1019話 魂の迷宮と破滅の精霊

 ニヤニヤ笑っているラヴェンナに、『ゆっくり死ね』といいたい気持ちを抑える。


「それで……なんの用件だ?」


 ラヴェンナは、いかにも心外だと言わんばかりだ。


「あら? ママの心配していたでしょ。

サービスよサービス」


 ミルは微妙な表情だ。

 俺が心配して嬉しいのと心配をかけているのでは? という感情で困惑しているらしい。

 ここを突っ込むのは野暮だ。


「それはそうだがなぁ……」


 ラヴェンナは舌をペロリとだす。


「ああゴメンゴメン。

ママが積極的なのはふたりきりのときだけだったね。

淡泊で奥手に見えるけどそれは表の……。

と……揶揄っても間が持てないわねぇ。

ひとつ教えてあげる。

パパが面倒だと思っている人の話」


 ミルがラヴェンナをすごい顔で睨んでいたが……諦めた様子でため息をつく。

 気持ちは分かる。

 このおしゃべりは誰から引き継いだのだ?

 

 ミルが黙って俺に少しよってきた。

 俺は黙って、テーブルの下で、ミルの手を握る。

 ミルの目が細くなったのでご期待に応えられたらしい。

 

 それとは別に、ラヴェンナの相手もしないとなぁ……。

 折角教えてくれると言っているのだ。


「ファルネーゼ卿か」


 ラヴェンナは、意味ありげな笑みでうなずく。


「名前までは知らないけどね。

ファルネーゼ卿っていうんだ。

パパの懸念通り……あれは、俗にいう生まれ変わりよ。

なんの生まれ変わりかまでは分からないけどね」


 つまり転生は本当ってことか。

 ひとりで納得しかかったが……。

 ミルが俺の手を強く握り返してきた。

 細腕なのに妙に力強いんだよなぁ……。


 ミルはジト目で俺を睨む。


「ファルネーゼ卿が転生?

意味が分からなんだけど……。

アル……またなにか隠している?」


 隠しているわけではない。

 ただ、この話を手紙に書くわけにもいかない。


「いや。

オフェリーが言い出したことでさ……。

ファルネーゼ卿が廃教皇の生まれ変わりじゃないかって」


「ちょっと詳しく教えてくれる?」


 これは、洗いざらい吐かないと許してくれないパターンだ。

 そこで、オフェリーから聞いた話を伝える。

 ミルは握る力を弱めてくれた。

 納得してくれたらしい。


 思えば、キアラを引きずったりオフェリーを俺から引き剝がしたりと……。

 ミルは力が強い。

 あの細腕でどこから力がでるのやら。

 俺の失礼な思いを知らないまま……ミルは首をかしげる。


「うーん。

キアラからは、そんな話を聞かされたけど……。

生まれ変わりって、そう頻繁に起こるの?

実は知られていないだけ?」


 ミルは、キアラから転生について打ち明けられたと言っていたな。

 ミルは常識人で温和に見えるが、生まれ育ちのせいでかなり醒めている。

 キアラが、ミルはカルメンより醒めていると言っていたくらいだ。

 態度にはださないが、人の言葉を簡単に信じない。

 ミルが無条件で信じるのは、俺とキアラだけと聞いた。

 シルヴァーナは親友だが、話を盛る悪癖があるので……話半分で聞いていると言っていたな。

 ただ……政治をするにあたって、そのような姿勢は問題となるの。

 だから割り切って信じるように振る舞っているとも。

 そのくらい慎重なので、後事を託せるわけだ。


 ラヴェンナは指をチッチとふる。

 なんか偉そうだな。

 もしかして、俺が教師然として偉そうなのってこんな感じだからか?

 十分有り得る。

 ラヴェンナは、俺の性質を半分継いでいるからだ。

 反省しよう……多分明日には忘れていると思うが。


「普通ないわよ。

1万人にひとり程度かな。

仮に生まれ変わっても、それを自覚出来るのはさらに減るのよ。

実質100万人にひとり程度かな」


 ミルは疑わしげに首をひねっている。

 普通そう考えるよな。


「じゃあ……ファルネーゼ卿が、その100万人にひとりってこと?

