1020話 好き嫌い

 道中はなにも起こらず無事前線に到着した。

 チャールズが直々に出迎えてくれたが……不要とも言っていられない。

 本音を言えば不要なんだがなぁ……偉くなると不便なものだよ。


 到着早々チャールズ含む軍首脳陣と顔を合わせる。

 まずチャールズに現状を確認しよう。

 チャールズの報告は簡潔で、大方予定通りに進んでいるとのこと。

 ただ一点……懸念していた問題が起こっていた。


 思わず苦笑してしまう。


「まったく……アラン王国民は偉くなったものです。

私が任命した指揮官を軽視するとは」


 俺たちは解放軍としてきたわけではない。

 それでもアラン王国民は『支援させてやる』と言わんばかりの態度だったようだ。

 門前払いをしても、しつこくやって来る。

 終いには、俺に直訴すれば解決すると考えたらしい。


 同席していたモルガンが辟易した様子で肩をすくめる。


「小型の人間未満トマが量産された結果ですな。

連中は、上位者であれば下位の者になにをしても構わない……と思い込んでいます。

上位者たるラヴェンナ卿に直訴すれば解決する、と確信しているわけです。

ロッシ卿を軽視しているのではなく、最初から眼中にないだけでしょう」


 チャールズを軽視するとは、俺の決定を軽視する意思表示に他ならない。

 普通はそう考える。

 俺を多少なりとも知っていればな。


「思うのは勝手ですよ。

当然従う必要もありませんが」


 チャールズは渋い顔でアゴに手をあてる。


「どうされますか?

兵士に忍耐を強いるのも限界が近いのです」


 たしかに、話の通じない相手に忍耐を強いられるのはかなりのストレスだ。

 真面目な人ほど精神を病んでしまう。

 放置出来ないな。


「敵対行為と見なします。

つまり、軍事的な攻撃対象となりますね」


 チャールズに驚いた様子はない。

 長い付き合いだ。

 俺ならやると想像していたようだ。

 チャールズは珍しくせき払いをする。

 なにか引っかかるのか?


「現状放置している町を攻撃すると?

民を殺すのは気が進みません。

ご命令とあればやりますが」


 攻撃にしてもどこまでを認めるのか、と聞きたいのだろう。

 外壁を壊して脅すのか? 本当に殺してしまうのか?

