1024話 最悪のタイミング

 ついに戦闘が始まった。

 プロバンと外からの同時攻撃。

 パトリックから、さらに1体を仕留めたと報告があったので多少増援は減るだろう。


 ただ全体は分からない。


 冒険者の突入タイミングはまだだが判断は各人に任せていた。


 チャールズは物見台から指揮をしている。

 士気が衰えている場所を指示してくれれば俺が向かう。


 当然、ヤンを含めた護衛つきなので、一時的な援軍にもなるからだ。

 前後からの同時攻撃は難なく跳ね返した。


 士気は旺盛だが……。

 サロモン殿下もやるな。

 机上での戦術眼はたしかなような。

 陽動と弱点への攻撃を的確にしてくる。

 兵士が魔物であるからこそ……机上の戦術が生きるわけだ。


 幸い、外周部の指揮まで指揮が及ばないらしい。

 第1世代の学習結果とやらに、魔物を使った戦いはないようだからな。

 それでも器用に立ち回っていたのは、ゼロのいう創造主たちがやっていたゲームとやらの影響だろうか。

 ゼロの話によると、ゲームは分かり易さと爽快感が重視される。

 映像などは派手になる一方で、現実の面倒な要素は極力排されていたとのことだ。

 操作も単純化され続けており、ストレスを軽減するものばかり。

 ゲームの戦術を現実に適応させるのは困難とのことだ。


 それでもムラなく理論上の最適解を繰り返す攻撃は強い。


 警戒しておいてよかったよ。

 包囲網が厳重すぎるという意見もあったがな。

 この包囲網がなければ被害はさらに甚大だった。

 耐えきれる計算日数がより減ってしまう。

 もし全力で波状攻撃を続けられたら?

 持ちこたえられるのは3週間程度が限度。

 時間との勝負だな。


 この手の賭けは嫌いなんだが……。

 明確な勝利を得なくては意味がない。

 サロモン殿下が本拠地を放置してゲリラ的に戦いを続けたら?

 完全に魔物化するまで手の打ちようがない。

 俺と包囲網は、サロモン殿下を逃がさないための餌だ。


 そして予想通りサロモン殿下は夜間まで攻撃が出来ない。

 魔物ではなく本人の気力が持たないのだろう。

 有り難い話だ。

 

 先日パトリックから連絡があった。


 第1世代は移動中のみ狙える。

 布陣されてしまうと手がだせないとのこと。

 ふたりと1体で1万近い魔物が相手では無理もない。

 ゼロの停止能力は、かなり接近しないとダメなようだ。

 狂犬チボーも罠などにけており、攻め込むことは不得手らしい。

 パトリックはどちらも出来るが、敵の数が数だ。


 当てにしないでおこう。

 チャールズにもゼロたちの活躍を期待しないよう伝えてある。


 それより、防衛網の補修が教務だ。


 これらはすべてチャールズが判断する話であり、俺が口を挟むことはない。

 報告もすべてが終わってからでいい、と伝えてある。


 冒険者突入のタイミングはマウリツィオが時期尚早と判断した。

 そこも、チャールズと相談するように伝えてある。


 一種の置物化した俺の思考は、別のことに向かう。

 俺の暗殺にどう対処するか。

 条件は限られるが、戦場では防ぎ難い。


 ヤンとモルガンが、真剣な顔で話し合っている。

 俺としては……そこまでしてダメならどうしようもない……だ。

 ある日、突然雷に打たれて死ぬことを心配する程度の認識にすぎない。


 かくして、2日目の襲撃はなかった。

 恐らく、サロモン殿下の消耗が激しいのだろう。

 そして3日目。


 初日より攻撃が激しかった。

 軍首脳が、俺の様子をうかがう回数が増えている。

 俺が慌てれば一気に動揺が広がってしまう。


 平然とすることが肝要だ。

 と言っても、慌てる要素がないので努力は不要だが。

 

 暇を持て余しているとマウリツィオがやって来た。


「ヴィガーノ殿。

どうされましたか?」


「プロバンの警備が緩んできているようです。

どうやらサロモンがひとりで、監視と攻撃をやっているようですな」


 予想通りか……。

 モルガンは皮肉な笑みを浮かべる。


「つまり、サロモンが信頼する家臣はひとりもいない。

捨て駒と足手まといには困らないと。

なんとも心温まる話ですな」


 魔物化した時点でそうなるのは分かりきっている。

 すべてひとりでやらなくてはいけないのだ。

 やれているだけ見事なものだが……。

 その努力は誰にも評価されず報われることもない。

 俺は苦笑して肩をすくめる。


「次の攻撃までに回復しきるのか……。

無理に動けば隙が出来そうですね」


 マウリツィオが重々しくうなずく。


「小生もそう考えます。

次の攻撃で突入出来るかと」


「判断は任せていますよ。

改めて私に報告する必要はないでしょう?」


「これは口実です。

実は直接お伝えしたいことが」


 冒険者に不穏な動きでもあったのか?


