999話 真意

 面会を終えて3日ほど経過した。

 再び幸福と痴愚の女神が姿を見せる。

 細かい内容までは予想しなかったが……筋書きはほぼ予想通りだ。

 皆揃って放送を見ているが反応は様々だな。


 それはいいとして……思わずため息が漏れる。


「やはり、教会にとって座視出来ない話題をぶつけてきましたか……」


 オフェリーが渋い顔でため息をつく。


「ああ……。

自分が教会の神だなんて自称されたら絶対認められませんね。

これ……お偉方が何人か憤死しますよ。

あと王侯貴族もコケにされているから、教会からの要請を断れないと思います。

でも……ちょっと変ですね」


 オフェリーが、不思議そうな顔で首をひねる。

 素朴な疑問でも浮かんだのだろう。


「なにか、気になることが?」


「あの放送を否定するとなれば、女性教皇を認めなくてはいけません。

神を自称しなければ、一部だけは認める妥協が出来ますけど……。

内心で現教皇聖下せいかを認めない人は多いと思います。

これだと、現教皇聖下せいかの正当性強化につながりますよ?」


 なるほど。

 教会としては、自称女神の発言はすべて否定する必要がある。

 一部は正しいとしては圧力が弱まってしまうからだ。

 そうなると、下世話な連中がデマを流すだろう。


「あの自称女神と聖下せいかが内通しているなんてデマが流れそうですね。

馬鹿げた話ですが……。

教会内で矛盾を抱えた人たちにとっては救いの糸かもしれません」


 オフェリーが不思議そうに首をひねる。


「誰かは言いそうですね。

でも効果なんてありませんよ。

どう考えても言い掛かりですし……誰の賛同も得られないと思います」


「そうですね。

デマは所詮デマです。

ですがこの放送はクレシダ嬢の手によるものでしょう。

目的は違うところにありますよ。

内心女性教皇を認めたくないが、放送を否定せざるを得ない人はどうなると思いますか?

矛盾は屈折した感情となり、使徒教徒にとってのけがれとなります。

けがれを抱えたままでは、平静でいられません。

強い憎悪で流す必要があります。

憎悪の向き先は、当然放送ですよね。

自称女神がけがれを産んだのですから。

妥協など一際せず、徹底的な弾圧を望む声となるでしょう。

強い憎悪で心を満たさないと、矛盾が顔をだしますからね。

それこそが狙いです」


 オフェリーの目が丸くなった。


「そうなんですか?」


「クレシダ嬢の目的は既存秩序と良識の破壊ですよ。

自称女神の言葉に真実は含まれていますからね。

教会がそれに向き合って対処するならいいですけど『臭いものに蓋をして』なかったことにするでしょう。

使徒教徒ならではの『けがれを水に流しなかったことにする』本能に従うわけです。

教会の矛盾も、女性教皇に対する矛盾も、同じけがれとして流すしかないでしょう。

人の心は矛盾を直視したまま平静でいられるようには出来ていませんから。

けがれが強いほど強い水量が必要になる。

けがれとはドス黒い憎悪ですが、底には屈折した矛盾が内包されているものです。

私が多くの貴族階級から嫌われているようにね」


 その行き着く先は、ジャンヌを抹殺してすべてをなかったことにするだろうな。

 クレシダは、教会の堤防に穴を開けたのだ。


「どうしてそこまでアルさまを嫌うのか分かりませんでしたけど……。

アルさまを認めたくない矛盾があるからなんですね」


「そうですよ。

中小の貴族であれば、そのようなプライドより生きること優先です。

だから矛盾は小さい。

それどころか矛盾にせず、正当化の武器にすらするでしょう。

だから私は熱心に彼らを支援しているわけです。

ところが大貴族たちであれば? 生きることは当然ですからね。

私を憎む余裕があるわけです。

私の話はいいでしょう。

教会の抱える矛盾について話を戻しましょう。

これから敵との戦いが激しくなって、民衆への負担が強くなるとどうです?

教会は戦いを声高に叫び続けるのです。

憎悪が弱まっては、自分たちがけがれてしまうのですから。

弱気になった民を弾圧すらしかねない。

その結果どうなると思いますか?」


「不満は教会に向かいますね。

そこで教会の腐敗を嘲笑した自称女神の言葉が浮かぶ……。

ああ……良識を担う教会の存在自体が虚構と突きつけるわけですか。

あまりに性格が悪すぎませんか?」


 オフェリーが採点を期待する生徒のような目をしている。

 ここは、オフェリーの希望に応えることを最優先とするか。


「よく出来ました。

民衆との温度差を強めるために、やたら長くてまとまりのない話をしたと思います。

客観的に見れば、なにを言いたいか分からないでしょう?

