998話 真の目的

 幸福と痴愚の女神ねぇ。

 放送を聞き流しつつ仕事に勤しむ。


 俺の周囲で、あの放送に動揺する人はいない。

 アーデルヘイトですらハイハイといった感じだ。

 オフェリーに至っては無関心の極みであった。

 一応平気か確認してみたが……オフェリーは不思議そうに首をかしげる。


「あれで騒ぎだす人はよほど暇だと思いますよ。

王宮でも、道化を呼んで似たようなことを言わせる例もあります。

ラヴェンナの人たちも笑い話で済ませますよ」


 杞憂きゆうだったらしい。

 ただこれは、放送存続派の立場を失わせるだろう。

 クレシダが放送破棄を後押しするとなれば……。

 破棄したあとに、大問題がやって来るよう仕組んでいるに違いない。


 それよりも、モーリスの書簡でキアラが胃もたれしはじめている。

 だが教会から派遣された総督にしては、現実が見えており、姿勢は柔軟だ。

 住民から信頼を勝ち取るタイプだろう。

 図々しい頼みが来たものの……渡りに船といった側面がある。

 灌漑工事の雇用や技術支援についても、攻勢に転じて街道敷設が始まったので人手不足なのだ。

 それだと金が飛んで行くだけなので、ひとつ手を打つことにした。


 ラヴェンナが守備している教会領に関して商売を認可制に切り替える。

 金貸しも同様だ。

 勝手に荒らされてはたまらないからな。

 認可に伴い、収益の一部を認可料として徴収ピンハネすることにした。


 そのピンハネ分は丸ごと、雇用の代金に回る。

 ピンハネをし過ぎると代金として住民につけを回ってしまう。

 他領で必要な賄賂より若干安くしておいた。

 ついでに地元民を雇えば、認可料ピンハネ額を引き下げるという餌もチラつかせる。

 何方どちらに転んでも問題はない。


 具体的な金額や制度については、兵站担当のボアネルジェス・ペトラキスに丸投げした。

 数値には誰よりも強いから適任だろう。

 指示を受けたボアネルジェスは張り切ったらしいが、部下たちはまた仕事が増えたと天を仰いだらしい。

 俺の部下になったのが運の尽きだ。

 諦めてくれ。

 そのかわり報酬ははずむし、名誉も約束する。

 

 ここまですれば細かな統治に関しては、教会の派遣する総督に任せてよいはずだ。

 と安心しかけて……嫌な現実に気が付いた。


「なぜ私がここまで関与しているのですか……」


 キアラが白い目で俺を睨む。


「どの口が言っていますの?

散々あちこちに首を突っ込んでいるじゃありませんか。

自分からではないですけど……。

いっそ世界でも取ったら如何ですの?」


「そうすると仕事量が、今の10倍以上になりますよ」


「それは……無理ですわね」


「そもそも私はラヴェンナだけで手一杯ですよ。

さっさと片付けて帰りたいですね」


 ふたりで笑い合っているとキアラの部下が報告にやって来た。

 キアラが真剣な顔をする。


「お兄さま。

ディミトゥラ王女から面会の申し込みが。

あと……ペルサキス夫妻も同席を希望しています」


 もう反乱を片付けたのか?

 呆れんばかりの早さだな。


「戻ってきているとなれば……もう反乱を片付けたのですか?

