請があれば治安維持の助力をするだけ。
もうひとつ処理する問題がある。
プロバンの住民だ。
魔物が暴走した結果、住民は5000程度しか生き残らなかった。
差し当たり食糧支援をするが、教会に保護してもらうまで。
住民は教会領に移住させることが決まっている。
移住の護衛は教会の騎士団が担う。
住民を退去させてからプロバンを破却する。
パトリックが、魔物の発生源になり得ると忠告してきたからだ。
それから各地の平定を行う。
クレシダについては両国にお伺いを立てている最中だ。
それまでにやることが多い。
平時であれば皆が補佐してくれるからよかったのだが……。
ここでは俺がほとんどひとりで決めている。
当然、両国代表のバルダッサーレ兄さんとフォブスの助言を受けながら……だが。
冒険者たちは、俺の暗殺未遂事件が解決するまで陣営にとどめている。
不満はあれど暴発までは至らない、といったところだ。
戦後処理に忙殺されるなか『マウリツィオが目を覚ました』との報告を受けた。
周囲は反対したが、俺から出向くことにする。
モルガンとヤン、シルヴァーナが俺に同行することになった。
少数の護衛を伴ってマウリツィオが療養しているテントに向かう。
あまりに警護が厳重すぎると、俺がラヴェンナ兵士すら疑っている、と受け取られてしまうからだ。
テントに入るとマウリツィオが体を起こす。
かなり
「ヴィガーノ殿。
体の具合はどうですか?」
「まだ体は動きませんが……すぐに回復して見せましょう。
それより大元帥にお詫びを……」
声がかすれて何時もの脂っこさがない。
だが……まず聞くべきことがある。
容態が急変して死なれた日には事件解決が遠のいてしまう。
「そんなことより何故襲われたかなど聞かせてください」
冒険者の出身地は自己申告でそもそも誰も気にしない。
つまり、集まった冒険者は出身地不明ばかり。
そもそも冒険者間でも、過去の話はタブーとされている。
ただ今回のサロモン殿下討伐は、過去の実績などを参考に腕利きぞろいを選抜したらしい。
信用調査はそれが限度だろうな。
俺を襲った連中は、正義感が強く情に厚いと評判のよいパーティーだった。
それなら納得がいく。
計算高いタイプなら割に合わない暗殺なんて請け負わない。
そもそも依頼されたのかすら謎だ。
そのパーティーはサロモン殿下討伐に出発したが、すぐに戻ってきた。
仲間のひとりが負傷したからだ。
『負傷は自作自演ではないか』とマウリツィオが見解を述べる。
俺もそう思う。
当然マウリツィオは、パーティーが戻ってきたときに事情を聞いた。
パーティーリーダーが防衛に助力すると言いだして、マウリツィオが認めなかったところ鈍器で殴打されたようだ。
以前、自主的な協力を求めてきたのと同一人物。
つまり計画的な犯行となる。
これを冒険者単独で企むとは思えない。
どのように糸を辿るべきか……。
リーダーは斬り殺されており、記憶を引きずりだしても、黒幕につながる情報までは辿れなかった。
3名は生かしたまま捕らえている。
だが黙秘しており、魔法で記憶を引きずりだそうとしても抵抗する始末だ。
抵抗しても陥落は時間の問題なのだが……。
そう考えているとシルヴァーナに肘で小突かれる。
マウリツィオが、神妙な顔をしていることで気付いた。
ああ……。
「ヴィガーノ殿。
貴方への処分ですが、以後の働きで雪辱してください。
当然、ギルドも真相究明に協力してくれますね?」
マウリツィオの目が丸くなって固まる。
やがて深々と頭を下げた。
「大元帥の寛大なるご処置。
感謝の言葉もありません!!」
今日のところはこの位でいいだろう。
俺たちは陣幕に戻った。
モルガンが厳しい顔で詰め寄ってくる。
「ラヴェンナ卿。
あまりに甘すぎます」
「では処刑なりの処分をして……冒険者ギルドに後任を求めた場合どうなりますか?