疑うわけじゃないけど……。

なんか都合がよすぎると思うわ。

まるで運命が、アルの邪魔をしているみたい」


 ラヴェンナは意味深な笑みを浮かべる。


「そう考えるのも無理ないわ。

今の話は、平時に限った話。

使徒ユウだっけ?

あれを呼びだした存在がいたんだけどね。

ああ……それはもう消滅しているから安心して」


 ミルは心底安堵あんどした様子でため息をつく。


「よかった。

あんな思いはもうゴリゴリだからね。

あれで『私の寿命が100年以上は縮んだ』ってエルフたちから散々言われたんだから」


 そう聞くとなんか、俺が悪いことをした気になる。

 だが、あのときは他に選択肢がなかったんだよ。

 ラヴェンナは苦笑して肩をすくめる。


「100年程度いいじゃない。

それ以上に、価値のある時間をパパからもらっているんだから。

そうそう……パパは知っているかしら?

ママは、エルフたちから寿命が縮むって心配されていること。

このままだとあと200年程度しか生きられないかもってね。

でもママは『ただ生きるより、パパといる時間のほうが貴重よ』って惚気のろける始末でね。

結婚して何年目よ」


 ラヴェンナが知っているとなれば、公衆の面前で堂々と言い放ったのか。

 ミルは顔を赤くしてラヴェンナを睨む。


「ちょっと!!」


 エルフたちが『都市に住むようになれば確実に寿命は縮まる』と言っていたな。

 いくらラヴェンナ内に静寂な空間を提供しても、森の奥とでは違いすぎる。

 面白いことに、寿命が縮む代わりに出生率が跳ねあがったとも聞いた。

 だから総人口は変わらないと。

 これも生命の不思議というヤツだろうか。


 ……と思っていたらミルに肘鉄を食らう。

 惚気のろけている光景を想像していたと思われたらしい。


 それを見たラヴェンナの笑みが深くなる。


「ハイハイ。

なんで消滅したかはいろいろあってね。

ママが聞くと不快になる話だから飛ばすわよ。

転生の話に戻すわ。

あの使徒ユウは転生によって生まれたけど……いきなりポンとは出来ないのよ。

指を鳴らすだけ出来るのは幻影が限度。

実体を伴う転生には、相応の時間がかかるの。

ここまではいいかしら?」


 ミルは分かっていない顔でうなずく。


「ええ……」


 たしか……魂の泉と肉体がつながることによって生命が誕生する……だったな。

 悪霊は、そこに割り込んで転生先を選択する。

 だからこそ、魂の泉と肉体の中間地点を不安定化させたのだろう。

 地盤をもろくするような感じかもしれない。

 狙った道を作って転生させるわけだ。


 ラヴェンナは、俺を一瞥して苦笑する。

 つまり、悪霊が俺を転生させるために不安定化させた……と言いたいのだろう。


「肝心なのは……生命がを通過して生まれるってこと。

は、私の考えた言葉ね。

ただ物質ではないから……概念的なものとして捉えて」


 ミルは目を白黒させている。


「分からないけど……続けて」


「迷宮を不安定化させると、転生対象以外に様々な不都合が起こるのよ。

たとえば……男として生まれるはずの魂が、女の体にはいったりとか。

魂の時点で、男か女か決まっていて……普通は、性別固有の迷宮に入るのだけど……。

迷宮が不安定化すると、男専用と女専用が迷宮の中でつながってしまうとかね」


「それって大変じゃない?