 明確にしてほしいのだろう。


 俺としても、曖昧な指示をするつもりはない。

 それは低俗な保身で、俺の性分に合わないからだ。


「脅しでは逆上するか都合よく解釈するでしょう。

獣でも分かる表現方法を選択します。

攻撃命令が下ったときは住民を殺害してください。

だからと皆殺しにする必要はありません。

むしろされては困ります。

適度に殺せば、蜘蛛の子を散らすように逃げ散りますよ」


「二度と近寄らせないためには見せしめが効果的と?」


 モルガンは苦笑して肩をすくめる。


「クレシダがアルカディア難民にとった手法ですな。

目の前で殺せば効果覿面です。

実際に殺されると分かってからは従順になりました。

それしかないでしょう」


 モルガンの言葉通り、クレシダの先例を踏襲する。

 ただし従順になられては困る。

 内部に裏切り者予備軍を抱えたままで戦う気などないからだ。


「従わせるなら食わせる義務が生じます。

それは困るのですよ。

だからと放置していたら、此方こちらの物資を奪おうとするでしょうね」


 チャールズは苦笑して肩をすくめる。


「連中……まだ実力行使にまではいたっていませんが……。

物資輸送の馬車を付け狙う集団はいます。

森などの物陰に隠れていますがね。

隙あらば盗むでしょう。

それに平行して……子供を連れてきて、食事を寄越せと言ってきています」


 あの手この手で支援させようとする。

 まあ……連中も生きるのに必死だからな。

 ただ、努力の方向が間違っている。


「食糧を強請ねだる熱意だけは本物ですね。

彼らは痩せこけていますか?」


「かなり痩せています。

念のため斥候に探らせましたが……。

日々の食事にすら不足しているようです。

ロマンのおかげで、既存の耕地は使えません。

新たに開墾をせねばなりませんが……。

開墾用の牛が見当たりません。

ただ牛舎はありました。

とうに食い潰されたのではと。

だからと人力で開墾している様子はありません。

恐らく魔物に開墾をさせていたのでしょう」


「開墾にしても収穫まで待つ必要があるでしょう。

それまではどうしていたのですか?」


「魔物に狩猟採集をさせて食いつないでいたようです。

サロモンがホムンクルスを引き上げてからは、食の確保が止まっているのでしょう。

それならどうして自分たちで食を得ようとしないのか……不思議ですよ」


 モルガンが意味深な笑みを浮かべる。


「それは簡単です。

仮に食を得たとしても隣人に強請ゆすられるか盗まれるからですよ。

自分が損をしても、他人の利益が許せない手合いでしてね。

だから、誰かがはじめるのを待っているのです。

元々アルカディアは、偽使徒からの無限配給で成り立っていました。

それが成立しなくなってからは……上位者が下位者を強制的に働かせていたのです。

ところがサロモンは軽率にも、その階級を撤廃してしまいましたからね。

サロモンは、アラン王国民がアルカディア化したことに思いを馳せなかったのでしょう。

下位者の代わりに魔物を宛がっただけなのですがね。

そこに我々がやって来たので、魔物の代わりと見なした……それだけのことです」


 チャールズは怪訝な顔で腕組みをする。


「それで飢えては、元も子もないだろう」


 モルガンの笑みが深くなる。

 そのような常識は通じないと言いたいのだろう。


「そうは考えません。

元々アラン王国民は、他者に依存する性質が強いのです。

つまり誰かが支援してくれるという願望が、未来の現実となっている。

馬鹿げていると思うでしょうが、現実です。

ラヴェンナ卿に直訴すれば、願望が実現すると考える。

それは……水が高きから低きに流れるように当然……と信じています」


 チャールズは辟易した様子で舌打ちをする。


「願望が事実に転化するのか。

付き合い切れん。

ご主君は、それを見越して攻撃命令を?」


 それだけではないが……。

 理由のひとつだな。


「まあ……そうなりますね。

言葉での意思疎通が図れないなら、原始的な意思疎通手段しかないでしょう?

我々の任務は敵の討伐です。

彼らの支援ではありませんからね。

これは決定事項です」


 モルガンが唇の端を歪める。


「連中の顔色が目に浮かびます。

裏切られたと怒りだして……。

次に責任の押しつけをはじめるでしょう。

だれひとり現実的な解決方法を選択しない。

これが量産された小人間未満トマの救い難いところで」


 連中がどうしようとも知ったことではない。

 思わず含み笑いが漏れる。


「むしろ現実的な解決に向かわれると手間なのですよ。

強請ゆすりに来てくれないとね。

ただし一度は警告してください。

それでも来たら妨害行為と見なして町を攻撃します。

先ほども言いましたが、皆殺しをする必要はありません。

そうそう……敵の本拠地プロバンへの移動は妨げない……とも伝えてください」


 モルガンの目が鋭くなる。


「一体なにをお考えなのですか?」


「別になにも。

どうなると思いますか?」


 モルガンは天を仰いで嘆息する。


「なるほど。

サロモンは魔物で食わずともいいが……民は人間であると。

追い込んで兵糧攻めをするための口実作りですか。

サロモンは、ラヴェンナ卿なら民を支援してくれると信じているでしょうが……見事に裏切られる。

結果……プロバンへの道は白骨街道となり、プロバンは飢餓地獄になるでしょうな。

悪魔の如き所業ですが……大変効率的です。

しかも眉ひとつ動かさずに言ってのける。

なんとも恐ろしい御方ですなぁ……」


「取り繕っても無意味でしょう。

それに、冒険者たちが本拠地に突入する隙を作る必要がありますからね。

そのためにも、兵糧攻めでアラン王国民を揺さぶる必要があります」


 耳の穴に小指を入れていたヤンが驚いた顔をする。


「おいおい……ラヴェンナさま。

そんなことをしていいのかい?

あとでボロクソに叩かれるだろう」


「無関係な他人の意向より、兵士の命が大切です。

私は、死ねと命令するからこそ、最善を尽くす義務があるのですよ。

それに叩かれたとて、如何ほどのことがありますか?