今後の話もあります。
冒険者ギルドと冒険者には貸しにしておいたほうが有益でしょう」
シルヴァーナが不服そうに唇を
「たしかに死罪は行き過ぎだと思うけど……。
お咎めなしってのはどうかなぁ。
アタシのときは給料半分カットだったわよ」
あれを未だ根に持っているのか。
金の恨みは恐ろしい……。
「私がヴィガーノ殿を雇っていたらそうなったでしょうね。
ですが冒険者ギルドから出向しているのです。
なにより私に考えがありますから」
「まぁた……ドサクサ紛れになにか譲歩させる気ね」
「よくお分かりで。
冒険者ギルドとの関係を切らなかったことで、暗殺未遂事件の調査がやりやすくなります。
それこそ、今まで慣習的に踏み込めなかった部分までね。
ギルドも真相究明に協力させると言質を取りましたから。
感情にまかせて過激な行動をすると、将来利息付きでツケを払う可能性だってあります」
モルガンが厳しい表情をする。
何時もの如くこの程度で納得してくれない。
「処刑しても変わらないのではありませんか?
責任は冒険者ギルドにあるのですから」
「いいえ。
ここでヴィガーノ殿を処断すると、この件はこれで終わりとして踏み込んだ調査に非協力的になるでしょう。
それこそ有形無形のサボタージュでね。
もしくは『死人に口なし』としてヴィガーノ殿にすべての責任を押しつけるか」
モルガンは不満げに肩をすくめる。
不本意ながら、俺の回答が正解と認めたようだ。
シルヴァーナは呆れた顔で頭をかく。
「ああ……。
ヴィガーノさんを処分しなかったのは、まだ終わってない話にするためね」
この問題が終わったとの言質を与えていないからな。
モルガンが一顧だにしなかった冒険者の嘆願も、こうすることで有効になる。
「よく出来ました。
言わば処分保留にしたことで、下手にサボタージュをすればどうなるか。
より処分が重くなります。
温情に反抗で返礼したのですからね。
それこそ冒険者ギルド幹部まで責任が問われることになりますよ。
保身もあってきっと必死に協力してくれるでしょう。
しかも冒険者からの嘆願を一応受け入れた形ですからね。
冒険者たちも、『過去を語らないのが不文律』と言っていられなくなるのです」
ただ……これで尻尾をつかめると思っていない。
その程度の相手ならなんら苦労はしないのだ。
シルヴァーナが、大きなため息をつく。
「温情に見せかけて、しっかり分捕るのね。
相変わらず、性格のよろしいことで」
「褒めてもなにもでませんよ」
「褒めてないわよ。
あんなに純粋だったミルまで、餡子熊王の餡子に汚染される始末だし……。
『アルに似て性格が悪くなってきた』って言ったら喜ぶ始末よ。
世も末だわ」
汚染とか言われてもなぁ……。
だが
どうも落ち着かない。
「いつだって世は末ですよ。
続けば末でなくなるだけです。
幸せな時代を実感する人が多いなんて奇跡のようなものだ、と思いませんか?」
「ホント、ああ言えばこう言う……。
で、暗殺計画のほうは本気で調べるの?」
「勿論。
目には目と歯をが私の信条ですからね」
シルヴァーナが苦笑して手をふった。
「ハイハイ。
やりすぎないようにね」
「ミルの真似をしても全然可愛くないですよ」
シルヴァーナの額に青筋が浮かぶ。
なにか
そもそもシルヴァーナには色気も可愛さも感じない。
そこまでは口にしないがな。
◆◇◆◇◆
クレシダの仕掛けた騒ぎが早くも伝わる。
怪しげな薬で生き永らえていた者たちが一斉に目覚めて半魔化したのだ。
かくして各地で惨劇が起こったらしい。
速度を優先した情報なので噂レベルに過ぎないが……。
また半魔か。
クレシダらしからぬワンパターンさだ。
前々から思っていた疑惑が確信に変わる。