それにしても会談に同席とは……。

よほどのことがあったと考えるべきですね」


「では明日にでも」


「そうしてください」


 キアラが部下に指示すると部下は退出した。

 また面会予定の調整が大変になるな。

 仕方のないことだが。


 そこにモルガンがやって来る。

 諫言のネタを見つけたのか。


「ラヴェンナ卿。

方面軍司令官が独断で持ち場を離れるのは感心しません。

たしかに、反乱討伐で離れることを認めました。

ですが終わったなら……。

まず帰任報告があってしかるべきでしょう。

直接お話しするにしてもまずはそれから……ではありませんか?」


「正式な部下ならそうでしょうね。

ですが立場的には曖昧ですよ。

なにより……よほどの問題が発覚したなら、情報漏洩を恐れて私に直接……ということも考えられます。

私が嫌味を言うか、明日の内容次第ですね」


「ひとつ心配なのがペルサキス夫人です。

ラヴェンナ時代から臣下というよりは、友人のように馴れ馴れしい態度だったと聞きました。

外国に嫁いでも、友達気分のままでは示しがつきません」


 キアラが珍しくモルガンの言葉にうなずいた。


「その点に関しては私も同意しますわ。

お兄さまはシルヴァーナに甘すぎます」


「もし厳格な態度を取ったら、シルヴァーナさんは軟禁されるか離婚を強要されかねませんよ。

後ろ盾は私しかないのですから。

まだペルサキス夫人としての影響力は脆弱ぜいじゃくです。

それでは、シケリア王国との連絡は、ディミトゥラ王女とキアラのみになります。

私とガヴラス卿にも連絡手段はありますが……。

信頼関係に基づくものではありませんからね。

連絡手段は、複数あったほうがいいのです。

そしてシケリア王国は、頼みのペルサキス卿が私に絡め取られていると信じ込む。

軽々に戦争で揉め事を解決しようなどとは思わないでしょう。

そう考えれば、シルヴァーナさんの非礼など些事さじに過ぎません。

安いものだと思いませんか?」


 モルガンは慇懃無礼に一礼した。


「そこまでお考えでしたら、私から申し上げることはありません。

本音など気にせず、のがラヴェンナ流ですから」


 モルガンが皮肉な笑みを浮かべていたのは、俺の魂胆などお見通しだからなのだろう。


                  ◆◇◆◇◆


 ディミトゥラ王女たちが到着した。

 キアラを連れて会いにいく。


 応接室に入るとシルヴァーナが、軽く手を挙げようとして慌てて一礼する。

 思わず笑いだしそうになった。


 キアラが無言で俺を小突いたので真顔に戻る。


 まずディミトゥラ王女が、反乱の早期鎮圧に対する礼を述べた。

 続いてフォブスが突然やって来た件についての話題になるが……。

 

