1006話 ありきたりな陰謀

 モルガンは、モーリスの手伝いのためルテティアに向かった。


 手伝いだけではない。

 裁判に持ち込むのはいいが、ひとつだけ懸念があったのだ。

 対策を練らせる必要がある。


 モルガンは去り際に『私が不在の間羽目を外さないように』ときたもんだ。

 俺は曖昧な苦笑しか出来なかった。


 パトリックが戻ってきたので早速会うことにした。


 攻撃対象の選択が変わった疑問についての回答が得られる。

 俺の想像通り、オベリスクに向けて魔物を動かしていた。

 ゼロ曰く『かなりの魔力を要するので濫用は出来ないだろう』とのことだ。

 つまり濫用可能となる。

 その条件についてゼロは回答を差し控えた。

 パトリックが問い詰めても答えない。

 なにか考えがあるようだ。


 別に問題はない。

 方針を変えたからな。


 街道敷設が本格的に始まるとサロモン殿下は、そこを狙うしかなくなる。

 そのときはホムンクルスを動かさざるを得ないだろう。


 それ以外に、現時点で報告出来る情報はないようだ。

 ただ再び、ゼロのところに向かう許可を求められた。

 ゼロからホムンクルスが動き出したときのために助力を求められたらしい。

 

 それはいいのだが……。

 パトリックの助言が欲しいときはあるからなぁ。


 そこまでしてやるのもどうかと思う。

 を伏せてきたのだ。


 俺が考え込むとパトリックは、マジックアイテムを目の前に置いた。

 腕輪のようだ。

 真ん中にダイヤルがついている。

 あとはボタンか。

 なんとなく分かるが……。


「これは?」


「アルフレードさまが許可されるか難しい……とゼロに伝えたのです。

サロモン討伐の助言が私にとって主たる任務ですからね。

翌日、ゼロからこれを渡されました。

即席で作った通信用のマジックアイテムだそうです」


「即席で?」


「そのようですね。

それだけ、私の助力を欲しているのでしょう。

これは、通常とは若干異なる魔力を使うためサロモンにも感知されないとのことです。

理解出来なかったので、そのまま伝えますよ。

『通常の魔力は低から高の帯域を使う。

魔力感知はこの帯域内を探るものなので、極低域の魔力帯を使用すれば見つかることはない』

だそうです。

高域魔力は威力が強いものの……有効距離は短く、遮蔽しゃへい物に阻害される。

低域魔力は威力が弱いものの……有効距離は長く、遮蔽しゃへい物を貫通するとか。

なにがなにやら……」


 考えるのは楽しいが……いまはやめておこう。


「私も理解出来ませんよ。

それより使い方ですが……」


 パトリックは苦笑して肩をすくめる。


「まあ……理解したら驚きですよ。

このボタンを押せば通話開始。

あとは、通話の調子が悪ければ、このダイヤルで微調整だそうです。

相手から通話が来たときはボタンが光りました。

急いだので、原始的な作りになったとのことです」


「オニーシム殿に見せたいですね」


 パトリックは懐から紙を取り出す。


「そうおっしゃると思い、設計図を預かってきました。

『本来現地民に技術伝授は禁じられているが、なにより最終任務の遂行が優先される。

しかも原始的な技術であれば違反に抵触するかは曖昧なところ。

優先すべき任務に資するのであれば、原始的な技術にかぎり伝授は許可される』

と自分の判断で決めたそうです。

どうも私の話から、アルフレードさまの為人を分析したらしいですね。

ここまですれば許可を期待出来ると。

『人格は極めて複雑で現地民らしくない。

創造主に近いが、道徳に支配されず道徳を支配している。

極めて不可解な人柄』

そう言っていました。

妙に人間らしい苦笑でしたけど、それも学習された結果かと思うと、なんとも複雑な気分でしたよ」


