1021話 善意と評判
街道敷設は順調に進んでいる。
バルダッサーレ兄さんとフォブス・ペルサキスに依頼した方面からの敷設も順調と聞いた。
現時点で問題はない。
アラン王国民に動きがあるかと思ったが……。
慎重になっているのか。
そもそも、他人に依存する思考が強いとなれば……なにか考えているのだろう。
モルガンに意見を求めると、俺の想定と一致している。
チャールズに指示をだしておく。
そこまでして前線を押し上げることになった。
これでプロバンとの距離はかなり縮まる。
丁度いいのでパトリックに連絡しよう。
俺のテントに入ってから腕輪を起動する。
「通じていますか?」
俺の前に、死霊術士姿のパトリックが浮かびあがる。
『
なにか動かれたのですか?』
ゼロがある程度察知しているからこその反応だ。
俺の想定通りに動いている。
大変結構なことだ。
「プロバンにいたホムンクルスが一斉に動いたのではありませんか?」
映像のパトリックが一礼する。
図星か。
それでも動いていないとなれば?
相応の問題があったのだろう。
『ご明察。
ゼロも感知しきれないような
ある程度場所が絞り込めればいいのですが……。
あてはありますか?』
クレシダが対策を施してきたのか。
ゼロの感知を妨害出来るとまでは思わなかった。
だが感知出来なくても目星は付けられる。
「魔物を大量に調達できそうな場所ですね。
プロバンを包囲した我々を逆包囲出来る場所だと思います」
映像のパトリックは、腕組みをして考え込む。
『プロバンを中心に等距離……と考えて良さそうですね。
包囲となれば、息を合わせる必要がありますから。
ゼロに探らせましょう。
ただすべてを殲滅するのは難しいかもしれません』
そこまでは期待していない。
そもそも、
「だと思います。
多少なりとも削ってくれれば大助かりですよ。
恐らくあと2カ月以内にはプロバン包囲に着手します。
ホムンクルスたちが動きだすのはそのあたりでしょう」
『随分早いですね。
流石はラヴェンナ軍の土木工事といったところですか』
「彼らは優秀ですから。
余裕をもった見積もりですので、そうそう遅れることはないと思います。
問題は包囲の段階ですよ。
そこで激しい戦いになると思います」
『では準備をしておきましょう』
◆◇◆◇◆
翌日チャールズが兵を率いて出陣した。
そうなればひとつしかない。
アラン王国民が動いたのだろう。
モルガンの想像通り、輸送中の物資を狙ってきたと思われる。
3日後、暇を持て余した俺がヤンとチェスに興じていると、チャールズの副官がやってきた。
チャールズからの報告とのこと。
聞けば内容は予想通りだ。
アラン王国民は襲撃は3回あった。
だが……そのようなことは予想済み。
捕まえて、無理矢理記憶を引きだすよう指示してある。
どうせ違う町に罪をなすり付けるつもりだろうから。
それぞれが別の町から来たかのように偽装し合っていた。
予想通り過ぎて思わず吹きだしたほど滑稽な話だ。
チャールズとしては俺に報告したかったらしい。
ひとつではなく複数の町が攻撃対象になると。
意味のある報告ではない。
単純に破壊する町が増えただけだ。
だからと咎めるつもりはない。
チャールズにとって気の進まない任務であることは間違いないのだ。
俺に報告することで、心理的負担を軽減したいのだろう。
俺は平気だが……ヤンは渋い顔をしている。
「町みっつかぁ……。
どれだけ犠牲者がでるんだろうなぁ」
ヤンは善人だな。
そう思いつつ駒を進める。
「無抵抗で逃げれば数名で済みますよ。
下手に抵抗すれば数百人は殺されるかもしれません。
住民次第ですね。
ロンデックス殿。
手が止まっています」
ヤンは慌てた様子で頭をかく。
「ああ……すまねぇ。
ラヴェンナさまは平気みたいだな」
常人には、きつい判断をするために来たのだ。
そもそも気にならないが。
食料を奪いに来た敵の掃討でしかない。
「私は、皆さんが思うより遙かに異常ですからね。
なんとも思いませんよ。
私がいい人に見えるなら、私が他人から盗むことを嫌っている一点だけです。
アラン王国民は、警告を無視して、食糧を奪いに来た。
働かずに、他人の食い
ヤンは不思議そうな顔で駒を進める。
「やっぱり……俺っちに領主は無理だ。
そこまで奇麗さっぱり割り切れねぇ」
俺が異常なだけだ。
ただし、ヤンが領主に向かないのはたしかだな。
丼勘定でホイホイ援助して大変なことになる。
それを抑えるエミールが過労で早死にするだけだ。
「それはロンデックス殿がマトモだからですよ。
割り切れるほうが人としては異常です」
「ラヴェンナさまが異常なのか?