だから、民衆に訴えかける強さはありません。

この温度差こそが最も重要なのです」


「はい……。

私の読解力がないのかと悩みました」


 それはオフェリーが教会を客観視しているからだ。

 民衆になにかを訴えていると考えれば? まったく理解出来ないだろう。


「でも、神経過敏になっている教会にとっては、自分たちの存在を否定していると気が付くでしょう。

自分こそが、と断言したのですからね」


 オフェリーが、天を仰いで嘆息する。


「教会にとっては根幹に関わる話でしたね。

民衆は、『なにをそこまで怒っているのか』と感じるわけですかぁ……」


 必死に話についてこようとしていたアーデルヘイトの顔が明るくなった。

 会話に入る切っ掛けをつかんだようだ。


「旦那さま。

もしかして自称女神の言葉が事実だから、ムキになって否定しようとしていると思わせるためですか?」


 それもあるだろう。

 それのみが目的ではないが。


「そのような声もでて来るでしょうね。

そもそも自称女神の話は長かったでしょう。

民衆は全部の言葉なんて覚えません。

自分にとって好ましい批判だけは覚える。

その程度の認識なのに、ムキになって否定する教会を見ると?

民衆は疑うか引くか呆れます。

民衆にとって、教会への信頼が揺らぐわけです。

揺らぐほど教会はムキになるでしょう。

そしてますます溝が広まってく。

なかなかユニークな手ですよ」


 アーデルヘイトは満足気に顔をする。

 キアラはやや呆れ気味だ。

 そこで満足するなと言いたいのだろう。


「それではどうしますの?」


「教会が自省するしかないでしょう。

狂信的な姿勢を民衆に強いては、打つ手はありません。

教皇聖下せいかも、大変な舵取りが要求されるでしょうね。

内部からは猛烈に突き上げられるのですから。

それどころか、宗教改革を掲げる聖職者が現れても不思議ではありません。

だからこそ聖下せいかは早期決着を強く望むでしょう」


 話を聞いていたプリュタニスが、渋い顔で頭をかく。


「そうなると……。

兵力の大部分をアルフレードさまに委ねて早期決着を望みかねませんよ」


 いい着眼点だな。

 プリュタニスの言いたいことは分かる。


「兵が増えるほど兵站が維持出来ません。

今が限界ですよ。

それに国内の待機兵力を減らしたときが、反乱の好機になります」


 プリュタニスが苦笑して肩をすくめた。


「考えただけで胃もたれしますね。

アルフレードさまがいつも通り冷静だから助かります。

そのとき、偉大なる刷新はなにを企むのでしょうか」


 イザイア・ファルネーゼの行動から明白だ。

 イザイアの性格も朧気おぼろげながらつかめてはいるが……。

 まだまだ情報が足りない。


「おそらく我々に全面協力をしますよ。

戦後を睨んでね」


「やはりそうなりますか……。

こちらの注意も怠れませんね。

真意が読めないのでストレスの種ですよ。

アルフレードさまは平気なのですか?」


 ストレス? なにを言っているのだ?