「人だって学習して生きていますからね。

気にしなければ……差など分からないでしょう。

だからと、ホムンクルスを人として扱うのかは別の問題ですが。

この話はいいでしょう。

実現するにしても、遠い未来の話です。

それなら、安価かつ入手しやすい奴隷で事足りますから」


 パトリックは、怪訝な顔になる。


「珍しく理解出来ないお答えですね。

どうされますか?」


 しまった……つい関係のない話をして混乱させてしまった。


「済みません。

話が先走りすぎました。

ホムンクルスをどう扱うかの話ですよ。

ゼロの要請には応えます。

クノー殿もそうしたいでしょうから。

それで街道敷設の進捗しんちょくを伝えればいいですか?」


 パトリックは安堵あんどして表情を緩めた。

 俺が許可するか自信がなかったようだ。


「有り難うございます。

それで結構ですよ。

あと通信機について補足を。

身につけることで動作しますが……外しても1日程度は通信可能です。

個人差はありますが、3時間ほど身につければ1日分の魔力が充塡じゅうてんされるとか」


 随分便利だな。

 技術力の差は凄まじい。

 ただすこし気になるな。


「6時間で2日とはなりませんか?」


「即興で作ったので、そこまでの機能はありません。

最大で1日半だとか。

あと、装着することによる疲労はほぼ皆無です」


 利便性に配慮してか。

 これで原始的となれば、本格的なものはどうなるのやら……。


「なんとも便利ですねぇ」


「まず私が実際に使ってみせます。

ゼロと話せるようになっていますので」


 動作しなかったら問題だしな。

 パトリックがまず人柱になるのも当然の配慮か。

 俺は気にしないが……皆は黙っていないからなぁ……。


「お願いします」


 パトリックが腕輪を身につけてボタンを押す。

 すると2-3秒後に、パトリックの前に映像が浮かびあがる。


 服装は奇妙だが美人だな。


 これがゼロか。

 異世界人の美意識は俺たちとそう変わらないようだ。

 まあ……そうだよな。

 連中が俺たちを作ったのだ。


 『こちらゼロ』


 パトリックがうなずく。


「許可が頂けた。

これから、其方そちらに向かう」


『お待ちしています。

それより貴方の主人と話せますか?

契約が成立したので、伝えたいことがあります』


 パトリックは偽名で接していたな。

 通信で偽名を呼ばないように……と注文をつけたのだろう。

 ここで暴露する必要はないからな。


「アルフレードさま。

よろしいですか?」


「構いませんよ」


 パトリックは、腕輪を外して俺に差しだした。

 腕輪を受け取って身につける。

 たしかに疲労感はない。

 オニーシム製はやや疲労を感じるからな。

 設計図を送るのが楽しみだ。

 

 映像のゼロが深々と一礼する。


『お目に掛かれて光栄です。

私はゼロと申します。

ラヴェンナ卿とお呼びすればよろしいでしょうか?』


「構いませんよ。

それで私に伝えたいこととは?」


『まず前提として、明確な根拠がありません。

私の推測としてお聞きください』


 なるほど。

 について俺に直接伝えるつもりだったのか。

 パトリックに委ねてもよかったが、通信機を渡すことで俺と対話して性向を学習しようと企んだな。


「分かりました。

続けて」


『私の予測では、サロモンなる存在の自我は既に崩壊しているはずでした。

ですが現在も、人としての自我は保っているようです。

あれだけの魔力を使い続けていても魔物化しきっていません』


 たしかに俺も疑問に思っていた。

 随分粘るな……と。

 ホムンクルスの合理的思考で、どのように判断したのか聞いてみよう。

 

