1023話 ボタンの掛け違え

 予想通り魔物は雑魚ばかりだった。

 戦いが始まるとサロモン殿下はすぐ引いたとのこと。

 此方こちらの被害は負傷者が20名程度。

 死者はなし。


 上出来だな。

 そこにパトリックから通信が入った。

 1体は仕留めたが、もう1体には逃げられたとのこと。

 その1体にも逃げられそうになった。

 そこで狂犬チボーが逃がさないようにしたらしい。

 

 クレシダの仕掛けた防御策が分かったので次からは対策すると。

 敵が新たな防御策を施す時間はないとも言っていた。

 ただ第1世代が動かないと発見が困難なため、すべての第1世代を事前に倒すことは不可能らしい。

 逆包囲の話をして、それなら道中で2体は倒せると。

 上出来だな。

 そのあと俺たちに合流して全部倒すとも言っていた。

 その全部は不可能だろう。

 頃合いで、第1世代は逃げ帰るはずだから。


 クレシダは、サロモン殿下を見捨てる。

 これは確信に近い。

 そのあとで新たな防御策を施すだろうな。


 まあ……当面の作戦に支障はない。

 体制を整えてから再び、街道敷設と進軍を開始する。

 ようやく、サロモン殿下の本拠地プロバンを目にすることが出来た。


 プロバンは、2本の川に挟まれた丘の上にある。

 これはかなりの要害だな。

 ここを本拠地に選んだサロモン殿下の目は確かなようだ。

 だが強襲する気などない。

 そうしなくて済むように、アラン王国民の犠牲を気にせず追い立てたのだ。

 

 俺が宿営地に到着するとチャールズが出迎えてくれた。

 流石の俺も気付く。

 陣営全体に緊張した空気が漂っている。

 サロモン殿下が目前だからではない。

 俺の安全に注意を払うが故の緊張だ。


 ヤンも警戒を怠っていない。

 チャールズに案内されて、奥の陣幕に入る。

 俺の安全に関しては、皆の判断に従おう。

 

 それよりここから仕上げに入る。

 その話のほうが大事だ。

 チャールズは、テーブルにプロバン周辺の地図を開いた。

 包囲網の予定線が書かれている。

 ヤンは食い入るように地図を見ているが……。

 なにかあれば勝手に発言してくれるだろう。

 まずはチャールズに現状確認をしよう。


「ロッシ卿。

ここから、包囲網の構築に入ると思いますが……。

なにか問題はありますか?」


 チャールズは優雅に一礼する。

 とくに問題はなさそうだ。


「現時点では問題ありません。

当然サロモンは工事を妨害してくるでしょう。

それも織り込み済みです」


 念のため明確な指示をしておこう。

 指示がなくてもやってくれるだろうが……。

 俺が直接指示したとなれば重みが異なる。

 ここは勝負所だ。

 兵士たちの生還率を高めるためにも必要不可欠な決断となる。


「ここは、無理をしてでも早急に仕上げてください。

兵士たちも包囲網が出来上がらないと不安でしょうから」


 チャールズはニヤリと笑う。


「御意。

3週間ほどあれば完成する見込みです。

そして逆包囲してくる敵に対応すべく……。

外周部にも、同様の包囲線を構築します。

此方こちらも3週間ほどあれば」


「大変結構です」


 ヤンが呆れた顔をする。


「この距離だろ。

包囲網はどんなのを作るんだ?」


 チャールズが苦笑する。


「高さ4メートル程度の土塁を築く。

地上に対処するために逆茂木も植える。

塁の前に、幅5メートル深さ2メートル程度のごうを2列掘って川から水を引く。

空中からの魔物に強力なものはおらず、特性の矢で事足りる。

矢は20万本用意してあるので十分だろう。

これも後方から随時補充予定だ」


 ヤンは腕組みをする。

 懸念があるようだ。


「ロッシさん。

空中はいいけどよぉ。

地上はそれだけだとちょっと弱いぜ。

俺っちの勘だけど、数万の魔物が来ると思うからな」


「心配無用だ。

ごうの敵側に堀を5列。

深さは同じで逆茂木を並べる。

その前に、深さ1メートル程度の落とし穴を格子状に8列。

落とし穴の前は杭を打ち付ける。

土塁内には、防御拠点となる監視塔を10カ所。

出撃拠点として野営地を5カ所ほど。

野営地は既に設置済みだ」


 ヤンの目が点になる。


「内周部だけでも15キロメートルくらいあるぞ。

たしかに材料はそろえてあるみたいだけどよぉ……。

本当に出来るのか?