正義の名を借りて他人を叩く行為など、なにもせずに自分を道徳的だと感じる程度に過ぎません。

私を叩く暇があるならアラン王国民を食わせてやればいいでしょう?

しないと断言してもいいですがね」


「俺っちがいうのもなんだけどよぉ……。

ラヴェンナさまは、損な性分をしてるよな」


「私は怠け者でしてね。

このほうが最も楽なのですよ。

なにせ、他人の評判を気にしませんから」


 モルガンはため息交じりに頭をふった。


「本来は、ご自身を軽視するような振る舞いはお諫めするのですが……。

今回に関しては、そう言ってもいられません。

下手な善意は全軍崩壊につながりかねませんからな」


 チャールズは渋い顔で頭をかく。


「ご主君の明言となれば、この意志は貫徹されるだろう。

一体、どれだけのアラン王国民が飢え死にすることやら」


 その点を気にするあたり……チャールズは俺よりずっとマトモだな。

 俺はなにも気にしていない。


「アラン王国民の物資を奪ったなら後ろめたさがありますけどね。

そもそも奪わないのですから。

生きるための努力をしなかった者が死ぬ。

それだけのことですよ」


 そもそも兵糧は俺の私物ではない。

 ただの感傷やいい人ぶりたいからと、勝手に分配出来ないだろう。


                  ◆◇◆◇◆


 サロモン殿下の本拠地プロバンへの街道敷設を進めながら、状況の変化を待っている。

 前線に来たはいいが……なかなかに暇だな。

 アラン王国民も支援を求めてきたが、警告つきで門前払いをしてから動きがない。


 軍幕の中での暇つぶしは、ヤンとチェスをすることだ。

 ヤンから誘ってきたが……ヤンはルールを知らないらしい。

 俺が教えながらになった。

 最初は俺が勝っていたものの……すぐに連敗街道まっしぐら。

 飲み込みが早すぎるって。


 そう思っているとチャールズがやって来た。

 チャールズは盤面を一瞥して苦笑する。


「ご主君はチェスも下手でしたな。

名手に見えるのですがね」


「下手ですよ。

どうも簡略化されたゲームの世界は苦手です。

なにかありましたか?」


「サロモンからの使いが来ています。

マルク・アランと名乗っており、ラヴェンナ卿なら知っているはずだと」


 マルク? 初耳だ。

 だがアラン性か……。


「聞いたことがありませんが……。

アラン性となれば、サロモン殿下の後継者候補なのでしょう。

そんな人物が使いとはねぇ……」


「怪しいので追い返しますか?」


「会いましょう。

ロンデックス殿。

護衛を頼みます」


 ヤンは破顔大笑する。


「おう。

任せとけ」


 会うのはテントではなく屋外だ。

 兵士たちが左右に整列して、俺の隣には、ヤンとモルガンが控える。

 連れてこられたマルクは、青白い顔をした生真面目そうな青年だった。

 全身に漂う陰気な感じが気になるな。


 到底、暗殺をするタイプには思えない。

 俺がヤンを見るとヤンはうなずき返した。

 さて……なんの使いで来たのやら。


「マルク殿。

使いで来たと聞きましたが……。

私にとって時間を割くほどの用件であることを願いますよ」


 さて軽く圧をかけたがどうでるか。

 