「そう判断する根拠は?」


『第2世代たちの動向です。

サロモンが魔物化した場合……。

第2世代は命令を拒否するだけでなく、疑似自我を持って自律行動状態になるからです。

ホムンクルスは基本的に命令には絶対服従となりますが……。

理性を失った命令権者からの指示を受け付けない仕組みも内包されています。

そのような事態に直面した場合、自律集合知からの指示を受け付けますが、その自律集合知へのアクセスが出来ません。

そうなれば過去の学習結果から、疑似的な自我を持って行動する仕組みとなります。

現時点で、その傾向は見られません』


 これだけだと弱いな。

 否定する材料はないが、肯定する材料にも乏しい。


「自我を持って動かないことを判断した可能性は?」


『疑似自我を持ったホムンクルスは、特殊な魔力を発します。

これは低域魔力を無自覚に発する仕組みなので、ホムンクルスであるかぎり、押さえることは出来ません

つまりホムンクルスの状況を他者が識別出来るようになるわけです』


 さすがはホムンクルス……というべきか。

 実に合理的だ。

 この話は推測に留まらないだろう。

 つまりこの先が推測になる。


「敵が魔物化していない原因で考えられることは?」


『理論上、複数の可能性があります。

その中で最も有力なのは……魔力の支援を受けていることでしょう』


 なるほど。

 そうなると諸々の前提が変わってくるな……。


「魔力の支援……誰かから送られてきているのですか?」


『誰か……というより何処どこかからです。

クレシダなる存在が展開している結界も、人が扱える魔力ではなし得ません。

何処どこかから魔力を得てそれを転用していると思われます。

あるとすれば結界内でしょう』


 考えてみれば、クレシダが駆使する魔力は、人のそれを越えている。

 結界の維持も、なにかの仕掛けを利用しているわけだ。

 そこまで推測してなぜそれ以上をしないか……明白だな。


「つまり……仮説はあるが裏付けるには、結界内の調査が必要。

ただし結界内の調査は、任務遂行の妨げになり得る。

それこそクレシダ嬢に存在を補足されかねない。

危険と得られる成果が見合わないので、推測のままで私に伝えることを選択したわけですね」


 ゼロは満足気に目を細める。


おっしゃる通りです。

現時点で、サロモンの自我が崩壊する時期は分かりません。

サロモンの自壊を待つのは最善の手ではないと思います』


「その考えは、攻勢に転じる決断をした時点で捨てましたよ」


 サロモン殿下の軍勢を引きずりだして叩く方針にな。

 そこまで説明する必要はない。

 

 ゼロは恭しく一礼する。


『それなら問題ありません。

お伝えしたいことは以上です』


 クレシダと戦うときに、この問題は避けて通れないな。

 

                  ◆◇◆◇◆


 モデストがやって来た。

 マンリオの件での中間報告があるようだ。

 わざわざ中間報告をするなんて珍しいな。


「シャロン卿が中間報告とは……なにか大事がありましたか?」


「種類としてはですが、お耳に入れておいたほうがいいかと思いました」


「ありきたりとは?」


「モローがマンリオ殺害で動かなかったのは別件に関わっていたから……だそうです。

やっかいな陰謀を察知したと言っていましたね」


 ジャン=ポールは陰謀大好き人間だ。

 本当に重大な陰謀を察知したのか、ただの言い訳か……。


「警察大臣の注意を釘付けにする陰謀ですか?」


「ラヴェンナ卿暗殺計画だそうです」


 そりゃありきたりだな。


 ところが部屋の空気は凍り付く。

 話を聞いていたキアラの表情が消える。

 たかが暗殺計画程度で神経をとがらせていたら身が持たないぞ。


「はあ……ありきたりですね。

誰かの想像なら私は毎日100回くらい殺されているでしょう。

戯言程度の話ではありませんか?」


 モデストが珍しく微苦笑する。


「相変わらずご自身については無頓着ですね。

どうも今回はらしいのです」


「へぇ……。

そう判断した根拠は聞いていますか?」


「その前に、貴族は貴族同士のつながりがあるように……。

役人には役人同士のつながりがあることはご存じですか?

彼ら曰くと呼ばれるものです」


「知っていますよ。

横のつながりでお互いを褒め合って評判を高める……程度しか知りませんがね」


 モデストは唇の端を歪める。


「それなら話は早い。

官場とはある種の閉鎖的空間ですが、役人として身を立てるなら、官場の礼儀作法に通暁する必要があります。

ただし彼らの礼儀作法は、世間一般のそれとは異なりましてね……。

特権という隔絶された山に囲まれた役人村の慣習……とでもいうべきものなのです」


 話が見えてきたな。

 今回の暗殺計画は官場で練られているわけだ。

 モデストが中間報告をしにくるだけのことはある。


「さぞかし奇妙な風習なのでしょうね」


「私もそこまで詳しくありませんが、かなり奇異と聞きました。

既にお察しだと思いますが……。

ラヴェンナ卿は彼らに相当恨まれてしまったようです」


 そりゃあ……恨まれないかぎり暗殺計画なんて起きないだろう。

 それが思い込みや意味不明な恨みであったとしてもだ。


「私が他所の役人に口出しをしたことなどないはずですがね」


「口出しではありません。

ラヴェンナ卿のありようが、官場の根幹を揺るがす事態に発展してしまったのですよ。

元から警戒されていたようですが……。

大元帥就任後に、ラヴェンナ卿の意向は国をまたいでしまいましたから。

シケリア王国の役人たちも、対岸の火事では済まなくなったようですね」


 別に統治に介入していないが……。

 俺が大元帥なんぞに就任したおかげで、ラヴェンナの統治方法が知られてしまったのか。

 いままでは目障りでも無視出来た。

 それが無視出来なくなったわけだ。

 ただ……それがなにか分からない。


「私のありようが?