とんでもない仕事量だぜ。

出来る大工なんて見たことがねぇよ」


 チャールズが出来ると判断したのだ。

 不測の事態を含めて余裕を持った見積もりだろう。


「大丈夫ですよ。

ラヴェンナ軍は土木工事の達人ぞろいですからね。

石版の民は、工事の妨害に対処してもらうのでしょう?」


 チャールズは自信ありげにうなずくが……。

 ヤンは微妙な顔で頭をかく。

 普通は実現不可能だと思うよな。

 ヤンはラヴェンナ軍を知っているが、土木工事の本気は見ていない。


「こりゃ冒険者たちは腰をぬかすぞ。

それよりサロモンが絶望しそうだなぁ」


 チャールズが唇の端を歪めて冷笑する。


「サロモンが今更絶望するようでは我々を過小評価しすぎだろうな。

ただ問題は、ご主君の兄上とペルサキス卿の到着が間に合うか……。

成功すれば逆包囲をさらに包囲出来る。

間に合わなければ我々が単独で撃退しなくてはならない。

可能だが……被害は無視し得ないだろう」


 そればかりは、どうしようもない。

 ただバルダッサーレ兄さんは間に合うだろう。

 スカラ家の兵士はラヴェンナ兵が指導していたからな。

 土木工事には慣れているはずだ。

 まあ……あれこれ悩んでも仕方ない。


「そこはなんとかしてくれると期待しましょう。

そういえば死臭がしませんね」


「プロバンの近辺に死体はありませんでした。

サロモンが掃除したのか無事逃げ込んだのか……までは分かりません」


 話を聞いていたモルガンが冷笑する。

 俺と考えは同じだろうな。


「なに……じきに包囲網の内周は死体だらけになりますよ」


 チャールズが、片側の眉をつりあげる。


「ほう……。

役に立たない非戦闘民を追放でもするのか?」


「ご明察。

元同志が焦って住民をプロバンから追放しますよ。

断言しても良い。

そうなれば餓死者の死体が量産されるでしょう」


「口減らしか……趣味に合わんな」


「世界主義の連中は、平等を訴えながら自分たちだけは贅沢をしたいのです。

苦労は他人に、成果と名声は自分に。

つまり民のせいで自分が節約をすることに耐えきれません。

なんのかんの理由をつけて、口減らしをするでしょう。

連中は自分に優しいですから」


 モルガンは珍しく、バツの悪い表情を浮かべる。

 古巣への非難がつい口にでてしまったようだ。

 いつもの無表情に戻ってせき払いする。


「これは失礼。

それよりひとつ疑問が。

たしか、ロマン王のおかげで農地は壊滅しているはずです。

クレシダが、どうやって食いつないでいるのか……。

節約するとは思えません」


 節約するクレシダは想像がつかない。

 思わず苦笑してしまう。


「恐らく、農地を復活させているのでは?」


「ほう?

ラヴェンナ卿には心当たりが?」


 ヒントなら古代人の石版にあった。

 パトリックとカルメンが妙に感心していた方法だ。

 だが……アラン王国の農地が壊滅したとき教えなかった。

 教えると俺が散々非難される。

 それで皆が不満に思う。

 しかも感謝されず……下手したら逆恨みされてまで、アラン王国民を助ける義理はない。


 だが……クレシダなら淡々とやるだろう。


「人を肥料にでもしたのではありませんか?

古代人の石版に、同様のことが書かれていました。

骨を砕いて肥料にしてもいいが、効果が現れるのに時間がかかるそうです。

人骨を硫酸に溶かして、どうのこうのすれば効果が大きいと。

ただ、どれだけの数を肥料にしたのかは分かりませんがね」


 黙って話を聞いていたヤンがため息をつく。

 ヤンは、この手の倫理感を無視した話が苦手だ。


「趣味の悪い話だなぁ……。

そもそも、骨って動物でもいいんじゃねぇのか?