普段は起こらないの?」


「稀に起こるわ。

転生よりずっと確率は大きいけど……1000人にひとり程度かな。

ただ、そうなっても大体は、迷宮を通過する時点で性別が変わるけどね。

妙に女性的な男とか、男のような性格をしている女性がこのタイプよ。

ただ変わらなければ……性別不合に苦しむでしょうね。

不安定になると、性別の変化が効きにくくなるの。

だから探せば、結構な数いるでしょうけど……詮索はお勧めしないわ」


 性別不合かぁ……。

 ミルは微妙な顔でうなずいた。


「分かっているわよ。

他人の秘密なんて詮索する趣味なんてないから。

いいことなしね」


「それだけじゃなくて、精神的に異常な人も生まれがちよ。

当然……天才も生まれやすいわね。

本来は、洞窟を抜ける間に肥大化した魂は削られるはずなのよ。

それで大体は社会で生きていきやすい形になるわね。

似た大きさと似た形で人の社会は作られるから。

不安定になると、その大きさや形も一定しないのよ。

魂が違う大きさや形の人は社会から弾かれるわ。

まあ……迷惑な話よ」


 ミルは小さなため息をつく。

 原理を理解出来ずとも、社会で生きづらい人が増えることだけは理解したのだろう。


「なんか怖いわね。

それで……不安定になると生まれ変わる確率も増えるってことよね?」


 ラヴェンナは偉そうにうなずく。


「ご名答。

1000倍ほど率は上昇するかな。

言っておくけど……偽使徒を呼びだすのに2~30年程度準備がいるのよ。

呼びだす前後に率があがるわ。

キアラママたちが転生出来たのもそのおかげね」


 ん? 妙だな。

 たしか死んだのが第5使徒のときだ。

 それなら、第6使徒のときに生まれるべきだろう。


 と思ったら……ミルも怪訝な顔をしている。


「待って。

キアラの話を詳しく聞いていないけど……。

前世はずっと前だったでしょ?

時間が違わない?」


 ラヴェンナはチッチと指をふった。


「あれは不完全な術式で、転生のルートだけ確保出来たのよ。

迷宮の中と出口までしか作れていないの。

入り口がないから転生まで至らなかっただけね。

しかも5人分だからさらに難しくなっていてね……。

おまけに魂の大きさも通常よりずっと大きいの。

だからキアラママたちって、かなり変わった人ばかりでしょ?」


 ミルは引きった笑みを浮かべる。

 まあ……ディミトゥラ王女以外は変人揃いなのだろう。

 しもかしたらディミトゥラ王女も同類かもしれないが……。


「まあ……でも、ちょっと個性的な程度でしょ。

あ……カルメンはかなり個性的かな……」


 ミルはわざわざ言い換えたな。


 そう言えばミルに教わった。

 女性が、友人知人の同性を変と表現した場合……大体においてとがりすぎている。

 わりとヤバメで攻撃的だから注意したほうがいいと。

 カルメンも、『変な子なら可愛い程度だ、と手をだした揚げ句……痛い目を見た男は数知れず』と言っていたな。


 俺の代わりに、細かい点まで聞いてくれるのはありがたい。


「今回偶々たまたま転生出来たってところかな。

運が悪ければ出来ずじまいよ」


「それって、魂がずっと待っていたってこと?」


 ラヴェンナは面倒臭そうに髪をかきあげる。


「ママってほんとパパに似てきたわね……。

無駄に細かいわよ。

まあいいわ。

普通の誕生は、新築の家に入居する感じ。

死んだら、その家もなくなるわ。

転生は、古い家に入居するの。

家の間取りは前世の個性や記憶に該当するから、それに順応する感じね。

入居者自体は別物よ」


「そうなんだ……。

じゃあキアラたちは、正しい意味で生まれ変わりじゃないのね」


「そうよ。

生まれる魂には、多少の個性はあっても殆ど無色よ。

本来なら、環境で家を広げていく感じかな。

最初から出来ていれば作る必要はないでしょ?

でもまあ……正しい定義なんて不要だと思うからね。

キアラママはキアラママよ」


「そうね。

ああゴメン。

なんか細かい所を気にしちゃったわ」


 ラヴェンナは俺をジト目で睨む。


「ママはパパに似るからね。

諸悪の根源はパパでいいわよ」


 ミルとラヴェンナは、顔を見合わせて笑う。


「大雑把でいい加減なアルなんて想像出来ないから……いいのよ」


「それもそうね。

そもそも転生したとしてもまるっきり、前世と同じ人格にならないわ。

環境によって変わるから。

前世とまったく異なる性格になることがあるのよ。

たとえば……そうねぇ。

キアラママの前世は極度の男嫌いよ。

ところが……パパだけ例外になったのは、紛れもなく歩んできた人生の影響よ。

おかげで、パパに執着すること常軌を逸しているの。

だから、下手に別の男と結婚させようとしたら自殺すると思うわ」


 初耳だが……。

 ますます結婚しろなんて言えないな。

 ミルは驚いて口に手をあてる。


「ええっ!?