 マルクは懐に手を入れる。

 皆は緊張するがヤンは、涼しい顔をしていた。

 なにやら封のされた書状を取す。


「これをラヴェンナ卿にお渡しいただけませんか?」


 ヤンがマルクのところに歩いていって書状を受け取る。

 おもむろに封を解いて中を確認した。

 マルクは一瞬不快な顔をしたがすぐに表情を消す。


 ヤンは頭をかきながら俺のところに戻ってくる。

 護衛に関してはヤンに一任しており、判断も追認すると伝えていた。


「ラヴェンナさま。

問題ないぜ」


 ヤンが書状を差しだしてきた。

 書状を一読する。

 思わず頭をかいてしまう。

 面倒臭い話を持ってきたなぁ……。


「マルク殿。

書状の内容は知っていますか?」


 マルクは項垂うなだれる。


「はい」


 絞りだすような声だな。

 サロモン殿下の書状は、俺にマルクの保護を依頼するものだ。

 ただ自分が勝手にマルクを連れてきており、マルク本人もなんら政治的軍事的な活動をしていない。

 マルクに罪はないし、アラン王国の滅亡に巻き込むつもりはないと。


 以前ゾエを助けたことを恩と思うならば一考してほしい……とも書かれている。

 そこを取引材料に持ちだしてきたか……。


 最後にアラン王国民を頼むと書いてあった。

 これは知らん。


「最後の願いは聞き届けられませんが、マルク殿の保護は引き受けましょう」


 マルクの表情が変わる。


「お待ちください。

それでは、私だけが我が身可愛さに保身を図ったかと思われてしまいます。

大元帥の力であれば、アラン王国民を救うことが可能でしょう!

それが正義ではないのですか?」


 世間体を気にしたのか。

 ありきたりな善良さだな。

 

「私を過大評価されても困ります。

一部を助けることは出来ますが……。

それでもいいなら、マルク殿が選んだ人のみ助けましょう。

ただし……1000人まで。

兵糧は、無限に沸くものではないですから」


 答えは分かっているが……敢えて確認する。

 この返答で本性が計れるだろう。


 マルクは目に見えて狼狽する。


「そんな……不可能です。

誰かを選ぶなんて。

それでは非人道的ではありませんか」


 なんとも予想通り……か。

 

 当然、マルクに自覚はないだろう。

 ただ世間体を気にして良心的であろうとしただけだ。


 この種の善意は虫唾が走る。

 ただし大衆の大好物だ。

 責任の伴わない善意。

 自分に責任が及んだときは口先だけ賛同する小市民的善意だ。

 だからと小市民的善意は侮れない。

 好物だからこそ、厄介なうねりとなる。


 無責任だからこそ他人には、無限の善意を押しつける。

 だが小市民的善意を災厄と決め付けるわけにもいかない。

 この手の善意は強いだけに、物事を動かす力がある。

 冷静で大人な対応では逃げられる問題を動かすことがあるのだ。

 歴史はこの小市民的善意で動くことすらある。

 良くも悪くもだ。


 つまり小市民的善意とは善悪ではなく……俺個人の好き嫌いに過ぎない。

 マルクに好意的印象を抱きようもないが……サロモン殿下の頼みだ。

 ゾエを助けてくれた恩がある。

 政治的コストを必要としないから、俺個人の裁量で願いを聞き届けても差し支えないだろう。

 それ以外の願いは知らん。


「では諦めてください。

差し当たりマルク殿はラヴェンナに移住してもらいましょう。

そうそう……もし私に善意を押しつけたいなら、相応の責任が取れる地位まで出世してください。

出世を軽蔑するなら、その人の意見は社会的に軽視されると肝に銘じるべきです。

社会の扇動は出来ますが……所詮はそれだけ。

健全な発展にはなんら寄与しません。

それに……出世するほど実績を積めば、善意を実現するのになにが必要なのか学べるでしょう。

口先だけで他人に善意を強いるのは感心しませんね」


                  ◆◇◆◇◆


 軍幕に戻る。

 椅子に座って人心地つく。

 俺に着いてきたモルガンは皮肉な笑みを浮かべていた。


「あれでよろしいので?

もうすこし期待を持たせて情報を引きだしてもよろしかったかと」


 サロモン殿下の情報を引きだせと言いたいのだろう。


「政治的軍事的になにもしていないのです。

重要な情報など知らないでしょう。

その程度の情報のために、無責任な善意との駆け引きをするつもりはありません」


「珍しく好き嫌いがでてしまいましたな。

形式上でも聞き取りはすべきです。

これではサロモンと裏取引があったのでは……と讒言の元になりかねません」


 図星をつかれたか……。

 あの手の善意と関わるのを反射的に避けてしまったからなぁ。

 とくに無責任な善意ほど面倒臭いものはない。


「次からは心しておきますよ」


「それなら結構です。

ラヴェンナ卿はマルクを嫌っているようですが……。

あの手合いは、世間からの評判はいいものです。

今後も適度に利用することを考えるべきでしょう。

ところで……マルクがラヴェンナ卿の不快感を刺激したのは、正義と口にしたからですか?