ほら、動物の骨の周りは草が茂っているんだぜ」


「いいですが……効果は段違いです。

人が魔法を使えるせいかもしれませんがね。

ただ魔物はダメです。

効果がありません」


「なんだかよくわかんねぇなぁ。

でも、人の骨で育った芋なんて食いたくねぇ。

言われなければ分かんねぇけどな」


「世の中……言われなければ分からないものだらけですからね。

ただクレシダ嬢に対して兵糧攻めは無意味でしょう」


 クレシダ相手に、兵糧攻めの選択肢はない。

 まだ情報がなさすぎる。

 ただ第1世代のホムンクルスをクレシダが使うなら?

 ゼロの協力を宛てに出来る。


                  ◆◇◆◇◆


 いつ戦闘があるか分からないので俺も軍装姿になる。

 それでも胸当てに兜、あとは最高指揮官であることを示す色のマントを羽織るだけ。

 このマントがまた豪華で……金の刺繡まで入っている。

 羽織ってみれば皆に笑われる始末だ。

 

 嫌だったのだが……。

 目立つ格好でないと兵士の士気は高まらない……と言われてはなぁ。

 ヤンは似合っていると褒めてくれたが、あのモルガンが笑いを堪える始末だ。


 俺がボヤいているとマウリツィオ・ヴィガーノが、冒険者一団を連れて到着した。

 マウリツィオと冒険者が突入する方法など含めて最終確認をする。


 サロモン殿下が大多数を繰り出した隙に侵入。

 プロバンに引き籠もったままなら、そのまま討伐。

 戦場にでてきた場合そこで討ち取れるなら良し。

 逃げ帰ったら、冒険者が待ち構えて討伐する。


 サロモン殿下が大多数の魔物を動かすなら注意力が削がれる。

 結果的に侵入が容易とのこと。

 そしてプロバン内の住民に関しては心配無用と伝えた。

 ついでに住民に効果がある魔法の言葉も教える。


 マウリツィオは不思議そうな顔をしていたが、俺の言葉だからとお世辞込みで信じた。


 あとは顧問のエベール・プレヴァンだ。

 生死問わず確保を求めた。

 下手に逃がして世界主義を立て直されても困る。

 似顔絵はモルガンが描き上げてくれた。

 上手いじゃないか。

 実にリアルだ。


「意外な才能ですね。

芸術方面の才能もあるのですか?」


 モルガンは珍しく仏頂面だ。


「ただ似ているだけです。

技術ではありますが芸術ではありません。

所詮私は芸術愛好家止まりです」


 ふと、イポリートの言葉を思い出した。


『芸術は感心だけだと食うに困るわ。

感動がないとねぇ。

感動するから財布の紐が緩むのよ。

醒めた目で見る人しかいないと芸術家なんて絶滅しているわ』


 まあ技術だろうと芸術だろうと使えるのだ。


 これを冒険者たちに持たせる。


 マウリツィオも似顔絵に感心するほどだ。

 十分使えるだろう。


 それだけやって、俺の仕事は終わった。

 あとは、事態が急変したときまで暇だ。

 

 暇なので、ミルたちへの手紙を書くことにする。

 暇だからと書いては角が立つ。

 怒るではなく……悲しまれるのが余計厄介だ。


 ところが書くとなると……なにを書いて良いか分からなくなる。

 俺が手紙に悪戦苦闘している間も、包囲網の構築は進む。

 時折サロモン殿下が、妨害のため魔物を繰り出すが、石版の民に撃退される。

 つつがなく、包囲網の内側が完成した。


 ヤンの言ったとおり冒険者たちは、あっけにとられていたらしい。

 今度は外周部に、同様の工事を行う。


 サロモン殿下は、ホムンクルスが率いる魔物軍に期待しているのだろうが……。

 理に適っているが、非合理を多く内包するのが戦闘だ。

 勢いの占める要素が大きいとも言える。


 魔物を操るから無関係とはいかない。

 相手も魔物なら話は別だが……。


 このまま、計画に固執して最後は自棄を起こすか?