じゃあ、アルに執着しているのって男嫌いが関係しているの?」


「だと思うわ。

キアラママにとって異性を意識するのはこの世でパパひとりだけ。

他の男は、仕事の付き合いをするけどそれ以上は踏み込ませない。

キアラママの話はここまでね。

話を戻すけど、そのファルネーゼって人が転生したのは迷宮が不安定になっているからよ。

ただ……そんな人がパパと同じ国に生まれたのは、パパが単純にってだけじゃない?」


 まるで俺が面倒臭い連中を呼んでいるかのような表現はやめろ。

 気分が滅入るじゃないか。


「そんな持っているは要らん」


 ラヴェンナはジト目で俺を睨む。


「諦めてよ。

まあ……もしかしたら、使徒の転生先の候補だった可能性はあるけどね。

どれだけ、前世の記憶を引き継いでいるか分からないけど……。

ただ虚無感だけは感じられたわ」


 これは使徒ユウの話ではないな。

 俺のことを言っている。

 つまり選択次第では、イザイアに転生していた可能性もあるのか。

 結局俺のせいかよ。

 このことは、深く考えないにしよう。


「分かった。

オフェリーに廃教皇の話を探ってもらおう。

プリュタニスに対応を任せているが、情報を与えても損はないだろう」


 ミルは、なにか思い出したような顔になる。


「あ……そうだ。

ラヴェンナに聞きたいことがあるの」


 ラヴェンナは軽く手をふって、拒絶のポーズを取る。


「分かっているわ。

地震の件は、仮に予知出来ても教えられないわよ。

理由は分かる?」


 ミルは困惑顔だ。

 助け船をだすか。

 人に頼らない予知は危険なんだ。


「常に予知出来るとしても伝える相手がいるかどうか。

いたとしても頼りきりになる。

予知出来ないときや外れたときの反動も大きい。

有益なことはなにひとつないからだろう」


「流石パパ。

そのとおりよ」


 ミルは、小さなため息をついた。


「アルならそういうと思ったわ……。

仕方ないわね」


「たとえ災害でも、人が考えるべき問題さ。

ラヴェンナの神格上、依存するようなことは出来ないしな」


 ミルは珍しく、意地悪な笑みを浮かべる。


「じゃあ……この件についてラヴェンナは役立たず?」


 ラヴェンナはジト目でミルを睨む。


「ママ……接吻の邪魔アレを根に持っているわね。

いやいや。

ちゃんと仕事しているわよ。

むしろ大忙し。

今回だってやっと時間が取れたんだから。

アイテールからどれだけ催促されたと思っているのよ……」


 アイテールは知らんぷりでエテルニタたちをモフっている。

 故意に無視したのではなくモフることに夢中のようだ。

 ラヴェンナは小さなため息をつく。


「だめだ……聞いてないし。

まあいいわ。

人は天災に遭うと気持ちが滅入るでしょ?」


 つまり……被災者への精神的なケアか?


「そうだな。

楽しいのはそれを食い物にする連中くらいだ」


 ラヴェンナは肩をすくめる。


「それだけなら屑人間だけの問題だからいいんだけどね。

問題はなのよ」


 ミルが怪訝な顔をする。

 俺も初耳だ。


「破滅の精霊?

聞いたことないわ」


「それはそうよ。

存在を知られていないもの。

精霊ね」


「人間を破滅させるの?

ますます意味不明だわ」


 ラヴェンナはフンスと胸をはった。


「ほら……社会に適応出来なかったり、適当な理由で世の中が嫌になっている人って必ずいるでしょ?

そんな人たちの念によって生まれる存在よ。

だから争いが起きているところだと弱くなるけど、平和なときには強くなるの。

ひとつの方向性がないから意志を持たないけどね」


「世を恨んだりするのも内容は人それぞれだからなぁ……。

ただ念だけは強いから精霊化するわけだ」


「ご名答」


 ミルは怪訝な顔で首をかしげる。


「争いが起きているときには弱まるの?