 シルヴァーナが、丁寧な言葉を使おうと奮闘するも……激しくぎこちない。

 さすがに吹きだしてしまった。


 ディミトゥラ王女が大きなため息をつく。


「仕方ありません。

大元帥。

昔のように気安い話しかたをお許しいただけますか?」


「そうしてくれると助かります。

笑い転げて話が頭に入ってきませんからね。

キアラもそれで構いませんか?」


 キアラがシルヴァーナを白い目で睨む。


「仕方ありませんわね……。

ここは真面目な席ですもの。

下手な道化より面白くては困ります」


 シルヴァーナは憤慨した顔で腕組みする。


「覚えてなさいよ……。

まあいいや。

直接会いに来たのは外に漏れると、不味い話があったからよ」


 その程度は予想がついている。

 でなければディミトゥラ王女が許可などしない。


「それで?」


「アタシに冒険者が、書状を届けに来たのよ。

誰に頼まれたか分からないけどね。

中身は反乱を起こそうとしている人たちのリストよ。

まっさきに旦那フォブっちに相談したらね……。

小姑ゼウっちが当たりをつけていた人たちと一致したのよ」


 ディミトゥラ王女が天を仰ぐ。

 『そこまでしていいとは言っていない』と内心の嘆きが聞こえてきそうだ。

 このほうがシルヴァーナらしくて違和感はないが。


「差出人不明のリストがペルサキス夫人にですか……。

それでペルサキス卿の見解は?」


 フォブスはフンと鼻を鳴らす。


「白々しい。

ならとっくに答えはでているんだろ?」


 コイツもシルヴァーナに感化されて、下品になってきたな……。

 ゼウクシス……強く生きろよ。

 俺はしらん。


「それが合っている保証など何処にもありませんよ」


「単純に考えれば、反乱に加担しかけるも、怖くなって逃げたってところだろう。

シルヴァーナに渡したのは、冒険者なら足がつかないと思ってのことだ」


 そこが気になるな。

 冒険者が清廉潔白だと決め付けるのは、河原が石ではなく玉で満ちている、と決め付けるようなものだ。


「冒険者はピンキリですよ。

書状を盗み見する可能性だってあるでしょう。

リスクが高すぎませんか?」


 フォブスは、意外そうな顔をする。

 なるほど……俺にカマを掛けたわけだ。

 俺が関与しているなら、リストの中身を知っている。

 俺の差し金だと思ったから白々しいと言ったわけだ。


「ただ名前の一覧だ。

冒険者が見ても分からんよ」


 名前だけか……。

 よほど貴族たちの内情に通じていないと理解出来ないだろうな。

 送りつけた側はそれを理解しているわけだ。


「なるほど。

逃げ切れたような人はいるのですか?」


 フォブスは渋い顔で腕組みをする。


「怪しいのは数人いる。

声を掛けられたのかまでは分からないが。

ここまで話してなんだが……この仮説には弱点がある。

声を掛けられた連中は監視されているはずだ。

それでいて冒険者に依頼など出来るのか……。

ゼウクシスも疑問視している」


 反乱計画がそこまでガバガバだとは思えない。

 相応に注意するだろう。

 もっとも確率が高いのは……あいつしかいない。


「つまり、である可能性がありますね」


「私たちもそう考えた。

そこまで話がいくと、外に漏れては不味い。

本来なら、大元帥に話すのも適切ではないのだが……。

王女殿下とシルヴァーナが『大元帥なら大丈夫だ』と請け負ったのだ」


 俺の差し金でなければ、俺に話すのは危険と考えたのか。

 当然だな。

 俺に利用されて、シケリア王国が重い負担を背負わされる可能性すらあるのだから。


 そこでふたりが俺に相談するよう進言したわけだ。


 ディミトゥラ王女が静かにうなずく。

 シルヴァーナは相変わらず……ない胸を張った。


 問題はあの名前をおいそれと口に出来ないことだ。

 証拠がない。

 なにより俺が伝えれば、ランゴバルド王国は『俺がシケリア王国に国内事情を漏らした』と思うだろう。


 あの手でいくか。

 ここで役にたつとは思わなかった。


「まだ噂ですが……。

ランゴバルド王国でも、反乱の計画があったとか。

密告があって未然に防がれたとも。

あくまで噂ですがね。

直接聞いていただければ」


 この程度ならじきシケリア王国にも漏れる。

 反乱の計画があったことすら隠してはシケリア王国から疑われてしまう。

 中立的立場を維持するのは面倒臭いのだ。


 フォブスは真顔になって腕組みする。