たしかに普通じゃないしなぁ……。
ああ!! 普通とか異常とか分からなくなってきた。
あ……ズリィ」
ヤンが抗議したのは、俺がヤンのクイーンを取ったからだ。
「珍しく隙だらけでしたね」
ヤンは唇を
「そりゃぁ……あんな難しいことを話されたら考えちまうよ。
やっぱり頭のいい人はズルいぜ。
参ったなぁ……普通は良いけど異常は悪い……って聞いていたからなぁ」
「普通とは、良くも悪くも他人への影響が少ないことです。
異常とはその逆でしてね。
良し悪しではないのですよ。
まあ……社会の安定が善であるなら、普通はいいことです。
ですが、その社会が理不尽な犠牲の上に成り立つものであれば?
しかもそれが限界に来ていたなら、普通を悪とまで断じることは出来ませんが……。
善ではないでしょう。
崩壊を先延ばしするだけですから」
ヤンは頭をかいて駒を置く。
「ラヴェンナさまは変わってるぜ。
だからこそ誰も出来ないことが出来ているわけかぁ。
俺っちも理屈では分かっているんだ。
でもよぉ……武器を持たない連中を殺すなんてなぁ……。
追い払うのが精々だよ。
町まで破壊しろって……徹底しているよなぁ。
普通は尻込みするぜ。
たしかに……やるならそこまでしないとダメなんだよな」
「アラン王国民は、常識を盾に支援を無心してきました。
その常識を尊重しては任務を果たせません。
もし私を思いとどまらせたいなら、各国が支援分を提供する必要があります。
それが出来ないなら、私への口出しを認めませんよ」
ヤンは大きなため息をつく。
「ラヴェンナさまがどれだけ叩かれても俺っちは味方だぜ。
おっと……チェックメイトだ」
また負けた。
どれだけ負けたか数える気がしない。
「参りましたよ。
もう私が相手だと退屈なのでは?」
ヤンは驚いた顔になるがすぐ破顔大笑する。
「いやいや。
こうやって、ラヴェンナさまと
あとは俺っちの勝ち数をゾエに自慢してぇからな。
ええと……数値は苦手だけどよ。
これだけはよく覚えられるぜ。
7敗32勝だな」
普段は数値を覚えないくせに……。
何故細かく覚えているんだ。
「私に勝っても自慢なんて出来ませんよ……」
ヤンはニヤリと笑う。
「それなら、もうちょっと本気をだしてくれよ。
ラヴェンナさまは、他のことばかり考えているから負けるのさ。
凡ミスだらけじゃねぇか」
どうも単純化されたゲームには集中できない。
言い訳に過ぎないが。
◆◇◆◇◆
1週間たった。
俺はヤンと相変わらずチェスをしている。
順調に連敗記録が伸びるだけなのだが……。
モルガンはそれにただただ呆れているようだ。
気持ちは分かる。
俺が他人なら呆れたろうから。
そんなときチャールズが戻ってきた。
平然としているがやや、疲労の色が見える。
精神的なものだな。
「ご苦労さまでした。
気の進まない仕事だったでしょう?」
チャールズは皮肉な笑みを浮かべる。
「気にしなくなった時点で終わりだと思いますけどね。
そこそこの血は流れましたが……大多数はプロバン目指して逃げ散りました。
あとはご指示通り町は破壊済みです」
町を残したのではまた戻ってしまう。
それでは後方が再び脅かされることになるだけだ。
ここまで徹底してやれば、いくらアラン王国民でも現実を直視せざるを得ないだろう。
これから簡単に手出しはしてこない。
それでも懲りずにやって来たら? 殺すだけだ。
「大変結構です」
「ただ
アラン王国民への攻撃や町の破壊は彼らが率先していました。
建国前に邪魔な先住民は排除したいようで……。
調べたところ大ゲネサレ主義とやらの賛同者らしいのです。
今後、頭痛の種になるかと」
本来なら石版の民は町への攻撃には参加させたくなかったのだが……。
そうすれば功績をあげる機会を奪って、建国の約束を反故にするのでは……と疑いだしかねない。