「聞きましょう」


「冒険者たちには『サロモン討伐に成功しても、大元帥とお会いすることは出来ない』と伝えています。

反応は様々ですが……。

不満は『大元帥からの労いがあってしかるべき』というプライド的なものばかりです。

暗殺の機会が失われるからとの憤懣ではありません。

故に参加を認めたのですが……」


 マウリツィオが珍しく口ごもる。

 

「なにか気になることでも?」


「大元帥は冒険者たちに、防衛の手伝いをしなくてもよいと仰せでした。

ところが、包囲網が完成してから手伝わせろと言いだしたのです」


「別途報酬がでるわけでもないのに?」


「そうです。

居心地が悪いと」


 その手の同調圧力を嫌って冒険者をしている連中が多いはずだ。

 冒険者は社会不適合者の巣窟だぞ。

 社会に適応しない方向の同調圧力は強いが。

 マウリツィオが伝えてくるだけのことはあるな。


「認めるわけにはいきませんよ。

認めてしまっては……冒険者たちに助力不要と伝えた意味がありません」


 マウリツィオが怪訝な顔をする。

 俺が冒険者に好意的だからと思っていたのか。

 妙なところでロマンチストだな。

 そうでもないと新ギルド設立に首を突っ込まないか。


「ほかに意味があるのですか?」


「助力を要請すると冒険者が自由に陣地内を移動出来るでしょう。

しないとなれば、決まった場所に待機を強要出来ます。

つまり……私の安全を守るためですよ」


 マウリツィオが、微妙な表情をする。

 信じていないな。


 マウリツィオも俺を善人にしたがるようだ。

 俺の視線にマウリツィオが表情を改める。


「大元帥の安全となれば認めるわけには参りません。

仮に、冒険者たちの真意が善意だったとしてもです」


「そうしてください」


 モルガンが腕組みをする。


「ラヴェンナ卿の代わりに兵士たちを視察していますが……。

冒険者たちの態度はとくに変わりません。

むしろ避けられています。

もし、なんらかの意図があるなら私にも接触してくると思いますがね。

だからなにも問題がない……とまでは言えませんが」


 マウリツィオが首をふった。


「ルルーシュ殿は、大元帥に諫言出来る数少ない人として有名です。

下手に接触して見破られることを恐れたのでは?」


 モルガンは納得していないようだが……。

 耳の穴に指を突っ込んでいたヤンが笑いだした。


「ルルーシュさんは、ラヴェンナさまに『自分を過小評価するな』としつこく言っているがよぉ。

ルルーシュさんも自分を過小評価しすぎだぜ」


 モルガンが珍しく驚いた顔をする。


「ロンデックスが私を高く評価しているとは驚きだな」


「ラヴェンナさま程の凄みはないけど十分頭がいいぜ。

俺っちは馬鹿だけど鼻は効くんだ。

だから冒険者たちに、ルルーシュさんのことを聞かれたとき『すげぇ切れ者だ』って言っておいたぜ」


 モルガンは苦虫をかみつぶしたような顔になる。


「それはいつの話だ?」


 ヤンは不思議そうに首をかしげる。

 モルガンが不機嫌になる理由が分からないようだ。


「つい最近だよ。

昔の知り合いがやってきてな。

昔話ついでに『ラヴェンナさまの顧問ってどんなヤツだ』と聞かれたぜ。

そいつは噂話が好きだったなぁ……」


 たしかヤンは、昔の知り合いが訪ねてきた……と嬉しそうに言っていたなぁ。

 そのときモルガンは視察中だったはずだ。

 訪ねてきたのはそれっきりだったから……話題にもしなかった。


 モルガンは天を仰いで嘆息する。


「余計なことを……」


 モルガンは無個性で目立たないように振る舞っている。

 警戒されずに情報を得るためだろう。

 思わず笑ってしまう。


「仕方ないでしょう。

口止めしたわけではありませんからね」


 ヤンはバツが悪そうに頭をかいた。

 自分が口を滑らせたと気付いたらしい。


「すまねぇ。

目立たないのが趣味とは思わなくてよぉ……」


 趣味ではないと思うが……。

 モルガンは珍しく大きなため息をついてから頭をふる。


「過ぎたことを問い詰めても仕方ない。

これだけだと冒険者の意図が分からないな。

だが……厄介極まりない。

しかも此処ここは戦場だ。

なにが起こっても不思議はない。

いざとなれば……身を挺してでもラヴェンナ卿をお守りするしかないな」


 だからこそ、陰謀の舞台に戦場を狙ったのだろう。

 煩わしいな。

 だが……この煩わしさは近いうちに片付くだろう。


                  ◆◇◆◇◆


 その日の襲撃は夕刻に終わる。

 チャールズが戻ってきて、現状の報告をしてくれた。

 被害もそれなりだが許容範囲内とのことだ。

 今回は、回復と補修に時間がかかる。


 ただ、敵の攻撃の集中点が、此方こちらの弱点から遠ざかっているらしい。

 どうしても立地上脆弱ぜいじゃくな点がある。

 そこの兵力は多く配置しているが……そこから遠ざかるか。

 古典的な正攻法だ。

 正攻法だからこそ避けられない。

 奇策であれば、逆手に取ることも出来るが……。


 チャールズの見立てでは、次の襲撃が本番だとのこと。

 ヤンも同意のうなずきをしている。


 いよいよ本番か。

 ただ何日後に来るかは謎だ。


 ヤンは多分明日だと断言している。

 可能ならそうだろう。


 そうでないなら激しい攻撃の意味がないと。

 いよいよか……と思っているとマルコから、面会の申し込みがあった。


 まさかサロモン殿下の助命嘆願か?