普通逆じゃない?」


「違うわ。

争いが起きているときは、世を恨む暇なんてないし……。

戦時は自殺が少ないのよ。

戦後になると自殺は急増するの。

戦時中はなんとなく社会に参加している気になれるから。

敵を憎むことに忙しいし……憎んでいる間は仲間意識が強くなるのよ。

当然、斜に構えて世を恨む人もいるけど……数は少なくてね。

平時だと憎む対象が世の中になるし、社会から疎外された気になる人が増えるのよ」


 まあ社会から孤立していると感じたら人は病みやすいからな。

 世を恨む心が生みだす精霊か。


 こればかりはどうにもならないな。


「それで、破滅の精霊はなにをするんだ?

ろくでもないことはだけは分かる」


「他責思考が精霊化したものだからね。

まず攻撃衝動が強くなるわね。

それが自分に向かうと絶望して自殺してしまうし……。

他人に向かうときは……一見最もらしい理由をつけて攻撃するわね。

破滅の精霊は常に飢えているのよ。

だからなにかに執着することもあるわ。

それが他人の所有物であっても他人でもお構いなし。

さらに悪化すると殺しにまでいくわ。

そのときは意味不明な理屈をこね回して自己の正当化をするかな。

自分が悪いことをしている……なんて夢にも思わないわよ。

あとは……殺されるために無差別に人を殺す衝動に支配されるのもいるわ。

他責思考に取り憑かれて自棄になっているなら、静かに自殺なんて出来ないもの。

それによって、破滅の精霊はますます強大になるわ。

精霊の支配を脱するのは難しいし……。

一度浄化しても念は無尽蔵に沸いてくるからまた精霊化する。

厄介なヤツよ」


「つまり……社会がある限り発生し続けるわけか」


「そう。

それでね。

天災に遭った人たちは、破滅の精霊に取り憑かれやすくなるわ。

理不尽な被害に遭っても……天命だと平気なのはパパくらいでしょ。

普通の人は嘆き悲しむけど……。

なにかを恨んでしまう人のほうが多いわ。

しかも元々破滅の精霊に取り憑かれている人が、被災地に吸い寄せられるの。

これが普通の屑と見分けがつきにくくてね……。

なんで吸い寄せられるかって言えば……被災者を食い物にするから、被災者に恨まれる。

取り憑かれている人を恨むと、破滅の精霊に取り憑かれるからよ。

つまり破滅の精霊が自分を強くするために操ると思って。

そこで私の出番よ。

破滅の精霊に人々が取り憑かれることを防いでいるの。

だからラヴェンナで被災者を食い物にしているのは只の屑だし、その屑を恨んでも取り憑かれないわ。

でもね……これがなかなか大変なのよ」


 霊的な話ならラヴェンナの領分だ。

 それにしても破滅の精霊か。

 未来ではさぞかし強くなるのだろう。


「一応聞くけど浄化はどうやるんだ?」


「浄化は、別の霊的存在に消してもらうか……。

私とか折居とかバランね。

最悪面倒だったら、その領域に大量のエルフ殺しを置けばいいんじゃない?