そうなると……次の展開は見え見えだな。
陣幕にバルダッサーレ兄さんとペルサキス夫妻、ゼウクシス・ガヴラスがやって来る。
用件はひとつだろう。
「『本国の状況が、予断を許さなくなった』ので兵力を引き上げるように、と指示が来ましたか?」
バルダッサーレ兄さんが渋い顔をする。
フォブスとゼウクシスが顔を見合わせた。
シルヴァーナはニヤニヤ笑っている。
「やっぱり予想していたわね」
「予想のひとつが当たっただけです。
外れた予測なら沢山ありますよ。
それで……どの程度まで引き上げよと?」
バルダッサーレ兄さんが肩をすくめる。
「後方の連中は気楽なものでな。
可能な限りときたもんだ。
それを許すつもりはないが、問題の起こった場所に近い領主の兵は、戻す必要がある。
戻すのは騎士1000だな。
頭数では5000人ほど」
フォブスはゼウクシスに目配せする。
ゼウクシスは露骨に嫌そうな顔をした。
嫌な報告をさせるなと言いたいらしい。
ゼウクシスは軽く一礼した。
「我が国は、私を残してペルサキス卿の帰還を望みましたが……。
さすがにそれは受け入れられません。
各地の領主で、戦意の低い者を戻します。
騎士2000で頭数は6000程」
1万以上が引き上げるか。
まあ……計算内だな。
「分かりました。
それでしたら認めましょう」
そもそも戦意の低い連中を残しても意味がない。
いい厄介払いが出来たと考えよう。
なにより兵站の負担が減る。
それより速報では半魔化したとあるが本当にそうなのか?
より精度の高い情報が必要だ。
動くにしてもそれからだろう。
◆◇◆◇◆
3日ほど待っているとモデストから報告が届いた。
半魔化と聞いたが実態はかなり異なるようだ。
異変が伝染する事態はすべて半魔化と言われているらしい。
噂の伝言を続ける間に内容が変化したようだ。
事実は半魔化よりはマシだった。
魔物化するわけではない。
人間のままだが、悪魔憑きと言われる症状に陥り……それが伝染するようだ。
悪魔憑きは、理性を失う。
なにかに取り憑かれたかのように言動が豹変する。
被害妄想が極限まで高まり、自分をすべて肯定しないと敵と見なす。
結果として、極めて攻撃性が高くなり、容易に他者を傷つける。
そのような振る舞いに周囲は、嫌悪や恐怖を覚えるが……。
それすら、悪意ある敵対行動と見なす。
通常、このような悪魔憑きは幽閉されるのが常だが……。
伝染するのでそれすら出来ない。
確実に伝染するわけではないのが救いだが、心の弱っている相手は容易に伝染してしまうらしい。
幸か不幸か……王都などの都市部では、怪しげな薬で生き永らえていた者たちは監視対象となっている。
即時捕まって隔離された。
問題はその監視対象が地方領主の親族だった場合だ。
誰も止める者がいない。
そして、このような攻撃性は何故か隣接する領地に向けられる。
意味不明な反乱のはじまりだ。
これだけなら大変な話だが……モデストの報告にはオチがあった。
誰かが暴れる奴らを止めるためエルフ殺しをぶちまけたらしい。
あの匂いは強烈だからなぁ……。
すると、悪魔払いがされたかのように平常に戻った。
ただし発生源には効果が異なる。
治癒せず絶命するのだ。
しかも、ミイラのように干からびるらしい。
ただし……これは噂に過ぎないとしている。
ただの噂と切り捨てるのは早計だろう。
エルフ殺しは、折居の加護があるからなぁ……。
否定も難しいな。
ただ……真実がどうあれ、噂になったことがマズい。
極めて厄介な問題を巻き起こすからだ。
ここからモデストの書簡は報告から懸念に変わる。
エルフ殺しは、あの強烈な匂いから流通量が少ない。
一部の好事家が手をだす程度。
ところが、この噂が広まれば?