「同時期か……匂うな。

これを偶然と片付ける夢想家はだろうが。

それで……どのような御仁が密告したか聞いていないか?」


 言えれば苦労しない。

 だがディミトゥラ王女なら察するだろう。

 リディアにイザイア・ファルネーゼの話をしたことがある。

 侍女がそれを盗み聞きしているはずだからな。

 俺がディミトゥラ王女を見ると、ディミトゥラ王女はうなずいた。

 これで伝わったはずだ。

 あとは上手いことランゴバルド王国から聞き出してくれればいい。


「そこまではなんとも。

放送関係でも議論が進むでしょう。

ついでにランゴバルド王国からお聞きになっては?」


 フォブスは不機嫌そうに肩をすくめる。

 俺が口にするとは思っていないだろう。

 形式上聞いただけだ。


「ふん……。

どうも、腹の探り合いは胃もたれする。

戦場のほうが楽しい。

そうそう。

直接会いに来たのは……ひとつ言いたいことがあったからだ。

他人を経由して話せないからな」


 目的のひとつか。

 ディミトゥラ王女が驚いた顔をしていた。

 この件については聞いていなかった……ということだな。

 あとで怒られるぞ。

 知らんけど。


「女遊びが出来なくて困る……という苦情以外なら伺いましょう」


 シルヴァーナがさらに胸を張った。


「それなら平気よ。

賢者になるまで搾り取っているから」


 キアラは白い目でシルヴァーナを睨む。


「いくらなんでも下品すぎますわよ」


 ラヴェンナにいたころなら『それだから男が出来ない』とまで嫌味を言ったろうな。

 シルヴァーナは舌をペロリとだして頭をかく。


「ゴメンゴメン。

なんか懐かしくなって……ついね。

で……旦那サマフォブっちはアルに文句があるの?」


 シルヴァーナですら初耳か。

 それなら大したことではないな。

 適当に聞き流そう。


 フォブスは重々しくうなずいた。


「ああ。

攻勢に動きだしたろう?」


「時期尚早とお考えですか?」


「違う。

私が反乱鎮圧で不在のときに、面白そうな決断をするな。

我が国が出遅れるではないか。

私がいて、そのような不名誉は見過ごせない」


 なんとも呆れた苦情だが、この子供っぽさが兵士からの人望につながるのだろうな。


「大した遅れにはならないでしょう。

速攻で有名なペルサキス卿ならね」


 フォブスは白い目で俺を睨む。


「相変わらず可愛気のない。

シケリア王国内は、攻勢に慎重な声が多いのだぞ」


 根回しも出来ない状況での攻勢決断は困ると言いたいのか。

 それなら心配ない。

 根回しなんて必要なくなるからな。


「じきに慎重な声はかき消されます。

戦意過多にならないよう……。

手綱裁きには注意を」


なにか裏で手を回したのか?

相変わらず性格悪いなぁ……」


 コイツは俺をなんだと思っているのだ。

 一度絞めてやるか。

 今は難しいから、あとの楽しみにしよう。


「私はなにもしていません。

幸福と痴愚の女神とやらの放送は見ましたか?」


「ああ……。

皮肉屋には受けそうな話だな。

それで放送破棄に傾くのか?

劣勢にはなるだろうが」


「あの放送は挨拶ですよ。

次が本番です。

明確に伏線を張っていましたからね」


 フォブスは首をかしげてシルヴァーナを見る。

 シルヴァーナは首をふった。

 次にディミトゥラ王女を見るがディミトゥラ王女も首をふる。

 ディミトゥラ王女が小さなため息をつく。


「私も分かりません。

伏線ですか?」


 あれは予告状に過ぎない。

 民衆の興味を引くための。

 批判的な内容でも、重厚な中年学者と色気を前面にだした女では、受け手の印象が変わる。

 男たちは、話の中身より、自称女神の体が気になって話を夢中に聞く。

 ところが偉い人たちはそう考えない。

 中身が重要だからこそ聞いていると考えるだろう。


「次は明確に教会批判に転じますよ。

教会は、無視をするか……圧力を掛けるかの選択を迫られるでしょう」


「なぜそうお考えですか?」


「あれだけなら、一過性の娯楽で終わります。

具体的な存在で攻撃されたのは王侯貴族と教会のみ。

王侯貴族は、実質的な権力を持っているので、面子が傷つく程度。

致命傷にはなり得ません。

教会は、権威という虚構に依存した組織です。

権威の否定は即致命傷につながるでしょう。

だから教会関係者はかなり警戒していると思います。

警戒させておいて、教会が全否定する話題を持ちだすのでは?