匂いは壮絶だけど効果覿面よ。

あれは折居の力を強く引きだすから」


 ミルはジト目でラヴェンナを睨む。


「あのねぇ……。

別の意味で人が住めなくなるわよ」


「冗談よ。

あとは霊的な波長が異なる……。

そうねぇ……別世界の人間を大量に住ませることかな。

別世界って、元々隔てられていた世界の人ね。

山を越えてきた人たちがいたでしょ?」


「そんな人たちを住ませて平気なの?」


「精霊がどれだけ干渉しようとしても、言葉が通じないからなにも出来ない感じ。

しかも別世界の人は、別世界の神様から加護を受けているからね。

ただし別世界の破滅の精霊が生まれる可能性はあるわ」


「それもまた厄介だなぁ……」


 エテルニタたちをモフっていたアイテールの動きが止まる。


「別世界で思いだしたがのぅ……。

われの領域に、別世界の冒険者らしき者たちが踏み込んできたのぅ。

大方ドラゴンの噂を聞いた連中が財宝を狙ったのだろう」


 今度はそっちかよ。

 勘弁してくれ……。


 ラヴェンナは苦笑して肩をすくめる。


「アイテールは、財宝を溜め込まないタイプなのにねぇ……。

ご苦労なことね」


 アイテールは可能なら大量の猫を巣穴で育てそうだ。

 ただ実態は巨大で下手をすれば踏み潰しかねない。

 鼻息ひとつで吹き飛ぶだろうし……。

 こうやって幻体にならないと猫を可愛がれない。

 アイテールは残念がっていたな。

 俺がいうのもなんだが……変なドラゴンだ。


「それでどうしたのですか?」


 エテルニタが突然、抗議の泣き声をあげる。


 『みゃ~』


 アイテールは、目を細めてモフモフを再開する。

 エテルニタは満足気にゴロゴロと喉を鳴らす。


「おお……相済まぬのう

姿を見せても厄介だからの。

幻術で道に迷わせた。

雪山で野垂れ死んだぞえ。

炎の鉤爪は不服なようだったが……。

姿を見せたが最後執拗しつように狙ってくるであろう」


 アイテールが後見している幼龍だったな。

 たしかに彼なら蹴散らすほうを望みそうだ。


「彼は血気盛んですからね。

此方こちらでも、対処を考えないといけません。

好き勝手に入り込まれても面倒です」


ともがらとの盟約外のこと。

手を煩わせるに及ばぬ」


 そうはいかない。

 安全保障的にも不味いのだ。


「いえ。

活動を黙認していけば次は山中に拠点を作りかねません。

その次は侵略です。

私のためにやるので気にしないでください」


 アイテールは暫し考えたあとで小さく肩をすくめる。


「仕方ないのう。

借りにしておくとしよう」


「それなら、エテルニタたちを守護してください。

それでチャラにしましょう」


「言われるまでもなく守護しておるわ。

それでは借りを返したことにならぬ。

だが、ともがらの争いに助力はあたわず。

同胞の領域ではないが通過することになるからのぅ。

半魔のときは、悪臭が酷くて譲歩してくれたが……。

なにか考えておこう」


 ミルは微妙な顔になる。

 なんかアイテールに助力でも期待しているのか?


「もしかして……別世界のドラゴンも財宝を溜め込んでいるのかしら?」


 違った。

 素朴な疑問だ。


「然り。

ここ2000年近く交流がない故……古い話ぞえ。

使徒なる害悪が跋扈するようになってからは途絶えておる。

むむ……腹が立つことまで思いだしてしまったわ」


 アイテールの目が鋭くなった。

 ミルが驚いた顔になる。

 そりゃそうだろう。

 このようなアイテールは見たことがない。

 それでもエテルニタたちが動じないのは、かなり感情を押さえているからなのだろう。


「ええと……なにか問題でもあったのですか?」


 アイテールは強くうなずいた。


「よう聞いてくれた。

第5世界のドラゴンは、我らをとほざきおったわ

己は の分際でだ。

これを見よ」


 アイテールが空中を一瞥すると、細長い龍が浮かびあがる。

 これは中国の龍か……たしかに細長い。

 美的感覚の違いだなぁ……。

 ここの第5世界は、中国のような土地かもしれないな。

 これはこれでアリだと思うが……迂闊なことは言えない。


「な……なるほど」


「相済まぬ。

まったく、彼奴らの美的感覚のなさは同族と思われとうない。

まあよい。

第5世界とは距離が離れておる。

もう出会うこともあるまい」


 ラヴェンナは苦笑しつつ髪をかきあげる。


「そう願うわ。

神ほど距離を無視出来るわけじゃないからね。

その分、現実世界での力を振るえるけど」


 離れているとなれば……かなりの距離があるのだろう。

 将来的な接触の可能性はあるだろうが……。

 ドラゴン同士の喧嘩なんて洒落にならないぞ。

 マジで勘弁してほしい。

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