途端に、エルフ殺しへの需要が高まるだろう。
つまり、価格の暴騰がはじまる。
ラヴェンナではそれなりに流通しているが、需要を満たすほどの量はないはずだ。
増産の要請が殺到するだろう。
安全保障の一環として、やや独特なラヴェンナ食を安価で輸出している。
食べ物が同じなら、なんとなくの仲間意識が生まれるからだ。
すくなくとも曖昧な敵意は醸成されにくい。
食文化が異なると、差別や無理解による敵意を醸成されがちだ。
明確に自分たちとは違うと宣言されるようなものだからな。
この政治的配慮による安価が徒となる。
儲けの種にしようと、誰かが偽造品を売りさばこうとするだろう。
対策を求められるのはラヴェンナ側だ。
そうなるとコストに跳ね返ってくる。
だからと無理な増産をすれば?
騒動が収まってからラヴェンナの重荷となってしまう。
投資した分の回収も出来ない。
増産施設を破棄するにも金は掛かる。
なんとも頭の痛い話だ。
モルガンが、説明を求める顔をしていたので報告書を渡す。
「意図しない悪あがきが時に大きな効果を
まあ……仕方ありませんが」
報告書を読み終えたモルガンが、怪訝な顔をする。
「意図しない?
クレシダは狙ってやったと思いますが」
「もし純粋に勝つつもりならね。
ところがクレシダ嬢の目的は、私に構ってもらうことです。
一種の悪戯ですよ。
ところが、今回の悪戯はどうか。
ワンパターンでしょう?」
「ふむ……たしかに、大筋の流れでは繰り返しですな」
クレシダらしからぬありきたりだ。
当然俺以外への脅しなのだが……それにしても芸がない。
「もし豊富に手札を持っているなら?
違う騒動を起こしたと思います。
私の注意をより引くためにね。
これでは実につまらない。
興醒めですよ」
これをクレシダに伝えるとかなりダメージを与えられるだろうが……。
広まると、俺が騒動を楽しんでいると騒がれてしまう。
黙っているしかないな。
「興醒めなど決して口外なさらぬように。
要らぬ厄介事を抱え込むだけです」
「分かっています。
公の場では口外しませんよ」
俺が口外するとは思っていないはずだ。
退屈そうにしているヤンに釘を刺したのだろう。
ヤンはモルガンの視線に気が付くと頭をかく。
「俺っちも言わねぇよ。
ラヴェンナさまに迷惑は掛けられねぇ」
モルガンは鷹揚にうなずいた。
「それなら結構。
それで……このお考えに客観的根拠はありますか?」
「ありません。
だから、これで最後と断言は出来ませんよ」
「それが賢明です。
彼らには、クレシダの悪戯に怯え続けてもらうのが良策かと。
これに懲りて、怪しげな奇跡に飛びつかないとよろしいのですが」
思わず苦笑してしまう。
その期待は甘すぎる。
「喉元過ぎればなんとやら……です。
染みついた習性は簡単には治りませんよ。
なにか、別の信仰が生まれない限りはね。
例えば……そうですね。
多くの利便性を
「科学とは、使徒が口にした科学ですな。
従来の科学は、教会の教えと密接に関係していますから」
さすがは元聖職者。
信仰科学ではないと即座に理解したようだ。
「そう。
使徒の言った科学と、この世界の科学は違います。
使徒の科学は、神学や哲学からの分離を目指す科学ですね。
従来の科学は信仰科学で、信者を洗脳して支配するための道具ですから」
モルガンは唇の端を歪める。
皮肉な気分になったらしい。
「私は教会出身ですが……返す言葉もありませんな。
それで、神学や哲学からの分離を目指す科学が何故信仰になるのですか?」
「教会によって凍結されていた時間が動きだしたのです。
これからは、魔術などを研究して文明を発展させるでしょう。
魔術科学のようなものが発展して、人々の生活を向上させますよ。
ラヴェンナがそうであるようにね。
ところが……いざ発展しようとすると信仰が足枷になるのです。
使徒教徒にとって禁忌である機能の邪魔となれば?