これが妥当だと思います」


 ディミトゥラ王女の目が鋭くなった。


「あれは警戒させる前座に過ぎないと……。

警戒させることに意味があるのですか。

では次の話題は『他に神無しの原則』になりますね。

ラヴェンナとの関係も裂けるでしょう。

そのわりに大元帥は平然とされていますね」


 シルヴァーナが口元を歪める。


「王女殿下。

アルの反応から判断したら間違えますよ。

目の前に矢が飛んできても、欠伸をするようなイカれた男です。

アタシたちも最初は豪胆だと思っていましたけど……。

随分経ってから『自分の身を守ることにこれっぽっちも関心がない』と理解しました」


 フォブスが苦笑して肩をすくめる。


「そのような人間が存在してたまるか。

死にたがりの破滅願望の持ち主なら理解出来るがな。

細心の注意を払って、未来を見通しつつ最善手を選ぶヤツがイカれた男なものか。

理性と狂気が仲良く同居なんか、水の中で炎が燃えさかるようなものだ」


 シルヴァーナはフンと鼻を鳴らす。


「何度も言ったじゃない。

自分のことはどうでもいいけど、皆のことは守るからよ」


 まったく……。

 シルヴァーナのくせに、俺のことをよく理解しているよ。


「目の前で、私の人物評価は止めてください。

王女殿下の疑問に戻りましょう。

他に神無しではないことだけはたしかです。

教会は現実的な妥協をしていますし、多くの人たちはそれを認めていますから。

それを突っ込んだところで『上手くいっているから、気にせずともいいではないか』で終わりです。

だから次の爆弾は、教会が絶対に受け入れられない話になると思いますね。

一般庶民を煙に巻くと思いますが」


 シルヴァーナの目が点になる。


「煙に巻く? ちょっと理解出来ないわ。

民衆を煽らなくていいの?」


「煽ると、あの自称女神が困るのですよ。

そもそも……王侯貴族や教会の腐敗など民にすれば『知っていた』レベルの話です。

ただ口には出来ないだけで。

民衆は真意を理解出来ない。

ただ偉い人をボコボコにしていることは分かる。

所詮娯楽に過ぎないのです。

民衆は、あの放送によって、王侯貴族や教会を嘲笑するだけ。

決して行動には移りません。

そのような状況で教会だけが激怒すれば……どうなると思いますか?」


 シルヴァーナは難しい顔で腕組みをする。


「うーん。

『なにをムキになって怒っているの?』と一歩引くかな。

言われたくなければ、自分の行いを正せってね。

まるっきり嘘を言っていないもの。

ただラヴェンナ市民は、自分たちとは違う世界の話だと思うでしょうね」


 シルヴァーナはまだ庶民の視点を失っていないな。

 それがなによりの長所なのだが……。

 下手に矯正しては誰も幸せにならない。

 なによりミルを悲しませてしまう。

 だからこそ非礼だろうが俺は認めているわけだが。

 モルガンにはしっかり見抜かれていたな。

 まあいいか。


「温度差が激しくなるほど教会は圧力を強めます。

放送破棄だけでなく自称女神の討伐も望むでしょう。

たとえ事実であっても、建前を否定されては、建前すら維持出来ません。

不埒者を討伐するしかないでしょう。

それが教会の置かれた立場ですよ。

そして王侯貴族にしても自分たちをコケにしたのです。

穏便な解決を望まないですよ」


 ディミトゥラ王女は怪訝な顔をする。


「つまり……あの自称女神の目的は、我々の意志を攻勢で一致させることですか?