 一応会うことにする。

 この戦いが終わるとしばらくは会わないだろうから。

 人質としての用が済むのでラヴェンナに送り届けるつもりだ。


 モルガンは面会に不服そうだが不承不承承諾した。

 マルコが、俺の前にやって来る。


「ブルット殿。

私になにか訴えたいことでも?」


「はい。

殿下が倒されたあとのことです。

殿下の埋葬を許可していただけませんか?」


 これは意外だな。

 問題であり細やかな願いでもある。

 政治的にも意味はあるな……。


「討伐を確認したら構いませんよ。

ただ、遺骨が残るかは分かりませんが」


「感謝いたします。

もし可能であれば、アラン王国の陵墓がある地に」


 そのほうがアラン王国民に与える印象も強いな。

 アラン王国の死を明確に伝えることが出来る。

 マルコにとっては善意だが俺にとっては利がある話だ。

 だが……。


「その場所はまだ安全が確認出来ませんね。

何処どこか適当な場所でもいいのでは?」


 マルコの顔が厳しくなる。


何処どこでもいい……とはなりません。

せめて、王家の責務を最後まで投げ出さなかった方への弔いとして……」


 この位でいいか。

 アッサリ認めては価値が落ちる。

 認めるにしても、価値を高める配慮が必要だ。


「仕方ありませんね。

終わってからですが、最悪遺品をそこに葬ることは認めましょう」


 マルコは深々と一礼する。

 わずかに肩をふるわせていた。

 俺が断ると思っていたらしい。


「この……ご恩は忘れません!!」


 皆がなんとも言えない顔をしている。

 マルコを見直した……とでも言いたげにしている。


 後先考えずに善意を振り回す者は感動を呼ぶ……か。

 俺には無縁の感情だが……時折羨ましく感じる。


 超然とすべてを見渡せば恥をかくこともない。

 感情に流される者を見下す優越感も得られる。

 だが……人生は、当人がどれだけ満足出来たかで価値が決まる……と思っている。

 このような比較は無益かつ無意味だ。


 いかんな。

 どうやらサロモン殿下との決戦を前に、柄にもなく感傷的になっているようだ。

 我ながら度しがたい。


 ミルがいたら俺をたしなめてくれたろうな。

 まあ……贅沢は言えない。

 早くに、クレシダとの茶番を終わらせて戻りたいな。

 皆への対応に頭を悩ませるのも贅沢な楽しみだから。


                  ◆◇◆◇◆


 翌日、かつてないほどの猛攻にさらされる。

 これで、サロモン殿下の苦渋に満ちた人生も終わりか。


 しかし……敵からの圧が桁違いだ。

 兵士たちはかなり殺気立っている。


 これは、士気高揚のためのテコ入れが必要か。

 だが俺の独断で動くとチャールズの足を引っ張ってしまう。

 大人しく待っているとチャールズから伝言が届く。

 一通り回って士気を高めてほしいと。

 つまりかなり大変なようだな。


 乗馬は苦手だが……そう言ってもいられない。

 ヤンとモルガンそして護衛の400騎を従えて陣地を回ることにした。