必然的に教会の支配力は衰えるでしょう。
だからと教会がなくなることはないでしょうが」
モルガンが、腕組みをして考え込む。
話は大きく脱線しているが、気晴らしのようなものだ。
「今後の教会は、人々の支えとなる方向に向かうべき……と
魔術科学によって、生活の向上が
ラヴェンナが、そのような方向に向かっていますが……何故信仰に至ると?」
催促されてしまった。
まだモルガンの疑問に答えていないからな。
この前提を話さないと、話が飛びすぎるからなのだが……。
「人々は生活が向上しても、どのような原理で為されているかに興味がありません。
安価で簡易であることには敏感ですが」
モルガンの顔はまだ半信半疑といったところか。
「ふむ……。
そこまで短絡的になるものですかね」
「身分違えど人の本質は同じ。
支配者にとっての税と同じですよ。
平民がどれだけ苦労して稼いでいるか……。
どうやって徴集しているか、などに興味はありません。
どれだけ取れるかのみが大切なのです。
結果がなにより大事ですから」
モルガンが見たこともない笑みを浮かべる。
どうやら琴線に触れたらしい。
いやな琴線だ。
「だから気軽に増税が出来るわけですな。
つまり支配者が税を取るように、人々が魔術科学の恩恵を利用すると。
そこまでは分かります。
ただし依存しても信仰までいかないと思いますね」
執着などもそうだが……依存は信仰のはじまりさ。
自覚がないだけで。
むしろ信仰と指摘されれば怒り狂うかもしれない。
信仰の価値が何処まで落ちているかによるが。
「利便性は魔術科学によって
利便性への依存が積み重なるとどうなりますか?
信用となり、信仰に変化します。
そこまでいけば科学的であることが正当性になるでしょう。
真に科学的でなくてもね」
モルガンは、声を立てずに笑った。
もう理解したか。
相変わらず、理解の早さは呆れんばかりだ。
そうでもないと密使など出来ないか。
「たしかにそうなりますな。
人々は原理などに興味がないから、ただ科学的と思えればよい。
逆に科学的でないものは信用されないわけですか。
これを判断ではなく信仰と
「そうです。
正当性と対になる不当性も、当然強くなるでしょう。
つまり非科学的とは、異端や異教徒と指弾されることに類似するのです」
殺されることはないが……。
社会から除け者にされることは間違いないだろう。
「異端や異教の判断は教会が定めますが……。
非科学的とは、どのように判断されるのですか?」
ひとつ暇つぶしに引っかけてみるか。
「古い慣習に、なにも考えず従っているとかですね。
迷信にしがみついている……と軽侮されますよ」
モルガンは怪訝な顔で首をひねる。
まあ引っかかってくれるよな。
いい暇つぶしだ。
気付かない程度なら話し相手として退屈になる。
「非科学的と非難する根拠があるわけですな。
悪いことのようには思えません」
「ところが慣習には、土地に根ざした合理性が隠れているものです。
それすら一顧だにしない。
たとえ合理的であっても、科学から発生したものでないと認めないでしょう。
科学的であると判断されない限りはね。
疑問や検証は、科学の基本であることを忘れて、出所が科学でない限りは異教と見なすのです」
「必要なものすら捨て去るわけですか。
その点において、教会のほうが柔軟ですな。
信仰されやすいように、地域の慣習を取り込んで、教会のものにしてしまいますから」
根拠の曖昧な宗教だからこそ、妥協の余地が生まれる。
それを不純として、原理主義的な宗派は生まれるだろうが。
「そうですね。
根拠が明解だからこそ妥協出来ないのですよ。
一見窮屈ですが確実に生活は向上します。
ですから……ご利益が窮屈さを上回る限り、科学信仰は盤石になると思いますよ。
これが次の世界宗教だと思います。
話が
遠い未来の話ですし……この位にしておきましょう」
モルガンがニヤリと笑った。
そろそろ止めるつもりだったらしい。
嫌なところで息が合うな。
「失礼。
つい気になりましてね。
それでエルフ殺しの件はどうしますか?