政治的判断で認めるしかなかった。
しかも攻撃命令を下した手前、やりすぎを咎めることは難しい。
話を聞いていたモルガンが渋い顔をする。
「ラヴェンナ卿の明確な指示は、尻込みするラヴェンナ兵を動かすためのものですが……。
それを逆用されてしまいましたか。
ロッシ卿。
石版の民は一枚岩でしたか?」
「いや。
割れている……とまでは言えないが2派に別れている感じだったな。
過激派に穏健派が引きずられたと言ったところだ。
『過去に国を滅ぼされた
1000年以上前の話を持ちだすのはどうも実感が湧かない。
だが石版の民内で、これに対する異論はなかった。
つまり彼らにとっては正しいことなのだろう」
モルガンが腕組みをしてため息をつく。
「過激派が大きな軍功をあげると、主導権を握られる……と恐れた穏健派が後追いをしたと。
少々厄介ですな。
より過激な方向に進んで、ラヴェンナ卿の手綱を食いちぎることも有り得るかと。
攻撃のためにアラン王国民を挑発までしかねません」
ベンジャミンを呼んで話を聞く必要がありそうだな。
「情報を集めてから今後を考えましょう」
チャールズはうなずいたがすぐ怪訝な顔をする。
「ご主君。
石版の民についてはそれでいいですが……アラン王国民に与えた衝撃はかなりのものです。
サロモンは動きますかね」
普通なら動くだろう。
だが普通ではない。
「いえ。
動けません。
私がわざわざ人質をとどめていますからね」
マルク・アランをまだラヴェンナに護送していない。
本人の希望を受け入れて……となっているが俺にとっては渡りに船だ。
だがこの船は、町への攻撃に抗議してくる。
何度却下しても懲りない。
他人任せの善意だが……。
熱意だけは大したものだ。
チャールズは皮肉な笑みを浮かべる。
「マルクがいればサロモンはここを狙いにくい。
それが狙いですか。
相変わらず、ご主君への理解が足りませんな」
「さすがに、町を攻撃されるに至れば悟るでしょう」
モルガンが軽く首をかしげる。
「マルクを人質のようにしていますが……サロモンは最終的に攻撃を決断せざるを得ないでしょう。
その場合、マルクの立場はかなり悪くなります。
形式的善人であるサロモンはそれを考えないのでしょうか?
どうも矛盾している気がしてなりません」
モルガンですら見落とすのか……。
その程度の認識なのだろう。
「たしかに個人の発想と捉えては矛盾だらけです。
では複数の意志があるとしたら?」
モルガンは唇の端を歪める。
「ああ……元同士サン=サーンスがいましたなぁ。
声だけは大きいので、サロモンに迷いが生じたなら……。
押し切られる可能性があります。
なるほど……それで矛盾した行動に思えると。
サロモンがマルクの身を案じても、元同士が攻撃を主張するわけですな。
元同士にとっては、マルクより我が身の可愛さ大事です。
無責任な事柄に関しては、熱意もあって弁もたちますからな。
元同士はさぞ立派に見えるでしょう。
サロモンはそれに抗えるのか……難しいですな。
まったく……初心な馬鹿ほどアレに光を感じるわけです」
チャールズは皮肉な笑みを浮かべる。
「お前さんもそのクチじゃなかったのか?」
「いやはやまったく……汗顔の至りですよ。
私にも初心で馬鹿だった時期があった……ということです」
チャールズはフンと鼻を鳴らした。
「可愛げのない顧問殿だ。
そうなると、敵の意志を探っても意味がないかもしれないな」
敵の意志決定が乱れているのだ。
それを探るより、どう動かれても対応できるようにすべきだろう。
「そうですね。
我々のやることは変わりません」
「ところで……他の町は如何されますか?」
「今まで通りで。
ただ……きっと先々の町はパニックですよ。
逃げだしている人は多いでしょうね」
ヤンが不思議そうに首をかしげる。
「何もしなければ手をださないんだろ?