「別に気になりませんよ。

私は、出たとこ勝負で行き当たりばったり型ですから。

前に話したことがあると思いますが私は狩猟型思考ですよ」


 カルメンが、白い目で俺を睨む。


「冗談が下手すぎますよ。

あらゆることを想定しているじゃありませんか。

農耕型だと思いますけども」


 本心からそう思っているのだが……。


「私の力が及ぶ範囲では、あらゆる可能性を考えて最善を模索します。

それでも届かないなら考えても仕方がないですからね。

その場合は、下手な背伸びをせずに足元を固めます」


 オフェリーが何故か満面の笑みを浮かべる。


「あ……。

だから今回はものすごく慎重なんですね。

アルさまにしてはものすごく慎重だなぁと思っていました」


 なるほど。

 自分の中で答えが見つかったからか。


「ご名答。

この本質を見誤ると自分で自分を追い詰めてしまいます。

私にとって、この考え方が1番楽ですから」


 アーデルヘイトが不思議そうな顔で首をかしげた。


「でも旦那さまは、私たちに仕事を任せるときはなんか……それぞれ違いますよね。

同じやり方を押しつけられたことがないです」


「私は、相手にとってやりやすい方法を選択するのです。

狩猟型の部下に、農耕型のスタイルを押しつけてもダメですからね。

それで使えないなどと判断すること自体小賢しさの極地……というわけです。

最もやってはいけない思考ですよ。

多様な考え方の人を集めておいて、同じやり方を押しつけるなんて馬鹿馬鹿しいと思いませんか?」


 アーデルヘイトは、感心したような呆れたような微妙な笑顔を浮かべる。


「なんだかとても大変ですね……」


「私と違う考え方、違う視点はそれだけ貴重です。

足りない部分を補ってくれますからね。

だから、私を称賛して阿るだけの人は近くに置きません。

話を聞いても時間の無駄ですから」


 モルガンは意味深な笑みを浮かべた。

 なんだか嫌な予感がするな……。


「つまり、多数の声を聞くことが肝要というわけですな」


「ルルーシュ殿。

どうしましたか?

その含みのある言い方は」


「その多数の声にひとつ、我が友シクスーを加えていただけないでしょうか?

ラヴェンナ卿に助力いただいているので、直接成果を報告したいと希望しているのです」


 教会の総督が何故俺に報告する必要があるのだ?


「報告先は教皇聖下せいかでしょう。

私にまで報告などおかしな話ではありませんか」


 モルガンは涼しい顔でうなずく。


「教皇にも報告しています。

それとは別に、教会領の現状をラヴェンナ卿にもお伝えしておくのがよい、と考えたようですな。

そうそう……教皇の許可はもらっているそうです」


 それだけでは納得出来ないぞ。

 そもそも俺にも報告したら教会内で反発が起こるだろうに。

 何故ジャンヌは許可したのだ。


「それでシクスー総督の本心は?」


「私は人間なので、シクスーの働きをしかと伝えていないのではないか? と思っているようです」


 部屋中の空気が凍り付く。

 お前……どの口がほざいているのだ?


「言いたいことは山ほどありますが……それだけですか?」


 モルガンは表情ひとつ変えない。


「私への手紙の内容は、私的な報告に絞りたいようです。

愚痴やら泣き言やらを書く余裕がなくなるのでしょう。

あまりに長すぎると迷惑になると」


 まだなにか隠しているな。


「本当にですか?」


 モルガンが得も言われぬような笑みを浮かべる。


「直接ラヴェンナ卿からお褒めの言葉をいただきたいようです」


 やっぱり……それか。

 モーリスの真意は分かった。

 ジャンヌが何故報告を許可したのか……。

 それだけ教会領には問題山積なのか?


「それなら不要でしょう」


「実は、そう悪いことでもないのですよ。

シクスーは知識人層には人脈がありましてね。

流石の耳目も、知識人層の情報は得られないでしょう。

彼らの動向が把握出来るのは悪い話ではないと思いますよ。

なにせシクスーは口の軽い手紙魔なのです。

ああ……義務に反する情報漏洩はしませんよ。

そこは信用してよろしいかと。

義務に反しないかぎり、ラヴェンナ卿が聞けば喜んで答えてくれますよ。

例えば偉大なる刷新について……などもね」


 それならモルガンが聞けばよいだろう。

 何故俺が直接聞くのだ?


「それならルルーシュ殿が聞けばよいでしょう」


「そうはいきません。

私には教えてくれないのですよ。

私は知識人層とは折り合いが悪いのです。

私を通しては、彼らの悪評がラヴェンナ卿に伝わりかねない。

知識人層から恨まれると心配しているのですよ。

シクスーは、ラヴェンナ卿のことは公明正大と称賛しています。

だから直接聞かれたら答えるのはやぶさかではない……と言っていましたので」


 シスター・セラフィーヌに、ジャンヌの真意を確認するか。

 どうせ、今回の放送に関して面会を求めてくるだろうからな。

 それにしても俺から褒めてほしいねぇ……。

 面倒臭い。

 ここは我が妹に丸投げしよう。


「仕方ありませんね。

キアラ……頑張ってください」


 キアラはプイと横を向く。


「嫌ですわ。

あの取り次ぎだけでも胃もたれしますもの」


 モルガンが意地悪な笑みを浮かべた。


「では私が直接ラヴェンナ卿に取り次ぎましょうか?」


 キアラは白い目でモルガンを睨む。


「冗談じゃありませんわ。

お兄さまに届く話で、私の知らないことがあるなんて我慢なりませんもの。

ルルーシュ……覚えてなさいよ」


 血の雨が降らない喧嘩なら好きにやってくれ。

 俺を巻き込むなよ。

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