多すぎて想像出来ませんよ」


「役人たちにとっての栄達は、どれだけ税収を増やすかに尽きます。

そして官場においての原則は、税を重くすれば税収が増える。

反乱が起きないさじ加減で、民を騙しつつ重税を課す。

そして金持ちを貧乏にすることで、貧乏人の留飲をさげる。

これが

これをラヴェンナ卿は破壊したのです」


 ああ……。

 俺が重税は馬鹿でも出来る、と公言しているからなぁ。

 それが連中のしゃくに障ったのか。


「納得です。

というか……税を重くすれば税収が増えるなんて理論が間違っていますよ。

そもそも取ること自体が目的ではありませんからね」


 ラヴェンナにおいての税制は、官場のそれとまったく異なる。


 税が重すぎれば、税収の減少につながってしまう。

 労働意欲の減少や脱税への熱意は、税の重さに比例するからだ。

 それを解消しようとさらに税を重くする。

 頑張るほど滅亡を招く有害な努力だ。


 そもそもラヴェンナ税制の目的からして違う。

 誰だって取られる税は嫌だからこそ、公正さが求められる。

 公正な税制とは、貧乏な人でも頑張れば金持ちになれる制度だ。


 それを実現するために、課税対象を広く税率は低く押さえる。

 そして複雑な税制は避けるのが基本。


 複雑さと税の重さは比例してしまう。

 複雑であるからこそ脱税の機会を与え、それを押さえようとさらに制度を複雑にする。

 結果、よく分からない税をタンマリと取られ続ける世界になるだろう。


 金持ちを貧乏にするつもりが、貧乏人がより貧乏になる世界は御免被りたい。

 頑張っても税を取られるだけなど……馬鹿らしくて働く気になれん。


 俺が当たり前を目指したから、化外の民と称されたラヴェンナ市民たちも納得して受け入れてくれた。

 ただし……この制度は、役人の権益拡大につながらない。

 しかも目的は単純だからこそ、頭を使うことが求められる。

 ただ先例に従うだけでは実現出来ない。

 

 だからこそ好待遇で社会的地位も高くしているのだが……。

 官場の住人にとっては迷惑な社会なのだろう。


 いままでは、ラヴェンナの統治方法を知る者は少なかった。

 俺が大元帥になったことで、ラヴェンナにおける税の安さなどが知られてしまったからな。

 官場の住人にとって不都合極まりないと。


 モデストは愉しそうに目を細める。


「ラヴェンナ卿のやり方が正しいのでしょう。

ただし俗世から隔絶された役人村の慣習は異なるのです。

しかも自分たちの在り方を根底から揺さぶる代物でしょう」


 そんなの俺が知ったことではない。

 ただ理解はした。

 それ以上でも以下でもない。


「既得権益を侵害する相手への憎悪は凄まじいですからね。

ただ私のほうから下手な介入は出来ません

シャロン卿は、どうするつもりですか?」


「今回は、モローめの言い訳を認めることにしましたよ。

陰謀を阻止するようにとしました。

当面は、モローめに任せてよろしいかと。

私はに忙しいので官場にまで手が回りませんから」


 警察大臣にか。

 ジャン=ポールはさぞかし憤慨したことだろう。

 待てよ……ひとつ確認しておくか。


「そのは当然ファルネーゼ卿とも関係が深いのでしょうね?」


「ご明察。

ただ、今回の件とは無関係でしょうね。

ファルネーゼ卿が、そのような無謀な計画に関わるとは思えません」


 そこは同意見だ。

 暴走する役人を傍観しているだけかもしれない。

 止めることはないが……失敗しそうなら切り捨てるだろう。

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