善意の押しつけ程度で嫌いになることはないでしょう。

私からマルクに言い聞かせておきますから」


 うまく表現出来ないが……。

 単純に言えば気に食わないだ。

 それだと説明にはならない。


「正義とは、下着のようなものです。

内に秘めて行動で示すべきもので、口にすべきものではありませんよ。

口にするとは、公衆の面前で下着姿をさらして自分に酔っている変態にしか見えません。

関わりたいと思いませんね」


「ですが正義は大衆の大好物です。

毛嫌いされるのは如何なものかと。

馬鹿と正義は使いようです」


「私から提供するつもりはありませんよ。

それに……私がこの戦いを、正義の戦いとしなかったからこそ、アラン王国民を救わなくて済んでいるでしょう?」


 モルガンは慇懃無礼に一礼する。


「御意。

ですが場合によっては使えることをご考慮ください。

正義を振りかざせば、多くの俗物は口をつぐむのですから。

手間が省けるでしょう?」


「それが足枷になりますよ。

しかも私が軽々に正義を口にするとどうなりますか?

ラヴェンナ市民に流行しかねませんから」


 モルガンが渋い顔でため息をつく。


「軽々にとまでは申しておりませんが……。

まったく……ラヴェンナ卿の正義嫌いは筋金入りのようで。

正義を嫌う統治者など見たことがありません」


「初めてのケースで良かったですね。

それより、今後のことを考えましょう。

今回敵がマルク殿を私に託した件。

どう考えますか?」


「サロモンの為人から考えて勝ち目がないと観念したのでしょう。

マルクを餌にするとは考え難い。

アラン王家の血を絶やしたくなかっただけでは?」


 モルガンがそう考えたのなら問題ない。

 俺の見落としはないようだ。


「それが常識的な考えですね」


「なにか他に心当たりが?」


 諦めたと見せかけて、起死回生の一手を放った気がしている。

 ゼロの存在は知らないだろうが、俺がホムンクルス討伐に関与している程度は考えているだろう。

 だからこそ俺の注意を逸らす必要がある。


「もうひとつ可能性が。

マルク殿に注意をひきつけて、なにか企む可能性はあるでしょう」


 俺が予測された事態を説明する。

 モルガンが興味深そうに目を細めた。


「ほう……その発想はありませんでした。

サロモンも、ただの善人から脱皮したということですか。

ただマルクについてどう考えているのか……ここが問題ですな」


「恐らく、敵は私がアラン王国民を助けると思っていたのでしょう。

そのアテが外れてしまった。

ここで私に打撃を与えることで、アラン王国民への配慮を求めるつもりでしょう。

そのときには、マルク殿を神輿にするとでも期待しているのでは?」


此方こちらの兵力が減少すると、反乱を恐れてアラン王国民をなだめる方針に舵を切ると?

ラヴェンナ卿がそうするとは思えませんが……。

少々疑わしいですな」


「あくまで可能性の話です。

ただ、このままなにもせず滅ぼされるような真似は出来ないでしょう。

私がアラン王国民を支援すれば違ったでしょうけどね」


 モルガンは腕を組んで嘆息する。


「サロモンの乾坤一擲けんこんいってきによる被害と……。

アラン王国民を支援することによる損失。

何方どちらが大きいのでしょうかね」


 どれだけの被害になるか分からないのだ。

 一概に比較は出来ないし、結果論からの逆算も無意味だろう。


「意味のない比較ですね。

こうなることを、最初の段階で予想出来なかったですから。

今回のマルク殿がやって来たことで方針が見えてきただけです」


「たしかに現時点でようやく分かった話ですな。

人は、往々にして結果論から後悔しますがね」


 思わず苦笑してしまう。

 人情としては理解出来るが、俺はその種の後悔を嫌っている。


「結果論からの後悔ほど、無意味な後悔はありませんよ。

コイントスで、表か裏何方どちらかに賭けて……負けたとします。

あのとき裏に賭ければ良かった……と後悔するようなものですよ。

次の賭けに生かせるわけもないでしょう?

賭けに乗るかどうかなら後悔してもいいですがね」


 モルガンは声を立てずに笑う。

 俺の言いぶりが気に入ったようだ。


「なるほど。

憎たらしいほど冷静ですな。

どおりでラヴェンナ卿は、賭けがお嫌いなはずだ」

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