利点になるとは思えませんが……。

敵にとっての最善は、ひたすら我らの内部を攪乱しつつ弱体化を待つべきでしょう。

適度に攻撃を続けて、大元帥の権威を失墜させることも条件ですが」


 長期的な方針であればそれは正しい。

 実現不可能な点を除けば。

 このままだとサロモン殿下は自壊しかねないだろう。

 クレシダとしては、自壊されては困る。

 俺に倒してもらう必要があるのだ。


 俺に権力を集めて、最終決戦で踊る。

 それがクレシダの目的だからな。

 自壊されては、俺への権力集中が中途半端になる。

 それだと最後の踊りは興醒めになるだろう。


 だが……クレシダの話を口にしては面倒なことになる。

 ディミトゥラ王女とフォブスにとっては、他人をどれだけ説得出来るかの材料が欲しいのだから。

 そこで、クレシダが黒幕だと、本当のことをぶちまけても説得材料になり得ない。


「敵が我々を攻めたところで勝ち筋がありません。

我々が攻めたとき初めて勝機を見いだせるのですから」


 フォブスは、皮肉な笑みを浮かべてアゴに手をあてる。

 サロモン殿下が最終目標でないことはとっくに知っているだろう。

 多くの人が納得するように演技をする必要がある。

 シケリア王国としても、クレシダの話をされては、共犯を疑われてしまう。

 現時点でいいことがない。


「なるほどな。

支離滅裂に見えるが筋は通っているわけだ

世俗の権力者としても教会が正当性まで失われては困る。

大元帥サマ誰かさんのお陰で……国王としての正当性は、教会に認められる必要が出来てしまったからな。

我が国の陛下も内々で認めてもらっている。

王権の正当性が揺らぐと後継者問題で内乱が起こりかねない。

我々は大元帥サマ誰かさんが作り上げた仕組みを守るタメに戦うわけだ」


 身も蓋もない話をすればそうなるだろうな。


「そうなりますね」


 フォブスは鼻白んで舌打ちをする。


「涼しい顔して答えるところが憎たらしい。

少しは怒ってほしいものだな。

自分でいうのもなんだが……難癖の類いだぞ」


「事実が含まれているのです。

否定したところで始まらないでしょう」


 シルヴァーナがフォブスを肘で小突く。


餡子熊王誰かさんが考えたにしても乗っかったのは皆でしょ?

餡子熊王誰かさんだけに、責任を押しつけるのはダサイわよ」


 フォブスは表情を改め、軽く頭を下げる。

 これは驚いた。

 なんのかんのでシルヴァーナはフォブスを操縦しているわけだ。


「失礼した。

難癖など私に似つかわしくないな。

正直にいうと、敵の行動が支離滅裂なのだ。

反乱にしても成功させたいように思えない。

放送もそうだ。

残したいのか捨てさせたいのか……。

今回、我々に攻めてきてほしいのかも確証がない。

敵が防備を固めている気配がないからな。

焦土作戦に頼る気なのかと思ったが……。

大元帥は、兵站を着実に整備しつつ攻勢にでるだろう。

まるで狂人と戦っている気分になるのだよ。

お陰でイライラが募るばかりだ」


 このプライドの高い男が頭を下げたばかりか……本音まで吐露するとはな。

 シルヴァーナの入れ知恵か。

 俺相手には、本音をぶつけるのがベストだとでも教えたのだろう。

 それだけ現状に対してのストレスが強いのかもしれない。

 フォブスは天才だが、出たとこ勝負のタイプではないだけになおさらか。


 少しだけ、将来への筋道をつけておくか。


「たしかに支離滅裂ですね。

敵にあるなら……。

単に目的の相違として説明出来ますけど。

そう判断するには証拠が足りません。

何方どちらにしても……狂人の踊りに付き合う必要はないでしょう」


 フォブスがニヤリと笑った。

 俺が複数の頭脳と示唆したことは、『クレシダが黒幕である』と明言する時期を狙っていると理解したのだろう。

 俺がそう発言したなら、その可能性を部下たちにも示唆出来る。

 これで結構気は楽になるはずだ。


「敵が策をろうしても見破り、狂人相手でも自分を見失わないか……。

大元帥が敵じゃなくてよかったよ」


 ディミトゥラ王女が小さなため息をつく。

 フォブスの振る舞いはかなり非礼だ。

 内心冷や汗ものだったのだろう。


 俺がそれを武器に無理難題を押しつける可能性すらある。

 俺が自作自演をしてシルヴァーナに無理難題を取り下げさせれば?

 シケリア王国にとって、大きな借りになるからな。

 俺が気にしない様子だったので、安堵あんどしたのだろう。


 当然ディミトゥラ王女はこれだけで済ませない。

 ゼウクシスに苦情を伝えるだろう。


 フォブスたちに言っても柳に風だ。

 かくしてふたりにはゼウクシスの説教が待っている。

 まあ……俺には関係ない。


 ディミトゥラ王女が軽くせき払いをした。


「反乱については私が内々にランゴバルド王国に問い合わせましょう。

あれがおとりとは思えませんが、反乱がもうないとも断言出来ませんから。

今日の会談はこのあたりで。

いきなりですが……から」


 これ以上冷や汗をかく前に、会談を終わらせたいようだ。

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