 各地は大激戦だ。

 このヒラヒラ舞うのマントが目立つ。

 目立ちすぎる。

 だが……そのほうが士気高揚にいいのだろう。


 俺も大声を張りあげる。

 かける言葉は平凡なものだ。

 士気を高めるのに、難しい言葉は要らない。

 『頑張れ』だの……『今までの武勲を思いだせ』だの平凡期周り内言葉だ。

 適度に、部隊長の名前を加える程度。

 それでも俺直々の激励だ。

 一目で分かるほど気合いが入る。

 積み重ねてきたものが分かると同時に、異様な重みを感じた。


 人の感情は馬鹿にならない。

 通常以上の実力を発揮させる。

 俺にはひたすら無縁なものだが……。

 

 激励をして回るだけで、動きが変わる。

 皮肉なことに、あれほど苦手だった乗馬が出来ていた。

 乗馬どころではないのだが……。


 弱点と認識している最大激戦区に到着する。

 柵は破られていないがかなり肉薄されているようだ。

 兵士たちはかなり疲弊していた。

 戦意過多な石版の民ですら、疲労の色が濃い。


 交代で、弓や魔法を打ちまくって押しとどめているが……。

 数時間戦い続けているからな。

 体勢的には押され気味だ。

 このままだと突破されるのは時間の問題か。

 そこまで本気で仕掛けるとなれば、サロモン殿下もこの攻撃が最後と見ているのだろう。


 俺に気が付くとラヴェンナ兵士たちが歓声をあげる。

 俺も手をあげて歓声に応えた。


 突然、ヤンとモルガンの表情が厳しくなる。

 モルガンが俺に耳打ちしてきた。


「なぜか冒険者まで紛れ込んでいます。

激戦すぎて、猫の手も借りたいのでしょうが……。

早く此処ここを離れたほうがよろしいかと」


 なぜ冒険者がいるのだ?

 サロモン殿下討伐に出払っているはずだろう。

 戻り次第マウリツィオに確認が必要だな……戻れれば……だが。


 モルガンの言いたいことは分かる。

 冒険者が勝手に助力している現状は好ましくない。

 だが追認せざるを得ないのだろう。

 現場としては、厳格な統制より敵を押し返すことが優先されるからだ。

 だから、俺に離れることを勧めてきたのだろう。


 だが……俺の到着で士気が高まるのだ、俺がいなくなればどうなる?

 総崩れになりかねない。


「そうはいきません。

崩れかかっている体勢を立て直してからです。

ロンデックス殿。

加勢してください」


 ヤンは厳しい顔でうなずく。

 だが俺の隣を離れずにエミールに指示をだす。

 ヤンの戦術眼は的確で少しずつ体勢を立て直していく。

 現場指揮官の邪魔をしない見事な指揮だ。


 その間も、兵士や冒険者たちが激しく動いている。

 ヤンとモルガンは警戒を怠らない。


 ようやく立て直せる見込みがでてきたな。

 兵士たちに流れる、わずかに弛緩しかんした空気。

 突然ヤンが走りだした。

 ひとりの冒険者を地面に組み伏せている。

 冒険者が俺に向ける憎悪の視線はなかなかのものだ。

 そう思っていると、俺の背後にモルガンが立ちはだかった。

 