 乾坤一擲けんこんいってきの博打にでるか?


 対応はチャールズに一任してある。

 

 つい書くことに困り果てて現実逃避してしまった。

 気付くと、陣幕の外が騒がしい。


 モルガンが陣幕に入ってきた。

 陣幕の外で待っていたヤンも一緒に入ってくる。


「ルルーシュ殿。

なにかありましたか?」


些事さじですがご報告を。

プロバンから追放されたアラン王国民が我々に助けを求めてきました。

奴隷になるから食べさせてくれと。

当然追い払いました」

 

「以前もやっていたでしょう。

騒がしいのは何故ですか?」


 モルガンが無表情に肩をすくめる。


「痩せ細った老人や女子供が、必死の形相で訴えてきたからです。

以前はそこまで痩せ細っていませんでした。

今回は深刻さが違います。

やることは変わりませんが……。

兵士たちは、どうにも後ろめたい気分のようで」


 なるほど。

 モルガンも現場を視察してきたわけだ。


「人数はどれくらいですか?」


「ざっと5000~6000人。

プロバンに流入した数を考えると、これだけでは済まないでしょうね。

自業自得の結末とはいえ壮観な地獄絵図です。

恐らくサロモンには相当効くでしょう。

暴発してホムンクルスが到着前に攻撃を仕掛ける可能性もあるかと」


 サロモン殿下の魔物化がどれだけ進んだかによるだろうな……。

 あとはエベールの発言力次第だ。


「ロッシ卿に任せています。

相談を持ちかけられたのですか?」


「いいえ」


「ならば口出しすべきではありません」


「承知いたしました。

ただロッシ卿は、今後アラン王国民を追い払うのは石版の民に任せるとか。

よろしいので?」


 本来ならやりたくないが、兵士の士気を考えてのことだろう。

 この場合、石版の民の選民思想が役に立つ。

 アラン王国民を追い払うのに躊躇しないだろう。

 ただ選民思想は自然と過激化しやすい。

 制御が極めて難しい諸刃の剣だ。

 一応、石版の民は教義によって歯止めが存在する。

 逆に、教義以外での歯止めは効果薄だが……。


 チャールズは、多少暴走気味になっても目をつむる判断なのだろう。

 敵を目の前にしているからこそ士気の低下を恐れる。

 それならば後始末は俺の仕事だ。


「相談されていないのです。

任せますよ」


「ここまでスッパリ任せられるとは驚きですな」


「ずっとそうしてきましたからね。

私の信頼にロッシ卿は応えてきてくれました。

それで十分では?」


 モルガンは怪訝な顔をする。

 俺のやり方に納得がいかないのか?