逃げる必要はないと思うぜ」
俺はモルガンを一瞥する。
「ルルーシュ殿はどう思いますか?」
モルガンは無表情に肩をすくめる。
「ラヴェンナ卿のお考えと同じです。
逃げていった連中は、自分たちから襲ったので攻撃された……と絶対口にしません。
『なにもしていないのに攻撃された』とか……。
『支援を要請したのに、敵と決め付けられて攻撃された』など、あくまで被害者的立場を堅持するでしょう。
噓が噓を呼んで今頃パニックになっていますよ。
先制攻撃を仕掛けてくる可能性にもご留意を」
チャールズは辟易した顔で肩をすくめる。
「なんとも度し難い連中だ。
警戒は怠らないよう命令しよう。
我々はそれで問題ありませんが……。
ご主君には、マルコの抗議を聞かされるご苦労をかけることになります」
「構いませんよ。
一応暇つぶしになりますから」
町を攻撃したと知ったマルコは俺に猛抗議をしてきたのだ。
マルコの根拠は人道であって、俺と話がかみ合わない。
そもそも現在の人間に人道は手に余る。
人道という建前に寄生されるのがオチだ。
しかも寄生する連中の醜さは想像を絶するだろう。
奇麗な建前であるほど醜い連中がすり寄ってくる。
マルコのような善人を看板に押したてて。
俺としてはそれらを相手にする必要はない。
まったく歴代使徒は余計なことを残してくれたものだ。
教会にとっても都合がいいから残したのだろうが。
マルコには話すだけ話させて軽く矛盾を指摘するとそこまでで済む。
狂信者ではなく話の通じるタイプの善人だ。
だが善意を実現するには多大なコストを必要とすることを理解していない。
そもそもコストを理解すると歯切れが悪くなって、不純な善意と思われるのだが。
100人救おうとして、30人しか救えないより……。
限界を見定めて50人を救った場合、前者が称賛される。
助けた人数より、動機が純粋であるか。
それのみが評価対象となる。
最善を尽くして50人しか救えないなら、それは手に余る善意でしかないのだが……。
結局善意とは自己満足でしかない。
善意を施される側が救われるより……施す側が満足することを考える。
俺とは永遠に分かり合えない。
それをマルコが自覚することはないだろう。
自分の善意を否定され、不純そのものだったと気付かされるからだ。
善意の人が善意を否定しては自我を保てない。
本能的に耳を塞ぐだろうな。
馬鹿にしているが……俺の考えが主流派になると、社会は回らないだろう。
そう考えているからこそ、不毛なマルコの抗議を聞いている。
考えるに値する話がでるかもしれないのだ。
◆◇◆◇◆
マウリツィオ・ヴィガーノが、冒険者たちを連れてやって来た。
何れも手練れらしい。
数グループで競わせるとか。
冒険者は良いけど……何故お前まで来るのだ?
いい年だろうに。
だが来てしまったものは仕方ない。
マウリツィオと会うことにする。
「ヴィガーノ殿。
貴方がわざわざ前線にくる必要はないでしょう」
「そうはいきません。
報酬などで揉めるときのために小生が必要なのです。
それに、大元帥ともあろう御方が軽々に冒険者と顔を合わせるわけにはいきません。
ですが冒険者たちは、腕利きであるほどプライドが高い。
相応の地位にあるものが応対しないと臍を曲げてしまうのです
そこでギルドの重鎮たる小生が間に立つ必要があるのですよ。
報酬についても小生が、冒険者の働きを大元帥に伝えられます」
仕方がないな……。
「仕方ありません。
手筈は冒険者に伝えていますか?」
「はい。
報酬についても。
ただ爵位を望む者もおります。
その調整も必要になるかと」
なるほどなぁ……。
ある程度口利きは出来るが、実際の交渉は国任せになる。
金だけで解決するなら楽だが……。
「そのときは頼みます。
それと気にしていると思うのでひとつ。
冒険者たちに、依頼以外の仕事を要求するつもりはありません。
つまり、敵襲があっても、防衛に参加する必要はない。
依頼の遂行のみを考えてくれれば結構です」
下手に負傷して依頼遂行に支障がでても困る。
ラヴェンナ兵なら、担当以外が遊んでいても気にしない。
俺がそれを徹底させている。
冒険者たちが仕事を押しつけられることはないだろう。
「それは助かります」
しかし……腕利きとはいえ、結構な数が来たなぁ。
内乱などで冒険者はかなり減ったはずだ。
それでも集まるとは夢があるのだろうか。
「彼らで参加はすべてですか?」
マウリツィオは意味深な笑みを浮かべる。
「あと2~3パーティーが参加する予定なので、サロモン討伐は問題ないと思われます」
「それほど人気がある依頼ですかね。
報酬は大きいですが……かなりの危険と隣り合わせですよ?」
「冒険者にとって大物狩りは夢ですぞ。
しかも大元帥は、冒険者を対等に扱ってくれると評判になっています。
なにより、契約を厳守して冒険者を下僕と見なさないことが大きい。
これがなによりの安心材料です」
信頼されたり嫌われたり……なにかと俺の評判は忙しいな。
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