 振り返ると、別の冒険者が短剣を持って襲いかかってくる。


「民の恨み! 思い知れ!!」


 ああ……アラン王国出身の冒険者か。

 もしかしたら家族なり恋人を亡くしたのかもしれないな。


 それにしても……ラヴェンナ兵士と似た服装だ。

 紛れ込むとは、手の込んだ真似を。


 モルガンは素早く冒険者を殴りつける。

 冒険者はモルガンを、ただの文官と思っていたようだ。

 俺もそうだった。

 冒険者は吹き飛ばされて兵士たちに取り押さえられる。


 モルガン……思ったより強いな。

 密使として行き来するから、ある戦闘能力があるのだろう。


 暢気にそう思っていると……突然なにか強い力で体を押される。

 思わず体勢を崩して倒れ込む。


 立ちあがろうとしたが右腕に力が入らない。


 右腕に矢が刺さっている。

 まだ痛みはないが……自覚すると痛みがやってきた。

 しかし……体勢を崩していなければ心臓をひとつきだ。

 すぐに襲撃犯は切り捨てられた。


 ヤンがすっとんでくる。


 見事な手際で矢を抜いて止血をしてくれた。

 矢を抜いた直後に激しい痛みが襲ってくる。


 周りを見ると兵士たちが騒然としていた。

 俺には『痛い』と叫ぶ自由などない。

 顔を顰めながら無事な左手をあげる。


「かすり傷です。

皆さんは、戦うことに集中してください」


 ヤン配下の治癒術士がすぐやってきた。

 俺の右腕を調べる。

 治癒術士と言えば、可憐な女性を思い浮かべるが……。

 髭面の筋肉だるまだ。

 ヤン曰く、酒飲みだが腕はたしかとのこと。

 名前はダミアン・ジャケ。

 あのマッチョ治癒術士のルイと仲がよくなったらしい。

 筋肉癒やし隊に誘われているとか……。

 こんな下らないことでも考えないと痛みを抑えきれない。


 ダミアンはなにか魔法を唱えた。

 すぐ驚いた顔になる。


「不思議なことですが……毒に侵されていません。

暗殺なら毒が定番なのです。

焦って忘れたのでしょうか。

なににせよ有り難い話です」


 俺を励ますつもりなのだろうか。

 痛くてそれどころじゃない。

 ヤンは大きく胸をなでおろす。


「それはよかった。

傷の治療もささっと済ませてくれや。

矢が骨まで届いていたからな。

かなり痛えはずだ」


 ダミアンがうなずいて……なぜか『フン!!』と気合いを入れる。

 すぐさま痛みがひいていく。

 血止めの布を取ると傷はもう塞がっていた。

 色気もへったくれもない治癒だ。


 これほど念入りに、俺を殺しにかかって毒を失念するのか?

 そう思って立ちあがると、一瞬脳裏に、エテルニタの泣き声が響いた。


 なるほど……借りを返す……ね。

 どうやら俺は簡単に死なせてもらえなさそうだ。


 立ちあがろうとするとフラついてしまった。

 治癒魔法のわりには、体力の消耗が激しい。

 もしかしたら……アイテールが介入するため、俺の生命力を使ったのか。

 今度お礼がてら聞いてみよう。


 そう考えているとモルガンが、血まみれの手を差しだした。


「私の傷も治してくれないか?」


 どうやら冒険者を殴り倒すときに怪我をしたらしい。

 ダミアンは素早くモルガンの治療をする。

 『フン!! フン!!』と謎の気合いを入れながらだ。

 大勢怪我人がでたらどれだけフンが飛び散るのやら……。


 なんにせよ体勢の立て直しは成功した。

 まずは他を回ろう。

 まだ俺が襲われたことは広まっていない。


 激励が終わろうとしたとき異変が起こる。

 第1世代側の魔物が急に統制を失いだした。


 どうやら間に合ってくれたか。


 物見台の兵士が声を張りあげる。


「援軍がきたぞ!!」


 同時にサロモン殿下が指揮していた魔物もプロバンに引きあげる。

 バルダッサーレ兄さんとフォブス・ペルサキス……どっちが先に着いたのやら。

 まあ助かった。


 それにしても……マウリツィオはどうしたのだ?

 不審に思って兵士に捜索を命じた。

 すぐ報告が届く。

 マウリツィオは、テントの中で激しく殴打されて意識を失っていた。

 出血も酷く意識不明の重体らしい。

 陰謀に気が付いて襲われたのだろう。

 現在治療中だが予断を許さないらしい。

 マウリツィオは責任を問われるが……どうしたものか……。

 可能な限り罰を軽くしておきたい。


 安心したのも束の間、兵士たちに動揺が走っているとの報告が届く。

 原因は俺の事件だな。


 再度兵士たちに姿を見せる必要がある。

 まだフラついているので騎乗は厳しい。

 確実に落馬するだろう。

 かといって歩くのも大変だ。

 馬車で回るしかないか。


 俺が悩んでいるとモルガンがニヤニヤ笑いで兵士になにか指示する。

 嫌な予感がするぞ……。


 すぐにトロッコが運ばれてくる。

 馬にひかせるらしい。


 モルガンが慇懃無礼に一礼する。


「ささ。

兵士たちに、無事な姿を見せてやってください」


 なんだ……この嫌がらせは。

 非常に不服だが、兵士たちの動揺はすぐおさまった。

 当然爆笑つきでだ。


 モルガンめ……覚えていろよ。

 そう思っていると、嫌な声が響く。


「アンタ……どれだけトロッコ好きなのよ」


 声の主は、よりにもよってシルヴァーナだ。

 到着してすぐ、俺の陣幕に案内されたらしい。

 最悪のタイミングだ……。

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