 違うな。

 その程度のことで食い下がってこない。

 なにか狙いがあるようだ。


「ときに過ちがあったとしても?」


「ええ。

自分がやろうと他人に任せようと完璧など有り得ません。

大事なのはそれで前に進めるか。

故に、隠蔽いんぺいや責任転嫁は許しません。

それは偽りの現状維持で保身にすぎない。

ロッシ卿はそれをしなかった。

私の登用基準は、能力に加えてそのふたつだけ。

その結果に応じた不都合は、私の責任として処理する。

変えるつもりはありません。

それが出来なくなりそうなら引退します」


 モルガンは慇懃無礼に一礼する。


「そこまでお考えでしたら……私から申し上げることはありません。

ただひとつ気になることがありました」


 俺に前提を言わせてから確認したいことか。


「それは?」


「後ろめたさを払拭ふっしょくするためか……。

ラヴェンナ兵士たちが、アラン王国民にとどまらず……他の民を見下しはじめています。

世界のためと言いつつ、矢面に立っているのはラヴェンナ市民ですからね。

当然の不満なので広まるのも早い。

それは蔑視なり……差別として花開くでしょう。

共に戦っている石版の民にはそこまででも。

ただし彼らは自らの国を持っていません。

そのせいか……どこか見下しているようです」


「目立つほどですか?」


「いいえ。

ただ石版の民は敏感に感じているようです。

そこでベンジャミンがアラン王国民への対処を申しでました。

どうやら汚れ役を担うことで、軽侮を避けたいようです。

汚れ仕事を石版の民に任せて解決ではありません。

今後どうなるか……お分かりですか?」


 蔑視されている人が汚れ仕事をして認めてもらう。

 よくある話だが……。

 それで解決するほど人が立派なら苦労しないよ。

 まあ……人がそこまで立派なら、俺なんぞは息苦しくて仕方ない。


「次はラヴェンナ市民が、石版の民を差別すると?

普通は避けられる業務に従事する人を……避けられる業務と同一視するかのように。

本来……それらを同一視すべきものではありません。

避けられても必要な仕事なら? 相応の敬意が必要です。

崇める必要はありませんがね」


 こればかりは人の本性だから仕方ない。

 生まれ育ちや仕事で人格を規定してしまう。

 そうでなくては縁遠い他人を規定出来ないからだ。

 だが口にして蔑視すれば良い顔はされない。

 これもまた人の性だな。

 だからこそ……本音と建前は社会の潤滑油だ。

 だが本音と建前の乖離かいりが過剰になれば……極めて陰湿で閉鎖的な社会になる。


「御意。

差別が元になる対立は容易に深刻化します。

そうなれば軍が混乱して機能不全を起こしかねません。

しかも石版の民は5000ほど。

包囲に参加しているラヴェンナ兵は15000ほど。

対立すれば無視出来る数ではないでしょう。

そうなったときロッシ卿は自らの責任と考えます。

そうならないよう……ラヴェンナ兵に注意喚起をすべきでは?」


 意外にもチャールズを気遣ったのか。

 だがこの心配は無用だ。

 対立が起こるまで至らない。

 サロモン殿下には追放出来る弾がそこまでないからだ。

 

「心配無用です。

対立が深刻化する前に決着がつきますから。

そもそも敵が自国民を追放など何度も出来ません。

あってもあと1~2回ですよ。

ただ……もう一度することで、敵内部の疑心暗鬼は深まるでしょう」


 本来、追放などの非常手段を選択するなら……。

 選択基準を明確にして1回で済ませるべきだ。

 恐らく口減らしの必要に迫られて……いざというとき戦力にならない老人や女子供を追放したのだろう。

 そしてエベールは『1回で不必要な民のすべてを追放せよ』と主張したはずだ。

 サロモン殿下はそれを躊躇ためらって中途半端な数に押しとどめた。


 だがサロモン殿下の善意は最悪の形で結実する。

 次は自分かもとアラン王国民は疑心暗鬼の虜になるからだ。

 追放されない家族と追放された家族が同じ空間にいれば?