奥さまの手に余る事態かと」
ミルに決断させるには重すぎる。
ラヴェンナ市民が被害に遭っていないのだ。
「悪魔憑きなら、教会に対処してもらうのがいいでしょう。
何故ラヴェンナが、
モルガンが珍しく大笑いした。
俺の言い方が気に入ったらしい。
「なるほど。
教会に押しつけるわけですか。
これはお前の仕事だと」
成算はあるのだがな。
おそらく折居の神力で治せると思う。
マリー=アンジュの例があるからな。
それなら神格化された開祖サムエルだって出来るだろう。
なにより開祖サムエルには、そのような力があったと言われているのだ。
出来ないなら知らん。
「エルフ殺しで治ったかは知りませんが……。
治った実例があるならなんとかするでしょう?
教会にとっても信頼を得る、またとない機会です」
「
では……教皇に直接話しますか?」
それだけだと厄介だ。
なにかと難癖を付けられてしまう。
「両国の代表を交えて対処してもらいましょう。
そのほうが丸投げ出来ます」
「エルフ殺しの増産措置はとらないと」
「この騒ぎが収まったとき増産体制はどうなりますか?
きっと大赤字になります。
でも増産要求した人たちは補償などしてくれません。
よくて責任転嫁。
普通は知らんぷりですよ。
なにより目的外の用途ですからね。
関わっていられませんよ。
投げつけるために食べ物を作っていたら?
平民にまで悪役認定されてしまいます。
そうなるとラヴェンナに対して、不当な攻撃がしやすくなる。
一時の儲けにしては釣り合いませんよ」
欠伸をしながら突っ立っていたヤンが、不思議そうな顔をする。
「なんで、食べ物と悪役が関係するんだ?」
「簡単ですよ。
美味しそうに食事をする人は善人に見えます。
食事を粗末に扱うと悪人に見えるでしょう?
エルフ殺しは食べ物ですよ。
まあ……上手い方法で粗末に扱えば笑いにはなりますがね。
不健康な笑いですけど」
ヤンの目が丸くなった。
「あ~。
言われるとそうだなぁ。
心底美味そうに飯を食う奴に、悪い奴はいねぇ。
美味そうなフリをする奴は、だいたい人を騙そうとする。
ラヴェンナさまはなんでも知っているな」
「いえ。
アズナヴール嬢の受け売りですよ。
脚本を書くときのコツだそうで。
それが通じるのです。
つまり人々の感性がそうなっているってことですからね」
フラヴィ・ローズモンド・アズナヴール。
イポリートの紹介で雇った脚本家だ。
人と付き合うのを嫌うが、人への観察眼は極めて鋭い。
鋭いの域を超えているとも言える。
故に嫌いになったのかもしれないが。
ヤンは呆れた顔で苦笑した。
「普通……劇は劇って考えるぜ。
やっぱラヴェンナさまは変わってるなぁ。
しかも、お偉いさんより平民を気にするのか。
絶対ラヴェンナさまは優しいぜ」
また買いかぶる。
困ったものだよ。
「いえ。
平民を表面上でも納得させる大義名分がないと戦っても危ないからです。
早期に決着がつくならいいですがね。
身勝手な理由で戦いをはじめて、金がなくなったら臨時徴税……となればどうなりますか?」
「不満タラタラだろうなぁ……。
ああ、他家が足を引っ張りやすくなるのか」
「そんなところです。
敵意や憎悪……差別意識などは、大義名分の素材として便利ですから。
信じさせる必要はありません。
ですが取り繕う程度の出来は必要でしょうね。
下手な芝居なんて誰も見たくないでしょう?
しかも税という鑑賞料金まで取られるのです」
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