 内部対立さえ招くだろう。

 そうなればアラン王国民の剣は何方どちらに向くか分からない。


 俺が冷酷にアラン王国民を追い払った。

 だからこそ『アラン王国民は俺に味方することはない』と考えたのだろう。


 そう考えると見越してアラン王国民を追い立てたのだ。

 だがアラン王国民にとって俺は敵で、サロモン殿下は味方だ。

 味方からの酷い仕打ちは絶望感か復讐ふくしゅう心となる。


 アラン王国民は、サロモン殿下の首を俺に持っていくことすら考えるだろう。

 もしくはエベールにその恨みが向かう。

 ただし現時点で反抗は不可能だが……サロモン殿下が弱ったとき話が変わる。


 冒険者が侵入してもアラン王国民は見て見ぬフリをするだろう。

 今後を踏まえて協力することも有り得る。

 自分を守らない支配者に従う義理はないからだ。

 冒険者たちにも『俺はアラン王国民を敵視はしていない』と伝えるよう言い含めてある。

 これは追放を見越しての魔法の言葉だ。


 アラン王国民は勝手に都合良く誤解してくれるだろう。

 なにせ余裕と冷静さは比例するからだ。


 そして冒険者たちを害することも考えない。

 俺は冷酷な仕打ちを平然とすると知っている。

 害した結果……俺から敵と見なされ、その後の運命は明らか……と考えるだろう。


 冷酷な判断は中途半端であるほど、自分の首を絞めるだけなのだが……。

 まあ今後どうするか……お手並み拝見といこう。


                  ◆◇◆◇◆


 飢えたアラン王国民が再度押し寄せたのは1回だけ。

 ただし数が増えている。

 8000程度との報告だ。

 これで打ち止めだろうな。


 彼らは例外なく餓死するだろう。

 追放第1陣ですら包囲網とカマルグの間を彷徨った結果、餓死している。

 既にカマルグ内での食糧事情はかなり悪化しているようだ。

 エベール含む上層部が民と同じく食事に不足しているとは思えない。

 敵の内部崩壊はあと少しだ。


 プロバン内部はかなり不和と疑心暗鬼が蔓延しているだろう。

 2度あることは3度……と考えるのが人間なのだ。


 ただそれ以降、敵の妨害がなくなった。

 内部の動揺を抑えるために動けなくなったか。

 それとも初志貫徹して逆包囲をするつもりか。


 クレシダならブーイングを飛ばすお手並みだな。

 俺はなんとも思わなかったが。


 包囲計画をチャールズに話したとき、包囲網の完成前に内と外から挟撃されることを懸念した。

 当然の懸念だ。


 実は計画を練るに先だってパトリックに問い合わせた。

 ゼロの見解を聞きたかったからだ。


 ゼロの回答は明快だった。

 アラン王国内に、魔物が大量にいる場所はない。

 ただプロバンを除いては。

 仮に魔物を産み出すとしてもそれなりに時間がかかるそうだ。


 そこで、第1世代が魔物を産み出すなり集める速度が問題となる。

 此方こちらの包囲戦力は、石版の民を含めて2万弱。

 

 逆包囲するなら最低でも10万は必要だろう。

 ただカマルグ防衛の手際から10万でも足りるか自信を持てないはずだ。

 数で押しつぶすなら20万はほしい。


 そこでサロモン殿下がどこまで我慢出来るか。

 恐らく難しいだろうな。

 つまり予定数まで待てない。

 プロバン城内の動揺が激しいからだ。


 そうなれば連れてくる魔物は最低にも満たない可能性が高い。

 ゼロの計算を元に考えれば……7~8万程度だろうな。


 かくして外周の包囲網が完成する。

 サロモン殿下はそろそろ堪えきれなくなるだろう。

 その前に交代で3日ほど休息を与えることにした。

 突貫工事を頑張ってもらったからな。

 そしてサロモン殿下をあせらせるためでもある。


 休日1日目に、パトリックからホムンクルスが動いたとの報告があった。

 

 やはりサロモン殿下は、此方こちらの様子が見えているらしい。

 ついに我慢出来なくなったか。

 此方こちらの兵が休息十分になっては不都合だ。

 疲れているところを叩くしかない……と考えたのだろう。


 なにもかもがズレている。

 だがサロモン殿下は自覚しているはずだ。

 それでも……どうにもならない。

 ボタンの掛け違えとは、そのようなものだ。

 最初を間違えると、それからどんなに頑張っても解決にならない。

 しかも、取り返しのつかない掛け違えをしてしまったのだ。


 だから乾坤一擲けんこんいってきに賭けたのだろう。

 その乾坤一擲けんこんいってきもベストを尽くしていない。

 尽くせないように仕向けたわけだが。

 

 などと暢気に考えていると『包囲網の外側に多数の敵影を確認した』との報告を受けた。

 休暇を与えて3日目。

 最終日にご到着か。

 かなり急がせたようだな。


 さて……俺も陣幕に籠もっているわけにはいかない。

 士気を高める必要があるからな。


 モルガンもそれを承知しているのか文句を言わなかった。

 陣幕からでると、ヤンとエミールそしてヤンの部下たち400名が待機している。

 

 ヤンは俺を見るなりニヤリと笑った。


「いよいよ本番だな。

どうせ士気を高めるため動くときがあるんだろ?

ただ……そのマントは目立つからな。

あまり無茶はしないでくれよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る